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はぁ!?


「はぁ!?」


 未可子が大声を上げた。まだ、教室に残っている生徒が肩を上げて驚いた。そんなことはどうでも良いとばかりに未可子が俺に詰め寄る。


「やめるって、あんた会長さん諦めるつもりよね」


 許さない。気迫で伝える未可子に挑むように打ち明けた。


「女の子いただろ。その子に告白されたんだ」


「ハンカチの子ね。あんたどうしたの」


「断った」


「だったらなんで」


 心底分からない、と未可子の眉間に深く皺が刻まれた。

 思うままを口にした。 


「すごく迷ったんだ。素直に好意をぶつけられてそれからどうやって接して良いかも分からなかった」


 それだけではない。

 相手が自分を分かろうとしてくれていることが怖かった。

 このまま踏み込まれてしまうとOKしてしまいそうだった。

 すがりついてしまいそうだった。


 弱い自分をさらけ出して嫌われてしまうと、もっと怖い。この人ならと信じて打ち明けて、自分が嫌われると信じた自分が馬鹿に見える。それに無防備な自分を嫌われてしまう。心に何も被せていない自分自身を。


 その点、莉奈は心配がいらなかった。莉奈は最初から俺の弱いところを知っていたのだ。

 だからだろう、莉奈に言い寄られてもそんな恐怖や困惑を抱くことはなかった。莉奈にだけ好かれていたおかげで俺は他人に好意をぶつけ続けることに迷わずにいられた。

 だが、今はそうではない。


「あんた、恋愛を重く捉えすぎじゃない?」


 そう言いながらあー、と未可子が頭を抱えた。


「あんたには莉奈がいたか」


 未可子の言うとおり俺には莉奈がいた。莉奈はひたすら俺との将来を訴えてきた。

 俺には莉奈以外に好意を伝えてくれる女の子がいなかった。


「でもさ、恋愛ってもっと軽くて楽しい物だよ」


 未可子の言うとおりだった。

 頭で理解はしていたが、心の部分ではどうしても納得しきてれていなかった。


「俺は、自分がしてることが怖くなったんだ。もし、俺がしていることが単なる身勝手に過ぎなくて、そのせいで天音先輩が傷ついているとしたら」


 昨日四角に告白され、文香さんとも怪しい雰囲気になった。

 俺は初めて他人の好意を、異性としての好意を向けられたのを実感した。

 そして俺はそこで初めて人の好意の怖さを知った。そうすると申し訳なさが溢れ出してきた。止められなかった。

 人間としてでなく異性として見られている恐怖。向けられてこなかった期待に体が芯からすくみ上がった。この恐ろしさを性的な眼差しで見てきた二人に、異性として見てきた二人にこの責任を転換してしまいそうだった。


「でもあんた、会長さんのこと好きなんでしょ?」


 天音先輩の弱さを知ってもまだ好きだった。

 それどころか、もっと助けさせてほしいとさえも思ってしまう。

 だが、だからこそ俺が天音先輩に負担をかけるのはやめた方が良いという気がしてくる。


「身を引くべき時もあると思う」


「あんた」


 ここまで相談させて手伝わせておいて、こんな口ぶりで話してしまった。

 きっと怒られてしまうだろう。

 身を固くした。


 だが、俺はもう天音先輩を諦めることを、ほとんど決心してしまっていた。

 それが天音先輩にとって一番良いことになるだろう。

 求めてもいない好意をぶつけ、しかも仕事を奪うような俺がいなくなれば天音先輩もせいせいするに違いない。


「ねぇうちが前した話、覚えてる?」


 何のことを言っているのかよく分からなかった。その様子を見て取った未可子が補足する。


「ほら、貴也が傷ついていたさ、あの自分だけじゃなくて他人も傷つけちゃった人の話」


 聞き覚えがあった。

 貴也が一回振られた相手をすぐに諦める、と口にしたときに未可子がそんなことを言っていたような気がする。


「実はさ、その他人も自分も傷つけちゃった人ってうちなの」


「未可子が?」


「そ、中学の頃にさ、好きな人がいたの。格好良くてさ、話してて楽しかったの。だったら恋人になれたら幸せじゃねって思って告った」


「どうだった?」


「呆気なく振られちった。なんか振られた、と思ったらさ急にうち、急に自分がきもくなっちゃって」


「自分が?」


「そう、自分が。そんなきもい自分をその人に見られたくなくてさ、話しかけられても無視したり、テキトーにかえして相手にしなかったの」


 いつもらんまんで悲しみを知らない未可子の目が、潤んだ。


「そしたら、急にいなくなっちゃった」


「いなくなったって。まさか」


 よほど深刻そうな顔を俺がしていたのだろう、未可子が笑った。


「そんなヤバくない。ただ、転校しちゃっただけだから」


 言い訳をするように未可子が続けた。


「でも、うちのせいじゃないとおもう。そこまであの人、うちのこと好きじゃなかったし、うちにそこまでさせるほど価値あるとは思えなかったから。多分、家庭かなんかの事情だと思う」


 でも、でもね。と未可子が俯いた。


「もしほんとうにうちがきもくて転校しちゃったんだったらなんか嫌じゃん。そんなことで転校させちゃったって思ったらものすごく謝りたくて」


「そうか」


「スマホ使えば連絡取れるけど、それをきくのが怖くてそのまま。多分一生きくことはないんだろうな」


「未可子を嫌ってかどうかはわからないんだろ?」


「そう。分からない。たしかめる方法もない。それはあんたも一緒だよ」


「俺も?」


「そう。結局のところさ、一人でうじうじ考えたって浮かんでくるのは自分に都合の悪いことばっかり。そうやって考えないとさ、なんかリアリティーがないじゃん」


 そう言われるとそうかもしれない。希望を抱いているのは、自分がどん底にいると思っているからだ。どん底の中の景色しか、灰色の色彩を欠いた世界しか、リアルじゃないからだ。


「自分とあの人とが付き合うなんて有り得ないって都合悪く考えるのがリアルなの。いまのあんたならわかるんじゃないの?」


「でもさ」


「それ禁止」


 未可子が俺に指をさす。


「恋愛成就の王道を一個教えてあげる。でもでもだって、禁止」


「なんだよそれ」


「でも、でもって言い訳作って、だって、って諦めるの禁止ってこと」


「でもさ」


「はい、また言った」


 未可子が笑う。


「あんたの最初の頃憧れたな。天音先輩に自然に助けて良いかって聞ける存在になる、だっけ? そんなことあんたがいったとき絶対無理でしょ、って思ってたけどもしかしたらって思ったもん」


 曇りのない目で未可子が俺を見た。


「こういう人がきっと大恋愛するんだろうなって思ったの。なのになに、今のあんた。中学生のきもいうち以下じゃん」


 言われっぱなしだが、俺にも言いたいことはある。


「それでも、俺が身勝手かどうかはわからないだろ」


「あー、そういう切り返しもあるのか。だったらでもでもだってそれでも、禁止だね。それつかうくらいならかもかも言いまくる鳥人間の方がマシ」


「身勝手なのはどうしても克服できないだろ」 


 はぁ、と未可子がため息を吐いた。


「恋愛なんて身勝手上等でしょ。あんたさ、恋愛するってのに相手の気持ちとか考えてるわけ?」


「そりゃ、恋愛は二人でするもんだから相手の気持ちを考えないと」


「そんなのくっついてから考えればいいじゃない。そんなこと考えながら恋愛して良いのは恋愛の神様だけっしょ」


「滅茶苦茶だろそんなの」


 相手の都合も考えない恋愛なんてそんなものはストーカーではないか。恋愛感情は相手に受け入れられてこそ意味がある。


「そもそも、恋愛なんてさ、こっちが勝手に好きになったから始まるわけでしょ。相手はなにもあんたのこと好きにさせてやろうなんて思って振る舞ってないわけ」


「それはそうかもしれないけど」


「けど、も禁止」


「俺に反論されたくないだけだろ」


「そう、その通り」


「話にならん」


 席を立とうとする俺を未可子が上から抑えつけた。その時俺は、まだ話していられると密かに安心した。


「恋のキューピットなんていない。あんたの恋愛を肯定してくれて、正しいものだと証明してくれる物なんてどこにもいない」


 そう聞いてぞっとした。未可子は気にせず話し続ける。


「相手の振る舞いを勝手に勘違いして大体の恋愛は始まるの。いつの間にか好きになっててもそう。好きになるべき相手じゃないのに勝手に好きになってるの」


「そんなの、みんな恋愛しちゃいけない人じゃないか」


「そう、身勝手を否定するとあんたは許嫁か言い寄ってくれる人しか好きになっちゃいけないことになる」


 今日の未可子は未可子じゃないみたいだった。妙に、論理的で的確だった。


「恋愛はもう根っこから否定しきれないくらいに身勝手なの。身勝手じゃない恋愛なんて恋愛じゃない」


「だったらなんだよ」


「わかんないけど、恋愛じゃないの。でも、恋愛以外に恋人作る方法なんてないでしょ」


 満足したのか、未可子が深く何度も頷いた。


「ま、言いたいことは言えたかな」


 言いたいことは理解できる。だが。


「俺には無理だ」


「無理じゃない」


「なんでそんな風に言えるんだ」


「だって、あんたもうすでに罪人だし」


 罪人、という言葉の暗い響き。ずっしりとのし掛かってくる。少しでも軽くしたくて口を開いた。


「罪人?」


「いい人ぶる必要はないってこと。莉奈はあんたを貶めたつもりかもしれないけどさ、あんたはもう下がるところまで下がってんの。だからあとは上がるだけで良い。むしろ、有利なわけ」


 どうあがいても未可子は俺に諦めさせる気はないらしい。

 頭の中に泡のように無数に浮かんだ。しなくても良い理由が浮かんだ。せっかく浮かんだそれを未可子がどんどんと潰していく。

 もう、俺にはやるべき理由しか残っていない。

 それがひどく辛かった。


「ほんとうに大丈夫かな。このまま俺、続けても大丈夫かな」


「今のあんたストーカーと変わらないからね」


「そうだろうな」


 言われたとおりだ。

 天音先輩に付きまとい、勝手に仕事も奪っている。

 そんな立場に安心している。


 未可子がええと、となにか言葉を探していた。


「それはストーカーみたいだなってことであって、決してストーカーみたいに法に触れるってことじゃないの」


 あまりピンと来なかった。

 だから、と未可子が言葉を探した。


「相手の気持ちまで身勝手に勘違いするあんたの行為がストーカーだって言ってんの。自分に好意的でも否定的でもそんなことしちゃ駄目。ストーカーは自分の気持ちだけじゃなくて相手の気持ちも身勝手に曲げちゃうからストーカーなの」


 だが、俺は超能力者ではない。結局のところ、俺のことをどう思っているのかを天音先輩に聞くしかない。そんなのは言われる前から知っていた。常識だ。当たり前だ。


「気持ちなんて分からないだろ」


「たしかに会長さんにしかわからないわね」


「たしかめる方法もなければ勘違いだとたしかめる術もない」


「あるじゃん。直接きけば良いの」


「きくってどうやって」


「いっぺんやったことでしょ。これで振られたら諦めたら良いわよ」


 未可子はさっぱりしていた。


「恋愛の諦め時はもう後悔しないなって思ったとき。それ以外にない」


 未可子が時計を指さした。


「ほら、もう時間だぞ」


 もう天音先輩が出てくる頃だ。


「未可子、俺」


 口を開こうとする俺を未可子が送り出した。


「頑張って、祐介」

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