お姫様抱っこはいい匂い
前話の投稿時刻設定を誤りました……。昨日3話進んでおります。
私は一人で図書室に行き、暇つぶしになりそうな本を探していた。休み時間ともなると私の教室に押しかけてきていた王子が、例のナイフ女に追われているのかぱったりと来なくなり、一人の時間がたっぷりできたのだ。
ここはひとつ、友達でも作ってみようとクラスメイトに声をかけたものの、皆遠巻きにして去っていく。
一体なんだ?
私、何か嫌われるようなことしたっけ?
メラニアの騒動は、うちのクラスに何の影響もないよね?
あの子が勝手に騒いだだけで、殿下も丸く収めてくれたし。
授業中にいびきかいて寝たり、舟を漕いで机に顔面を強打したことはあったけど、皆に何も被害はなかったでしょうよ?必要最低限の会話しかしないのって何?私、村八分にあってるの?
「クラスのみんなが冷たいんです」
職員室でバルドゥイノ先生に相談したけど、先生は私と目を合わさずに、
「そのうち馴染むよ、大丈夫」
と短く言って追い出した。
大丈夫って何ですか?もう一年切ったんですけど?適当な気休めはやめてください。
ということで、友達百人作戦は失敗に終わり、このひと月は専ら本とお友達だ。
図書室の本はめぼしいものは読んでしまった。残るは哲学の棚、図鑑の棚、経済……うん、やめておこう。
寝る。絶対寝るよね?私。
昼休みには食堂でキラキラグループを観察したいが、一人でじろじろみるのは明らかに怪しい。知らない奴と相席になるのも窮屈で嫌だったので、最近は図書室に籠りっきりだった。
続き物の小説の四巻を探し、背伸びをしていたところに、横から誰かがぶつかってきた。
「痛!」
バランスを崩した私は、思いっきり尻餅を……っていうか、パンツ丸見えじゃない!
慌てて裾を直す。ぶつかってきた奴を睨む。
「すまない。……け、怪我はないか?」
目の前の男は立て膝をついて私に手を差し伸べた。少し癖のある艶めく黒髪に、誠実そうな青い瞳。……ビビアナ嬢のお兄さんだわ。
レディのパンツを見ておいて、「怪我はないか」ってどうなのかしら。こっちはガラスの心臓が砕け散りそうだっていうのに。
「ええ。ご心配なく。……よっこらしょ」
掛け声をかけなければ立ち上がれない。お尻が猛烈に痛い。絶対青あざになったわ。
「……っと、いっ……」
左の足首に体重をかけた瞬間、ビキビキと痛みが走った。
顔を顰めた私に気づき、ビビアナ兄、もといクラウディオは私の腰に手を回した。
「足首を捻ったのか?……全て僕のせいだ。責任を持って医務室に連れて行く」
ええ、全部あなたのせいですよ、と言ってやりたいが、いきなり抱えられて声が出なかった。
お姫様抱っこだ!
小さい頃お父様に抱っこしてもらって以来だわ。他人だとこうも新鮮なのね。
それに、クラウディオは煙草くさいお父様と違って、ちょっといい匂いがする。
胸に顔を近づけてスンスンと匂いを嗅いでいると、
「泣かないでくれ……君に泣かれたら、僕は……」
と申し訳なさそうに呻いた。
全然泣いてないですよ?匂い嗅いでただけですから。
鼻をすすっていると勘違いしたのかな。彼からは私の顔は見えないし。
まあいいや。さっさと医務室で手当てしてもらいましょ。
◆◆◆
足首に包帯を巻かれ、医務室の先生には「迎えが来るまで絶対安静」と言われた。
それ以来、ひたすらベッドの住人と化してる私。
暇だ。
暇すぎる。
図書館から出てくる時に、本の一冊でも持ち出してくればよかった。ちっ。
迎えが来るまで……ん?迎え?
迎えなんか来るか?しばらく学校には通えないから、家から馬車でお母様が迎えに来るのかな。堂々とサボれるのは嬉しいけど、毎日お小言の嵐だろうな。複雑。
足首が完治するまで何をして過ごそうかとぼんやり考えていたら、先生は私が寝たものと思ったらしい。カーテンの向こうで誰かと話をしている。
「怪我の具合は?」
あ、この低い艶のある声。バルドゥイノ先生だわ。
「軽く捻っただけだから、二週間もすれば治ると思うわ。なあに?あなた、そんなにあの子が心配なの?」
あれあれあれ?医務室のアリアドナ先生、言葉に棘がびっしりですよ?
「拗ねるなよ、ドナ。君は別格なんだから」
「別格ね。……まさかあなた、彼女に手を出していないでしょうね?死ぬわよ、社会的に」
「分かっているって。アレセス家を敵に回して平気でいられるほど、俺は豪胆じゃないよ」
ええと……。
つまり、バルドゥイノ先生とアリアドナ先生は、人に言えない関係ってことですよね?
で、私に手を出そうとしたバルドゥイノ先生は、アレセス家にビビってるってこと?
……イルデの家じゃない!
イルデが先生を脅したから、先生は私の相談に素っ気なかったんだわ。
ちっくしょー、イルデの奴、次に会ったら文句言ってやるわ。
……と。
私、いつからイルデに会ってないんだっけ?