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*短編*

【短編】スライム、銀色の

作者: 小坂みかん

 薄いように見えるそれは、ときめくような柔らかさで。そっと触れると、ふんわりと溶けていきそうで。味はきっと、そう、レモンではなくいちご。思わず吐息が漏れてしまいそうな、頭がクラクラしてきそうな甘みに隠れて爽やかな酸味が、ほんの少しだけ胸をキュウと締め付けてくる。それはまさに――



「まさに、恋のふう、み……」



 何やらポエムめいたものを熱を込めて延々と語っていたまどかは、驚きのあまり息を飲んだ。千紘はまどかから顔を離すと、小首を傾げて彼女に尋ねた。



「で? 実際はどんな風味だった?」


「アメリカンな、甘ったるいチョコミルク風味……」



 ぷるぷると震えるまどかを尻目に、千紘は隣に腰掛け直すとポケットからチョコレートを取り出した。RPGゲームに出て来るスライムのような形をした、アルミホイルで包まれたやつだ。

 何事もなかったかのようにチョコを再び貪る千紘を、まどかは睨みつけた。



「私、初めてだったのに!」


「さすが〈こじらせ女子〉なだけあるな。大学生にもなって、初めてとか」


「〈こじらせ女子〉とか、そんな言葉、どこで覚えてきたの!? ていうか、ちーちゃんだって初めてなんじゃないの!?」


「ご想像にお任せ致します」


「やだ! 最近の小学生、怖い! ていうかね、千紘君。こういうことは、本当に大切な人としかしちゃ駄目なんだからね!?」



 千紘は小さく「うっせ」と返すと、まどかからフイと視線を外した。そして足元で退屈そうに寝そべっているタローをわしわしと撫でながら、千紘は不満げにこぼした。



「もう用は済んだ? 俺、タローの散歩を早く終わらせて、家帰りたいんだけど。宿題がたんと出てるんだよ」


「えー、やだやだやだ! お隣さんのよしみで、もうちょっと付き合ってよ! なんなら宿題手伝うから!」



 まどかは千紘にすがりつくと、千紘と遠くとを交互に見つめてそわそわとした。遠くではジャージ姿の見目麗しい若者が二人、仲良くトレーニングに励んでいた。

 千紘はため息をつくと、まどかを睨んだ。



「付き合えって、このストーキングに?」


「ストーキングじゃないもん! ちょっと、こう、ハンカチを返すタイミングが掴めなくて眺めてるだけっていうか――」


「眺めてるだけなら、ストーキングと変わりないじゃん」



 もじもじとしながら俯くまどかの言葉を食うように、千紘は声を心なしか荒らげた。そして彼女を一層睨みつけながら、イライラと捲し立てた。



「別に普通に『先日は転んで起き上がるのに手を貸してくださって、ありがとうございました。ハンカチ、お返しします』って話し掛けたらいいじゃんか。でもってさっきの〈恋に恋する夢見がち乙女のポエム〉をさっさと実現させてこいよ! ぽやぽやしてっと、お前の初ちゅーみたいに簡単にチャンス無くなるぞ?」


「ひっど! それはさっき、ちーちゃんがいきなり――」


「ていうか、お前これで何度目だよ!? 毎度毎度こんなくだらないことで散歩を中断させられるタローの身にもなれよ! 可哀想だろ!」


「分かった、分かったから! ――ああああ、ちーちゃんが大きな声出すから気づかれちゃったじゃん! ……分かった、行きます! 行きます!!」



 静かに睨み続ける千紘を諌めながら、まどかはそそくさとジャージの若者たちの元へと足を運んだ。まどかが二人組のうちの背の小さなほうに話し掛けてペコペコと頭を下げるのを、千紘は憮然とした面持ちで見守った。

 しばらくして、まどかがとぼとぼと戻ってきた。しょんぼりと肩を落とした彼女は、目に涙を浮かべていた。



「まあ、そうだろうな。だって、あの人、女の人だろう?」


「ちーちゃん気づいてたの!? 私はさっき知ったのに!?」



 驚くまどかを、千紘はじっとりと見つめて嘆息した。



「恋は盲目にも程があるだろ。ていうか、お断り理由が〈興味がない〉とかならともかく〈同性だから〉なんだから、そこまでショックを受けて泣かなくたっていいだろうに」



 だって、と呟くと、まどかは大きなため息をついた。



「『この際もう同性でもいい! だって、こんなかっこいい人はいないもの!』と思ってめげずにアタックしたの」


「そこはめげろよ」


「うん、でもね、『彼氏がいるから無理』って。そう言いながら、彼女、隣のジャージメンを凄まじく可愛らしい乙女のはにかみ笑顔でチラ見するのよ。ずっと見てたのに何で気づかなかったんだろうって思いよりも、何ていうか、『この人、私よりも女子度高いな。私、女子としてまだまだだな』っていう情けなさが、こうね、一気に……」


「はあ、そう……。――で、失恋のお味は?」


「しょっぱい。いろんな意味で」



 苦々しげに顔をしかめたまどかに、千紘はフと小さく笑いかけた。そして銀色スライムを彼女に向かって放り投げた。



「ほら、これで口直ししとけよ」


「うわ、イケメン。将来きっとモテモテ、どんな恋も上手くいくよ。羨ましい」



 まどかはため息を漏らしながら、チョコを頬張った。その甘さに頬を緩めた彼女とは対象的に、千紘はふてくされた。そして「うっせ」と声を苛立たせながら、まどかに向かって力の限りチョコを投げつけたのだった。

多分そのチョコ知らない人のほうが多いと思うというお声を頂いたので、ちょっと解説をば……。


銀色のホイルに包まれたスライム状のチョコは、ハーシーという会社の【キスチョコ】のことです。

チョコを作ってる時に機械がキスをする時のリップ音みたいな音を立てるとか、機械とベルトコンベアーがまるでキスしてるみたいに見えるとか、そういう由来で【キス】という名前がついたらしいです。


つまり、のっけから妄想フルスロットルでキスの感触&味を語っていたまどかちゃんでしたが、実際の彼女の初キスの味はキスの味となったわけでして。

失恋を慰めるためにもらったものも、キスで。

そして本来のタイトルももちろん、キスでして。

……あらいやだ、千紘くんったらおマセさんですねえ(ニヤニヤ) というお話なのでした。


ちゃんちゃん!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 独特な可愛らしい表現が散見され、天然気味なまどかと彼女に冷静に対応する千紘のやりとりがよい塩梅でニヤニヤして読ませていただきました! [気になる点] キスチョコについて知らなかったので、最…
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