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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おお、勇者よ。何故其方は裸なのだ。

作者: 神楽 弓楽

 



 知恵ある者たちからアサトパーゼと呼ばれる世界は存亡の危機にあった。それは悪意ある神、邪神によって齎された生きる災厄とも呼ばれる魔物によって引き起こされていた。



 かつてアサトパーゼの世界の人々は時に争い、時に手を結び合いながら世界中で繁栄し、優れた文明を形成していた。しかし、そこに暗い影がさした。それが邪神が生み出した魔物であった。

 

 世界の片隅で生まれ落ちた魔物は、瞬く間に世界に広がり人々を脅かした。魔物に既存の兵器は有効打とはなり得ず、人の地は魔物に蝕まれ、その生活圏は瞬く間に狭まった。そして、優れた文明もまた魔物との壮絶な戦いの過程で失われ衰退を余儀なくされた。

 しかし、人々は諦めなかった。多大な犠牲を払って討ち果たした魔物を調べ上げ、魔物から剥ぎ取った素材から武器を作り、人々はそれを手に魔物に立ち向かった。


 500年という長き戦いの末に人々は絶えず襲いくる魔物から土地を守り、新たな文明、新たな国家群を築くまでに至った。しかし、それから1000年もの間、魔物は何度も人の地を攻め滅ぼさんと群れを為して人々を脅かしてきた。時にはいくつもの国が魔物に攻め滅ぼされて生活圏が狭まり、時には魔物に支配された地を解放して生活圏を広げた。人と魔物は、長きに渡って一進一退の果てしない戦いを繰り広げていた。


 そして現在(いま)、かつてない規模の魔物の大進行が起ころうとしていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 真っ白な光。

 何色にも染まらず何にも侵さらず、どこまでも白い純白の光。その光が目を閉じた男、杉田 善良(よしあき)の瞼の向こう側に広がっていた。その光の奥から琴の音のような美しい女性の声がヨシアキの耳朶を打った。


「人の子よ。其方は選ばれた」


 光の女性は、ヨシアキに対してそう言った。


「其方はこれより存亡の危機にある世界に赴き、世界の滅びを退けよ」


 それは頼みや願いではなく命令であった。


「しかし、今の何の力も持たぬままでは敵わぬだろう。故に其方に力を授ける」


 光の女神は言った。


「其方の欲する力を求めよ。想像せよ。形にせよ。さすれば、其方はその力を得るだろう」


 その言葉でヨシアキは、脳裏に自分の欲する力をイメージした。


 何ものにも縛られず、何ものにも汚されず、何ものにも侵せない力を。

 何ものも阻めず、何ものにも屈しない力を。

 

 ただ純粋に、ずっと抱いていた想いを乗せてその力を求めた。


「やはり其方を選んだ私は間違ってはいなかった。人の子よ。いや、選ばれし者よ。救世主となる者よ。

 時は来た。滅びの運命を背負う世界は救いは求め、其方は選ばれた。その力でもって世界を滅びから救うのだ」



 直後、ヨシアキは何者かに引っ張られるかのように救いを求める世界(アサトパーゼ)へと召喚されたのだった。







 ヨシアキが召喚された場所は、地を黒く染める魔物の群れとヒトが戦う戦場の真っただ中であった。

 まるで世界が、救う力があるのか示してみろとヨシアキに問いているかのようだった。


 女神から授けられた力、それによって軽い全能感に包まれていたヨシアキは、世界を救えと言った女神の言葉に突き動かされるようにその身を戦場に投じた。


 手に武器はなく、体を守るものも召喚されたばかりのヨシアキの身にはなかった。あるのは己の鍛え上げた体と女神に授かった力のみ。


 裸一貫、今のヨシアキを表すのにこれ以上ない言葉であった。



「グラァァアアアア! 」


 イノシシのような、しかしイノシシと呼ぶには大きく恐ろしい魔物の一体がヨシアキに気づく。聞く者の心を揺さぶる咆哮を上げて、魔物はヨシアキへと突進する。体長10メートルはある大型トラックと見紛う程の巨大な魔物が地面を踏みしめる度に地面は陥没し、足元にクレーターが生じる。


 ドドドドドッという地鳴りのような音を鳴らしながら迫る魔物の突進を、ヨシアキはあろうことか腰を落として真正面から立ち向かった。その顔には最初の相手としては丁度いいとばかりに好戦的な笑みが浮かんでいた。


 そして、両者は激突した。


「むぅぅぅん!! 」


 両手を大きく広げて、魔物の突進をその身で受け止めた。その衝撃でヨシアキの足元を起点に地面が蜘蛛の巣状に罅割れた。ヨシアキは踏ん張るものの、先に地面が根を上げて二筋の溝を刻みながらヨシアキは後ろへと10メートル近く押し込められた。後ろへ押し込められるうちにヨシアキの足は膝丈まで地面に埋まった。


 しかし、魔物に出来たのはそれだけだった。


 魔物は地面を掘り返すほどの力強さで地面を蹴るが、そこから1ミリも前に進めなかった。完全に魔物の前進を押さえ込んだヨシアキは、鼻息荒い魔物の口の端から生えた長大な牙を握りしめる。魔物が振りほどこうと身じろぎするが、全くの無駄に終わる。ヨシアキは、両方の牙を握ったまま左にハンドルを切るかのように腕を回した。


 ゴキリ、と魔物の首の骨が音を立てて折れた。魔物の体が傾き、その巨体が地面に横倒しに倒れた。意味もなく虚空を掻いていた足は、すぐに動かなくなった。



 ヨシアキは、魔物が死んだ後も牙から手を放さなかった。むしろ、腕により一層の力を込めた。ミチリと筋肉が膨張し血管が浮かび上がる。地面に埋もれた足を踏ん張り、弦を引き絞るかのように体を捻る。ズズズッと倒れた魔物の体が地面を擦るように動く。



「ぬぉおおおお!! 」


 ヨシアキが声を張り上げる。体に溜めた力を解放し、一瞬の爆発力を生み出す。牙を掴まれていた魔物はヨシアキを中心に半円を描くように弧を描いた後に牙を手放され、放たれた砲弾のように高々と空に舞い上がった。


 投げられた魔物の死骸は、大きな放物線を描いてヒトと魔物の最前線に新たに乱入しようとしていた狼のような魔物の群れの中心へと飛んでいき、その大きさと重量でもって何体もの魔物を押し潰した。


 それを見届けることなくヨシアキは、地面から足を引き抜くと駆け出した。地面に足形の陥没を作りながら先程の投擲で混乱する戦線へと駆ける。


 その距離が50mを切ったところで、ヨシアキは地面を踏みしめ走り幅跳びのように高々と跳んだ。


 得た力によって悠々と50mを跳んだヨシアキは、着地点にいた魔物の頭を踏みつけた。鈍い衝突音が響き踏まれた魔物は頭を砕かれ、地面に深々と埋め込まれた。


「俺が相手だ」


 空から落ちてきたヨシアキが魔物を踏み潰したのを目の前で見て目を白黒させる兵士たちを余所にヨシアキは魔物に向かって啖呵を切った。


 ヨシアキの言葉を魔物が理解したわけではなかった。しかし、魔物はヨシアキを脅威と見なして排除すべく行動に移した。


 それをヨシアキは、拳を固く握りしめて次々に殴り飛ばした。ヨシアキの拳を受けた魔物たちは、殴られた箇所を大きく陥没させて血反吐を吐きながら地に沈んだ。運良く致命傷に至らなかった魔物も次いで繰り出されたヨシアキの蹴りで命を散らして、その身を血に染まった地面に沈めた。


 半端な武器では傷つかない堅牢な魔物の肉体を物ともせず、本来であれば無力な筈の生身で魔物を打倒していくヨシアキに、悲壮感を抱いて絶望的な戦いに身を投じていた兵士たちは声が張り裂けんばかりに歓声を上げた。


 そして、ヨシアキが灯した火は業火となって兵士たちを駆り立て、劣勢であった戦線を盛り返して魔物を押し返すきっかけとなった。

 

 この日、平原で起きた魔物の進行で生身で戦い抜いたヨシアキは、ヨシアキを見た兵士たちから口伝えに伝えられ、彼らは口を揃えて彼を勇ある者、『勇者』と呼ぶのであった。


 ヨシアキの戦う様を思い返す彼らは、いつも同じ疑問を胸に抱いていた。


『彼は、勇者は何故、魔物と裸で戦っていたのだろうか』


 彼らはその答えを見つけられずにいた。 





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 召喚早々、魔物と一戦を果たしたヨシアキは生きた魔物のいなくなった戦場を後にして魔物の血に塗れた体を小川で清めていた。


 山に降り積もった雪が解けて出来た小川の水は、肌を刺すように冷えていた。しかし、ヨシアキには、然したる冷たさに感じないようで火照った体にちょうどいいとばかりに肩まで沈めて血を落としていた。

 

 召喚の直後に抱いていた全能感はとうに消え去っていた。しかし、そこに恐怖や後悔はなかった。初めての生死を賭けた戦いの後にも関わらず、ヨシアキは自然体であった。女神が選び抜いただけあって、ヨシアキは戦場に身を投じることを躊躇わない精神性を有していると言えた。それは平時であれば決してまとめな精神性とは言えなかったが、これから魔物との戦いを幾度も重ねていくヨシアキの運命を考えればプラスに働くことはあってはマイナスに働くことはなかった。



 ヨシアキの戦いの熱は凍てつく様な流水に晒してもまだ冷え切っていなかった。火照る体から白い蒸気を陽炎のように立ち昇らせながらヨシアキは、川からいったん出ようとした。


 そのヨシアキの足首に何かが絡みついた。初めは水草でも絡んだのだろうと思っていたヨシアキだったが、絡みついた何かは足首に強く絡みついてヨシアキを深い場所へと引き摺り込もうと引っ張った。別の場所からも細長い何かがヨシアキの足や手首に絡みつきヨシアキを引き摺り込もうとした。


 しかし、相手が悪かった。


「ふん! 」


 と、ヨシアキが手足に少し力を込めるとぶちぶちと音を立ててその何かはあっさりと引き千切れた。手首に絡んだまま千切れた部分を水面から出して確認すると、それは淡いピンク色をした半透明の触手であった。触手の先の表面には口の周りがギザギザとした無数の吸盤がついていた。


「魔物か? 」


 そう疑問を口にしたヨシアキは、触手を引きちぎられて奥に引っ込もうとする触手に手を伸ばして掴んだ。川のどこかに潜む本体を引きずり出すつもりで加減して引っ張った。手応えは感じたものの、引きずり出す途中で魔物が自ら掴まれていた触手を自切してしまった。


「ふむ……」


 ヨシアキは、気を引くようにビチビチと手の中で跳ねる触手を一瞥した後、その辺に触手を放り投げて川へと潜った。魔物がいる場所は先程の綱引きで大よその見当がついていた。


 迷う素振りも見せず、無数の巨石が沈む水深5メートル程の川底へと潜っていく。そして、底に埋め込まれるようにして存在する巨石の一つの端に手をかけると無造作に引っぺがした。


 空いた隙間に水が流れ込み、一瞬にして辺りは泥の煙幕が張られる。それもヨシアキが腕を大きく一振りすると、ごうっと水を掻き分ける音を立てて掻き消える。


 露わになったのは、巨石の裏に隠れるように張り付いていた軟体動物のような魔物であった。巨石の裏に張り付く魔物の体の一部を引っ掴んだヨシアキは、一気に引き剥がした。


「ギュイイ……! 」


 と、断末魔のような鳴き声を水中で上げた。巨石から引き剥がした途端に身を縮み込めて目に見えて弱った。


 どうしようかとヨシアキが思案していると、周囲の巨石の陰からにゅっと無数の触手が覗き出た。


 そう。ここは触手を持つ魔物の巣窟であった。

 

「……! 」


 そのことをヨシアキが、気が付いた時には四方から無数の触手が迫ってきていた。ヨシアキは、手に持つ瀕死の魔物を水面へと放り投げる。投げられた魔物は水面を突き破って陸に打ち上げられた。

 それに意識を向けることなくヨシアキは、目の前の難事に意識を割いた。


 前方から迫る触手を巨石を蹴り上げて壁として阻み、後方から左右後方から迫る触手に対しては、川底すれすれを泳いで躱した。底に埋もれた巨石の一つに手をかけて一気に裏返す。そして、裏面に張り付いた魔物を巨石ごと殴った。ごごんと、くぐもった重苦しい音を水中に響かせて巨石が粉々に割れ、直で殴られた魔物もまた腹の緑色の内容物を水中にぶちまけて息絶えた。しかし、生死の判別がつきにくいが為にヨシアキは、その魔物を掴んで水面へと放り投げて陸へと打ち上げた。


 そうこうしていると、触手が触手が迫ってくる。絡みつこうとしてきた触手の先端を引き千切りながら川底を蹴って、側面の巨石の陰から触手を伸ばす魔物を巨石の上から蹴る。


 巨石を真っ二つに砕きながらその奥にいた魔物を踏みつぶす。素足から伝わるぐんにょりとした濡れた粘土を踏んだかのような感触に眉を潜めつつも、その魔物も水面へ放り投げて陸に打ち上げた。

 

 その後も無呼吸で、ヨシアキは周囲に潜む魔物を巨石ごと破壊しては陸地へと放り投げて魔物の死骸の山を築き上げていった。

 


 10分近くの無酸素運動を続けたヨシアキは、一度息継ぎをしようと水面へと浮上した。


 ヨシアキが息継ぎをしようと気を緩めた瞬間、死角からしゅるりと首に赤黒い触手が巻き付いた。


「……! 」


 ゴボボ、とヨシアキの口から気泡が零れ出た。引き千切ろうとヨシアキが首に絡みついた触手に手をかけるよりも早く、触手がヨシアキを川底に叩きつけた。


 ゴボッ、と気泡が口から漏れる。ヨシアキは、何度も川底に埋まった巨石の上に叩きつけられる。横薙ぎに振るわれ側面の巨石に叩きつけられ、再び川底に叩きつけられる。獲物を弱らせるかのように執拗に魔物はヨシアキを水中で叩いた。



 ヨシアキがされるがままにされてしばらく経って、やっと触手の攻めの手が止んだ。川底に寝そべるようにうつ伏せになって動かないヨシアキに四方から触手が伸びてきて手足に絡みついた。


 赤黒い触手の持ち主である他の魔物よりも一回り大きく赤みがかっている魔物が巨石を背負って現れる。どうやらこの魔物にとって巨石は、貝の貝殻のような役割を果たしているようであった。


 ヨシアキを捕食するつもりなのか魔物が無数の小さな触手を伸ばしてヨシアキを引き摺り寄せようとしていると、ガバリとヨシアキが起き上がった。大口を開けた口を首に絡んだ赤黒い触手に向けてブチリと噛み切った。


 手足を覆うように絡みつく無数の触手をブチブチと強引に引き千切りながらヨシアキは、正体を現した赤い魔物の主に挑みかかる。


 赤い魔物は、身の危険を感じて巨石の陰に引っ込もうとした。しかし、それをヨシアキが許さなかった。さっと伸ばした手で一部を掴んだヨシアキは、掬い上げるようなアッパーを魔物の体に叩き込んだ。ゴイン、と他の巨石よりも一段と硬そうな巨石が硬質な音を響かせたが、致命傷とは至らなかったようでそのままスルリとヨシアキの手から抜け出して巨石の陰に隠れてしまった。


 今度は大きく振り被り、巨石に突きを放った。バカン、と硬い巨石が真っ二つに割れて下に隠れた魔物が露わになった。


 ヨシアキは、ニヤリと笑ってアッパーを再び魔物に放った。


 ドンッという音と共に川から大きな水柱が上がり、打ち上げられた赤い魔物が陸に打ち上げられた魔物の山の天辺に積み上げられるのだった。



 川に潜んでいた魔物を全て排除したヨシアキは、陸へと上がった。透き通るように綺麗だった小川は、ヨシアキと魔物の戦闘で緑色に濁っていた。大きな山となっている死骸の山を余所に肌についた魔物の内容物を拭って落とす。


 ぐぎゅるるるぅ。


 2度の魔物との戦いを経てヨシアキの腹は空腹を訴えていた。ヨシアキの視線が、軟体動物のような魔物へと向けられた。


「……いけるか? 」





 薄暗くなった河原の巨石の上で、パチパチと枯れ木が音を立てて燃える。

 その傍で、ヨシアキは胡座を組んで座り込んでいた。串刺しにして焼いた魔物の触手にヨシアキは、齧り付いていた。焼き目のついた触手に喰らいつき、引き千切り、くちゃくちゃと音を立てながら咀嚼する。あまり美味しくないのかヨシアキの眉根は寄っていて、難しい表情のまま淡々と食していた。

 本体を食べる気は起らなかったのか、状態のいい触手だけを積み上げられた死体の山から剥ぎ取ってきて、木の枝に巻き付けて焚火に翳して何本も焼いていた。木の枝を刺せるように焚火を囲うように指程の太さの穴がぐるりと空いていた。火は、木と木を超高速で擦り合わせることで半ば強引に摩擦で火をつけていた。


 ヨシアキは焼いた分を全て平らげて満足したのか、そのまま巨石の上に寝転がった。吹きつける風は、冷たかったがヨシアキには気にならなかった。夜空に浮かぶ満点の星空をヨシアキは眺める。


 地球の月に匹敵する大きさの星が3つほど浮かんで見える星空にヨシアキは、ここが異世界であることを改めて実感する。


 しばらく星空を眺めていたヨシアキは、いつしか眠りに落ちるのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「ん……」


 不審な音でヨシアキが再び目を覚ましたのは、まだ日が昇っていない早朝であった。


「なんだ? 」


 体を起こして暗闇に包まれる辺りを見渡す。焚火はいつの間にやら燃え尽きて消えていた。

 静寂に包まれた場所で、川を流れる水の音だけが静かに聞こえていた。


 ガサリと、そこへ茂みを掻き分ける音がヨシアキの耳に届いた。音のした方に目を向けると傷だらけの女性の姿があった。服の一部が裂け、頭からは血を流していた。ヨロヨロと拙い足取りで河原へとやってきた女性は、ヨシアキには気づいていないようでフラフラと歩いた後にばったりと地面に倒れ伏した。


「ふむ」


 ヨシアキは、巨石の上から飛び降りて倒れた女性の元へ歩み寄る。気を失っているようでだった。耳を済ませるとやや苦し気な息遣いが聞こえた。ヨシアキは、うつ伏せに倒れた女性を仰向けにして頭の傷を見る。額の端がぱっくりと切れていたが、それほど深い傷ではなかった。それよりも左腕の上腕骨が折れていた。肋骨にも何本か罅が入っているようであった。



「筋肉が足りないな」


 苦し気に胸を上下する女性の豊満な胸とほっそりとした二の腕の状態を診察した後、ヨシアキはそう断じた。


 不意にヨシアキが、女性が出てきた茂みの方へと顔を向けた。そこからミキミキと音を立てて木々を押しのけながら大きな黒い影が現れた。それは体長3メートルはあろうかという青紫色のカエルのような魔物だった。


「オォォア、オォォア」


 頬袋を膨らませて独特の鳴き声を発する魔物は、のそのそと河原へと出てきた。どうやら女性は、この魔物に追われて逃げてきたようであった。


「カエルか」


 食えるかもしれない。とヨシアキは、魔物の大きな太ももを凝視しながら呟く。

 それに危機感を覚えたわけではないのだろうが、最初に仕掛けたのは魔物だった。


「オアッ」


 何かを吐き出すように頬袋を大きく膨らませた魔物が口から吐き出したのは、細長い舌であった。


 それもそれが3本。

 

 魔物の口から物凄い勢いでヨシアキを狙って伸びてきた。


「むっ」


 顔面に飛んできた舌と胸に飛んできた舌を両手で先端を掴み取って防いだが、腹に飛んできた舌を防げれず、ヨシアキの腹筋の割れ目に舌がビタンっと張り付いた。その衝撃は、ヘヴィー級のボクサーのストレートにも相当する一撃であったが、ヨシアキの体は小揺るぎもしなかった。


 伸びた舌がまるでゴムのように収縮し、ぐんっとヨシアキの体を引っ張った。ヨシアキは踏ん張ろうとしたが足場が悪く、また一瞬のことであったが為に踏ん張りが効かなかった。

 魔物の舌に引っ張られる形で空を舞ったヨシアキは、引き寄せられる勢いを利用して体を縦に一回転させた。


 ヨシアキを呑み込もうと大口を開けていた魔物の脳天にヨシアキの踵落としが突き刺さった。


「ゴォア!? 」


 ビタンと地面に頭を叩きつけられ魔物は苦悶の鳴き声を上げた。両手に握った舌を手放し、腹筋に張り付いた舌を引き剥がしたヨシアキは、フリーになった手を固く握りしめて魔物の鼻面に落とした。ドゴンという凡そ殴った程度で生じる音ではない打撃音を出して魔物の頭骨が砕けて絶命した。


「ふむ……」


 戦闘を終えたヨシアキは、食材を吟味するかのようにピクピクと痙攣する魔物の太ももを見ていた。



 空が白み始める中、ヨシアキは朝食の支度を始めるのであった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ううん……」


 カエルのような魔物に追われていた女性、オリヴィアは、顔に当たる眩しい陽射しで目を覚ました。


「ここは……痛っ! 」


 いつもの癖で骨を折っている左腕を支えに起き上がろうとしたオリヴィアは、腕に走った痛みに顔をしかめた。その声でヨシアキが、オリヴィアが目覚めたことに気付いた。


「起きたか」


 木で骨組みを組んで、焚火の上に魔物の太ももを一本丸々焼いていたヨシアキが素っ気なく声を発した。


 オリヴィアは、声がした方に顔を向けたが、生憎、焼いている魔物の太ももの陰にほとんど隠れてしまっていて相手が、黒髪の男性ということしかわからなかった。


 オリヴィアは自身の体へ視線を落とす。傷は簡単な手当てがされて、折れた左腕には添え木がされて、その上に布が巻かれて固定されていた。その布に見覚えがあったオリヴィアは自身のスカートへと視線を落とす。魔物に追われる途中でスリットが入るかのように破れたスカートの丈は、記憶よりも大分短くなっていた。


「ひぅ……! 」


 そのことにオリヴィアは赤くなったり青くなり、バババっと慌てて動かせる右手で体を弄って(まさぐって)貞操が守られていることを確認してほぅっと息をついた。


「どこか痛むのか? 」


 ごそごそと何やら動いている様子を感じ取ったヨシアキは、オリヴィアへと声をかける。


「い、いいえ! 大丈夫です。はいっ! 」


 そう力強く答えるとズキンと罅の入った肋骨に痛みが走り、オリヴィアは息を詰まらせた。


「どうした。やはり痛むのか? 」


「っ! いえ、これくらい……」


 平気です、とヨシアキが立ち上がる気配に気付いたオリヴィアが顔を上げて答えようとして、痛みとは別の意味で声を詰まらせた。


 目の前に現れたヨシアキを前にしてオリヴィアの思考は停止した。


 自分よりも遥かに大きな身長、炭を水に溶かしたような黒髪で、鷹のような相手を射抜く黒い瞳、体は逞しく鍛え上げられ、筋肉が盛り上がっていた。一流の芸術家が彫り出した彫刻のような一種の美がそこにはあった。それが惜しげもなくオリヴィアの目に晒された。


「きゃああああああ!!! 」


 肋骨が痛むのも構わずオリヴィアは、血を失って青くなっていた顔色を真っ赤に紅潮させて甲高い悲鳴を上げた。



 なんで!? どうして!? どうしてこの人は裸なの!?


 混乱するオリヴィアを余所にヨシアキは、突然悲鳴を上げられたことに首を傾げ、自身が怖がらせていると考えて安心させるようにゆっくり膝をつき両手を広げた。


 彼なりの僕は武器も何も持ってないから安心してくれ、という意味のポーズであったが、彼が今まで生身の体一つで魔物を屠ってきたことを知っている者からすれば何の安心も出来なかった。


 しかし、幸いにしてそれを知らないオリヴィアは、自身に何もしてこないヨシアキに対して無害だという結論に至り、一応の落ち着きを取り戻してくれた。



「す、すみません。悲鳴を上げてしまって……傷の手当てをしてくれてありがとうございます」


 自身の非礼に遅まきながらも気づいたオリヴィアは口を押さえて、慌てて頭を下げて礼を述べた。それをヨシアキは、鷹揚に頷いて受け入れた。


 気分を害しているようではないヨシアキの態度にオリヴィアは、ほっと安堵の息を吐き、ヨシアキに気になることを尋ねた。


「あの、どうしてあなたは裸なのですか……? 服はどうしたんですか? 」


 そう尋ねられたヨシアキは、一瞬質問の意図が分からないかのように首を傾げ、自身の体へと視線を落とし、まだ積み上げられたままの触手の魔物の死骸の山を一瞥する。


 それは、俺に服などという防具はいるだろうか? という疑問からくる視線の動きであったのだが、オリヴィアには別の意味に伝わった。


 ヨシアキの視線に釣られて、魔物の死骸の山を見たオリヴィアは息を呑み、同時に彼が裸なのはあの魔物との戦ったせいだと思い込んだ。

 

 その魔物が人間を水中に引きずり込み、その特徴的な触手の先から消化液を吐き出して服ごと体を溶かして体液を啜る魔物であることをオリヴィアは知っていたからだ。


「あんなにたくさん……それに、その足はあの魔物の……」


 今更ながら、オリヴィアは目の前で焼かれている肉が、自身が追われていた魔物の足であることに気付いた。もう一度、彼女はヨシアキを見た。


 彼の逞しく健康的な白い肌には傷一つなく、また武器になるような得物も見当たらなかった。

 まさか、生身で生半可な武器では傷つけれない魔物を倒したとは思わず、オリヴィアは武器は戦いの最中に紛失したのだと考える。


 あの数の魔物を相手に服や武器を失いつつも傷一つなく、戦い抜いた屈強な武人

 

 という人物像が、オリヴィアの中で形作られた。


「あなたは、とてもお強いんですね」


 ヨシアキに対して、オリヴィアはとても強い安心感を得ていた。


 この世界、魔物という生きる災害が積極的にヒトを襲う過酷な世界であり、その原因である魔物を退けられる強さは、それだけで何にも代えがたい魅力であり信頼となった。




 オリヴィアの強張っていた肩の力が抜けてリラックスしたのが分かると、ヨシアキは焚火に翳している魔物の足へと注意を向けた。


 きつね色の焼き目がついた表面から透明な油が滴り落ちている様子から丁度いい頃合いだと判断したヨシアキは、立ち上がって焼き上がった魔物の足を焚火の傍から外した。


 白い湯気を立ち昇らせる魔物の足にヨシアキは齧り付いた。パリパリになった皮を突き破ると、中から肉汁が溢れだして口の中に広がった。噛み切って口の中で咀嚼する。何も味付けをしていないのでほとんど味はしないが、触手に比べれば遥かに食べやすかった。


 ふと、視線を感じて顔を上げると、赤面させたオリヴィアが目を白黒させてこちらを見ていることに気付いた。


「どうした? お前も食べるか? 」


 ヨシアキがそう尋ねるとオリヴィアは、首が折れんばかりにブンブンと頭を左右に振った。その様子にヨシアキは、そうか。とだけ返して再び肉に食らいついた。


 鶏のササミのようだな。と思いながらヨシアキは10分ほどで三キロあったであろう大きな足を一本平らげてしまったのであった。



 お腹が満たされたヨシアキは、さて……とばかりに目の前で平伏するオリヴィアへと意識を向けた。


「お願いします! 助けてください! 」


 頭を地面に擦りつけんばかりに平伏してヨシアキに願い出るオリヴィアに、ヨシアキは「話してみろ」と言葉少なく答えた。


「私の村があの魔物の群れに襲われました。私は父と兄に言われて森に逃げ込みましたが、はぐれの魔物に見つかりここまで逃げてきました。きっと魔物は今も村の周りにいると思います。無理を承知でお願いします。私に出来ることは何でもします。だから……! 村を……村のみんなを助けてください! 」


 オリヴィアの頼みを聞いてヨシアキは、座っていた体勢からすくっと立ち上がり、何も告げずに背を向けて巨石の縁に立って飛び折ろうとする。


「待ってください! どうか、どうか……お願いします! 」


 それを否定と受け取ったオリヴィアは、視界が絶望という闇で真っ暗に染まっていくのを錯覚した。気付けば顔を上げて血相を変えて叫んでいた。


 ヨシアキが振り返る。


「村まで案内しろ」


「え……」


 オリヴィアが、ヨシアキが発した言葉を理解するまでに数秒の時を必要とした。そして、理解すると視界が開けて涙で滲んだ。


「どうした。時間がないのだろう」


「はい……はいっ! ありがとうございます! 」


 オリヴィアは、涙を拭うと立ち上がってヨシアキの元へ駆け寄った。巨石の縁に立ち、その思ったよりも高い高さにどう降りようかと思案する。


「掴まれ」


 すると、ヨシアキがそう言ってオリヴィアを抱き寄せて横抱きに抱いた。


「えっ、きゃっ! 」 


 突然のことにオリヴィアは、小さく悲鳴を上げてその逞しさと力強さにまた頬を赤くした。直に感じる彼の体温もまた彼女の体温を上昇させる要因の一つとなっていた。


 オリヴィアをお姫様抱っこしたままヨシアキは、巨石の上から飛び降りた。


「わっ」

 

 一瞬の浮遊感の後、ずんっと音を立てて着地する。


「どっちだ」


「あ、あそこの先です」


 オリヴィアが指差したのは、オリヴィアが現れてきた茂みの方だった。大きなカエルの魔物がオリヴィアを追って通ったばかりなので、ぽっかりと道が出来ていてわかりやすかった。


 道が分かれば後は簡単だった。


 ヨシアキは、オリヴィアを振り落とさないよう腕でしっかりと彼女の足とお腹を固定する。筋肉がないのではないかと思うほどの彼女の柔らかさに、ヨシアキはやはり鍛え方が足りないなと内心考えながら、一歩を踏み出した。


 一歩、二歩とオリヴィアを抱いたままヨシアキは歩き、段々とその速度を速めていく。


 森の中という悪路もヨシアキの歩みを阻む障害とは成り得なかった。ずんずんと木々を押し退けながら目的地へとまっすぐと進む。邪魔な木々は蹴り倒し、ちょっとした段差や崖は飛び越えて、アクセルを踏みっぱなしの車のような速度で森の中を突き進む。


「きゃあああ! まって、まってください! 大丈夫なんですかこれ! ああ、木に! 木にぶつかりますっ! あああ! 今度は石にぶつかりますよ! ああああ、そこ崖です! 落ちちゃいます。落ちちゃいますよ! きゃああああああ! 」


 森の中を進む間、腕の中のオリヴィアはヨシアキの首に右腕を絡ませながら終始叫びっぱなしであった。




 ヨシアキの強行軍によって、村には20分と掛からず辿り着いた。オリヴィアが彼の元にまで逃げてくるのに半日かかっていたことを考えると、ヨシアキの出鱈目な踏破速度がわかる。


 オリヴィアの言う通り、村は魔物に襲われているところだった。


 村はこのような時のために石造りの壁でグルリと囲まれ、入口に位置する場所は鉄製の門扉で固く閉ざされていた。そのお陰で、カエルのような魔物の襲撃にも何とか持ちこたえられているようだった。


 どうやらこの魔物は、図体がでかい代わりにカエルのような跳躍力を失っているようで、五メートルほどの高さの壁を越えられないでいた。


 村人たちも中から必死に抵抗しているようだったが、魔物の伸びる三本の舌に苦戦しているようだった。


「間に合ったようだな」


「はい。でも状況はあまり……ってもしかしてこの中にいくつもりですかっ」


 ヨシアキは、魔物で溢れ返る中にそのまま入ろうとしていた。それにはオリヴィアが顔色を変えたが、ヨシアキは気にすることなく行動に移した。


 数メートルの助走をつけた後、ヨシアキはダンっと足を強く踏み込んで高々と飛び上がった。


「きゃあああああああ!! 」


 一度経験したことで、感覚はもうつかめていた。耳元で叫ぶオリヴィアの悲鳴にももう慣れていた。ヨシアキは、魔物の舌が届かない高さを飛び、村の壁を易々と飛び越えて中への侵入を果たした。



「なんだ!? 何か壁の向こうから落ちてきたぞ! 」


「悲鳴が聞こえたぞ! 」


「裸だ! 裸の男が落ちてきた! 」


「裸の男がオリヴィアを抱えて落ちてきたぞ! 」



 魔物に周囲を囲まれた状況で空から降ってくるように落ちてきたヨシアキ達に村の者たちは色めき立つ。その様子を無視してヨシアキは、オリヴィアを地面に下す。


「ほ、本当に入れちゃった……」


 腰が抜けたのか地面にへたり込むオリヴィア。ヨシアキは、労うかのように一度彼女の頭にポンと置いた後、背を向けた。


 ダンっと、足を踏み込んでヨシアキは、壁を跳び越えて魔物で溢れる外へと出て行ってしまった。







「オリヴィア! ああ、無事だったか! 」


 ヨシアキが去ってすぐに、体のあちこちに包帯を巻いた父と兄を含めた家族がオリヴィアの元へと駆けつけてきた。


「どこに行っていたんだ! お前が村に戻ってこれてないと聞いて私は……いや、まずはお前が生きていたことを喜ぼう。本当に無事でよかった……! 」


「父さん……! 」


 愛娘との再会に柄にもなく涙を流しながら抱きしめてくる父にオリヴィアも抱きしめ返した。


「それで、どうやって中に。裸の男というのはどういうことだ」


「ああ、そうなのお父さん。彼が私を助けてくれてここまで連れて行ってくれたの。ああ、でも大変だわ! 彼、何も持っていないのに外に出ちゃった……! 彼、武器を持ってないの! お願いお父さん。彼に武器を! 」


 魔物の体には、並みの武器は通じない。通じるのは、同じ魔物を素材にして作られた武器だけであった。そして、魔物というのは殺せる武器があるからと言ってそう簡単に仕留められる相手でもなかった。また、魔物の素材から武器を作成するのも容易ではなかった。

 その為、魔物を素材にした魔物武器は貴重であった。この村にも両手で数える程しか存在しなかった。


 軽いパニックを引き起こしており要領を得ないオリヴィアの説明であったが、娘を助けた恩人が、村を助ける為に武器も持たずに命を張ってくれているということは伝わった。


「ああ、わかった。私のをその彼に貸そう。彼はどっちへ行った。あっちだな。わかった。お前は、母さんと一緒に避難していなさい。大丈夫。私が必ず彼に武器を届けるから」


 オリヴィアの父はそう言って、息子へと目配せしてオリヴィアを避難させるように伝えた。その意を汲んでオリヴィアの兄が「ほら、あとは父さんに任せてお前は母さんと避難しとけ。その怪我じゃもう逃げれないだろ」と言って妹を促した。オリヴィアは、「でも……」と渋っていたが最後には兄の肩を借りて去っていった。



 それを見届けてからオリヴィアの父は、村を囲う壁を登った。魔物で溢れた外に飛び込んでいった娘の恩人がどうなったのかを、生きていれば自身の得物を届ける覚悟を決めていた。


「なっ……!? 」


 そして、登り切って外の様子を見たオリヴィアの父は、我が目を疑った。


 確かに彼はいた。


 確かに彼の手には武器はなかった。


 そして、彼はやはり裸だった。


 何も持たず、何も着ていないヒトほど無力な存在はいない。服がなければ、体調を崩すような脆弱な肉体で、武器がなければ魔物どころか動物一匹も殺せないほどの無力な存在だ。身を守る毛皮もなければ、寒さを凌ぐ脂肪もなく、敵を倒す牙も爪も角も何も持っていない。だからこそ、ヒトは服を着て、武器を振るう。


 だというのに彼は何も持たず、何も着ずに魔物と戦っていた。


 魔物と真正面から対峙して真正面から力で持って叩き潰していた。


 彼が拳を振るえば、魔物は地面に埋まり、蹴りを放てば空高く打ち上がった。時たま、無造作に魔物を他の魔物へと投げつけるようなこともしていた。


 気付けば、オリヴィアの父の背後には、外の異変に気付き、様子を見に来た村人たちでいっぱいだった。


「魔物を相手に素手で戦ってる……」


「投げ飛ばしてる」


「蹴り飛ばしてる」


「裸で戦ってやがる……! 」


 彼らは、ヨシアキに魅入られていた。

 前述の通り、生きる災害とも呼ばれる魔物を退けられる者は、それだけで周囲から敬われ、尊がられる。人々にとって魔物は、恐怖であった。絶望であった。死そのものであった。

 それを文字通り叩き潰していくヨシアキは、彼らの目には強き者であり、救世主であり、絶望に真っ向から抗う勇ある者であった。


「俺たちもやるぞ……! 」


 それに魅せられたオリヴィアの父、ダンゼは集まった村人たちに言った。


「この村とは縁もゆかりもない彼が村の為に命を張ってくれているんだ。それを村の俺たちが見ているだけでいいのか。俺はやるぞ。俺も魔物と戦って家族を守る。胸を張って娘に会う」


「そうだ。その通りだ! 」


「俺もやるぞ」


「俺もだ! 」



 ダンゼの言葉に、彼と同様にヨシアキに魅せられた男たちは気炎を上げた。各々が魔物を殺し得る魔物武器を握りしめた。持たない者もないよりもマシとばかりに鋼鉄製の剣や槍を握りしめた。


「よし、いくぞ! 」


「「「「うぉぉおおおおおおお!! 」」」」




 ヨシアキに感化されて、十数名の村人たちが攻勢に出たことでこの戦いは決した。大小様々な怪我人を出しつつも死者は奇跡的におらず、襲来した魔物300体余りを殲滅し尽くすという快挙を成し遂げた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ありがとうございましたヨシアキさん! 」


 戦いから一夜明けた朝、ヨシアキは、村の歓待を全て断って早くも村を去ろうとしていた。自分のような存在が、ヒトの多い村のような場所に長くいるべきではないと彼は自覚していた。


「これは村を助けて頂いた感謝の印です。どうか受け取ってください」


 そう言ってオリヴィアは、一振りの剣の形状をした魔物武器と幾ばくかの硬貨、そして衣服をヨシアキの前に差し出した。約束通り自分を差し出す。などと彼女は当初言っていたがそれをヨシアキが謹んで辞退していた。


 全て不要。


 そう答えようとしたヨシアキだったが、思うことがあって思いとどまる。


「……これだけは頂いておこう。他は私には不要だ」


 そう言ってヨシアキが、受け取ったのは一切れの腰巻だった。


 早速それを腰に巻き、前を隠したヨシアキは、安心したようで不満そうなオリヴィアへと向き直る。


「再び会うことがあれば、また力になろう」



 ヨシアキは、オリヴィアにそう言い残して村を後にした。


 

 後にヨシアキは、『裸の救世主』『全裸の勇者』『素手で竜を倒した者』『魔物より強き者』など人々から様々な呼び名で呼ばれながら、世界に蔓延る魔物と日夜戦うのであった。

最後までお読み頂きありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言] 昔懐かしのターザン!!
[一言] 裸一貫過ぎる!
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