モブ令嬢は黙って身を引くものよ
私が立てた作戦通り、イルデは次の日から殿下に付きまとうようになった。元々華のあるイルデだけに、ルカとビビアナ嬢を加えた四人は、校内でも憧れの存在になった。気があるルカとビビアナ嬢が二人で話していると、手持無沙汰になった殿下がイルデと会話をする。……それでいい。すぐに殿下はイルデがお気に入りだと噂になった。もうひと押しだ。親友以上に仲が良すぎるところを全校生徒に見せつけてやるのだ!頑張れ、イルデ。
◆◆◆
イルデがキラキラ軍団に入ってしばらく経ち、学年が上がって私は三年生になった。イエイ、最上級生。あとちょっと頑張れば、正式に社交界にデビューできる。
この国では高校にあたる学校を卒業しないと、一人前の貴族として認められない。高位貴族は中等部に行かずに家庭教師で済ませることも多いけど、高等部は強制入学だ。ゆえに、キラッキラの王子もやる気がない私も、同じように三年間学校に通っている。
残り十か月我慢すれば、夜会夜会の毎日になる。セレドニオ殿下とクラウディオは同じ歳だし、夜会で会うこともあるかな。ビビアナ嬢やイルデとはしばらく会えなくなる。一年に入って来た『ザ・ヒロイン』な女の子の動向も気になる。モブならモブらしく、卒業まで彼らの恋愛模様を観察させてもらうとしよう。
「やあ、リナ」
目下、モブ生活を満喫したい私のところに、ちょっとした顔見知りレベルにも関わらず、王太子が時々顔を出すようになった。クラスメイトが騒ぐし、視線が突き刺さるからやめてほしいんですけど?
「……殿下。私の名はアレハンドリナです」
「あれ?イルデは君をリナって呼ぶんでしょう?可愛いね。私も同じように呼んでみたいんだ」
「そんな。愛称で呼んでいただくなど恐れ多いことですわ。ご遠慮いたします」
心からご辞退申し上げますよ。イルデに愛称呼びを許したのだって、私の名前が長くて言いにくそうだったから仕方なくなのよ。幼いころから三日とあけずに遭ってるのに、友達の名前で噛んでるイルデが不憫だったから。
「君も私を愛称で呼ぶといいよ」
「ご遠慮いたします。それこそ恐れ多い」
「君、なかなか強情だね」
「しっかり者だと父も兄も褒めてくれますの」
にっこり。後はお辞儀して……逃げっ!
……痛いわ。
腕を掴まれてる。誰に?キラキラ王太子殿下によ。
めっちゃ笑顔なくせして、握力が半端じゃないんですけど、どこをどう鍛えてるのかしら。
「まだ、話は終わっていないよ?」
「早くしないと、昼休みが終わってしまいますわ」
「……リナ。君、イルデとどういう関係?」
おっと!
その質問、どういう意味?
って、こっちが聞き返したいわ。
殿下はイルデをお気に入ったのね。だから、イルデの交友関係が気になると?
よしよし。いい感じ。
このまま殿下がイルデの美しさにぐらっときて、美少年との愛もありかなって思ってくれたら、ビビアナ嬢は晴れて婚約解消、ルカと幸せになれるんだよね。
ここはいっちょ、押すしかないよね?
「イルデと私は、幼馴染ですわ。私の父はイルデの叔父様と同級生で親友なのです。その縁で、我が家に遊びに来ていたのです。私がイルデの傍にいることで、殿下がお気を悪くされたのでしたら……」
「うん。……そうだ。私は不快だったよ」
やはり!私の読みは合っていたのね。
「ですから、私は、イルデに近づかないようにいたしますので……」
思う存分、イルデを愛でてやってちょうだいな。
この頃憎たらしいことを言うようになったけど、元々すっごい可愛いんだから。
礼をして微笑むと、王太子は満足して教室を出て行った。
やったわ、私。
今の会話、クラス全員が耳を大きくして聞いていたわよね。
お聞きになりまして?皆様。殿下はイルデにご執心ですのよ!
私という邪魔者がいなくなり、明日から思う存分……あら?
なんだろう?
視線が痛くて仕方がないわ。
◆◆◆
小さいころのイルデは可愛かった。
一つ年上の私を神のように崇めていた。本物の神を崇める叔父様がいるから、いちいちほめたたえ方が宗教臭かったのを覚えているわ。
「リナは、女神様みたいだね」
「神殿の天使様より、リナのほうがずっと綺麗だよ」
乙女ゲームで奴を攻略している女子に教えてやりたい美辞麗句漬け。
すっかり漬物になるレベルよ。
「リナ、僕、ずっとリナのそばにいるからね」
ある時、イルデは真剣な顔で私に言った。
『一緒にいる』と告げると引越したり死んだりするのが物語のお約束だから、私はイルデが死んでしまうのかと焦った。……うん、あれは焦っただけだわ。知ってる子が死ぬのは見たくなかったし。
「本当?」
「うん、リナのそばにいるよ」
「イルデ、死んじゃいや!おうちに帰らないで、帰ったら死んじゃう!」
「リ、リナ?」
「いかないで、お願い!リナと一緒にいて!」
結局、私が大泣きして、イルデは叔父様と一緒に我が家に一泊したんだったわ。
イルデが目の前からいなくなると、私が大泣きするからって、お父様とイルデの叔父様が話し合って、同じ部屋に寝かせてくれた。今考えると、いくら子供だからって男女一緒のベッドはまずかったわ。朝起きた時、私、イルデの抱き枕にされていたんだもの。




