漆黒と紅
危ない所だった。彼女ーー自分の座席の後ろから身を乗り出しているーーが言っていた、仲間の船とはこの事だったらしい。確かにあちこちがボロボロで、なんで飛んでいるのかわからないレベルだ。さらに今の今まで敵にブリッジをやられそうになっていたのだから相当なピンチだったのだろう。
あの灰色の機体も先程の射撃で一旦飛び退いたが、もう一度接近してくるだろう。自分の存在がある以上、安易には近づけないだろうが。
コンソールから聞き慣れた女性の声が聞こえてくる。アルスだ。
「先程から施行していた通信がようやく繋がりました。映します」
画面に船のブリッジと思わしき場所が映る。真ん中の椅子に座った偉そうな人が、恐らく艦長なのだろう。
そういえばこういう時なんていうんだっけ?こちら〇〇みたいな感じでいいのか?
ーーなんて考えていたら、向こうから語りかけてきた。
「こちらは帝国軍第22特殊作戦部隊隊長のサレム・S・ジャクソンだ。そちらの所属と階級をーー
ーーいや、後ろのお前はイアか。なんでお前がそこにいる?あと操縦してるソイツは誰だ?」
「コイツがこの機体を起動させた。だから乗せている。後は成り行きだ。何故?って私が聞きたい」
「そうかーーソイツがーー」
そうやっておじさんーーサレムと言うんだったかーーが言い終わるやいなや、警報音。
そうか、まだ生きてるんだったなあの機体。ようやく身寄りができそうなのに…。なんとしてでもこの船は守らなければいけない。
「とりあえず、話は後だ。まずはアイツを倒してからだな」
「了解!」
頷いて、戦闘機動に入る。
先ずは一発ーーが、当たらない。 最後の一機とあって、流石の手練れのようだ。
しばらく射撃の応酬が続く。ここらで気づいた。自分の置かれている状況が不利なことに。
こっちは図体の大きい船を守りながら戦わなければいけないため、どうしても行動が制限される。しかし相 手に守るものはないため、自由に動き回れる。その違いだ。
しかもなかなか接近させてもらえない。やはりさっきの敵とは動きが違う。
このままだとーー
声にするのも束の間、流れ弾が船に当たる。どうやら致命傷ではないようだが、このまま長引けば敗北は必死だ。
「アルス!」
「ええ。一旦ここから離れましょう。この付近で戦うのは大分リスキーです。体当たりでもなんでもして出来るだけ遠くへ遠ざけたいところです」
「だから、それが出来たら苦労はーー」
「粒子を機体前面に放出。擬似シールド生成完了」
途端に、赤い粒が機体全身を包んだかと思うと、薄い膜のようなものができた。機体の前に壁が一枚できた感じだ。成る程。これでーー
「このシールドなら数発は耐えられるはずです。時間が切れる前に、早く!」
「ああ!!」
頷くと、そのまま敵に突っ込む。当然銃口を向けてくるが、避ける必要は無い。ーー多分。
直撃。衝撃と共に一瞬視界がくもるが、機体にダメージは無い。狼狽した敵の隙をついて、そのまま頭突きの形で体当たり。余りあるスラスターの勢いに任せ、相手と共に艦から出来るだけ距離を取る。
気づけば先程まで守っていた船は遥か彼方。ここでなら存分に戦えそうだ。
コントロールパネルから《SVS》を選択。こうなれば速攻でケリをつけたい。
「行くぞ、アルス!」
「ええ!!」
真紅に染まった剣を手に取り、そのまま接近。相手も剣を構えるが、それも想定内。加速がついたこちらの方が有利だ。このまま押し切ーー
ーーれない。巧みな機動で剣先を逸らすと、間髪入れずに刺突を繰り出してくる。
すんでの所で回避。コンマ数秒前まで機体があった場所に剣閃が走る。
少しでも動きが遅れていたらーーそんな考えが頭をよぎるが、そんな事を気にする余裕もなく、次の打ち合いへ。
自分の成長が実感できる。一合、二合と切り結ぶ内に、だんだんと相手との読み合いが可能になっていく。身体と思考が最適化され、感覚が研ぎ澄まされる。これが与えられた偽りのものだとしても、今はーー
激しい衝撃。半実体剣であるSVSの耐久値が段々と減って行く。付け焼き刃の自分の技術なんかよりも、相手の方が圧倒的に上だ。だが。
最早何合目かも分からない剣撃の後、微かに相手の動きに鈍りが見えた。長い間の攻防に、辛勝したのは自分だったのだ。澄んだ脳内が、相手の変化をより強く認識する。そしてそれにつけ込むのは自明の理だ。
一閃。相手の片腕が宙を舞う。
勝った。そう思って刃を振るった矢先ーー何故か強い違和感を覚えた。本能的に後ろに下がる。一歩下がったことにより、違う時間が流れ出した。
そして、冷静に前を見た先には、漆黒のオーラを纏う敵の姿があった。サブモニタに映る敵の熱量が格段に上昇する。間違いなく先程とは様子が違う。
スピーカーから声がする。悍ましく、この世の闇を湛えたかのようなどす黒い声。
「マガイモノ……イブツ……ハカイ」
「……この声は?!」
「……恐らく、敵のシステムの暴走です。機体のリミッターが外れているので、先程とは比べものにーー」
アルスの声が終わるより先に、敵が動いた。
衝撃。ただのタックルの筈なのに、今までで一番のダメージが身体を貫く。
なるほど。これは普通じゃない。速さもパワーも段違いだ。なんとか反撃をーー
再び衝撃。今度は先程より重い。コントロールパネルの表示が一気に赤になる。相手は片腕のみ。切断面からはコードのようなものがだらんとし、血液の如く液体が漏れ出ている。一見して普通に動けるのはおかしい筈だ。
回し蹴り、間髪入れずに踵落とし。機体の節々が一撃喰らうごとに悲鳴をあげる。ついにコックピットの内部が歪んだ。胸部に強い衝撃を受けたようだ。腕はまだ動く。戦える。
音響系の配線もやられたのか、ノイズの混じったアルスの声が聞こえてくる。
「……こうなっ……いって……」
「なんだ?!何て言ってる?」
「ス……レット」
「スー?」
「……カーレット……スカーレット……!!」
聞き取れた。最後の力を振り絞ったのか、アルスの声がなくなる。意思は継がなければいけない。奴を、倒す。
「……コード・スカーレット!!」
そう叫んだ途端、機体に力が溢れるのが分かった。あの時空で見たものと同じ物だ。ただ、より圧倒的に、より根源的な力を感じる。機体は再び真紅に輝きだし、周囲の景色も歪む。熱い。ひしゃげたフレームから外気が少し伝わってくるのだ。
次元の裏側の力。この世界には存在しないもの。そうとしか思えない力の本流を感じながら、敵に向き直る。
相変わらず一直線に、故に迷いの無い動きで打撃を繰り出そうとしてきていたが、先程と一転、やけにゆっくりに見えた。
回避。そのまま相手の手を掴んで放り投げる。なぜか、怒りの感情が伝わってきた。当然だろう。先程まで赤子同然に思っていた相手からの反撃を受けたのだから。
今度は油断しないとばかりに全力でこちらに向かって来る。こちらも全力で迎え撃つ。
打、打、閃、打、突、打ーー
紅と漆黒の尾を引いて、二つの光が衝突する。それこそ、光速と言っても差し支えない速さで。
互角に見えた両者の戦いも、いつかは終わりを迎える。片腕が無い漆黒と、満身創痍の紅。どちらも消えかけの最後の灯火を輝かせているに違いはないが、最後に女神が微笑んだのは、紅の方だった。
終幕の瞬間は、ほぼ同時。刺し違えた剣と拳は、相手の心臓部である動力源を確実に捉えていたが、破壊できたかどうかは別問題。紅の心臓は無事で、漆黒の心臓が穿たれていただけに過ぎない。天運か、必然か。なにはともあれ、勝利したのは紅の機体だったのだ。
「勝っ……?」
彼の朦朧とした意識の中で、赤色の花弁が散っていた。それはやがて鳥になり、別れを告げるように振り返ると、そのまま飛び立つ。
「ああ。さよ……なら……」
そう呻くように呟くと、彼はようやく、意識を手放した。
彼を繋ぎ止めんとする背後の女性の声を、心地良く感じながら。