ヤンキー娘、初日の仕事を終える。
アタシは休憩時間ということで、二日ほど暮らした結果足りねぇなと思った雑貨を買いに市場へと向かった。雑貨の店も普通にあるけど、誰でも自由に露店を開いてもいいという場所が市場の一角にあって、そういう店にこそ安くていいものがあるんだそうだ。アタシは正直良し悪しなんぞわかんねぇんだけど、水筒とかカップとかタオルとか、カバンなんかの大体の相場をリタちゃんに教えてもらったのだ。
かわいいのがあるといいな、と意気揚々と鼻歌を唄いながら人混みの中を歩いていると、前の方からアタシの方に人混みが分かれるように分かれてきた。
「き、昨日の…!」
「お、おい、取り囲め!」
「おう!」
アタシの目の前には昨日のヒキガエルじゃない、領主の息子とやらがイヤらしい笑顔をして立っており、それに加えて五人ほどの男達に周りを囲まれている。周りにいた人達はいつの間にか道の端に寄っている。
「何なんだよ。」
「何、俺に恥をかかせたお前にちょっとお灸を据えてやろうかとな。」
「…その喧嘩、買うぜぇ?
上等だよこのダボがっ!」
アタシが一歩前に出たのをみて男達のうちの二人が領主の息子を庇うかのように前に出たのをいいことに、アタシは全力で回し蹴りをして一人をもう一人へと蹴り飛ばした。
遅ればせながら反応して近寄ってくる三人のうち、一番手前に出てきた男が抜いた剣の持ち手を回し蹴りの勢いを生かして下から蹴り上げ、掌底で男の仲間の方へ突き飛ばした。
元々狭いところでの立ち回りだし、男達が倒れ込んだ方向も良かったせいか最後の一人が仲間を避けようとしたところにすすすっと近付いて拳を繰り出す。残念ながら受け止められてしまったけど。
「…やるなぁ、お嬢ちゃん。」
「い、いい、いいぞ、ガンポス!」
アタシはガンポスと呼ばれた無精髭のおっさんにニヤリと笑うと、なぜか硬直した瞬間に玉を蹴り上げた。あっさり沈没したガンポスを見た残りの男達の動きが止まったところで、アタシは領主の息子の方を振り返った。視界の端では何故かアタシに蹴り倒されたりそれに巻き込まれて転がった男達が誰かに取り押さえられていたが、気にせずに事を進める。
「喧嘩を売ったわりにアッサリ終わった責任は誰が取るんだろうねぇ?」
アタシは口の端に笑みを浮かべると、すっかり青くなった領主の息子の肩を抱き、睨め上げる。赤くなったり青くなったりしていた領主の息子だったが、矢庭にアタシを振りほどくと逃げ出そうとしたのか小路へと走った。
「逃がさねぇよ、このクズが!」
追い掛けて小路に飛び込んだアタシを待っていたのは両手に短剣を構えた一人の男と、その背後に隠れる領主の息子だった。
「ディーク、殺すな。生け捕りにしろ。」
「…了解、マスター。」
「あぁ?」
木箱などが積まれて左右に避ける所もほとんどない小路では、刃物を出されると手ぶらのアタシじゃやりようがない。アタシは根性で何とかするしかない、と二人を睨みつけた。
「ビビってんじゃねぇぞこのダボがぁ!!」
刃先がビクッとしたのを見たアタシは全力で踏み込んで拳を叩きつけるが、クロスした腕で受け止めようとする。男はそれで耐えられると思ったのだろうが、そのままアタシは拳を振り切る。
「…!グッ」
どんがらがっしゃん!と大きな音を立てて二人は周りの箱諸共に吹き飛んだ。袋小路になっていることもあってか、予想外に音が大きく響く。箱の中身はしっかり入っていたようで、崩れて下敷きになっている短剣の男は動かない。
アタシは短剣の男の足をつかんで無理矢理引っ張り出すと、血塗れだが生きているのを確かめて胸倉を掴み上げた。
「まだやんのかコラァ!」
「…ウ…マケヲ…ミトメル…」
「有り金置いて帰れや。それで許してやるからよぅ。」
アタシは手を離すと領主の息子をガスッと蹴り付けた。やられたふりをしていたのか、ビクッとしたところをもう一発。何も喋らないのでもう一発。
「や、やめて、やめてくれっ!ぐあっ!」
「何か言うことがあるんじゃねぇのかよぅ。おいー?」
「…わ、わるかった。」
「あ?」
「おれが悪かった、もうしない。」
「そうじゃねえだろ?」
「ご、ごめんなさい。じゃない、申し訳ありませんでしたっ。こ、これはその、」
「それでいいんだよ。ちゃんと謝れるじゃねえか。」
微笑んだアタシを見て、財布を取り出して手に持っていた領主の息子はポカーンと口を開けて固まっていた。アタシはくれるんならもらうぜ、とばかりに財布を手からもぎ取り中身をジャラジャラと皮袋に入れると、財布を肩の上に乗せてやった。短剣の男からも受け取るのも忘れてないぜ?
「つまんねぇから二度と喧嘩売ってくんじゃねえぞ?」
アタシは領主の息子の頭をごんっとどつくと、暴れて乱れた身だしなみを整えてその場を後にした。
その後は特に何も問題無く買い物を楽しんだアタシは、腰にぶら下げる為の紐が付いている水筒に把手付きの軽い金属製のカップ、体を拭う為のタオルやバスタオル、石鹸に洗濯バサミ、小物などを入れておく為の袋やサンダルなど細々とした日用雑貨を手に入れた。歯ブラシなんかは木製のなんか使いづらそうなのしか無かったので買うのはちょっと見送ったけど。
アタシが店に帰り着くと、夕方の仕込みが始まっていた。鐘がなる前に帰ってきたし遅刻じゃねぇよな、とリタちゃんの手伝いで芋の皮むきや食材の下拵えを開始した。
「意外と手付きがいいのね。もっと出来ないかと思ってたわ。」
「一応かーちゃんの代わりにメシを作ってた時期もあるからな。頭悪くて覚えらんねぇから難しいものは作れねぇけど。」
「ふふっ。そういえば迷い人なのよね?」
「そうらしいな。よくわかんねぇけど。」
「野菜とか、味とかは違わないの?」
うめぇと思って食ってたけど、なんか違ったっけか?と思って皮を向いていた芋をじっと見る。ジャガイモじゃね?これ。
「ジャガイモは同じ気がするよ。」
「そう。意外と似てるのかもね?」
そんな他愛の無い会話をしながら下拵えを進めていく。慣れてきたら盛り付けとか手伝うようにして、其の後は実際の調理も担当させてもらうとは親爺さん談。手に職がつくってのはいいことだよな。
夕方になってアタシはまた食堂内で配膳の仕事に回った。昼よりも仕事上がりのおっさんどもが増えたらしく、食堂内はごった返している。
「シオリの姐御、すいませんがエール一つもらえませんかね?」
「あ、姐御?」
「す、すいません、不快でしたか!?」
「そうじゃねぇよ、そんな風に呼ばれたことがねえだけでよ。エール一つな。」
アタシは手に持っていた料理を届け先のテーブルに置くと、テーブルの間をするすると通り抜け、エールを樽から注いでトレイに置き、他にも配膳に必要な料理を持つとそれを配りながらエールを届けに行った。
「アンタ、そういえば昼間…」
「お気付きでしたか。流石です。他にも通りかかった姐さんのファンクラブの奴らが抑えてましたから、あっしだけではないんですがね。」
「ふぁ、ファンクラブ!?なんだそりゃ、マジかよ…。まぁ、あれは地味に助かったぜ。ありがとよ。」
アタシはちょっと照れながらも礼を言った。五人相手だと上手く無力化しないとすぐに劣勢になるからな。転んだ奴らを押さえ込んでもらうってのはかなり助かってたのは確かだよな。
やにさがった顔をしている男を放置してアタシは配膳に戻った。初日から大忙しだが、暇でぼーっとしてるよりはきっとマシだろうしな。
「シオリ、賄い食べたら今日は上がってね。」
夜の最後の鐘が鳴り、客が引き始めた。食堂の入り口に閉店の立看板を下げ、アタシ達は片付けを始めた。今日最後の賄いは、食堂で毎年仕込む生ハムを使ったパスタ。大量に皿に乗せられたそれは、動いて腹が減っていたせいもあって、あっという間に腹の中に消えていった。食べ終わって美味かった、と淹れて貰ったお茶を水筒に詰め、残りをカップで飲む。
今日買った水筒にはマホー効果とやらが付いているとのことで、お茶は冷めないし、冷たい飲み物はそのままになるらしい。其の分普通の水筒の何倍も高かったけど、日本と違ってどこにいても自販機でジュースが買えるわけじゃねぇからな。水筒の中も簡単に掃除できるように広口になっているし、よっぽどのことが無い限りは十年二十年使えるって話だしな。シンプルな皮のカバーが付いていて、それもまたカワイイんだよ。
寮に戻り、体をお湯で拭き、ゆったりとした服に着替え寝る準備をしてから窓際に座り込んで水筒に入ったお茶をゆっくりと飲む。
「なんだかんだで上手くやれたよなー…。」
布団に潜り込んだ、と思った途端にアタシは眠りに落ちた。