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モブ令嬢アレハンドリナの謀略  作者: 青杜六九
アレハンドリナ編
16/22

美中年限定でお願いします

『ビッチ女がビビアナ嬢を校舎裏に呼び出して泣かせた』

『殿下に手を出そうとしたらしい』


どうも。

噂のビッチ女でぇっす。

……ハッ。

やってらんないわ。誰が誰を呼び出したって?ぁあん?

呼ばれたのはこっちだっての!


噂が全校に広まったことで、私の令嬢としての人生はほぼ終わったも同然だった。

夜会に出ない深窓の令嬢アレハンドリナの株はダダ下がり。大暴落しすぎて笑うしかない状況。株だったら大不況間違いなし。


大人の夜会で『ビッチ女』の噂を聞いたお母様が卒倒して、愛妻家のお父様は私に婚約者を宛がおうと躍起になっている。能天気なお兄様は、

「リナは流石、僕の妹だね」

とナルシスト発言を繰り出していたけど、ビッチ呼ばわりされている原因の三割は、遊び人のお兄様のせいもあるんだからね!少しは反省しろっての。


少なくとも上下十歳は、私をビッチだと思って近づかないだろう。引きがあるとしたら高年齢独身男か、妻に先立たれた男の後妻くらい。若い身空で介護に明け暮れる人生はゴメンだし、自分より年上の息子や娘にいじめられるのは嫌だ。こちらとしても御免蒙りたい。

ああ、でもなあ。

美中年の愛され年下妻になって、自分より微妙に年上の息子に横恋慕されるってのもありかもしれない。いや、むしろ、断然ありかも……。


   ◇◇◇


「リナ。俺の天使……もっと近くで顔を見せておくれ」

薄暗い部屋のぼんやりした灯りの中で、愛しい彼は囁いた。ごつごつした掌が私の頬を優しく撫でる。笑った時に目尻にできる皺が愛しい。

「あなた……」

「愛しているよ、リナ。ああ、婚儀の日が待ち遠しいよ。早く君を、俺だけのものにしてしまいたい」

ワイルド系イケオジの旦那様、になる予定の彼は、私を膝の上に乗せて、耳に、頬に、唇にと口づけを繰り返す。唇が首筋や胸元に下りてきて、頭が痺れて何も考えられなくなる。くったりと彼に体重を預けると、ドレスの背中のボタンが外されていく。

「あっ……待って」

「待てないよ、リナ。こんなに若くて美しい君が、俺の妻になるなんて信じられない。夢ではないと信じさせてくれ……」


コンコン。

「旦那様、王宮から至急のお呼びにございます」

「……はあ、陛下も無粋な。何も今、呼び出さなくても良さそうなものなのに」

眉を下げた彼は、私のドレスを直して額にキスをした。

「続きは、また今度。……家まで送らせる」


彼の家の馬車に乗り、出発を待っていると、外が騒がしくなった。御者が出発の準備をしているはずなのに、何かがあったのだろうか。気になって窓から覗こうとするとドアが開き、彼の息子が乗り込んできた。

「きゃっ!」

「私を見ただけで悲鳴を上げるようになるとは……躾が必要ですね」

ドアを閉め、馬車の椅子の上に私を押し倒した。怖くて目を瞑ってしまう。うわあ、息子が鬼畜ドS設定?躾って何?

「あなたは父の妻に相応しくない。……言ったでしょう?あなたは父を愛していない」

「いいえ、私は……んっ!」


荒々しく口づけられ、息も絶え絶えの私に彼はなおも言い募る。

「あなたは私を愛している。夜会でも、いつもあなたは私を目で追っていたではありませんか」

「誤解です、あれは!」

「何が違うと言うのです?あなたは心の奥底で、私を愛しているのですよ」

手袋をした手が私の耳を滑り、赤黒い髪をくしゃりと掴んだ。


……ん?

何か、この声……。

すっっっっごく聞き覚えがあるんだけど。


「愛しているのでしょう?私を」

はっ!

ぱっちりと目を開けたそこには、銀髪の美少年が微笑んでいる。目が笑ってない。怖。

「い、いやいやいや、愛してるとか、ないからね?」

「本当に?……やはり、躾が必要ですね……」

熱に浮かされたイルデの顔が近づき、唇を甘噛みされた瞬間、私は絶叫していた。


   ◇◇◇


「……お嬢様」

アナベルのこめかみに青筋が見える。床に散らばったランプの破片が朝日を受けて煌めいている。

「ごめんなさい……」

「お分かりになればよろしいのです。お休みになられる時は、くれぐれも頭と足を逆さになさいませんように。……このランプ一つ買うお金で、庶民は三か月以上暮らせるのですよ」

「えっ!そんなに高かったの?」

「旦那様と奥様は、使うからにはいい物をと、お嬢様のために選ばれて……」

知らなかった。そんなに高級品で、お父様とお母様の想いが詰まっていたなんて。しかも壊すのだって二回目だ。温厚な両親もキレるかもしれない。まずい。


次は絶対やらないから、という私の宣誓を話半分に聞いて、アナベル達はランプを片づけた。掃除されていく様子を見ながら、夢を思い出してにやけた。

前半はよかった。イケオジ、美中年の彼が私にメロメロ設定で、顔はよく分かんなかったけど声が素敵だった。

……のに。

素敵だったのに!

何でイルデが出てくんのよ!

馬車で押し倒すとか、どういう展開なの?あんたに躾けられる私じゃありませんよーだ!

あー、もう!イライラするっ!


ぼふっ!

ベッドに枕を投げつけると、勢いでぬいぐるみが落下し、隠していた天蓋の柱の傷が目に入った。

『A*I』

くっ、黒歴史!

幼い頃、私がイルデを帰さずに同じ部屋に泊まった時に若気の至りで彫ったものだ。

若気っていうか、マセガキの遊びなんだけどさ。

うちの若い従僕と侍女が庭の木に彫ってるのを見て、自分もやってみたかったってだけで、別にイルデとじゃなくてもよかった……と思う。


従僕と侍女がやっていたように二人の名前の頭文字を彫って、アレハンドリナのAとイルデフォンソのIの間にハートを入れようとしたら、イルデが恥ずかしがったから花になったんだよね。

「だめだよ、こんなの、ベッドに刻んだら……は、恥ずかしいよ」

そうね、その通りだったわ。

成長した今となっては、うっかり他人に見られたら、『私達ヤッちゃいました記念』みたいに見えるじゃない?イルデはそこまで考えて恥ずかしがったのかもしれない。意外とムッツリスケベだな、あいつ。

指で触って、思ったより深く彫ってあると確認し、消えない痕跡に絶望した。

うん、友達ができても、この部屋には絶対に入れないことにしよう。


   ◆◆◆


ビビアナ嬢、もとい、ビビアナ様との交流は水面下で続くことになった。

どうやらビビアナ様も、普段からキラキラ軍団にいるせいか周りから敬遠され、仲がいい女子の友達がいないらしく、私と人目を忍んで会うことになった。


今日は音楽準備室で密会だ。

「私、堂々とお会いしたいのに」

「いいんです。私は日陰の存在なんです。ビビアナ様と一緒にいるところを見られたら、一気にスターダム……ですから、いいんです」

「……あの、アレハンドリナ……リナ様?」

うおー、愛称で呼んでくれた!恥らう表情いただきました!

「何でしょう、ビビアナ様!」

「リナ様は、『乙女ゲーム』ってご存知?」

表情を変えた私を見て、ビビアナ様は嬉しそうに破顔した。


   ◆◆◆


信じられない……。

「ビビアナ様、私、聞き違いを……」

「いいえ、聞き違いではありませんわ。アレハンドリナ様は、お兄様ルートとイルデフォンソルートの悪役令嬢なんですのよ」


チーン。なんまんだぶ。

……終わった。

私、ビビアナ様の心配をしている場合じゃないじゃない?


「プレイしたことがないなら、気づかなくても仕方がありませんわ」

「没落するんですか?私」

「それは何とも……」

ビビアナ様は言葉を濁した。濁されるような内容なんだ……ひぃ。ゲームが全年齢なのか十八禁なのかも、突っ込んで聞きたいけど聞けない。

「ヒロインがクラウディオ様やイルデを攻略しちゃったら、私、どうなるんですか?没落?斬首刑?それとも娼館に売られるんですか?腹ボテエンドだけは嫌です。せめて修道院送りで勘弁してくださいっ!」


膝と手をついて四つん這いになった私の肩に、温かい手が添えられた。

「……リナ様」

「ビビアナ様……私、ううっ……」

「今を嘆いても始まりませんわ。少しでも選択肢があるうちに、最良の方法を探していきましょう?私も応援いたしますわ」

私達は手を取り合って、互いに助け合うと約束した。



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