第1話 転属した支部の上司が腹黒だった
亡霊
この世に未練を残し逝った者は虚ろな人影となり世界に蔓延る
亡霊たちはみな、生きた魂を求めさ迷い続ける
最初の亡霊が現れてから80年
遺された者は武器を手に取った
亡霊たちをあの世へ送り返すために
彼らは滅却師と名乗っている
10年前、町を亡霊たちにより滅ぼされた
家族も友達もみな亡霊と化し次々と襲いかかってくる
間一髪
当時六歳だった私を救ってくれたのは三人の滅却師であった
そして現在、
世界各地に設置された滅却師団体支部で私は滅却師として働いている
「おはようございます」
朝、食堂に着くとたくさんの滅却師でごった返していた
おはよう、おはよーさんと次々に声をかけられる
最近、大きな異動があり、日本第78支部は過去最高の人口密度となっている
こんなに人を異動して大規模な掃討作戦でもあるのだろうか
と考えながら配膳された朝食を手に空いてる席を探す
「アカツキー!ここー空いてるよー!」
人ごみの中、ブンブンと手を振る女性の元へ人の間を縫って向かう
「先輩、ありがとうございます!今日もすごい人ですね」
「にぎやかでいいじゃない」
間宮先輩は長い髪を耳にかけながらご飯を口へと運ぶ
私も箸を手に取り温かいお味噌汁をすする
最近の食事は質があがったのか料理人の腕があがったのかとても美味しい
それまではカラカラの干し肉やパサパサのじゃがいもであった
景気が回復しているということなのだろうか
「でも、ここでの生活も、この美味しい食事も今日で最後なんですね…」
そう、私も異動が決まっており、お昼過ぎには、ここより後方の第77支部へと出発する
朝ごはんを食べたあと、先輩と業務の引き継ぎを行いあっという間に出発の時間となった
滅却師になって2年
新人の私をここまで育ててくれた先輩には本当に感謝している
異動してきたみんなとも短い間だったけど楽しかった
「向こういってもがんばりなさいよ!あんたはここのエースなんだから」
ニッと屈託ない笑顔で先輩は私の背中を叩く
「エースなんて大袈裟な…先輩比べたらまだまだで…」
「アカツキ…」
先輩は私の肩をつかみうつむきながら私の名を呼ぶ
「あんたは私の…この支部の宝よ!向こうへいっても強く生きなさい!」
先輩は目に涙をいっぱい溜めていた
「…はい!」
私も泣きそうになるのをこらえた
第78支部から第77支部までの距離は車で1日かかる
「手紙、書きますね!」
そういって私は自走式魔導力車に乗り込んだ
「私も書くわ!ちゃんと返事寄越しなさいよ!」
ニコと笑った先輩の目から涙が溢れた
車から外を見ると支部の全員、支部長から料理人、事務員さんまでがお見送りをしてくれていた
こんな盛大に送られるなんて恥ずかしいなと思いつつみんなの姿が見えなくなるまで手を振り続けた
手紙を送るといった時、先輩の顔が一瞬曇った気がするが杞憂だろうか…
ガタガタと揺れる車の中
私が過ごした支部のことを思い返していた
*
「本日付けで第二師団に配属となりました赤月 真です」
ここは支部長室
目の前には40代くらいの男性と
私と同い年くらいの少女…いや少年だろうか
とにかく綺麗な顔立ちをした人が椅子に座る支部長の隣に立っている
「長旅ご苦労だったな、疲れたろう…休むといい」
「彼はジン、今日から君の教育係としてサポートしてもらう。ジン、あとのことは君から説明してくれ」
「かしこまりました」
支部長は隣にたつジンという人に声をかける
声からしてジンさんは男性のようだ
「それではお部屋のほうへ案内しますね」
ニコっとジンさんは微笑み支部長室から出ていく
支部長に一度敬礼したあとジンさんに続いて部屋を出た
コツコツという靴の音を響かせて廊下を歩くとほどなくして一つの扉の前で立ち止まる
「ここが赤月さんのお部屋になります」
ジンさんは鍵をポケットから取り出し鍵穴へ差し込む
カチャと軽い音をたてて解錠されるとドアのぶをひねり中へと入る
私もそれに続いた
部屋はそれほど広くはなく
ベットと執務用のデスクと椅子
服をいれておくようのクローゼットと部屋のすみにあらかじめ送っておいた私の荷物があった
前の支部では大人数で部屋を使っていたため
狭いと言えど一人部屋を貰えてラッキーだと思う
部屋を見回していると
ジンさんがこちらをジッと覗き混んでいることに気づいた
かなり顔が近いような気がする
ジンさんは肩まで伸びた艶やかな黒髪を綺麗に切り揃えてあり、前髪も切り揃えてある
肌は白く、切れ長な目はこちらを楽しそうに見つめていた
形のいい唇は下弦を描いている
昔、ばぁちゃん家でみた日本人形そっくりな出で立ちから少年なのか少女なのかがわからなかったのだ
「な、なんでしょう…?」
こんな綺麗な人に見つめられたのは初めてでドキドキと鼓動が高まってしまう
「君が78の生き残りかぁーあんまり強そうに見えないけど」
78の生き残り…?なんのことだ?
だんだんと冷たい汗が出てくるのがわかる
先ほどまでのキラキラスマイルは消え、ニヤニヤと嫌な笑い顔でこちらを見る
「あれ?前の支部長から聞いてないの?昨日の夜、第78支部は壊滅したんだよ?計画的にね」
壊滅…?なにそれ
言葉がでてこない
パクパクと口を動かすだけの私にジンはさらに続ける
「数ヵ月前、78支部の近くで大規模な亡霊反応が出たんだ、それを受けて上はどうしたと思う?戦鋭部隊を派遣するでもなく避難させるわけでもなく、日本全国の支部から一番弱い奴らを78支部に集めたんだ。そして昨日の夜、掃討作戦と称した口減らしが行われた」
クスクスと笑いながら話すこの少年に疑問を抱く
なにがおかしいんだと
「もともと、78支部に配属される奴は捨て駒、気にとめるやつなんていないよ」
「よかったじゃないか、あのゴミ溜めから抜け出せたんだから」
私はジンを殴りたい気持ちでいっぱいだった
自然と拳に力が入る
「理由はどうであれ、死者を嘲笑うのはどうかと思います」
握った拳を隠すかのように後ろで手をくみジンをまっすぐ見据えた
ここで殴りかかるのはこいつの思うツボだと思った
「…ふーん、もっと激昂するかと思ったけど、つまんなーい」
やはり…
ジンはさも、おもしろく無さそうに備え付けの椅子へと腰をおろす
…早く部屋から出ていってほしい
「支部長がいってたように僕が君の上官だ、くれぐれも僕を困らせないでくれよ。」
ジンは被っていた軍帽を指でくるくると回す
「僕の部屋は右隣、夜は静かにしててね」
そのあともここでの生活の注意事項や決め事をつらつらと話しているがほとんど耳に入ってこない
78支部の壊滅…
あの美味しい食事はこれから死に行くものの餞であったのだ
先輩の顔が曇ったのも先輩はすでに自分の運命を知っていたんだ
強く生きなさい
先輩の言葉が強く、胸に刺さる
「以上、じゃ僕は仕事に戻るから あ、そうそう、僕のことはジン師団長と呼びたまえ」
そういってジンは部屋から出ていった
扉が完全にしまった音を確認して私はその場に泣き崩れた
*
「盗み聞きかい?永倉支部長殿」
ジンは部屋を出たあとすぐそこの壁に寄りかかっている支部長に声をかける
「第78支部のことは俺の指示がでるまで黙っていろと言ったはずだが?仁蔵」
ギロリとジン…本名 篠塚原 仁蔵を睨む永倉
「その名前で呼ばないでよ。僕は善意でいったまでさ。僕のやり方に口を出さないでくれるかい?」
永倉の横を通りすぎる
「そんなに昔助けた少女が大事ならお前が面倒みろよロリコン」
ジンは廊下の角を曲がり永倉の視界から消えた
「好きな子を苛めるのはお前の悪い癖だ、クソガキ」
永倉の独り言は誰に聞かれることもなく
少女のすすり泣く声が微かに響くだけであった