1-1
SFに挑戦するのは初めてなので、よろしければみなさん感想・アドバイス等よろしくお願いします。
1
2545年
きらびやかに輝く夜の街は、眠ることを忘れたかのように喧噪に包まれていた。多くの人々や店舗に彩られたこの場所は、毎日夜になると歓楽に癒されたい者たちで賑わう。
都市のなかでも娯楽街にあたる、ヴェルーリ北西区。この地区では、様々な色のネオンライトが煌々と光の舞台を演出していた。街のいたるところに設置された大画面の液晶モニターは街行く人を飽きさせないための映像を休むことなく流し続け、トップニュースやCM、ときにはコメディ番組や音楽アーティストのコメンタリーなど、内容は次々と切り替わり、バリエーションに富んだ放送に努めていた。その映像に足を止めて見入る人もいれば、見向きもせずに、気楽な笑い声をあげながら仲間と歩いていく人もいた。そういった人波に負けじと声を張り上げて集客に精を出す外販の横を、仲睦まじい様子の男女や疲れた顔の男たちが通り過ぎていく。
都市の中央区でそびえ立つ巨大なセントラルビル、通称クレイドアタワーは、北西区の光に照らされて、全体の中ほどの階まで外壁が視認できた。そこから上の階に行くほど光が届かずに暗くなっているので、遠くから見ればその姿は、まるで巨人が大地を厳かに見下ろしているかのようだった。クレイドアタワーの高階層に上がれば、人々が数えきれない時をかけて築き上げた楽園の壮観を一挙に一望できることだろう。
最終都市ヴェルーリ。争いの果てに終わってしまった世界の一角に築かれ、人々の理想を詰め込むようにして発展した場所。平和を目的として当時の賢人や技術者たちの手で作り上げられた、生者の最後の楽園だ。
そんな平和を願う都には不似合いなはずの事件が、このヴェルーリシティのある場所で起こ
っていた。
『――部隊構成員に通告。南西区ポイント25の状況を説明します』
ほとんどの人が就寝してしまったのか、住宅街にあたるヴェルーリ南西区は人が外を出歩いている様子はなかった。室内の明かりが漏れている家屋もほとんどなく、舗装された道路に沿うようにして立ち並んでいる数々の電灯の薄赤い明かりだけが、街の姿を大まかに照らしていた。その街並みのなかを、一台のバイクが急ぐように走っていた。バイクの黒のボディが薄赤い光に染められて鈍く輝くなか、バイクに跨っている青年が着用しているプロテクタースーツは恐ろしいほどに漆黒で、彼の頭を覆うバイザーマスクもスーツと同調の黒いフォルムであったからか、薄赤い街並みのなかでその姿は異質でしかなかった。かろうじてバイザー越しに見える彼の顔つきは無表情で、彼が纏っている空気は冷徹と形容できそうなものだった。
マスク越しに夜の闇に覆われている街並みを見ながら、青年は聞こえてくる機械音声に注意を向けた。マスクのなかでは、彼の耳に標準を合わせて指向性音声が発せられていた。
『事件現場は南西区25―135。30数名で構成される犯行グループが邸宅に立てこもり、邸宅の住人を拘束しています。被害者は都市防衛省参謀本部在籍のダニエル・カーターと、その妻であるメグミ、娘のキリエであると断定。犯行グループに関する詳細はいまだ不明ですが、事態収拾に向かった都市警察に多数の死傷者を出したことから、危険度が更新されています』
「レベルは?」
『違法項目、犯行規模、敵戦力から推計された結果、危険度Bレベルであると判断されました』
レイは音声に耳を傾けながらハンドルを右に切った。曲がった先では一般的な住宅が密集していて、そこの下を通るアンダーパスが、レイたちの乗る車を住宅密集地の向こう側へ導こうと大きな口を開けている。
『ヴェルーリ権力機構所属特殊急襲部隊<A.L.I.V.E.>に対して都市政府から課せられた目的は、被害者の救出、ならびに犯行グループの完全な殲滅です。手段はこちらからは問いません。部隊内での決定をもとに、着実に成果を挙げてください』
簡単に言うなよ、と青年――レイ=オブズフェルドは内心で毒づいた。この都市が平和を訴えるようになってから、政府は危険因子の抹殺を厭わなくなっていた。平和を害する存在は殺せと、何食わぬ顔で要求してくる。
状況報告を終了する旨の言葉をどこか遠くに聞きながら、レイはマスクの向こうの世界を睨むようにして見つめた。事故防止のためか過分に明かりに照らされているアンダーパスには、走行中の車の姿は見当たらない。車道の両端に通っている歩行者道路にも人影はほとんどなく、そのせいか、歩行者道路の脇で二人の男女が抱きしめ合いながらキスを交わしている光景は変に際立って見えた。
その二人は、互いの髪に愛しそうに指を絡めながら接吻を続けていた。レイが見える角度では男の表情はわからない。ただ、こちらに顔を向けている女からは、目を閉じて熱く感じ入っている様子が窺えた。人目につきにくいところで愛を確かめ合う……男女間では当たり前の行為だ。そんなシーンを偶然とはいえ目にしてしまったレイは、あまり見ないようにしてあげよう、と視線を二人から外そうとした。そのとき、あるものがレイの目に留まった。
女が男の襟足を指で弄んで、男の首があらわになっていた。その男の首のうしろから見えていたのは、普通の人間にはあるはずのない、金属製の接続端子。いまどき珍しくもないことだった。あの男は人間ではない。この都市で人間と共存している、AI内蔵型のアンドロイドだ。
レイは今度こそ二人から目を離し、前方の道を眺めた。
――『すべての愛はゆるされる』ということが人間のなかで常識となったとき、この新しき最後の楽園は、ゆっくりと平和から遠退いていった。ある一人のガイノイド――いわゆる女性型アンドロイドが、ある一人の人間の男性に恋をする。そんな、奇跡なのか冗談なのか疑ってしまうようなことが事実として発見されたときが、人々の価値観を大きく狂わせてしまった瞬間だった。
2245年、世界は一度終わった。2200年代初頭に始まった戦争の果てに、多くの犠牲を生み、わずかばかりの生存者を残して。そのとき生き残った人たちが長い時間をかけて作り上げたのがこの、最終都市ヴェルーリだった。
ヴェルーリが建設されてから100年近く経った、2400年代のことだ。その頃になるとテクノロジーは大きく進歩していて、都市の姿はこれまでにないくらいの発展を遂げていた。ガイノイドが人間に恋をしたことが初めて確認されたのもこの時期だった。そのガイノイドの姿は細くしなやかで、全身には人工皮膚を纏い、顔立ちも端麗で頭髪まで植毛してあったという。絶世の美女だったそうだ。
機械と人間の恋の話は、すぐにヴェルーリ全土で話題となった。やがてそれは一般化されていき、ついには商品として大量に生産されるようになっていく。人々の多くは恋愛対象として機械を購入し、いつしかヴェルーリをこう謳うようになった。
――誰もが愛を育める都、と。
南西区25番街に入り、目的の邸宅が見えるところまで来ると、辺りはとにかく人がごった返していた。突然起きた大きな事件を受けて、警官隊やマスメディアのリポーター、加えて好奇心に素直な地域住民が集まっているためか、そこはまさしく喧噪だった。レイは容赦なくホーンを何度も鳴らし、人混みを分けながら邸宅の敷地内へと向かった。民間人の侵入を防ぐために設置された完全自動式の移動型バリケードの前で、自分の名前を声に出して告げる。バリケードは認識した肉声を声紋照合して公正な組織に所属している人物であることを特定すると、その場を開け、レイを内側へと通した。レイは自分と同じプロテクタースーツとマスクを身に纏っている集団を見つけると、そのそばまでバイクを進めて停めた。
「急げ。なにをしていた」
バイクのホルダーハッチを開いて積んでいた装備を身に着けていくレイに、男の窘めるような低い声が横から投げられた。見ると、わずかに皺が浮かんだ精悍な顔立ちがこちらを鋭く見据えていた。屈強なその体を覆う漆黒のプロテクタースーツも相まってか、男の厳しげな雰囲気はより一層強いものになっていた。
「すまない、遅くなった」
「迅速な行動を第一に。常日頃からそう言っているはずだがな」
「おいおい、バイクにも性能の限界があるだろ?」
「バイクの性能だけで話が片付くような遅れ方ではないと感じたが。どこにいた。他の奴らは皆、お前よりずっと早くこの場に到着していたぞ」
「検診だよ。別にサボろうとしてたわけじゃない」
事実、レイは出動要請を受けるまで、都市の軍部が所有する医療施設にいた。彼は定期的に軍の医療機関で検診を受けなければならない身であり、それは彼が所属する部隊員なら誰しもが知っていることだった。男はレイの言い分には正当性があると判断したのか、「すまなかった。準備を急いでくれ」と告げて身を翻した。男のうしろに撫でつけられた黒の長髪が、その歩調に合わせてわずかに揺らいだ。そのせいでちらちらと見える彼の首のうしろからは、アンドロイド特有の接続端子が覗いていた。
レイは厳しい部隊統率者、オージッド=アルフレートのうしろ姿から目を離すと、装備の装着に戻った。レイにとってオージッドは部隊を導く存在である前に、幼少の頃から指導を与えてもらっている恩人だった。レイはもう少し早く来れたらよかったな、と素直に反省した。
装備を整え終え、レイは隊員たちのもとへ向かった。オージッドを含めた、5人の男女が彼のほうを向いた。いずれもレイと同じようなマスクを装着していた。
「おう、坊や。遅かったな」
「めずらしいじゃない、あなたが遅れるなんて」
「さっさとこっち来いよ。早いとこ終わらせようぜ」
「なにかあったのかい? 部隊規則に完全順守の君が遅かったから、みんな心配したんだ」
他の隊員たちに次々に声をかけられたレイは、遅れた理由について簡単に説明した。それらのやりとりが終わる頃を見計らって、オージッドは「本題に入るぞ」と5人を黙らせた。
「コトミ、ナタリー、ニクソン、ディソル。お前たちは突撃班として行動しろ。隊形は任せる。自分たちのやりやすいように組め。レイ、お前は俺と裏から潜入し、邸宅内部の混乱を誘う。いいな? ……質疑のあるものは?」
オージッドが周囲に尋ねると、「はーい」と間延びした声が聞こえた。
「なんだ、ナタリー」
バイザー越しに見える丁寧なメイクに彩られた双眸が、ぐるりと周囲を見渡した。
「任務としては敵さんの殲滅なわけだし、私たちは一切容赦するつもりはないけど、これだけの衆人環視のなかで銃声を響かせてもいいのかしら? パニックになるんじゃない?」
レイも辺りを見渡してみた。群がっている人々がこの場から退いていく様子はない。むしろレイには、自分がここに到着したときよりも人が増えているような気さえした。
「問題がないわけではない。しかし、我々が優先すべきは人命救助であって、環境整備ではない。そういったことは一般警察に任せておけばいい」
「だいたい、俺たちみたいな明らかに武装した集団を見たって、身の危険を感じてる様子なんか微塵もないじゃない、彼ら」
オージッドの応答に、ディソルが冷ややかな様子で付け加えた。目にかかる長い前髪が邪魔なのか、彼はバイザーマスクを外して髪を掻き上げながら続ける。
「本心じゃドンパチに期待してるのさ。映画館に来てる感覚と一緒なんだろうね」
そのとき、移動型バリケードの一角が崩壊しかけ、人々がバランスを崩して雪崩れ込みそうになった。悲鳴や怒声、歓声が響き、それが周囲に伝染していく。辺りはあっという間に騒がしさを増した。警察の人間たちが、すぐに崩れたバリケードに駆けつけていく。ディソルは一連の光景を目にして、皮肉っぽく笑った。
「平和を目的とした楽園なんて、もうとっくに形無しだよ。自分の欲望を追及しすぎて、どんなに表面上は理性を保ってても、ちょっと思い通りにいかなければすぐ怒るんだから。……それに、見てみなよ。あのなかにどれだけのアンドロイド、ガイノイドがいると思うかい? 俺たちにとってはみーんな同じさ。容姿も頭脳も行動も、心でさえも、機械は人間となんら変わりなく見える。いまじゃ、アンドロイドが自ら工場を立ち上げて同胞を開発してる世の中じゃない。もう人間は終わりさ。この都市で今も根強く残ってるのは、『誰もが愛を育める』ってことだけだよ」
――現在、楽園から平和は取り去られている。都市内に犯罪行為が蔓延しているからだ。結局、人間は平和を維持できなかった。自分たちの欲求が技術の発展によってある程度達成されてくると、達成されていない項目があることに腹を立てるようになった。そしてアンドロイドも人間たちのそばで人間のそういった感情を学習し、同じように欲望を内に秘めるようになる。そうして欲望と欲望がぶつかり合い、愛にあふれて平和だった世界に犯罪が芽吹いてしまった。
やがて都市政府は秩序を保つために警察機構を発足する。人間、アンドロイドの両種が混合で着き、都市犯罪に対処することが目的であったが、止むことなく技術の高度成長化を続けていた都市では、同時に犯罪の巧妙化や悪質化が目立つようになっていった。そのため、政府はより上級の捜査活動を行うことができ、かつ容赦なく法執行を行うことができる部隊組織を編成して犯罪抑止に乗り出す必要があると考えた……。
ヴェルーリ権力機構所属急襲部隊。通称、A.L.I.V.E.。レイが所属するこの特殊警察部隊は、都市の警察機構からは完全に独立した政府法務省直属の犯罪対策組織であり、都市警察では対処しきれない事件を主に担当する。彼らにとって出動とは現場の制圧を意味しており、そこには必ず、死を与える行為と、死と隣り合わせる危険が伴っている。
都市から殺しを根絶するために、彼らは罪人を殺すのだ。すべては平和を維持するために。誰もがそれぞれの愛を、安らかに育めるようにするために。
「……まったく、機械の身としては耳の痛い話だな」
そう感じている様子もなくオージッドが言った。それを聞いたディソルは笑顔を見せた。
「勘違いしないでほしいな、キャップ。俺は機械反対派なわけじゃないんだ。それに、自分の所属する部隊をまとめ上げる存在として、心からあなたを尊敬している。この気持ちに嘘はないことは、あなたも知っているだろう?」
彼の言っていることは事実だった。彼だけではない。コトミも、ナタリーも、ニクソンも、もちろんレイも、オージッドに対する尊敬と信頼は確かなものだった。それこそがこの部隊の絆であり、強みだった。
オージッドは横目にディソルを見ると、小さく溜め息をついた。それが彼の照れ隠しであることは、彼を知るものなら誰もが気づいていた。
「……まぁいい。各自配置に着け」