ウシガエルの妻はごめんです
「アレハンドリナ。お前に大切な話がある」
ハイ、きたきたきたきたー!
縁談か。ソウダネ、絶対縁談だよね。
お父様は珍しい骨董品を買いに行く時のようなやる気の出しようだ。もう逃れられない。
「……はい、お父様」
美中年を眺めるのは大好物ですが、お父様より年上はやめてね?
期待を込めてじっと見つめると、お父様は困ったように眉を下げた。
「……はあ」
溜息をつきたいのはこっちですが?
二十も三十も年上の、私より年上の息子がいるような傲慢貴族の後妻にされるんでしょう?新婚初夜に私に口づけるのは脂ぎった中年オヤジ……あ、ファーストキスだけでもイルデとでよかったわ。初めての何もかもをウシガエルのような男に捧げるなんて、考えただけで泣きそうだもの。
お父様は思案顔だ。評判が落ちた令嬢の行き先なんてたかが知れてるわ。さっさと死刑宣告しなさいよ。
「覚悟は……できています」
「そうか……」
お父様、黙っちゃった。
ええい、じれったいな。お父様は学者肌だから、好きなことは延々としゃべるけど、気が進まないことは全然ダメ。まるで貝。鮮度が悪くなったシジミよ。
「イルデフォンソもクラウディオも……お前が相手なら仕方がなかろうと仰ってな」
仰る?誰のこと?ってか、仕方ないって何よ。
こっちとしては二人を巻き込んだつもりはなくて……結果的に巻き込んでゴメンねって感じ。
後で謝罪の手紙でも出しておこう。
「それで、お父様。私はどなたの元へ嫁ぐのですか?それとも、修道院へ?」
「修道院?とんでもない!」
じゃあウシガエルの妻か。カエルの王子様みたいに、キスすれば人間になるっていうならまだ救いはある。あり得ないわね。
「ビビアナ嬢は、近々ルカと婚約するらしい。これは確かな話だ」
雨降って地固まる?とりあえずうまくいったのね。私の存在がスパイスになって、二人がくっついたのなら本望だわ。
「そうですか……よかったですね」
「知っていたような口ぶりだな」
「ええ。お二人が想い合っていたのは知っていましたから」
「殿下もそのように仰っていたよ」
……あれ、れれれ?
さっきから話してたのはセレドニオ殿下の話だったの?ビビアナ嬢とルカの婚約話をお父様にしたのも殿下ってこと?
「私がこのところ目の色を変えてお前の婿を探していただろう」
「はい……」
「お前は勘違いされやすいから、いわれのないことで中傷を受けていると、殿下はそれはそれは心を痛めていらっしゃってね」
「そうですか。ご心配をおか……」
「内々の話だが……殿下は、お前を婚約者にしたいと仰せになったんだよ」
ゴーン。
頭の中で除夜の鐘が鳴り響いた。
◆◆◆
ウシガエルのようなオヤジの後妻と、キラキラ腹黒王太子の妃ならどちらがいいか選べと言われたら、どちらも選べない。ウシガエルの妻は気楽だが夫が生理的に受け付けられない。腹黒王太子は見た目はいいが、王妃としての務めが重すぎるし、何より本人の性格に難がある。怖い。公式の場で失敗したら、何を言われるか分かったものではない。
何故だ。何故に私なんだ?
それなりの貴族令嬢なんて掃いて捨てるほどいるじゃないか。
私より断然美人で、断然礼儀作法ができる子だっていっぱいいる。
王太子は悪役令嬢フェチなのか?少なくとも私の容姿は並で、ビビアナ嬢と随分かけ離れている。月とスッポン……は、スッポンになりたくないから、太陽とガラパゴスゾウガメくらい。
ビビアナ嬢と婚約解消したからって、モブ……もとい、悪役令嬢その二だった私と婚約しようと言うのだから、ちょっとおかしいかもしれない。
悪役令嬢の末路はどう転んでも悲惨だ。
ビビアナ嬢が悪役令嬢だと思っていたから、それが自分に降りかかる災難だとは思わなかった。あのぼんやりお父様が悪事の片棒を担がされるのかもしれない。または、鏡を見て自分にうっとりするしか能がない残念なお兄様が何かやらかしちゃうのか。十分にあり得るだけに泣きたくなった。
私は既に、校内でビッチの烙印を押されている。婚約者ありのクラウディオを誑かし、イルデと二股をかけているばかりか、王子が直々に教室に尋ねてくるような魔性の女だ。どこを叩いても埃は出そう。断罪ルートも余罪たっぷりだわ。こんなことなら、椅子に生卵が乗っていた時も教科書が捨てられた時も、首謀者のとすり替えるなんてしなきゃよかった。あっちが始めた嫌がらせも、私の悪事にされてしまう。
王太子の婚約者になったら、悪役令嬢その一に格上げじゃないか。
ビビアナ嬢が辿るはずだった悲惨なエンディングが全て私のものになる。
没落して娼館に売られるのは嫌だ。気持ち悪い奴とか、私を半殺しにして楽しむ奴の相手をするくらいなら、さっさと死んだ方がマシだ。
でも、嫌だな。
ここで死んだら、乙女ゲームに負けたって気がする。負けたくないわ。
生き延びて笑ってやる。シナリオなんかたいしたことないって。
……そうだ。
修道院があるじゃない!
悪役令嬢その一に繰り上がる前に、一念発起して修道院に入ってしまえばいいわ。
お父様は修道院だなんてとんでもないって言ってたけど、私が家を出れば没落だって免れるかもしれないし、お兄様にもしっかりした婚約者が見つかるかも。
王子も修道女を還俗させてまで妻にしようなんて思わないわ。万事丸く収まる!
私は私の意思で修道院に入るの。
これは敗北じゃなく、完全勝利よ。




