次の一手を打つしかないでしょ
結局、医務室にはお父様が迎えに来てくれた。
二週間学校を休んで復帰すると、怪我の元凶のクラウディオが心配して、かいがいしく世話を焼いてくれた。
「アレハンドリナ、階段は無理してはいけないよ」
「大丈夫ですよ。すっかり良くなりましたから」
「しかし……まだふらついているように見える。僕の腕に掴まって?」
優しいなあ、クラウディオ。攻略対象キャラなんだろうけど、驕ったところもないし普通にいい人に見える。ビビアナ嬢も優しいと評判だけど、兄もいいじゃないか。
誰だ、こんないい人をツンデレだなんて言っているのは。
◆◆◆
怪我から三か月。
休み時間はクラウディオと行動することが多くなった。
クラスに友達がいないと相談したら、
「それなら僕が友達になるよ」
と言ってくれたのだ。もしかして、人生で初の友達かもしれない。
図書室で本の話をしたら、結構趣味が似ていることが分かった。
男だけど女性向けの恋愛小説も好きなんだって。妹が集めているのを借りて読んでるって言ってたから、ビビアナ嬢の趣味も分かって、ファンとしてはうれしい限り。
てっきり難しい本ばかり読んでいるのかと思ってたよ。話が分かる奴でよかった。
「僕はここの台詞はおかしいと思う」
「何でですか?」
「二年ぶりに会った恋人に冷たい仕打ちじゃないか」
「そうですか?だって、『結婚しよう』って言ってから二年も放置されたんですよ?もっとブチキレてもいいくらいだと思います」
「アレハンドリナ、君は放置されたら怒るのかい?」
「当たり前でしょう?」
「一途なんだね。……ほら、放っておかれると浮気する女性もいるから」
「べ、別に……一途とか、考えたことがないですわ、ほほほほ」
悪かったな、恋愛経験値が低すぎるって言いたいんだろう?
経験なさすぎて、上手に浮気できるスキルもないからね!
ってか、浮気も何も、本命もいないからね。どうだ、参ったか!
堂々とふんぞり返っていると、クラウディオはくすくすと笑った。
「面白いね、君は。……イルデフォンソの気持ちが分かった気がするよ」
どうしてそこでイルデの名前が出てくるかなあ?
◆◆◆
イルデがキラキラ王子+ルカ+ビビアナ嬢のトリオに加わっても、違和感がなくなった。王子と仲良くしているようで何よりだ。そろそろ次の段階に進もう。
『セレドニオ王太子はイルデフォンソを溺愛している』
この噂を広めたいんだよなー。
だよなー。よなー。なー……。
空しく響くわ。本当に。だって広めようがないじゃない。
女子同士の噂話なんてできないのよ、友達いないし?
試しにクラウディオに
「王子とイルデのこと、どう思う?」
って聞いてみたら、
「殿下は王として素晴らしい素質をお持ちだし、イルデフォンソも将来有望だね」
と当たり障りない回答が帰ってきた。
違う!そうじゃないの!
「あの二人、ちょっと仲が良すぎるよね」
とか、
「昨日見つめ合っているところを見たよ」
とかさ。
妖しい雰囲気だったって言って欲しかったのよ。
まあ、無理か。
クラウディオはバカがつくほど真面目だもんね。
休んでる間に私の分のノートを書いてくれていたっけ。字が綺麗すぎて、ちょっとどうなの?って思うレベル。主に私が。
こっちなんかミミズがのたくってるとは言わないまでも、所々半分寝てるから字になってないし。もし、クラウディオが学校を休んで、ノートを写させてくれって言っても貸さない。絶対貸すもんか。恥ずかしくて穴掘って埋まるわ。
やはり、ここは。
二人に『恋人の聖地』に行ってもらうか。
恋人達が愛を語らうような場所に二人だけでいるところを、誰かに見つけてもらえばいいのよね。噂好きな奴が通りかかればいいけど、そればっかりは運次第か。
ところで、この学校に『恋人の聖地』ってあるのかな?
クラスのバカップルを追跡して確かめようとしたら、私って人ごみでも目立つみたいで、めちゃくちゃ気味悪がられた。もう、本当、ぐっさぐさにハートにナイフが突き刺さったわ。二度とやらないから許して。
クラウディオに訊いたら知ってるかな。
「……『恋人の聖地』ですか?」
「正確にそういう名前でなくても、それらしいところをご存知ですか?」
知ってるだろ?あんなにモテるんだからな。
じっと相手の出方を見る。おっと、狼狽えてるな。
「僕に聞いて、どうするの?」
え……。
まずい、全然言い訳を考えてなかったわ。
王子とイルデをBLカップルに仕立てようとしてるだなんて、知られたら死活問題だ。
王族の名誉を傷つけたとか何とか言われて、どこか遠くの修道院送り、下手すりゃ死罪よ。
……ちっとも考えたことなかったけど、実はかなり危ない橋を渡ろうとしてるんじゃ?
「アレハンドリナ、……君、もしかして」
「え、と、……い、言わないでくださいっ!」
「むうぐ」
何か言いかけたクラウディオの口を手で塞いだ。息苦しかったのか真っ赤になっている。
「……ごめんなさい。クラウディオ様にお聞きすることではありませんでしたね」
可愛い令嬢ブリッコをして、視線を逸らして俯いた。
これで会話は終了だ。令嬢が恥らったんだから、紳士たるもの突っ込んでくるなよ?
「その……西の庭園は……花々が見事だと聞いたんだ。今度、一緒に行ってくれないかな」
◆◆◆
いいぞ、クラウディオ。流石モテる男は違うわ。
西の庭園ってどんなところかしら?ってんで、放課後にこっそり見に行ってみた。
予想通りだ。
どこを見てもイチャイチャバカップルしかいない。
手作りだか何だか知らないけど、怪しい菓子を食べさせ合ってる。こっちでは、完全に二人の世界で見つめ合ったまま動かない。あんたら銅像ですか?それとも地蔵ですか?って感じ。
独り者には目の毒でしかなかったわ。チッ。
舌打ちしながら迎えの馬車に乗り、従者に街に寄るよう告げた。行き先は高級文具店だ。
作戦には投資が必要よね。
色とりどりのペンや可愛~いレターセットが買える。白地に縁がピンクの花柄で、これまたピンクのリボンが罫線部分を囲んでいる便箋と、開け口の部分にレースの型抜きがあるピンクの封筒を選んで買った。こんな乙女チックな物、前世でも買ったことないや。
もう一種類は、クリーム色でハートの透かし模様が入っている便箋と、アクセントに金色の鳥が飛んでいる白い封筒にした。
よし。
あとは書くだけだ。
手紙につられて、奴らが庭園に来れば……。
ふふ、ふふふふふふ。
大勢のバカップルに『逢引』を目撃されて、一躍公認カップルになるはず。
待っててね、ビビアナ嬢。
これであなたは、円満にあの王子と別れて、ルカとの愛を貫けるわ!




