モブ令嬢 meets ヒロイン
世界中の「カワイイ」を集めたらこんな感じ?
ビューラーもつけまつげもないのに、くるんとカールしている睫毛。瞬きする度にばっさばっさしているものだから、風圧で飛ばされ……ないか。流石に。
「アレハンドリナ様、お話があります……」
メラニア嬢はペットショップの子犬のようにキラキラしたつぶらな瞳を向けて、私に微笑んだ。何かしら、超絶可愛い、けど、頭のどこかで警鐘がなっている。
一年生のメラニア嬢は、入学するなり全校の噂になった。
某伯爵の娘が使用人と駆け落ちし、大きくなるまで平民として育てられたって話で、私も気になって覗きに行った。見た目は中の上か上の下ってところで、正直に言うとビビアナ嬢の美しさには敵わない。クラスで一番から三番くらいに可愛い子ってところだ。加えて、性格もいいらしい。主に男子の話だけど。天使のように可愛い子に、見つめられるとドキドキして何も手につかなくなる男子が多数出現した。
うん、間違いないよね、これ。
この子、きっとヒロインだわ。
唇の端に微笑を湛えたまま、メラニア嬢は私を校舎裏に誘った。
「他の方に聞かれたくないので……」
あ、そう?
別にいいけど、ちょっと場所がなあ……。
誰かが見たら、私がメラニア嬢を虐めてる構図に見えちゃうよね?こっちが上級生だし。
行くのを渋る気配を感じ、私の腕を掴んでどんどん歩き出した。
斜め前を歩く彼女の髪がさらさら揺れる。ピンクゴールドの髪なんて見たことなかったけど、何て言うか……携帯電話の色みたいね。女子ウケ狙ったピンクゴールドのスマホなんて、死ぬまで買ったことなかったけど。いいのよ、型遅れの安いヤツで。ケースをつけるし色は何でもいいって言ったら、オッサンみたいな渋い銀色だったけど。
恵まれた容姿、不遇の生い立ち。
『君は私を、王子としてではなく一人の人間として見てくれる』とか、『お前といると安心するんだ。変に気を張らなくていいっていうか……お前の笑顔に癒されるんだ』とか言われそうな雰囲気だ。お高く留まった貴族令嬢とは違う、平民の彼女だからこそ、攻略対象のメンズは心を開いていくわけで……。
あとは……。
どんなことを言われるかしら。貴族らしくない令嬢なんだから……。
『あなたは全く貴族らしくない。令嬢なら令嬢らしくしたらどうなんです?』
『あなたが何をしでかすかと気が気ではありませんでしたよ。これだからあなたから目が離せないんです』
『放っておくとあなたは他の方に迷惑をかけてしまうでしょう?……ほら、先ほどの彼も、あなたにぶつかられて顔を真っ赤にして……はあ。無自覚ですか、余計に性質が悪い』
……あれ?
何か、違うな……。
これ、イルデのお小言じゃない?いつも人に迷惑をかけている私を注意するときの。
「……様」
「……」
「……ナ様」
「え?」
顔を上げるとメラニア嬢は大きな瞳を眇めて私を見ていた。
すみません、あなたの話を聞かないで考え事してましたっ!
「話、聞いてた?」
ん?どうしていきなりタメ口?私は三年生、あなたは一年生よね?しかも、ほぼ初対面の。
「話って……」
「セレドニオ様に色目使うなって言ってんのよ!」
胸の前で腕を組み、メラニア嬢は可愛い声を一転、ドスの効いた姐さんのように私に怒鳴った。
うひょぉ~!!ヒロインじゃないの?単なる怖い子?
メラニア『嬢』じゃなくて、あんたは単なるメラニアでいいわ。ヤバい奴を敬う趣味はないの。
「色目なんて使ってい」
「はあ?」
最後まで弁解させてよ、頼むから!あれは王子が勝手に押しかけてきてるだけだっての!
「お、同じクラスにお友達がいらっしゃらず、殿下は暇つぶしに私のク」
「はあ?授業が終わるとすぐにあんたのクラスに飛んでくって噂だけど?」
知らないよ、そんな噂!
ってか、王子、機動力良すぎでしょ。忙しい身なのに私のところになんか来てないで、やること他にあるでしょうに。
「とにかく、誤解だから、私は、別に……ッ!」
ドン!
身体を突き飛ばされ、私は校舎の壁に背中を打ちつけた。かけっぱなしにしていた眼鏡が落ちた。嫌だな、レンズが汚れちゃう。
背中が痛い。絶対打ち身になった。背中の開いたドレスはしばらく着られそうにないわ。
「邪魔なのよ、あんた。男と見れば色目使いやがって!」
それはそっちでしょ!と言ってやりたいのに、声が出ない。出せない。
銀色に光る刃が私の頬に当てられている。ナイフなんか持って、何してくれてんのよ!
必死の思いで睨み付ける。……あ、睨んじゃダメだったみたい。メラニアの瞳に怒気が宿る。
すると、遠くから声が聞こえた。
「――ア!リア!どこ?」
げ。
セレドニオ殿下!?
彼の声に気づいたのは私だけではなかった。
メラニアは制服のブレザーの前を開け、ブラウスを思いっきり引き裂いた。
――ええっ?寒くない?ってか、見えちゃうよ、いろいろと!
掌をナイフで薄く傷つけ、赤いものが視界に入る。うわ、血だ。私、痛いのは見たくないのよ。
「きゃぁああああ!やめて、アレハンドリナ様!」
何ですと!?
驚く私の前で、メラニアはナイフを放り投げた。