勘違い?
天音先輩を待つ。参考書を読みながらだ。
俺は天音先輩とは逆の参考書の使い方をしていた。天音先輩は覚えたところに付箋をつけていく。俺は覚えたところの付箋を外していくことにしていた。
外した付箋は大切に鞄にしまっておく。
参考書のところどころに天音先輩の直筆のメモ書きが残ってある。
これがためになる。
そうしたメモも覚え込んでいく。
目で追うだけでもそれなりに頭には残った。
なにしろ、天音先輩の言葉なのだ。
「あの」
顔を上げると四角がいた。
時計を見る限りまだ時間がある。
「早いな」
「笹川くんこそ」
ここに来るように呼んだのは俺だ。
参考書をしまった。
四角が俺の顔を覗き込む。
「いつもここにいるよね?」
「待ってるんだよ。人を」
「それって、恋人とか?」
首を横に振った。
「執行部の仕事を手伝ってるんだ」
「そうなんだ」
ほっとしたように四角が壁に背中を預ける。
俺のすぐ隣だ。
「笹川くんは本好き?」
「そんなに読まないかな。四角さんは本が好きなの?」
「どうして?」
「図書委員だから、そうなのか思って」
「うん。そう。私、本が好きなの。小さい時からずっと。私ってそんなに友達がいなくて。一緒にいてくれたのは本だけ」
「意外だな。友達が多そうなのに」
お世辞ではなかった。
四角は可愛い。話してみても不自然なところがない。こうやって振る舞えるのなら友達くらいすぐに出来そうだし、男も放っておかないだろう。
「そうかな。そんな風に言われたことなかったな。朝も一人で学校に行ってるし、帰るときも一人だよ」
暗い顔ではなかった。四角は孤独をポジティブに受け止めているようだ。
「一人でいたいとか?」
「そうかもね」
四角が笑う。
控えめに笑うのかと思ったら、思ったよりも声を出して笑った。
「もしかしたら運命の人を待ってたのかも」
「ロマンチックだな」
ふふ、と四角がまた笑った。
よく笑う女の子だった。
笑うことで他人を安心させたいのだろう。
いじめられている最中も俺に笑いかけていた。
罰が悪そうに四角が謝った。
「ねぇ、この前のあれ、ごめんね」
貴也のナンパの件だろう。誤解した莉奈が怒って四角を誤解させたのだ。四角は俺に悪口を言って走り去っていった。
「あの私を勘違いさせた子ってもしかして笹川くんの彼女?」
莉奈とは親しいが、恋人ではない。
きっぱりと言った。
「違うよ」
「よかった」
また、四角がほっとした。
「でも、私の勘違いなのに生徒会長に投書までしちゃった」
どうやら天音先輩に伝わったのは、四角が天音先輩の投書に投稿したかららしい。
「あの投書っていつからあるんだ?」
「よくわかんないけど、いつの間にかあったよ。廊下を歩いてたらあったから、書いちゃった」
天音先輩があんな仕事に追われているのを俺も知らなかった。
投書箱がどこに設置されてあるのかもしらない。
伝統と言うほど長くあったわけではないだろう。知名度もなさそうだった。
だというのにあれほどの量にまで膨れあがるだろうか。
まずったな、という様子で四角が言う。
「読まれちゃったかな」
「平気だと思うよ」
もう辺りは暗くなりはじめていた。
そろそろ天音先輩がくる。
○
呼び止めた俺に天音先輩は冷酷にも「三回目だ」と告げた。
「三回目?」
と四角が疑問符をつけた。
「持ちますよ」
俺がいうと天音先輩が俺に書類を手渡した。
「それで」
腕組みをして俺と四角を天音先輩が見る。
「今日はどうした」
「昨日、嫌がらせを受けていると知らせた生徒なんですが」
「嘘じゃなかったんだな」
頷いて、四角に促した。
彼女はすっと天音先輩の前に立った。
「四角華です」
名前を聞いた天音先輩が何かを思い出したようだった。
「たしか、投書を書いていたな」
「読んでくれてたんですね。でもあれは勘違いで」
「勘違い?」
迷いの混じった顔で天音先輩が俺を見る。
すぐに視線を四角に戻した。
その顔はもう、頼れる生徒会長だった。
「嫌がらせの方は?」
四角が、天音先輩に西山とその友達から受けている嫌がらせのことを話した。
ところどころ、辛そうな顔をしている。
天音先輩は親身に、四角に寄り添うようにして話をきいていた。
「そうか」
話を聞き終えた天音先輩が考え込んでいる。
「委員会のシフトかえられますか?」
「だが、あまり干渉してはな」
言いながらも天音先輩は首を横に振っていた。
「だが、そうだな。わかった。私から掛け合ってみよう」
短く四角が歓喜の悲鳴を上げた。
天音先輩は否定しようとする自分に対して首を横に振っていたらしかった。
「あ、ありがとうございます。なんとお礼を言ったら」
「礼を言うなら私ではなく、彼に言えばいいだろう。昨日も私に言いに来てくれた」
私はそれを信じなかったが、と天音先輩がぽつりと言った。
「そうですね」
四角が俺に向き直る。
「笹川くん、ありがとう」
腕組みをしたまま、天音先輩が俺と四角を見た。
「二人は仲が良いのか?」
「いえ、私が泣いてるところ笹川くんが声を掛けてくれたんです。ハンカチも貸して貰っちゃったのに、今度はこうやって助けてくれて」
「それで、勘違いとはどういうことだ?」
自信満々とは言えない面持ちで天音先輩がたずねた。
「笹川くんの友達が私をナンパしてたんです。笹川くんはそれを止めてくれただけなのに私はグルでやってるって勘違いしちゃって」
照れ隠しに四角が口角を上げた。
「それで投稿しちゃったんです。言い訳じゃないですけど、笹川くんの彼女、みたいな人にもそう言われちゃったから信じちゃって」
「それは」
莉奈か? 天音先輩の口がそう動いたような気がした。
天音先輩は、
「そうか」
と短く頷いてこほん、と咳払いをしまとめに入った。
「だが、完全に解決したわけじゃない。シフトを変える力は私にはあるかもしれないが、そこから先は四角の努力だ。だが、どうしようもなくなったらまた私を頼って欲しい」
「はい、ありがとうございます」
「それじゃあ、失礼する」
天音先輩が歩き去る。
そんな天音先輩の背中を四角が見送っていた。
「格好いい人だね」
「頼りになる人だよ」
言いながら俺は重い書類を持ち直した。
くすり、と四角が笑う。
「手伝わせて?」