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モブ令嬢アレハンドリナの謀略  作者: 青杜六九
アレハンドリナ編
14/22

称号なんていりません

『クラウディオ様を誘惑しておきながら拒絶したビッチ女』


この一週間で全校に広まった噂は、私にこの上なく不名誉な称号を与えた。言い方は様々あるけれど、だいたい皆同じような意味だ。

誘惑なんかしてないっての!

「何様のつもり?」

「いい気になってんじゃないわよ、ブス」

ブスで悪かったね!魚顔と馬面に言われたくないわ!フン!

背中に向かって何度言われたか。正面切って言われたら言い返してやるのにといつも思う。


女子の嫌がらせも酷いが、もっと堪えるのはアレだ。

廊下ですれ違う度に、イルデがじっとこっちを見ている。何か話しかけて来るわけでもないし、睨むに等しい目ヂカラで私を見ている。

ファーストキスを強奪されて、話しかけるなって言ったのは私だから、律儀に話しかけて来ないのか。その割には、庭園で話したよね?

あいつのすることは……よく分からん。

食堂に行っても、王子グループにいながら、ぼっちで昼食を取る私を睨んでいる。常に視線を感じるから、食事が喉を通らなくなった。


   ◆◆◆


直接訊いてやろうかと何度も思った。

何回か教室の前まで行ってやめた。

やっぱ無理……。

イルデと話すのは猛烈に気まずいわ。


王子と私を残して去っていく時の、泣きそうな顔を見てしまったら、何も言えないもの。

あちらから話しかけて来るのを待つとして、問題は私が「顔も見たくない」などと言ったことだ。つまり、事実上の絶交宣言をしちゃってる。


絶交宣言を取り消せる?

「あなたのキスなんか、犬にでも噛まれたと思って忘れることにするわ!」

……って、虚勢を張ってみる?

年上の余裕ってやつよ。キスなんかどうってことないって言ってやるのよ。

「犬にでも噛まれた」って言うけど、大型犬に噛まれたら傷痕残るじゃん?

忘れるにも忘れらんないよね。


噛む……か。当然、私の唇には痕なんてない。

でも心はしっかり傷ついたわよ。

噛んではないけど、イルデは優しく撫でるように唇を啄んで……。


だぁあああああああ!

思い出すなぁあああ!

思い出したら恥ずかしくて死ぬぞぉおおおお!

脳内では、雪山で遭難しかかっているアレハンドリナAを、アレハンドリナBがバシバシと頬を打っている。


思い出したら猛烈に意識してしまった。

唇の感触とか、感触とか、……ううん、やっぱり感触とか思い出しちゃって。

イルデのキス、とてつもなく長く感じたっけ。ただ唇を重ねただけじゃない。

まるで味わぅわあああああ!言っとくけど、キスの味なんかしなかったからね?


待て待て、落ち着け、アレハンドリナ。

相手はあのイルデだ。小さい頃にムカデを見ておもらししてたイルデだぞ。

お父様の部屋にあった変な仮面にビビッて大泣きしたイルデだぞ?

恋愛対象外でしょ。

うん、外よ、外の外!


   ◆◆◆


二人組になって互いの顔を描く美術の授業で、私は一人ぼっちになってしまった。

予想はしていたけれど、少しは堪える。

先生の目を盗んで教室から出ると、誰もいない中庭に居場所を求めた。


「やめよっかな……」

病気になって退学したり、急に結婚が決まって退学する生徒もいる。何も不自然ではない。

お父様に泣きついてお願いしてみてもいいかもしれない。

丸い噴水の縁に腰かけ、腕を突っ張って体重を支え、がくんと頭を後ろに倒して空を仰いだ。前世と同じような、何もない空だ。


「授業に出ないのか?」

不意に声をかけられ、そのまま首を反らして見る。

「ははっ。お前、見た目と違って面白え奴!」

茶色い髪のルカが私を見てにやりと笑った。

『お前』って、一応私、あなたより上級生なんですけど?


   ◆◆◆


私の隣に座ったルカは、ちらりと私を見て鼻の頭を掻いた。

「何の用かしら?」

「おっと、そんなに警戒するなよ」

「男子と仲良くすると誑かしたって噂されるもの。警戒したくもなるわ」

「あー、はいはい。あの噂ね」

ルカが知っているということは、王子やイルデも知っているのだろう。何となく絶望してきた。やっぱり、学校をやめるのが正解かも……。

「俺、噂を消せる方法を知ってるぜ」

「えっ!?」

思わず彼の襟元を引っ張った。

「そんなにがっつくなよ。……少ぉし時間はもらうけど、悪いようにはしない。俺がビビアナと話せるようにって、イルデを殿下にけしかけたんだろ?」


なんと!

当事者に喋ったのか、イルデの奴。

「俺、今しか……ビビアナが学生でいる間しか、あいつの隣にいられないんだ。だから、貴重な時間を作ってくれたお前に感謝してる。俺にできる方法で恩返ししたいんだ!」

「ルカ様……」

泣きそうな顔のルカの前に、私は人差し指を突き付けた。


「今しかない?はあ?何言ってんの?」

「アレハンドリナ?」

「二人の時間はいくらでも作り出せるわよ。あなたがビビアナ嬢に告白すれば……」

「待ってくれ。ビビアナは殿下の婚約者だぞ。告白なんてできない」

「たかが婚約者でしょう?まだ結婚してないんだから、言ったもん勝ちでしょ」

「あ……」

「そうそう。さっき廊下でお見かけした時、船がどうのって呟いていたわよ。旅行にでも行くつもりかしら?」


   ◆◆◆


誹謗中傷に耐え、もやもやする気持ちを抑えて、久しぶりに食堂でキラキラ軍団を見る。

イルデは微笑んで、殿下やビビアナ嬢と話をしている。何やら楽しそうだ。

「……いいなあ。羨ましい」

口をついて出た言葉に自分の耳を疑った。

――ウラヤマシイ?

私、誰を羨んでるの?


フォークを持つ手を止めた時、イルデと視線が絡んだ。

「……あ」

また睨んでくるのかと身構えたのに、ふっと笑って視線を逸らされる。

笑顔?嬉しそうな顔しないでよ。

何なの?どういう意味よ?

ダン!

苛立って羊肉に思い切りフォークを突き刺した私に、向かいに座った一年生が悲鳴を上げた。


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