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少は大を喰らう



「残りはあと何機だ?!」



激しい怒号の飛ぶ機内。何ら武装の持たない輸送船で、縦横無尽に飛び回る「灰色」から逃げ回るその姿は、あまりにも非力であった。



「残り5機です!シールド耐久値残り20パーセント!」



「…ッ。不味いな…」



そう悪態を吐いたのは、この船の命運を握る小隊長、サレム・S・ジャクソン。何故一端の小隊長が船の指揮を執っているかはさておきーー



今この艦は、危機に面している。




敵の戦力のエージスフレーム5機に対して、こちらの機体は2機と図体だけ大きい輸送船1機。この状況で既に10分以上経過しているのだ。

これだけでも対エージスフレーム戦においては凄いことなのだが、流石に消耗戦に徹し始めている。エージスフレーム2機といっても、飛行能力すら持たない旧世代機。半開きにしたハッチから途切れ途切れ応戦するのが精一杯だ。



そんな状況で、小隊ーーアークラティア皇国軍第22特殊作戦部隊、通称ブリューナク隊ーーの部下5名+αの命を預かっているサレムの心情は、穏やかではなかった。



額から溢れる玉の汗を拭い、ひたすら損害報告を聞き続ける。彼自身も、自分の顔色が悪くなるのを部下に隠すので精一杯だった。戦闘時の船の指揮なんて昔教練学校で何度かやったくらいだ。急に上手くできるわけがない。



「要請した援軍はどうなった?!」



ヘッドセットをはめたクルーが答える。


「それが……先程から何処とも繋がらなくて……」




「電波妨害か……!」



(このままでは……)



痺れを切らしたように、 オペレーターの一人、確か祖国に家族でも残して来てるんだったかーーが振り向く。


「艦長、防戦一方では間違いなく撃墜されます。何か指示を……!」



「そんなことはわかっておる!いいから報告に徹するんだ!!」



オペレーターは一瞬絶望的な顔をして、苦々しい返答をする。



「……ッ!失礼……しました…。」



艦内の空気が一段と暗くなる。根からの職業軍人である彼には、気の利いた返答などできない。そのように教育され、修練をしてきたのだから。



(何か、この状況を打開する方法を……)




そうこう考えこむ間にも戦況は確実に彼を追い込んでいく。蝿の如く周囲を飛び回る人形に慈悲などない。



ふと、正面のモニターにアクセス。下で応戦をしているエージスフレームパイロットからだ。



「繋げ」



険しい表情をした男の顔がうつる。男の名前はルードリッヒ・レーヴェンヘルツ。サレムが信頼する数少ない小隊員であり、若輩者ながら精神面、実力面でも優れている。サレムふくむ彼と親しい者は、レヴと呼んでいたーー


そんな彼からの通信だ。サレムの顔も一層引き締まる。



「こちらbr(ブリュー)3。一つ案が」


「唐突になんだと思えば……。言って見ろ」


「格納庫に、『例の機体』用の予備エンジンがあります。ソレを使わせてください」



「……確か、MVNR(マーブナー)だったか。別に構わんが、どうするつもりだ?」




「爆発させます」





ブリッジが騒然とした。MVNRは核分裂炉であり、それの爆破をすればここら一帯全てが吹き飛ぶことになる。当然、この船も無事ですむはずがない。あちらこちらから否定的な声が上がる。



「ふざけるな!道連れになれってか?!」


「自殺死亡者は勝手にやってろ!」




誰もが批判的な意見を飛ばす中、一人だけモニターを凝視する者がいた。まごう事なき、サレムである。

大きく息を吸って、一喝。


「黙れッ!!!!!!」



ブリッジが静まり返る。中には、悪態を吐く者もいたが。


「どうせ誰も案を出せなかったのだろう?代替案のある者はいるか?ん?」



「……」




「……無いみたいだな。レヴ、続けろ」



レヴは感謝すると一度目を瞑り、喋り始めた。


「了解しました。勿論、艦内でMVNRをオーバーロードさせてはただの自殺ですが……この機体に搭載されているエネルギーシールドジェネレータをバイパスします。シールドを反転させて擬似的にここら一帯を包みこみます。こうして内部からは出れず、外部からは入れるフィールドが完成します。この状態で艦から切り離したMVNRをオーバーロードさせ、私達だけそのフィールドから脱出出来れば敵機のみの撃破が可能です」




ブリッジにいる者の理解は半々と言ったところだ。納得する者、半信半疑な者、顔を青くする者、ポカンとする者ーー様々だが、具体的な策で光明が射したというのは共通認識だ。




再び、通信に割り込みが。



一緒に乗り込んでいた軍の技術班リーダー、カイラ・ビケコだ。整備ドックで大破した機体の修理をしていた筈だったがーー何故か修理している様子は見当たらない。小柄でまだ愛くるしい顔を煤まみれにしながら、怒号を飛ばしている。



「こちら、カイラ・ビケコだ。レヴから話は聞いたな?要するに、そのー、そういう事だ。お前らの事だから待ってられん。もう勝手にMVNRとシールドジェネレータのバイパスは始めてる。後5分貰えりゃ出来るから実行のプラン立てといてくれ。炉を直結するんで一応半径3キロのシールドまでなら大丈夫なはずだから、作戦には多分問題はないぞ」




「お、おい。まだやるって決まった訳では…」




「あー、もううるさいな。こちとら忙しいんだよ。更新終了」




一方的に画面が暗転する。自分の知らないところで勝手にことが進んだことに顔を赤くしたり青くしたりしているが、見かねたレヴが再び喋り出した。




「……と、言うことで、勝手に準備は始めてます。念のためご許可を頂きたく」



「ああ……もう好きにしろ。」


言葉は投げやりだったが、諦めの気持ちは微塵も感じられないーーそんな返答だった。





「ありがとうございます、艦長」






「艦長……か。フフッ。言われてみれば変な話だな。流れでこんな船に乗ってしまったが、本来なら呼ばれる事すら無かったはずの名前だ。だが……まあ、いいだろう。こう言うのも悪くない。やってやろうじゃないか。」


深呼吸して、一言。



「お前ら、生きて帰るぞ」



唐突に雰囲気の変わったサレムに困惑する者も少なくなかったがーー


ーーそんな()()の一言にブリッジの指揮も上がったのは確かだ。



頃合いを見計らってサレムが切り出す。


「さて、具体的なプランを立てようかーーー」





♢♢♢





「よし。もう一度念のためプランを確認する。今回の最終目的はMVNRの爆破後、その影響範囲から私達だけ逃げ延び、敵機を撃墜することだ。まず第一に、シールドの向きを内側に反転させたジェネレータをMVNRと接続し、当艦ハッチからエージスフレームを使い投擲。程よく離れたところで起動。半径3キロの脱出不可能のフィールドができる。その後最大船速で外周に向けて離脱、縁には勿論シールドがあるが、逆位相のバリアで中和して離脱する。後はMVNRが勝手に自爆し、フィールド内の物を全て木っ端微塵にして終わりだ」




3分ほどの短い討論だったが、ブリッジ内の理解度は100パーセント。まず心配はなさそうだ。通信が繋がったままのレヴからも補足がある。


「簡単に聞こえるかもしれませんが、途中でMVNRが撃破されたり、逃げる時にシールドが破れなかったりしたらそれで我々もオジャンです。ハイリスクな作戦だというのはお忘れなく」



それを聞いても、つい5分前ほどの絶望的な雰囲気などなく、誰もが決意に満ちた顔をしていた。


「絶対に生き延びてやる……」


「家族を残してるんだ。こんなところで……」




そんな様子を見てサレムも満足げに頷く。



「皆の者、行くぞ!」



「「「「「了解!!!!」」」」」




♢♢♢



「これがこの作戦の要……」


今回MVNRの投擲役となったレヴが瞠目する。



「余ってた脱出ポッドの中身をくり抜いて多少の耐久性は確保しておいた。まあ、これで大丈夫かどうかは、神のみぞ知るってとこだが」



カイラがツインテールを揺らして自慢げに説明する。先程よりもさらに黒くなった顔から、いかに必死で作業したかが見て取れる。最も、表情はこれといってないくらい輝いていたが。


「ありがとう、カイラさん。」



「いいってことよ。自分たちの作ったモンで身内の命が救えるなら、技術者冥利に尽きるってとこだな」



ようやくレヴへ通信が入る。ブリッジのオペレーターからだ。



「br-3、敵の位置が理想的な配置になった。準備してくれ」



「了解」



球体になった唯一の希望。レヴにかかる重圧も相当なものだろう。

それを機体のマニュピレータで握りしめ、合図を待つ。



「カウントダウン」



レヴの表情がより引き締まる。



「…………」







「5秒前…」




「3、2、1…GO!」





合図とともに彼方へ向かって投擲。機体全身の関節が唸り、エンジンが咆哮する。ハッチから凄まじい運動エネルギーを与えられたMVNRはそのまま敵の中央へ飛び込みーー



「今だ!」


そう言ったサレムの合図で、レヴがスイッチを押し込む。



「MVNR、オーバードライブ!!」




瞬間、MVNRの入った球体が輝きを放つ。一瞬目映い光を放ったかと思うと、球から翡翠色のプラズマが走った。

プラズマは瞬く間に周囲を多い尽くし、全ての空間を包み込む球体となる。


敵も危機を察したらしく、手に持った砲を空間を覆った壁に向けるが、その程度ではびくともしない。それどころか、再現なく力は強くなっていく。



炉心融解(メルトダウン)まで、後1分!!」



オペレーターが告げる。残された時間は多くない。相変わらず汗は垂れてくるが、かまってなどいられるか。



「最大船速!外側に向かって突っ込め!!」



「最大船速、突っ込みます!」



船員の復唱とサレムの一言で、非力だった飛行船が最後の力を振り絞る。敵を倒す事は構わなくても、逃げるだけならーー狩られるものの特権だ。




勿論敵も追ってくる。だが、この状況下ならば、圧倒的に逃げる側が有利。何発か放たれた銃弾も、空間中央から放たれる閃光に打ち消されてしまう。



「よし。行けるぞ!!」



どよめきたつブリッジだが、サレムの表情は綻ばない。


「まだだ。まだ壁を突破するまでは……」



「シールド外周まで、後200!」



「前方に向かってシールドを集中展開!全員、衝撃に備えろ!!」



みるみる迫ってくる翡翠色の壁。そしてーーー



ーー衝撃。




「くっ……」




椅子から体を放り出されそうになるが、下腹部に力を込め、堪える。


(まだだ。ここからが本番……)



「シールドの中和状況はどうなっている?!」



「順調です!これなら……」



途端、オペレーターが顔色を変える。



「いや、待って下さい。MVNRの炉心融解のスピードが想定より早い!!後10秒!!」



「なっ……」




だが、ここまで来てしまっては引き返すことなど能わない。モニターから見える閃光の壁を睨みつけながら、命令を下す。




「こうなったら神にでも祈っておけ!!生きて帰れるようにな!!」




オペレーターのカウントダウンは続く。外の景色は一向に見えて来ず、艦の揺れは更に大きくなる。全員が不安になるが、誰も弱音を吐きはしない。




「炉心融解まで5、4……」





ようやく景色が見えはじめた。だが、船の周囲を覆い尽くすプラズマは消えない。誰もが必死な顔で計器にくらいつく。



「3……」





「2……」





1秒が何倍にも引き伸ばされたように感じる、永く、だが短い一瞬が迫る。




「1……」




そして、遂にーー





炉心融解(メルトダウン)!」




瞬間、世界から音が消える。


一度放たれた原子の鼓動は、周囲の空間を貪欲に吸い込み、そしてそれが再び解放される。先ほどまで飛び回っていた灰色を含め全てを飲み込み、再現なく広がっていくかと思われた衝撃は、自らの力ではられた翡翠の壁によって阻まれた。




そして、唯一脱兎の如く逃げ出した本来の『獲物』だった艦はーー






その身を傷だらけにしながら、しかし確かに、原形を保ち、空に浮いていた。





「やった……のか?」



先程のあまりの衝撃に机に突っ伏したままのクルー。早急に損害制御にあたるオペレーター。形は様々であれ、全員が生き残ったのは間違い無かった。




サレムも、ようやく胸を撫で下ろす。



「なんとか、生き残ったな」



ようやく一通り仕事が終わったらしいオペレーターが振り向く。



「敵4機の反応も確実に消失。各ブロックの問題もありません。燃料もカツカツですが、近くの駐屯地までは持ちそうですね。」



「そうか……ありがとう、お前達」




ブリッジが歓声で沸く。誰もが生の実感を喜んでいるようだ。中には涙を流す者までいた。






ーーだが、その平穏も、一瞬で崩れさることになる。




ブリッジに衝撃。先程の爆発とまでは行かなかったがーー弛みきった空気を崩すには十分だった。




「おい、何があった!!」



「わ、分かりません。唐突に衝撃がーー」



本来緊張の糸が一度切れてしまうと、なかなか弛んだ精神は戻ってこないものだ。しかし幸いなことに、ここにいるクルーは全員軍人だった。迅速に所定の位置に戻り、仕事を再開する。



「10時方向に反応を確認。エージスフレーム一機です!!」



エージスフレームとはいえ、残りは一機。逃げ切るのは十分可能だ。



「シールドを展開しろ!絶対に逃げ切るんだ!!」



だがーー



「……ダメです。先程無理をしたせいで発生器が反応しません」


「復旧は?!」


「もう開始しています!!ですが、到底間に合いは……」




再び衝撃。損害制御。だが、シールドが張られていないこの船はもう生きながらえることはできない。



ようやくブリッジの位置を発見したのか、モニタの目の前に、灰色のエージスフレームが立ちはだかる。



「や、止めろ……」



そんな震えるサレムの声が敵に届くはずもない。






無慈悲に、手に持った砲を此方に向けーー






途端、見当違いの方向から()()の光線が射し込んだ。艦橋に立っていた灰色も飛び退く。




「次は一体何だ!!」




「識別不明!ですが、通信が入っています」



「繋げ」



そう言ってモニターに映った顔はーー




ーー金髪青目の同じ隊の教え子、イブライト・アリシアと、得体の知れない男一人の顔だった。




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