Case03...繋がり
「「明日は思いっきり遊ぼう」」
「「ねぇお父さん〜、明日どこかに連れてってよ〜」」
「「今度一緒に遊園地に行かない?」」
雲ひとつ無い空。暖かい陽射し。頬を撫でる風。
見渡す限りの人、人、人。
「……はぁ」
久し振りの連休。
僕は幼馴染みと一緒に近頃雑誌等で評判になっている新装した遊園地に来ていた。
「そんな顔してどうしたのよ」
「…知ってるくせに。こんなところに連れてこられなかったら大丈夫だよ」
声に多少の苛立ちを乗せて軽く罵る。
そんな俺の思いなど知ってか知らずか、彼女は何ともない風な表情でベンチに座っている俺の隣に腰を下ろす。
「まぁなんというか…リハビリみたいなものと思って」
俺に向けられて放たれたものではない感情が俺の意志とは無関係に脳裏に焼きこまれる。
そんな「力」を持っている俺は、無意識―――防衛本能かもしれない―――のうちに家に籠ることが多い。
人の脳がいくらハイスペックだとしても、自分ではない無特定多数の他人の思考までも蓄積するこの力には対応しきれないのではないか。
そう思うことで世間的に「半分」引き籠り状態(俺はそうならないようにしているが)の自分に言い訳している。
そんな俺を、稀に訪れては「リハビリ」といって家から連れ出す彼女。
おせっかいと言ったらそれまでなのかもしれない。
だが―――
「ほら、疲れたでしょ?」
言われると同時にひんやりとした硬い物体が頬を刺激する。
受け取った缶ジュースは彼女が触れていた部分だけ少し温かくなっていた。
「…やっぱり、いつも通りなのかな」
缶ジュースのプルを引いて中身を一気飲みする俺を上目遣いで伺う彼女。
いつも通りも何も、こうなると分かっていて連れ出すのだろう。
加速する過去と未来の走馬灯。徐々に訪れる目眩と頭痛。
けれど、彼女んの俺を気遣う気持ちが少し…ほんの少しだけ痛みを和らげてくれる。
こんな俺でも気遣ってくれる人がいる。そう思うだけでも気持ちが落ち着く。
俺はほとんど空になった缶をベンチに置き、ふと彼女の方を横目に見た。
栗色のロングヘア。整った顔立ち。春を意識した淡い水色の上着とピンクのスカート。俺なんかと関わらなければ普通にもてはやされるであろう容姿。
そんな感想が上手くまとまらない思考の中で生まれた。
「こんなところに連れてこられなかったらいつも通りで済んだかな」
俺の事を少しでも気遣ってくれる。
だからこそ、彼女には関わってこないように意地悪したくなる。
もちろん俺がのこのこついてこなければいいだけなのだが。
「…ごめんね。いつも我が儘言っちゃって」
別にお前は悪くない。
その一言が喉から先に出てこない。
「もっと静かな所に行こうか」
申し訳なさが彼女を責めているのだろうか。
痛む頭を抱えるようにうなだれる俺の手を引いて、彼女は歩きだした。
「ここなら少しはましかな?」
そう言って連れてこられたのは園内の隅にある自然公園だった。ここまで来るのに普通の人なら十分くらいなのだろうが、俺達は三十分かかった。
頭痛や目眩、立ちくらみで立ち止まることなんて日常茶飯事。それでも彼女は立ち止まって待ってくれる。幼い頃からの慣れもあるのだろう。
俺が落ち着くまでの間、彼女は何も言わずに傍で支えてくれる。俺がいつも以上にひどい時には背中をさすってくれたりもした。
「…日差しがきついな」
「それじゃああっちの木陰に行こうか」
俺のさり気ない一言にも彼女は答えてくれる。それが不快な訳がない。
彼女の言った通り、俺達は公園の真ん中に植えられた大きな木の下に移動し腰をおろした。
ひんやりとした芝。風。それに呼応するかのようになびく栗色の髪。
人も疎らな空間で、ゆったりとした時間が流れる。
「いつもつらそうだよね」
頭痛も治まってきた頃合いになって、彼女が口を開く。
発せられた言葉は俺を気遣う言葉だったが、同時に憐れみを含んだようにも思えた。
「つらい?俺が?」
「うん。つらくはないの?」
彼女は俺の「力」を知っていて接してくれる、数少ない…いや、もしかすると唯一の人間。
そんな彼女が俺を憐れむような事を言ったことは今までになかったのに。
そんな感情が俺の脳裏をかすめたが、彼女の思いつめた顔を見るとそんな事は全く関係ない事だと分かった。
「いつも思う。人の過去、未来が見えてしまう事がどんな事なのか。自分の知人が過去にどんなことをしていたのか、とか。自分の知らない人がこれからどうなっていくのか、とか。知りたくなくても知ってしまうってイヤだなって」
彼女の思いつめた顔。それは俺のことを憐れんでいるのではなくて、純粋に俺の置かれた状況に自分を当てはめてみた様子を想像していたのだろう。
「まぁイヤではあるね」
「じゃあなんでつらくないの?」
「イヤではある。けど、俺の置かれた状況を想像するのと、実際俺が感じている状況っていうのは違う。俺にはコレが普通だから。だから、つらくはない…かな」
実際俺が普通の人を想像しても分からないだろうし―――。
「…あなたの見ている世界と、私の見ている世界は違う。だから、私には分からないってことだね」
そう言って彼女は下を向いて黙ってしまう。
いくら関わっていても、他人を理解する事はできない。それは自分と他人は違う存在だから。
俺の「力」は過去と未来を視る「力」。人の心なんて読めないし、リアルタイムな人の感情なんて分からない。
「ねぇ、人のココロってなにかな?」
唐突に彼女は問いだした。
「ココロ?」
「私にはアナタの過去は分かるけど未来なんて分からない」
下を向いていた彼女は、いつの間にか顔を上げて正面を向いている。
その表情は憂いでも憐れみでもなく、絶対的な自信をもった表情。
「アナタには私の過去も未来も分かる…だけど人のココロは分からない。アナタが私の未来を知っていても、私は私のココロを口に出して伝えたい」
俺は彼女が見ている方向を眺める。そこには元気そうに走りまわる少年と少女がいた。
「知っていたとしても…その先を知っていたとしても、それを言葉にして表わしてもらえるってことは嬉しいことだと思う。楽しいことだと思う。それはつまり…なんていうかな、その言葉が本当に伝わったってことになると思う。ココロに閉まっていた事が、現実になって、他の誰でも分かるような手段になったってことだから…分かる?」
目の前に広がる穏やかな光景も、相手が見ているのかどうなのか分からない。それを口にしてもらって初めて相手が見ているものが理解できる…。
「うん、わかるよ。たとえ分かっていても、言葉にしてもらいたいこともあるもんね」
そういって彼女は優しく微笑む。
幼い日に約束した互いの仲。今も思う揺るがない心。
それは俺が覚えていない、彼女から感じる過去と現在の走馬灯。
未来はまだ見えてはいない。
―――――※―――――
たまに家に訪れては「リハビリ」と言って俺を連れ出す彼女。
おせっかいと言ったらそれまでなのかもしれない。
だが、いつか言葉になるのだろうその気持ちを聞くために。
未来の走馬灯が見える前にその気持ちを聞きたいがために。
俺は彼女のおせっかいを受け入れ続ける。
主人公の視点で彼女の想いを視るということを意識しましたが、一人称で書くという前提で書いているのにも関わらず微妙な感じに…