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三つ目の理由?

 登校途中に莉奈が立ち止まった。鞄の中身を漁っている。


「あ、忘れ物しちゃった」


「一緒に取りに帰るか?」


「いいよ、先に行ってて。料理してるときに置いたままにしちゃった」

 

 料理をしていたせいで出来る忘れ物。俺には想像もつかなかった。


 言葉に甘えて一人で歩く。


 夏休みも間近と言うこともあり、夏着の生徒も多い。薄着になって開放的になるのか、男女で朝からイチャイチャと登校しているやつらも見受けられる。


 腹の立つ光景だが、あちら側に回れたらどれだけ楽しいだろう。


 夏休みまでにはなんとか恋人を作りたい。高校の夏休みを彼女と二人きりで過ごす。想像するだけでもワクワクしてくる。これは男女関係ない気持ちだろうが、男の方がその気持ちは強い。


 だからこそ、妙な行動に走る男が出てくる。


「ねーねー彼女」


「な、なんですか」


 一人で登校している女子に絡んでいるその顔には見覚えがある。藤木貴也藤木貴也(ふじきたかや)だ。

 

 幼馴染みなので貴也の性格はよく分かっている。女好きで趣味はナンパ。そんな趣味を持っているだけあって顔はいい。そういうやつだ。

 

 女の子が迷惑がっているようなので止めに入る。こういうことはあまりしないので声が上ずっていた。


「や、やめないか」


「ああ?」


 凄みながら振り返った貴也だったが、俺の顔を見て表情が柔らかくなる。


「んだよ、お前かよ」


 こそこそと俺にだけ聞こえるように小声で言う。


「なんだ、お前も狙ってるのかよ、この子。白馬の王子様作戦ってことだな? なら俺は引いてやろう」


「そういうわけじゃ」


「次は俺にも良いようにしてくれよな」


 肩を叩いて走って行く。

 馬鹿な幼馴染みにはため息が出る。

 女の子の無事を確かめる。かなり怖がっているように見えたから心配だった。


「大丈夫だった?」


「あ、ありがとうございます! 私、怖くて」


 と、深々と頭を下げている。


「そ、そこまでしなくても」


 俺も頭を下げる。

 ふふ、と女子の方から笑った。


「助けてくれたのに。変な人ですね」


 えへへ、と俺も笑う。


「私、四角華四角華(よつかどはな)です。委員会の人ですよね? 私図書委員です。たまに委員会で会いますよね」


 そういえば見たことのある顔だ。


「あ、俺は笹川祐介笹川祐介(ささがわゆうすけ)


「じゃあ、一緒に学校行きます?」


 なんだかいい空気だった。初めての体験にどぎまぎする。見た目でモテそうだのチャラそうだのと言われているるが、莉奈が俺の回りで暗躍しているのでこういう機会には恵まれなかった。


 俺にお鉢が回ってくるとは思ってもみなかったが、こういう出会いもありかもしれない。


 だが、だが、違う。俺には憧れの人がいる。


 そんな意志も女の子の笑顔の前ではもろくなってしまう。学校に一緒に行くくらいで裏切ったことにはならないだろう。そもそも、あの人とは別に恋人関係というわけでもないのだ。


「あ、ああ。そうだな」


 そうやって歩きだしたとき、背中に気配を感じた。殺気に似たこの気配。


「祐くん?」


 莉奈がいた。鞄の中に手を入れている。何が入っているのかは想像に難くない。光のない目はまっすぐに四角さんを見ている。莉奈の体からどす黒い殺意が立ち上っていた。殺気に当てられただけで飛んでいる鳥が落ちてきそうだ。


「ち、ちちち違うんだ」


 このまま誤解させていればこの四角の命が危ない。


「どうして? 私がいるのにどうして馬の骨と話す必要があるの?」


「違うんだよ、さっき貴也に絡まれてたから助けてあげて。それに人のことを馬の骨っていうな」


 このやりとりに四角が首を傾げる。


「貴也? もしかしてさっきの男の人と知り合いなんですか?」


「知り合いだけどなんて言うか」


「そうだよ、その人は祐くんの知り合いだよ」


 俺と四角さんとの河合に莉奈が割り込んでくる。


「その人はね、祐くんと一緒に組んで今みたいな手口ですぐに物にできそうな女の子を漁ってるんだよ」


 すると四角が石をどけたところにいる日陰の虫を見るような目で言った。


「最低」


 そのまま、走り去っていく。


「ち、違うんだ」


 背中にかける声は届かない。


「私がいるから良いもんね?」


 莉奈が腕に抱きついてくる。


「なに? 二股?」


「見た目通りチャレーよな」


 そんな外野の声が聞こえてくる。


「祐くんは私が大好き」


 腕に抱きついて、さらに誤解の強度を強めている莉奈を振りほどく気力もない。


 これは別に三つ目の理由というわけでもない。







 校門を前にすると心臓が早鐘を打つ。


 坂がきついとか、心臓病があるとか言うこともない。俺は健康優良少年だ。


 ただ、校門にいるであろう人を意識すると否が応でも心拍数が上昇してしまう。


 この鼓動が莉奈に伝わっていないかが、心配だった。もし、莉奈にバレてしまうとどんなことになるか。


「お、おはようございます」


「遅い」


「すみません」


 この厳しいが透き通る声を聞くと心臓が刺されたみたいに痛む。天音早月天音早月(あまねさつき)先輩その人の声だからだ。


 天音先輩は美人だ。長い髪に凜とした立ち姿。


 鼻梁もすらっとしていて、顔も小さい。なんとなく冬が似合いそうなイメージがあったが、夏服の袖から覗いている真っ白な肌を見れば夏でも良いなという気持ちになる。


 一年生の時、生徒会長としてスピーチをする天音先輩を見てからずっと気になっていた。男子のみならず、女子にも根強い人気があり、尊敬を込めて無敵生徒会長と呼ばれている。


 その容姿に違わず、実家は大企業の天音総合産業の社長宅。


 成績も学年トップだ。天音先輩が入学した年の入学スピーチも天音先輩がやったらしい。入学スピーチは定例的に試験で一位の成績を取った生徒がする。入学した手の頃から頭角を表していたのだ。


 無敵生徒会長の呼び名に恥じない無敵ぶりだった。


 繊細そうな外見をしているが、性格は豪放磊落そのものである。


「でも、挨拶するのは良いことだ。おはよう、笹川」


「は、はいっ! ありがとうございます」


 声が上ずっているが知ったことか。苗字を呼んで貰えた。もうそれだけで今日はベッドに入って寝入ってしまってもいい。このためだけに学校にきているようなものだ。


「おはよー、早月ちゃん」


 腕にまとわりついたままの莉奈が言うと天音先輩の視線が莉奈に移った。一転、天音先輩の声が甘くなる。


「もう、私は先輩だから学校では早月先輩だぞ」


「ごめんねー! 呼びやすいから」


 この二人友人同士だと知ったときは驚いた。なんでも、莉奈が入学スピーチを読むとき天音先輩にアドバイスを貰ったのをきっかけに、下の名前で呼び合う仲になったらしい。


 なんと羨ましいのだろう。


 はしゃぎすぎを自覚したのか天音先輩が咳払いをして、俺と莉奈とを指さす。


「仲が良いのは分かるがくっつき過ぎるのはよくない」


「そうだね。じゃあ、祐くんはやめて早月ちゃんにくっついちゃお」


 抱きつく動物のおもちゃのように莉奈が天音先輩の体に抱きつく。


 天音先輩の身長は高いので丁度、莉奈の顔が天音先輩の胸に埋まる。


「うりゃうりゃー」


 莉奈が顔をすりつける。


 その光景に頬が赤らんだのを自覚して俺は顔を背けた。


「こらこら、はしゃぎすぎだ」


 困ったような口調で言いながらも天音先輩の顔には微笑ましげな温かい笑顔がある。


 俺はその笑顔をしかと目に焼き付けた。


 天音先輩は無表情でも見ていて飽きない。冬の寒い日の早朝に思い切り息を吸い込んだときのような冷たさで、胸に痛くもあるが心地が良い。そんな顔だ。


 普段なかなか笑わないからこそ、天音先輩の笑顔は格別だった。


「ほら、しっかりしないと。彼氏が見ているぞ」


 莉奈を剥がして天音先輩が莉奈の服装を整える。天音先輩は莉奈が俺の彼女だと誤解をしているようだが、ここでいちいち訂正するのは野暮というものだ。



「ほら」


 天音先輩が俺に腕章を渡す。受け取った腕章は天音先輩の腕にあるのと同じ、おはよう挨拶運動と書かれたものだ。


「一緒にするんだろ?」


 腕章を受け取って、鞄を莉奈に渡す。


「悪い、これ教室に持って行ってくれるか?」


「わかったー」


 鞄の受け取り際に莉奈が俺に囁く。


「早月ちゃんがいるから大丈夫だと思うけど、私がいなくてもお行儀よく、ね」


 これは冗談ではない。脅迫である。


 俺に釘を刺して莉奈は校舎に一人で歩いていく。


 莉奈を天音先輩が校門から見送っていた。


「あんな可愛い彼女がいて羨ましいな」

 

 莉奈と笑い合った余韻の微笑を湛えながら天音先輩が言う。腕章をつけて天音先輩の隣に並んだ。あまり強く否定しても失礼になるかもしれない。


 やんわりと否定した。

 

「幼馴染みなんですよ」


「そうみたいだな。莉奈から聞いたぞ。ずっと昔から付き合っているんだろう?」


 どうやら、莉奈は裏で俺と付き合っていると天音先輩に言っているらしい。


 莉奈は俺の回りにいる女の子にはこうやって嘘を吹き込む。そのせいですぐに二股だの三股だのという噂が生まれてしまう。


 莉奈は俺が莉奈のことを好きなら回りがどうなっても良いのだ。


 天音先輩のことも危険視しているらしい。友達にもこうやって釘を刺す。莉奈、おそるべしだ。天音先輩は俺の憧れの人でもあるが、同時に莉奈の親友だ。慎重にならざるをえない。


「いや、付き合ってるっていっても、ツルんでるっていうか」


「そうか、あくまで隠すんだな。まぁ、それもいいだろう。だが、大事にしないとな。莉奈は今時珍しいくらいの良い子だ」


 誤解を訂正する暇もなく天音先輩が挨拶運動に戻った。


「おはようございます」


 だが、そうやって挨拶をしながら天音先輩に並んでいること。それがただただ、嬉しかった。


 挨拶運動の活動。それが俺が早起きをする三つ目の理由。


 そう思ったかもしれないが、実はそうではない。


 ほんとうのところ、挨拶運動は口実にしか過ぎないのだ。



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