小話 バーゼルの場合
本日二話目です。前の話がエピローグですので、ご注意を。
私はバーゼル。ベレンデティ王国の宮廷魔術師の末席に籍を置いている、魔法の研究者だ。私は王都に居を構える、伯爵家の三男として生を受けた。兄二人は活発で、内省的な私とは違い剣の修行に明け暮れ、結果近衛に籍を置く程の軍人として成功を収めている。まぁ、長兄は父の引退と共に爵位を継ぐことが決まっているとあって、あまり戦場には出ない様子であったが。
だが、本来我が家は魔法使いの家系であり、その蔵書もかなりの数に及んでいる。私はどうも、そういった剣などを振り回す事よりもやはり本を読み、その本に載っている魔法を実践したり、研究して一つ一つの完成度を高めるということが好きであった。だが、本邸には資料がたくさんある代わりに王都ということもあって魔法の実験に使うことのできる広い土地は無かったのである。その事から、地方に魔法文化を広めるという名目でゼールの街に広い地下室を設え、庭においてもそれなりの規模を持った屋敷といっても建物なぞ私とその使用人が暮らせる程度の豚箱みたいな物なのだが、それを用意したのである。
ところが、魔法の実験に没頭するあまりに使用人が恐れをなしてやめてしまうという羽目に陥ってしまったのである。…無論、人体実験なぞはしていないのだが、魔法の理論の構築に失敗して小爆発を起こしては何かを吹き飛ばしたり、変な生き物が生成されたのが不味かったのだろうか。つい、これ捨てといてとか変な生き物を渡したりしたのも確かにまずかったのだろう…。
使用人がいなくなれば困るのはまず食事である。自分でなぞ作ってもられないが、パンとチーズと少量のワインなどで誤魔化せるのは数日だけで、結局は買いに外に出なくてはならなくなったのだ。…洗濯と性的な事は洗濯女を雇って頼んでいるからなんとかなってるが。そこでまとめて買い出しに行く際に、安くて美味いと噂の店に行って食べてから帰ることにしたのである。我ながらいい思いつきだったと思う。一回分持って帰らなくてもよいし、何と言っても運命の出会いがあったのだから。
多少塩気が多いが量が多くて安いという冒険者ギルドの食堂に寄った時だった。王都でも見た事のない、美しい女性がお仕着せを着て昼食を取っていたのである。私は勇気を出し、マニュアルにあった歯の浮くようなセリフを全力でぶつける事にした。まぁ、多少声が震えたりするのは大目に見て貰いたい。
「ね、ねえ、ちょっと、いい、かな?」
「あぁん?」
素っ気ないどころか強烈な威圧が飛んできた。思わず悲鳴が漏れそうになったがなんとかそれを飲み下すと、口いっぱいに頬張りそれがもぐもぐと動く様子を見てカワイイ、と再度アタックを再開する。
「キミ、かわいいね。初めて見る顔だけどいつから働いているんだい?」
「…。」
胡乱げな顔で再度見上げられたが、そんな顔も素敵である。まずは褒めなさい、誉め殺しです!とマニュアルに書いてあったことを思い出し、少ない語彙を頭の中から掻き集めながら台詞を飛ばした。
「凄んで見せても美しいその顔。ただの食事なのに嫋やかなその指…。女神を彷彿とさせるその肢体。全てが素晴らしい。ってうわぁぅ!」
イライラしたような顔になったと思ったらいきなり飛んできた裏拳を、這々の体でガードする。魔法の障壁がこんな速度で展開出来るのは突き詰めて研究した自分くらいだ、と自負していたものの、たった一発で揺らいだ事に若干であるが不安を覚えた。
「チッ、メシがまずくならぁ、失せな。」
「…いきなり拳とは中々攻撃的だね子猫ちゃん。」
「だから言ってんだろ?失せろってよぅ。」
ずいぶん攻撃的な子だけど、そんな顔もカワイイ、とついついおっさん的な思考、いや、二十八歳だからまだお兄さんのはず、と思いながらもおっさん臭い言葉が出てしまったな、と自戒していると、スツールから飛び降りた勢いで強烈な蹴りが襲ってきて、急いで張った障壁も完璧に打ち砕かれてしまう。まぁ、膝もだけど。
「ぐああっ、わ、わたしっ、私の足がああっ!」
「アタシぁ警告したろう?兄ちゃんよぅ。失せなってよ。」
無様に転がって鼻水を垂らしながら痛みに喘いでいると、彼女は私の首根っこをつかんで店の外に放り出した。正直かなりどころか暫くの間ずっと足は痛んだのだけれど、その後のセリフと笑顔に私は完璧にやられてしまったのである。
「おとといきやがれ。」
その日を境に私は時空に関する魔法の研究を始めた。実家にある時空に関する魔法の本を全て持ち出して読破すると、宮廷魔術師としての身分を利用して王城にある資料も読み尽くした。魔術師長にどうにかして頼み込むと、禁書庫にも立ち入っては時空関連の本を読み漁り、その内容から『タイムリープ』という魔法があることを突き止めると、その実現に全精力を傾けた。
本来、研究職としては成果を定期的に発表する必要があるのだが、私は其れまで発表せずに溜め込んでおいた数々の古代魔法を復活させたものを小出しにして時間を稼いだ。…それはそれで物議を醸した様であったのだが、そんな物は私が知ったことではないのである。
研究の合間に食料調達に行く時には必ず、冒険者ギルドの食堂に寄る事にして彼女の顔を眺めるのが恒例となった。ファンクラブというものにも所属し、偶に会合に参加した。彼女が帝国の王子から喧嘩を売られた際には、冒険者の一人として微力を尽くし、古代魔法である電撃網の魔法でかなりの兵士を一網打尽に出来た事は彼女の役に立てたのでは、と思っている。無論、国母となったのは驚くべきことであったが、私の目的はただ一つ、あの日のおとといに行って彼女と仲良くなる事である。今では彼女と注文の時など普通に話すことが出来ている。きっと大丈夫だろう。
◇◇◇◇◇
遂に、この時が来た。数多くの実験と共に、未来にも過去にも自在に生き物を含めた物を送れるようになった時には既に、私は五十歳を過ぎてしまっていた。彼女は既にゼールの街には居らず、違う街でファンクラブのメンバーの一人であったあの男と暮らしている。未だ褪せない美貌は、色々な理由を考えて会いに行く度に見ていて今でも見惚れるくらいである。自分が伴侶となれなかったのは仕方のない事で、悔しいことではある。だが、彼女が幸せであればそれでよい、と私を含めたファンクラブのみんなが思っていることであろう。
タイムリープを発動させた私は、懐かしいあの頃の冒険者ギルドの目の前に立っている。当時門番をやっていたダントンが若い姿でいるという事は、きっと成功しているはず、とギルドの食堂へと足を踏み入れたのだが…。
「シオリがいない…。」
どんなに見回しても居ないのである。厨房を覗き込んでも居ないことから、この時も確か厨房の長であったはずの親爺さん…テレスに話を聞く事にした。
「親爺さん、シオリはどうしたんだい?」
「…シオリってのは誰のことだ?」
「え!?…新しく人を雇ったはずじゃなかったのかい?」
「雇ってなんかいねえ。募集は掛けてるがな。…お、おい?大丈夫か?顔色が真っ青だぞ。」
「お、お気遣いなく…。」
まさか、そんな…。魔法が正確に発動していなかったのか?いやそんなはずは無い。確かに実験した結果、時間のズレは数秒単位しかない筈なのだ。それなのにーー。私は崩折れそうな体を何とか気力で支え、元の時間へと跳んで帰ったのである。
後に、シオリに真相を聞いたところ…私を外に放り出した日のおとといといえば、夕方日も暮れそうな時間に初めて食事を食べに来たらしい。そもそも、おとといきやがれというのはタダの啖呵であるらしく、二日前に来いという意味合いではないと…。呆然となった私を悪かったなぁ、と謝ってくれたシオリに泣きそうになったが、それよりもやはり本当は自分の世間知らずさに泣くべきなのだろう、と私は思う。
拙い話にお付き合いいただき、有難うございました。
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