悪役令嬢 VS モブ令嬢
困った。
卒業まであと半年以上あるのに、学校をやめたくて仕方がない。
「お父様……もう、学校やめたい」
食事の後で書斎にこもるお父様に、可哀想な顔をして退学を強請ってみた。
「結婚のために退学する子も多いからな。三年生になって、仲のいい友達がやめてしまったのかい?」
いいえお父様。友達なんていませんよ?常にボッチですからね。
貴族としての体面を保つため、お父様が退学を許してくれるわけもなく、私はがっかりして書斎を出ようとした。
「……本当にやめたいのかい?」
「お父様?」
「何か、つらいことがあったんだね」
「……ううん。いいの。あと少しだから頑張る」
部屋のドアを閉める時、向こうでお父様が何か「早めてもいいか」って呟いていた。
……何を?
まさか、私に縁談でもあるの?
縁談が調えば、卒業前に退学もありうる。
そうしたら、乙女ゲームの結末が見られないじゃない!
こういうの、葛藤って言うのかしら。
学校は行きたくないってマイナス要因と、乙女ゲームが生で見られるっていうプラス要因。プラス要因は魅力的だけど、いびられる毎日の学校生活は嫌。
あの一癖も二癖もある腹黒王子が、凶暴女にどう攻略されていくのか見たい。興味本位なところはさておき、エンディングに辿り着く前にビビアナ嬢とルカをくっつけてしまわなければ。悪役令嬢ビビアナは断罪されるんだもの。
ビビアナ嬢のボヤきを聞くに、ヒロインが登場するのは殿下が三年生になった時で、物語の予定通りにヒロインが登場した。多分ナイフ女はこれから王子を攻略するんだろう。全然好感持たれてない感じだけどさ。
乙女ゲームには逆ハーレムっていうエンディングもあるから、他にもナイフ女の餌食になるんだ。ビビアナ嬢が愛してやまないルカも、脳筋ニコラスも、生真面目お兄様のクラウディオも。
イルデも……?
あの凶暴女を好きになるの?
◆◆◆
ルカと話した次の日の夕方。
私はビビアナ嬢に呼ばれて校舎の裏にいた。校舎裏に呼び出すなんて、ワケアリ感満載なんですけど。ドキドキ。
「アレハンドリナ様」
ビビアナ嬢は震える声で私を呼んだ。過去に何回かしか呼ばれたことはないから、久しぶりすぎて興奮する。彼女の声は可愛いわ、ホント。
「……ビビアナ様、わたくしにご用がおありでしょうか」
私めに何でも仰って下さい!あなたのためなら何度でも一肌脱ぎますっ!
若干顔が前に出てたかもしれない。ビビアナ嬢は私の気迫に怯えて一歩下がった。
「ルカのことです」
「ああ、ルカ様ね」
昼間に喝を入れてやったから、その後何かあったのか。あったんだな、この様子だと。
「お願い!ルカには手を出さないで!」
「……へ?」
「私、ルカが好きなの!」
ええ、もう。十分、見ているこっちにもビシバシ伝わってますけど。気づいてないのは本人だけじゃないかって話。
「私はセレドニオ様の婚約者で、卒業したら結婚……すると決まっているわ。ルカにもいつかは素敵な方と幸せになってほしいって思ってるの。でも、嫌なの。ルカが他のご令嬢に優しくしているのを見ると、私、すごく嫌な女になってしまうの」
「嫉妬ですねー」
さらっと言ってやると、ビビアナ嬢はキッと私を睨んだ。
ええ?
何で睨まれなきゃならないの?
あなたの恋を応援してるだけなのに。
「そうよ。嫉妬してるの!私、ルカが大好きだから!」
あー、その言葉、是非とも本人に言ってやってよ、私じゃなくて!
「セレドニオ様とも仲がよろしいのでしょう?殿下は差し上げますから、お兄様も熨斗つけて差し上げますから」
いやいや、通販の二個セットじゃあるまいし、それはどうかと思うよ。
「お願い!ルカを取らないでぇええええええ!」
最後は絶叫だった。
可愛らしい容姿から想像できない破壊力。応援団顔負けの大声だった。
これ、教室まで聞こえたよね?
また私の悪女伝説が上塗りされちゃう感じよね?
鼻水を拭いながらしゃくりあげているビビアナ嬢を宥め、私の作戦を説明すること小一時間。
奇妙なことに誰も通りかからなかった。
ビビアナ嬢がいると皆知っているから通らないのね。気を使って。
「……では、アレハンドリナ様は、私を?」
「はい。ビビアナ様を陰ながら応援しておりました。……現状は惨敗ですけれど」
「申し訳ございませんでした。勘違いして、先ほどあんなことを……」
顔を赤くして俯くビビアナ様は、ソーキュート!ほっぺをつんつんしたくなる可愛さ。
モブだから許されないわね。自重しないと。
しばらく話していると、女子らしい恋愛トークになってきた。
これよ、私が求めていたのは!
机をバンバン叩いて喜びたいわ。……やらないけど。外だし。
「アレハンドリナ様は、殿下がお好きなんですか?それとも、イルデ?」
「は?」
うっかり口をポッカーンと開けてしまった。令嬢として恥ずかしいわ。
「アレハンドリナ様なら、歴史ある伯爵家のご令嬢ですもの、王太子妃にも立てますわ」
「私、王太子妃はちょっと」
「なら、本命はイルデですの?……あら、でも……」
ビビアナ嬢は視線を落として口ごもった。
「イルデは卒業したら神殿に行くそうですわよ。神にお仕えし、生涯を捧げると」
彼の叔父と同じ、白い神官の服に身を包んだイルデを想像して、何故か胸が痛んだ。