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騒動が落ち着き数時間後、朝日が心地よい陽光を降り注ぐ頃。レイは穏やかに息づく自然のなかに舗装された道路上に、バイクを走らせていた。見上げれば、静かに木漏れ日を揺らしている枝葉の向こうに、クレイドアタワーが圧倒的な存在感を放ってそびえ立っている。
クレイドアタワーを中心とする中央区は、タワーを取り囲むようにして人工の自然が広がっているほかには、特筆することはなにもない区域だった。そもそも『中央区』という区切り自体、タワーを娯楽街や産業街から隔離する意味しか持っていない。タワー内には企業の本部や都市政府本部だけでなく、それなりに娯楽施設や食事ができる店舗も備わっているため、タワー内に勤める社員たちはわざわざ別の区域まで繰り出す必要もない。それに、職務に行き詰った時にふとタワーを出ればそこには鮮やかな自然が広がっているのだから、社員たちにとってもこの環境はいつも評判が良かった。その自然も計算し尽くされた生態管理システムのもとで根を生やしているため、常に木々は鮮やかな色合いを保ち、また、人々が嫌悪感を抱くような昆虫類は生息していなかった。もちろん、美観を損なわず、かつ一般的には人々の嫌悪の対象にならないとシステムが判断した虫はこの自然のなかで活動している。そのため、昆虫全般が嫌いというような者はタワーの外に出てくることはほとんどないのだが、レイがバイクを走らせている今このときも、ビジネススーツに身を包んでいる男女が自然の下でくつろいでいる姿はいくつも目に映った。今日という日は始まったばかりで、まだ職務も始まっていないような時間ではあるのだが。
タワーへと到着し、地下駐車場でバイクを停めると、レイはエレベーターブースまで足を運んだ。ブースと駐車場を分かつドアは閉まったままロックされていたが、レイがドアに近づくとロックが解除され、自動でドアが開かれた。頭上に設置されたセンサーがレイのA.L.I.V.E.隊員証に埋め込まれたICチップを認識したのだ。
レイは何事もなく開かれたドアをくぐり、ボタンを押してエレベーターを呼んだ。やって来たエレベーターに乗り込むと、耳に再度センサーで本人確認を行う旨の自動アナウンスが流れてきた。指向性音声がレイの耳にだけ向けて音声を流しているのだ。もしここでレイが自分のものではない身分証明書を持っていれば、エレベーターはロックされ、しかるべき処置をとられたことだろう。しかし、しっかりと自分の隊員証を所持しているレイがそのような大事に引っかかってしまうはずもなく、彼がエレベーター内で地下5階のボタンを押す頃には、本人確認がとれた旨のアナウンスが再びレイの耳に入っていた。
指定された階に着き、エレベーターがドアを開いた先は、ここが地下であるとは思えないような広大なエントランスホールだった。クレイドアタワーの地下5階は、A.L.I.V.E.が公式に有している総合本部となっている。レイは受付の女性社員に会釈をしながら、カンファレンスルームへと向かった。
カンファレンスルームに居たのはオージッドだけだった。円状にデスクと椅子が並べられている広い部屋であるが、そんな部屋にいるのが二人だけとなると、レイはこの一室の広さをより体感させられたような気分になった。
「昨日とは違って時間通りだな、レイ」
「だから、あれはしょうがなかったんだって」
「わかっている。むしろ今日は、他の奴らが時間を守れるか怪しいものだ。……始めよう」
レイが適当な座席に着くと、オージッドは手元のデスクに置いていた、小さなリモートコントロール式の端末をいじった。すると室内中央のタイルが自動で開き、下から立体映像通信デバイスが浮き上がってきた。オージッドはルームの電気を端末を介して消すと、デバイスを作動させた。
暗くなった室内に、青白い光が淡く広がる。すると、オージッドとレイのほかには誰もいなかったはずの室内に、まずディソルが現れた。長い髪を片耳にかけ、服装は小綺麗に整えられていた。これはディソル本人ではなく、彼の現在の姿を映した立体映像だった。ディソル本人は、どこか別の場所で立体映像通信デバイスを使用しているはずである。
続いて現れたのは、爆発したような寝癖の短い金髪をそのままに、眠そうな目をこすりながら現れたニクソンだった。寝起きそのままなのか、着ている服はだらしなくしわだらけになっている。それからしばらくしてやっと現れたのは、衣服を一切身に着けないままの姿で煙草を咥えていたコトミだった。黒のショートヘアは濡れていて顔にへばりついており、よく見れば体には汗が滴っていた。ニクソンはその姿を見て思わず噴き出した。
「お、おまッ、な、なんつー格好してんだよッ!」
「なんだよニクソン、あたしみたいなセクサロイドでも発情するのかい?」
「セクサを妻に持つ人間にそれ訊くかぁ? ったくよぉ。だいたい、部隊の会議なんだぞ。少しは気ィ使えよな」
一瞬で目が覚めた様子のニクソンを尻目に、オージッドはコトミの裸にはまったく興味がない様子で彼女に尋ねた。
「コトミ、ナタリーはどうした」
「ああ、悪いけどキャップ、あの子は今回は勘弁してやってくれ。少しいじめすぎちゃってさ、さっき果てたとこなんだ」
「もしかしてコトミ……その、本当に朝までしてたのかい?」
「さっきのさっきまで、な。おかげでほら、見てくれよ。あの子の汗で体がこのザマさ」
ディソルの疑問をなんの躊躇いもなく肯定するコトミの姿も、レイにとっては慣れた風景だった。彼がまだ小さかった頃からこのような感じだったのだから、さすがに動揺するようなことはもうない。性に対してとにかく愚直である、一般的に見ても美人と評される二人の女性が同じ部隊にいながら、しっかりとした理性を持って今日まで成長できていることを考えるとレイは、なんだか自分が誇らしく思えてきた。
「まぁ、いいだろう。ここでの詳細はコトミ、お前からナタリーに伝えろ。では始めるぞ」