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Law&Highスクール!  作者: とーらく
2/3

事件1⑴一家無理心中殺人事件

東京法科高等専門学校、通称東京ローハイ。そのとある教室で、弁護クラス4限目、刑事法の講義が行われている。


『…なので、この事件から既に仲間の行った傷害の犯行に後から加わった者が共犯となるか否かは、未だにはっきりしない。私としては共犯不成立だと思うがね。…こんなものか。よし、この点についてレポートを提出するように。期限は来週のこの講義だ。』


団野教授がそう言うと、カリカリとメモを取る音が静かな教室に響く。


『…時間が余ったね。少し刑罰論について話そう。N基準のすべての要件、わかる人は?』


教授が教室内を見回しても、生徒たちはメモを取り続けている。いや、メモを取るフリを続けている。


んなもんわかるか!と心の中でツッコミを入れながら、痛い沈黙の時間が過ぎることを願う少年がここに1人、名は稲葉龍一。東京ローハイ二年生の17歳。中肉中背の身長172センチ。髪は四方八方にピョンとはねており、今は空白のノートを睨むのに必死だ。

少しでも目立たないように、他の生徒と同じようにノートに必死に何かを書き込むフリをして、処刑人が自分を当てないようにとただ願う。


しかしそんな中、シャキッと手を上げる、1人の生徒がいた。


『えーっと…その席は宍戸くんだね?よろしい、答えなさい。』

まさか手を上げる生徒がいるとは、という少し驚きの混じった表情で、団野教授はその生徒を指差した。


『性質・動機・計画性、犯行態様、執拗さ・残虐性など、殺害被害者数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状、の9つです。正確には要件ではなく、考慮要素です。最高裁はこれらの事情を総合的に考慮して死刑を判断しています。』


宍戸と呼ばれたその生徒が答えると、団野教授は低い声でウムと頷き、


『予習課題にしていなかったのによくぞ答えた。その通り。』


教授はそう言って軽く拍手すると、つられるように教室内は拍手に包まれた。女子の多くは宍戸に拍手に熱い視線もセットで送っている。宍戸はいわゆるイケメンなのだ。

イケメンな上に頭がキレる、そして努力家。同級生男子にとっては恐ろしいことこの上ない。


拍手が収まったところで教授は話を続ける。


『これは、当時未成年であった犯人が無差別に4人を殺害した事件において示されたものだ。殺人罪が成立することには問題のない事案だが、このことから直ちに死刑判決を下すことが許されるのか争われた事件である。

さて、この判決、なにが問題だと思う?…それでは…稲葉くん』


当たってしまった。しかし稲葉は質問の趣旨がさっぱり読めない。

一体なにが問題なんだ?4人も人を殺めた鬼畜みたいなやつは逮捕即死刑台でいいじゃないか…なんて考えが顔に出ていたのか、教授は考え込む稲葉の顔をじっと見ると、


『稲葉くんは死刑制度存置に賛成なようだね?いや、いや、全くよろしい。ここは弁護クラスだが、必ずしも弁護士が廃止論を唱えなければならないわけではない。そもそも入学の段階で弁護クラスを志望していたものが全員ではないだろうからね。』


ここローハイの全体定員は300名。その中から裁判官クラス60人、検察官クラス100人、弁護クラス140人に振り分けられる。

しかし、入試倍率はそれぞれ40倍、30倍、20倍。例えば、検察志望のものであっても成績によっては弁護士クラスに振り分けられることも少なくない。

稲葉も入試の段階では検察官クラスを志望していたのだが、検察官クラスの希望者の中では入試成績が芳しくなかったため、弁護クラスに振り分けられたのだ。


『話を戻そう。この犯人は幼少期から虐待を受けていたこと、犯行時未成年であったこと、配偶者を得ていたことなどから死刑判決を下すことが躊躇われ、実際高裁では無期懲役判決だった。しかし最高裁は…』


キーンコーン…

と、そこで授業終了のチャイムが鳴った。


『あぁ、時間か。この基準の詳細は次週にしよう。それではこれで講義を終わろう』





団野教授が教室を出ると、さっきまでの緊張感は何処へやら、教室内はザワザワと賑わい出す。


『かぁーっ!宍戸くんはすごいねぇ。試験に出ないようなところまでちゃんと勉強してるんだから。それに比べて…お前は吐くのをこらえてたのか?』

そう言って声をかけてきた隣席のツンツン頭の少年は、検察クラス二年の土田。エリートが集うローハイにはそぐわない、チャラチャラした雰囲気を醸し出している。稲葉の仲のいい友人の1人だ。


『うるさいな。それにしてもすごいよなぁ…あいつどれだけ勉強してるんだろう』

はぁ…と稲葉も溜息をつきながら土田に同調する。自分も必死で勉強しているのに、何故か勝てない。顔でも学力でも負ける不条理さに、稲葉はとうの昔に立ち向かうのを諦めていた。


『そんなことより!』


自分で振った話のくせに土田はイケメンに興味を失ったのか、


『前回の試験の結果が張り出されたってよ、見に行こうぜ!せめて200位以内に入ってもう少し骨のある事件を配点して欲しいぜ…。この前配点された、パンツの中に覚せい剤隠してた事件なんて、被告人に反省してるか聞いたら、『はい、もうパンツは履きません』だと。そこじゃねーだろ!』


事件のくだらなさに稲葉は思わず吹き出してしまう。


ここローハイスクールでは、成績のいい者から難度の高い、重大な事件を配点され、事件を担当する。例えば上位層には金額が1000万円を超える民事事件、殺人、強盗、放火などの刑事事件、憲法訴訟など、第一部と呼ばれる事件が配点される。成績が中位の者には1000万円以下の民事事件、窃盗、詐欺、横領など第二部と呼ばれる刑事事件が…というように。成績のよろしくない土田は、いつも単純な第三部の事件(簡単とは言っていない)ばかり配点されるのだ。


『三部の事件はそんな酷いのか…。二部の事件は窃盗と傷害ばっかり。やっぱり一部の事件扱ってみたいよなぁ…。』


『この前宍戸は1億の不当利得返還請求訴訟が配点されたってよ。いいよなぁー、巨額の訴訟、やっぱカッコいいわ』


『ノーパンの薬中毒者と比べちゃあなぁ。』


『ははは…。』


『『はあ。』』


シンクロした溜息をつくと、次の配点が決められる判決文を見るため、2人は席次表の掲示された廊下へ向かった。




一階の掲示板に着くと、既にそこには人だかり。

『あぁ〜…順位下がってる…やっぱ民法で信義則持ち出すのはまずかったかぁ…』『裁判官クラスは相変わらずやべえな…』『お、伊藤さんトップ10入りしてる』『また星野と新堂か…』『ゲェ…順位が20も落ちてる…これって配点事件のレベル下がる?万引きとか?』『我妻つかさやべえな…全科目90近く取ってるのかよ…』

各々が試験の結果に一喜一憂する中、稲葉は自分の名前を探す。


第1回 論文式考査 席次表(800点満点300人中)

一位(裁) 我妻 つかさ 713点

二位(検) 星野 嶺二 620点

三位(検) 新堂 愛 619点

四位(裁) 井田 サトシ 570点

五位(裁) 芦部 遊 567点

六位(弁) 宍戸 不三也 566点

七位(裁) 酒巻 真紀 564点

八位(裁) 江頭 貴音 562点

九位(検) 伊藤 千早 561点

十位(弁) 緑 ハヤテ 557点

百位(弁) 稲葉 龍一 420点

三百位(弁) 土田 虎男 202点

以上

※弁護クラスの土田虎男は民法学教授控え室に来るように。



(わかっていたことなんだけどなぁ…。憲法では表現の自由と営業の自由の取り違えがあったし、民法では最後の外観法理の記述が甘かった。商法では株式発行の無効を認めちゃったし…それにしても土田やべえだろ…)

稲葉は先日の試験の内容を反芻しながら、掲示板の席次表を溜息交じりに見つめた。


『うおぇ…民法の相殺ババアに呼び出しくらってるじゃん…ちょっくら行ってくるわ!』

掲示板を見た土田はそう言うと、廊下を走って階段を駆け上がって行った。

(『土田ぁ!廊下走るな!校則守れんやつが法律守れるかぁ!』)


…なにやってんだか。それにしても相殺ババアって、あだ名のセンス…


点数と順位を確認した稲葉も教室へ戻ろうとすると、後ろで、

『あー!また!またよ!我妻と星野に…っ!』

激しい感情を露わにして地団駄を踏む女の子がいる。明るい色の髪は肩くらいまで伸び、緩やかなカーブを描く。背は160くらいだろうか、とても愛らしい顔に悔し涙を浮かべている。

(ものすごい悪態をついている女がいる…かかわらんとこ)


『くそったれ!』

バコーン!


そろそろと稲葉がその場を立ち去ろうとすると、尻に強烈な痛みが。後ろの女が稲葉の尻を蹴っ飛ばしたのだ。

稲葉は目に涙を浮かべて振り向き、文句を言ってやろうと口を開こうとすると、


『あ、ごめんごめん、つい蹴っちゃった!』


稲葉が物申す前にてへぺろっと舌を出して謝る彼女。その瞳は大きく潤んでいて、心なしかいい匂いもする。

可愛らしく謝る顔に稲葉はつい蛮行に無罪判決を出しそうになる…が。

そんなことでは尻の痛みは消えるはずもなく。


『痛えなにしやがる!気に食わない成績だからって人のことを蹴るな!』


『だから謝ったじゃない。ごめんって。男なら少し痛かったくらいでグチグチ言わないの。』


『それは君のいうセリフじゃないだろ…。暴行罪で訴えたい気分だよほんと!』


『あーら、刑事裁判であたしと戦う?いい度胸じゃない。今のが不法な有形力の行使?いいわ、完璧な証拠を揃えてかかって来なさい』


顎の下からズイっと見上げるその瞳には炎が宿っているかのよう。とんでもない気迫だ。


『検察か…』


『あたしのこと知らない?新堂愛よ。いつでも訴えて来なさい、相手になるわ。もっとも、あんたが一部の事件を配点された場合の話だけど!』


言いたいことを言うと、ふんっ、と踵を返してどこかへ行ってしまった。


『あいつが検察二位の新堂愛か…。とんでもない凶暴女じゃないか。まあ顔はタイプだけど…はあ…。言い争うのにリングにも立てないのか俺は…。』


稲葉の溜息は止まらない。







『あ、稲葉くん』


次の講義の用意をしていると、クラスメートの井上岬が声を掛けてきた。


『稲葉くんに事件が配点されたって先生から渡されたよ。これ。ちゃんと渡したからね!』


『あぁ、ありがとう』


受け取った封筒には『東京法科高等専門学校 事件係』とある。開けて中身を出してみると、そこには卒業証書で使われているような、高そうな紙が入っていた。





『事件依頼書(第一部取扱事件)』


・被告人 西 武文


・罪名 殺人(刑法199条)


・概要

西 武文は、◯◯年3月19日某時刻、東京都辰巳町67-4-7の自宅において、その妻及び子の2人を殺意を持って台所包丁(刃渡り16.5センチ)で刺突し、死亡させたものである。


・留置施設

東京都辰巳警察署


・担当検事

新堂 愛


・担当裁判官

我妻 つかさ

井田サトシ

酒巻真紀

以上






『…へ?』

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