お前らほんとに人間か?
生徒会会議でまたしても、御劔が頭髪で人を差別するような提案をした。
黙っていられない。それにこの話はもう蹴りがついていたはずだった。
「それはこの前天音先輩が」
御劔が伝家の宝刀で一刀両断に伏す。
「会長がいい、とおっしゃったんです」
「そんな」
体の芯が痺れるような感覚だった。
「一年生や自分を守ろうとするその姿勢には感心しますがね、私も苦しいんですよ」
他人を気遣うような口ぶりで話しながらも嗜虐以外の感情を見出せない。そんな御劔の目。その目が俺を捉えて離さない。
御劔の話を信じるのなら天音先輩は御劔の仲間になってしまったのだろう。
だが、天音先輩がたかだか俺に嫌がらせをするためだけにわざわざ髪の問題を持ち出すだろうか。俺への当て付けのためにこんなことをした、と思い込むほどうぬぼれてはいない。四角に自信過剰だ、と言われたばかりだ。
とにかく冷静にならなければならない。
一年生の山下と日村は失望の色を隠せないでいる。助けを乞うように俺を見ていた。
たかだか俺一人を痛めつけるために一年生にこんな顔をさせるのが天音先輩のやり方ではない。
「会長はお忙しいのでくれぐれも邪魔することのないように」
そう言い残して御劔は去って行った。
○
いつものように書類を渡そうとする天音先輩をはねつけた。
唐突な拒否に天音先輩の眉間にしわがよる。
「どういうつもりだ」
「仕事の手伝いはしません」
む、と眉をひそめていた天音先輩だったが、直に安心したように肩の力を抜く。
「そうか、奇遇だな。私もいつお前がそう言い出すのかを待っていたんだ。これで四回目だが、これ以降カウントする手間が省けるな」
話は終わったと思っているようだ。書類を持っていこうとする天音先輩の前に立ちふさがった。
「まだ話があるのか?」
「御劔先輩が言っていたことはほんとうなんですか?」
「御劔が何か言ったのか?」
「髪の色のことで」
「ああ、それならば事実だ」
目眩がしそうだ。
だとしたら天音先輩は俺を苦しめるために信条を曲げたことになる。
俺はなんのために莉奈と戦ってきたのだろう。
厳しいが公平で、なによりも気高い先輩を支えたくてここまでやってきた。睡眠時間をギリギリまで削り、眠気を払うために太ももが変色するほどにつねった。
だが、まだだ。まだ、断片的にしか情報を確認できていない。
俺の知る天音先輩は私怨で気持ちを曲げて巻き添えを増やすような人ではない。
「それは、黒髪以外の生徒は生徒会から追い出すべきだ、と言う天音先輩のご意見ですか?」
すると天音先輩が怪訝な表情を浮かべた。
「なにもそんなことは言っていない。地毛であると証明できるものを提出させたいと進言してきたから許可しただけだ」
そうは言う。だが、まだ気にくわない。
「なぜ地毛であることを証明しなければいけないんですか。生まれ持った物を否定する権利は誰にもない」
天音先輩が弁解するような口調になった。
「それは、私も反対した。校則では禁止されていないのだから証明書などなくてよいだろうと。御劔はあくまで確認であって、提出の有無を問題にすることはないと言っていたが」
少し待て、と天音先輩が言う。
「食い違っているな。御劔は地毛でない生徒を追い出すために地毛証明書を提出させる許可を求めに来たのか」
「昨日の議題ではそう聞こえました」
天音先輩がため息を吐いた。
「御劔め。いや、これは私が悪いな。あいつの考えを読めなかった。御劔のしそうなことだ」
公私が一切混じっていない顔で天音先輩が俺に向き直る。
「明日の生徒会会議では私が直接御劔にたしかめて、皆に髪の色程度で生徒会を辞める必要はないと伝えよう。御劔も一緒にな。だからその件は安心していい」
そのには俺がずっと憧れてきた天音先輩がいた。
天音先輩はすぐに表情を改めた。自分の友人を思いやる人の顔だ。
「かといって、お前の金髪や行いを容赦したわけじゃない」
「この髪は地毛です」
「なに?」
虚を突かれたような顔をしていた天音先輩が、なるほどな、と頷く。
「そうか、そうまでして髪を元の色に戻したくはないんだな」
どうやら天音先輩は俺を信用していない。一年生を守ることを口実にして俺が金髪を守ろうとしていると解釈したようだ。
今にも泣き出したかったが、情に訴えかけるとよけいに悪い推測を招くだけだ。
きっぱりとした態度を徹底した。
「信じないんですね」
「お前が莉奈にしたことも忘れたわけじゃないからな」
天音先輩の敵意のこもった目を真正面から受け止めた。
「証明すれば信じてくれますか?」
「信じたとしてもお前への評価は変わらんぞ」
それでも、先輩に知って貰えるのならそれでいい。
「証明したいのなら私が期限を決めよう。明日までだ。地毛を証明する証拠を持ってくればいい。お前の金髪がほんとうに地毛ならば簡単な話だろう?」
期限を決めたのは小細工をすると疑われているからだろう。だが、俺にはそんな小細工をする必要はない。これが俺の地毛だからだ。
強気に答えた。
「分かりましたよ」
「それで、手伝いとやらはやめてしまうのか?」
「やりますよ」
書類の山を奪い取るようにして両手で抱えた。その俺を天音先輩は両腕を組んで注意深く眺めていた。
○
今日のバイトは静夫さんの定期検診で休みだ。
さっそく家に帰り、アルバムを引っ張り出す。
小さい頃の俺の写真を見つけた。
まだ天辺にしか金髪を生やしていない俺が両手に箸を片方ずつ持ってはしゃいでいる写真だ。
さすがにこの頃から染髪はできない。証拠はこれで十分だろう。
他にも、とページをめくると手が止まらなくなった。昔の俺を見ている、というのも楽しかったが別に期待していることもある。
どこかに父が写っていないだろうか。だが、何度見返しても俺が一人で写っている写真に、秋子の手書きの丸い文字で「祐介、初めての離乳食」などと書き記されているだけで、父の影はどこにもなかった。
時間が余っていたので秋子のために夕食を作った。
料理を終えて冷蔵庫にしまう。ふと時間がぽっかりと空いて手持ち無沙汰な時間が久しぶりに訪れたのを感じた。
するとなんだか、貴也と遊びたくなった。土日もバイトが入っているので貴也とは長らく学校外で遊んでいなかった。
書類をシュレッダーにかけるのは夜でも良い。貴也たちと遊ぶのはそれほど遅くなってはいけない。
俺から貴也に連絡を入れた。
二人でファミレスに集まることになった。
いざファミレスにつくと二人では寂しい。突然すぎる招待をダメ元で未可子に送った。
『良いよ』とすっ飛んできた。
「ねぇ、莉奈っちにも声をかけてみない? ワンチャンあるかも」
頼んだフライドポテトが届いてもいないのに未可子が言う。
「でも祐介がよ」
貴也が心配する。だが、俺は莉奈が来ても構わなかった。の莉奈とは戦っていても家族だ。
莉奈からは『ごめんねー、忙しくて』と断りのメッセージが返ってきた。
「駄目だったかー」
「ま、祐介と莉奈は戦争中だからな」
ドリンクバーやドリアを肴に三人で喋った。
隣のクラスで起こった事件や誰々が誰々を好きだとか言う話をした。
こうやって三人で過ごしていると俺が天音先輩のことが好きで、それを妨害するために莉奈が俺を傷つけようとしてくるのが、まるで嘘のように感じられる。
だが、貴也や未可子にとってはそうじゃないらしく話はやがて俺を中心とした話題に移っていった。
「それでさ、どうなわけ?」
今日あったことを話した。
未可子は興味津々という食いつき具合だった。
「へーそれで地毛の証明が必要になったんだ」
未可子は日焼けサロンに通うほどのギャルっぷりだが、髪だけは黒だ。その理由が知りたくなった。
「未可子は髪染めないのか?」
「うちは日焼けサロンでいっぱいいっぱいだからさ、黒のまんま。でも夏休みバイトしてからは、ゴージャスになっちゃうよ。ま、楽しみにしてて」
腕組みをして不服そうにしていた貴也がチキンの骨をしゃぶりながら口を開いた。
「にしてもよ、地毛が黒とか金とかってどうでもよくねぇか。なんかそんなみみっちいことで騒ぐとかさ、会長さんも実際大したことねぇんじゃねぇの?」
「あんた馬鹿ねー」
未可子が貴也にほとほと呆れた、と首を振る。
「な、なんだよ。おかしなこと言ってるか?」
「だから、会長さんは御劔先輩の嘘に騙されたってことでしょ。会長さんは別に髪の色なんてどうでも良いと思ってんの」
「でもよ、だったら祐介に金髪が地毛だって証明しろ、なんて言うか?」
「それは」
状況は珍しく貴也の優勢だ。
「な、そうだろ祐介」
貴也の言うことは一理ある。だが、それは違う。
天音先輩の方からは証明しろと言い出していないからだ。
「証明したいと言い出したのは俺だ」
ふふん、と未可子が得意げな顔をする。
「ね、だから言ったでしょ」
「でも、大丈夫なのかそれ」
やけに貴也は心配性だった。
「俺の小さい頃の写真を見せれば納得すると思う」
「えー、祐介のちっちゃい頃の写真見てみたいかも」
はしゃぐ未可子の隣で貴也が腕を組む。
「でもよ、相手はあの莉奈なんだぜ? どこで何を知られてるか分かねぇぞ」
「こら」
未可子の小さい拳が貴也の頭をコツンと殴る。
「いて」
「どうして友達のことを信じてあげられないの。罰としてこれはいただきま~す」
すらっとした指先で貴也の骨付きチキンを摘まむ。
「あー、それ俺がとっておいたのに」
「食べられたくなければ先に食べなさい。はい、美少女未可子ちゃんの今日の授業でした」
「じゃあ、俺からも同じ教訓を込めて」
俺も貴也のチキンを摘まむ。
「おいおい、お前らほんとうに人間か?」
塩のついた親指をぺろり、と舐める。
「うまいなぁ、貴也。このチキンは美味いなぁ」
「だったら俺もお前らの食い物食ってやるからな」
口に未可子のフライドポテトを詰め込み、さらに俺のドリアを頬張りもしゃもしゃと上機嫌に貴也が咀嚼していた貴也が、急にうっと固まった。
上向きになって素早く胸を叩いている。その顔がどんどん赤くなっていく。
「おい馬鹿」
「ちょ、詰まったの?」
そうやって久々の休息を楽しんだ。