Case02...葛藤
高校時代は割りと頭が良い方だったと思う。テスト毎に掲示される学年順位の紙には毎回前の方に名前が入っていた。
当時の担任には「お前ならもっと良い大学を選べる」等と言われたが、勉強の為に時間を費やすのが嫌で適当に選んだのがこの学校。
他の大学と比べても、良いとも悪いとも言えない普通の大学。予想以上に簡単でつまらない講義ばかりの毎日。出る意味も無いと思っていたが、出席率というもののお陰で単位が危うい立場になっている俺は登校せざるを得ない状態になってしまっている。
そんな半強制的な日課を終えた俺は人目を避けるように大学の敷地内から出た。
時刻は午後8時36分。
俺は最寄のレストランで夕食を取っていた。
朝出かけるときに炊飯器のボタンを押し忘れていたらしく、帰った時に見たそれはどっぷりと水に浸かっていた。
別にそのまま炊き始めても十分夕食時には間に合う時間だったが、一品何か作ろうという気力が湧かなかったのでそのまま外食する事にした。
近場に他の店があまり無い事もあって割と人が多い場所だったのだが、幸いな事に今日はそれほど込み合っていない。
他人と物理的な距離を取っていれば例の症状も起きない。俺はいつもよりだいぶ楽な気持ちで、カレーを食べた。
夕食を食べ初めて15分程たった頃。ちょうど良いタイミングで運ばれたデザートを食べていると、ある人物が向こう側の歩道を歩いていたのを窓越しに見た。
あれは同じ学科の学生で、常に成績上位の奴じゃなかっただろうか。短髪に眼鏡、見た目通りの委員長タイプ人間。
何となく気になってその鬱そうな姿を目で追う。もともと人がいないのに意識して人を見たからだろうか、それに呼応するかのように脳裏に映像が浮かび上がった。
白い壁に覆われた簡素な部屋。目先に映る物は教科書、参考書、問題集…。それらに書かれる漢文・英文・公式・歴史をノートに写す。
隣に座っている学生も同様な作業をする。前の人間も。恐らく後ろの人間も。
時間なんて気にしない。ひたすらに手を動かし、ペンを走らせて勉学に励む。そんな場景。
いつものように突然視えたソレは、浮かび上がったときと同様に一瞬でかき消えた。
はっとなって外を見たが、彼は既に窓から見える風景から姿を消していた。
次の日、俺は昨日と同じレストランで夕食を取っていた。今回は主菜の材料を買い忘れていた。
店員にカレーとデザートを頼み上の空で窓の外を見ると、昨日の青年が再び歩道を歩いていた。だがその表情は前回と比べると刺々しく、全体的に怒っているように感じた。
頼んだ物が来るまで暇だったからだろう。俺はまた気になって彼の動向を観察していた。すると昨日と同様、突然脳裏に映像が浮かび上がってきた。
白い壁に覆われた簡素な部屋。隅に掛けられた掲示板には「自分の目標をランクアップ」と書かれた紙が張ってある。
そして手元に広がる教科書やノート。部屋にいる全ての人間が同じ作業をしている。
しかし、目下で動く両の手が行う作業はいまいちはかどっておらず、書いた数式を消しゴムで消しては再度書き直すといった事を何回も繰り返していた。
周りの人間は黙々とペンを走らせる。自分だけが足踏みをしている。
そんな状況に苛立って力が入ったのだろうか、右手に持った消しゴムは、勢い余ってノートを半分に破いてしまった。
焦る腕。止まるペン先。見ているだけでもイライラするだろう光景。
そこで映像は光を失った。
次の日も俺はレストランに来ていた。一昨日、昨日と続いてカレーライスとデザートを頼む俺を不思議な顔で見ながら接客する店員。仕方ないだろう。炊飯器は押し忘れでは無く故障だったのだから。
再びやってきた夕食までの待ち時間。俺は意識して窓の外を眺めた。
やはりというか何というか。ここ数日でよく見かける青年が歩道の少し前にある交差点で立っていた。
俺はまろでそれが日課になったかのように、青年の動向を眺める。人間観察する趣味は無いが。
そんな一人芝居を脳内で展開していると、信号が青になって歩行者が歩き出した。当然青年も前に進むが、その歩調は酒でも飲んだかのようにおぼつかず全体的にふらふらとしていた。
なにかあったのかと青年の顔をみると、その顔はひどく青褪めていて、ブツブツと何かを呟いていた。
何があったのか気になってさらに観察していると、また映像が浮かんでくる。まるで俺の心に反応しているかのように。
再び白い部屋。隅の掲示板には「実力考査」と書かれた紙が張られている。周りの人間は皆用紙を手に雑談や点数の競い合いをしていた。青年はその輪に加わる事無く一人掲示板へ向かう。
張り出された「実力考査」の紙の横。恐らくテストの順位が書いてある紙。彼の名前が分からないので順位は確定できないが、眼前に持ってこられた震える用紙を見て理解する。
彼の名前が書かれている順位は…19位。その下に記されている前回のテストは4位。
その順位表を破り捨て、廊下に走り出る所で映像は終わった。
現実に還り、窓の外の彼を見る。20m程の横断歩道をギリギリで渡り終えた所を見ると相当にショックだったらしい。
あまりにも挙動不審な姿だったので声でもかけようかと思ったが、かなり遅くにやってきた夕食とじきに来るであろう頭痛に負けて、そのまま彼が無事に帰れる事を祈った。
―――――※―――――
翌日の放課後。
俺は授業終了のチャイムと同時に廊下に出た。
「ねーねー聞いた?文系の―――君。昨日交通事故にあったらしいよ」
「うっそー!そういえばあの人結構頭良い方だったよねー」
「それがね、こないだの塾の実力テストでめっちゃ順位下がったらしいよ」
「え?じゃあ自分から?」
「さぁー。見てた人いないみたい。生きてるらしいんだけど、なん…」
途中、たむろっている奴らの話が聞こえてきた。なぜ人の不幸を面白可笑しく話せるのだろう。
それより連日の彼の事が気になった。あんなに病むまでの事ではないと思うのだが。
人の過去を見ることは出来ても、人の心まで見る事は出来ない。
彼にはそれを実感させられた。
いまいち言いたい事・伝えたい事が文にできなかった・・・。
もっと精進していかなければいかないと思った今日この頃です。