俺が早起きする三つの理由
それでは始まりです。よろしくお願いします。
俺はヤンデレに飼われている。嘘ではない。ヤンデレと暮らしている人以外にはヤンデレに飼われる、という言葉の意味が分からないだろう。だがまぎれもない事実だ。
繰り返すが俺はヤンデレに飼われている。
だが、ヤンデレの方が居間に置いてある段ボールの箱に暮らして俺は自室のベッドに寝ている。ヤンデレは小学校の頃に作った秘密基地をガムテープで補修し、隣の自宅から持ってきた布団を敷き詰めそこに住んでいる。
嘘ではない。見ればいる。幼馴染みだから、ともっともらしい理由をつけて俺を監視しているのだ。
ヤンデレは人間として見れば素晴らしい。しかもこれがかなり可愛い。なんなら貧乏な俺に恵むために自費で俺の食事を用意してくれるし、朝になると起こしてくれる。
平日の朝言っておいた時間に、
「ほらほら、起きて。学校だよ」
と、体を揺すって起こしてくれる。
俺はヤンデレに飼われている。なに不自由のない暮らしをしている。
だが、困っていることが二つある。
それは俺が憧れの人と結ばれるためには、飼い主であるヤンデレの手を噛まないといけないと言うことと、刃向かったら最後無事ではすまないということだ。
○
俺が朝早く起こして貰う理由は三つある。
一つ目はこれ、朝食だ。
ボロボロのちゃぶ台にあるのはケチャップでハートが書かれた卵焼きにソーセージ。耳までかりかりに焼けたトースト。コーヒー。どれもこれも湯気を上げていてできたてほやほやである。
なんの変哲もない朝食に見えるだろう。
「ほらほら、いただきますの時間だよ」
ほららほらほら、早く食え、と変な節をつけて熱烈にすすめてくるが莉奈莉奈の魂胆は分かっている。
なんにせよ、ヤンデレなのだ。まともな飯を出せるわけがない。
比較的安全なのは目玉焼きである。これはケチャップを避けて食べればなんとかなる。目玉焼きは名前こそ物騒だが、異物を混入せずに焼かなければ綺麗な目玉にならない。
コーヒーは色が黒いため何でも溶かし込みやすいため、最後に飲むのがノウハウとして構築されてある。
トーストは伏兵だ。すり込めばどんなものでも吸収する。
その点、一般人には作りにくいソーセージは安全だった。豚の腸に肉を詰める料理はそもそも家庭向きじゃない。専門の機械なんかがないと、囓る。違和感。
「これ、どこのソーセージだ」
「スーパーだよ」
「嘘つくな」
たしかめるためにもう一度ソーセージを囓る。やっぱり、やっぱりだ。今日の莉奈オリジナルメニューはこれらしい。
「なんだか血の味がするんだけど」
「ああ、それはねぇ、ブラッドソーセージって言ってねぇ、ヨーロッパなんかでは結構食べられてるらしいよぉ~」
「へぇ、そうなのか。だったらどこの店で買ってきたんだよ」
「ええとね、スーパー山井」
「あそこにそんなハイカラなもんあるわけないだろ」
山井は個人経営の薄利多売庶民派スーパーで各種諸々の野菜や肉が安い。あの店がなければうちは破産している。
ため息を吐いてソーセージを囓る。やっぱり血の味がする。良く焼けて焦げ目もついている。見た目は美味しそうなのに、血入りなのだ。だが、火が通っているのなら構うまい。ソーセージをぱりぱり食べていく。
「ええ! 祐くん、食べてくれるの?」
「一度歯形をつけた物は全部食わないとな。それが一口目を食いし者の責任だ」
「祐くんありがとね」
莉奈がウィンクする。卵焼きの側につくミニトマトみたいにとびきりの可愛い笑顔も添えてある。
甘くしてはいけない。それはわかる。食ってしまうとより欺瞞工作を進化させて莉奈は体の一部か体液を食わせに来る。この甘さの延長線上に今がある。だが、どうしようもない。
貧乏な家で生まれ育ったせいだ。貧乏な家で母からは何も残すなと厳しく育てられた。お残しはしない。それは当たり前である。
だが、うちはそれだけじゃない。キャベツの千切りの破片やお盆に落ちたカス、茶碗についた米粒が箸で潰れてのりのようになった奴、そういうのも全部平らげなければならない。
亡き父親が母を通して俺に教えてくれた唯一のこと。一口食べた物は責任を持って全部食え。うちの家訓である。もはや生まれ持った習性のようなもので一日二日で直るようなものではない。
今日は失敗してしまったが、いつもなら莉奈のオリジナル料理は嗅ぎ分けられる。血を混入させてくるのは当たり前で髪の毛や爪などを入れてくるときもある。
髪は消化できないため、事前に見極めなければ食材が無駄になる。混入された異物を発見したら作った責任者である莉奈に食わせて俺は自分の分を作り直す。これが以外と時間を食うから朝は早めに起きる。
「でも、このソーセージ意外と美味いな」
「でしょでしょ、ソーセージマシンってやつ買ってね、競り落としてきた豚を」
「競ってきたのか」
「そうそう、祐くんに食べさせる手料理だから気合い入れたよ」
しゅしゅ、と莉奈が正拳突きをする。莉奈の家は隣にある。台所がどんな有様になっているのか見てみたかった。
近頃の莉奈はどんどん進化している。そのうち植物を品種改良して血や髪などを栄養として育つ植物なども作りそうである。
その分俺にも進化が求めれている。だが、いつまでも莉奈のヤンデレぶりに付き合っているわけにはいかない。俺には憧れの人がいる。
○
「まーだー? マーダー? まーだ?」
莉奈が退屈そうにしているが、ここで手を抜くわけにはいかない。
髪形は俺の命だ。
といっても格好をつけているわけではない。
格好良く見せるための朝の身支度などはしない。そんなことのためにするのはめんどうだ。ほんとうなら寝癖を直してそのまま外出したい。
だが、それでも身支度を調えるのはこの容姿のためだ。
父親譲りの浅黒い肌。母親譲りの金髪。どこのチャラ男だ、と突っ込みを入れられそうな格好である。
うちの学校は進学校で服装や髪形にはうるさくないが、それでも俺は整える。なぜなら、あの人が誠実な男性を好みだと聞いたからだ。
「えー、また七三分けにするの?」
「そっちの方が誠実に見えるだろ?」
といっても髪質がストレートである。頑張って整えてもまとまらないので、整髪料をつける。
「あんまり派手にならないように」
呟きながら整える。ぴしっとすると狙いすぎているので、ゆるめにキメる。美容室で教わってきたとおりにこなれた感じをイメージしてセットする。
毎日そうやって誠実そうな格好を作ってはいる。だが、出来上がるのは決まって浜辺で女の子を常に狙っていそうな大学生のお兄ちゃんである。
「眉毛がいけないのかな」
美容室で整えて貰った眉毛が細すぎて、怪しい大学生のお兄ちゃん感が強まっているような気がする。肌が地黒ということもそれを助長していた。
「最近、変だね祐くん。前までは髪形なんて気にしなかったのに」
いつの間にか耳元にいる莉奈の低くて抑揚のない声に、背中に悪寒が走る。
「な、なんだよ関係ないだろ。イメチェンだよ、イメチェン」
鏡に映る莉奈の目には光がない。
「今度髪を切るときは呼んでね、私が切るから」
「わかったよ」
後ろを振り返ったとき莉奈の姿はなかった。
これが二つ目の理由。
本作は見た目はチャラ男で誤解されがちだけど芯が通った一人の男が、彼を心配しすぎるが故にヤンデレになってしまった女に妨害されながらも、曲がったことが大嫌いな無敵生徒会長に認められるために努力し、周りの人に助けられながらやがては皆に理解される、そんな恋愛小説です。
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