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ヤンキー娘、討ち取る。

「くそがっ、」

「形勢逆転だな、お嬢ちゃん。」



 大きな怪我こそしてないものの、細かな傷を負い始めていた二匹をアタシは背後に庇ってから視線を戻すと、カニングのおっさんが剣をポンポンと肩に担ぎながらニヤリと笑みを浮かべていた。急な事でいつも身に付けてる籠手と脚絆くらいしか着けてないアタシに比べ、敵の二人はしっかりと鎧を身につけてるし、剣もその手に構えてんだよな。せめて荊の剣がありゃあな、と思ったところでアタシはヘアピンのことを思い出した。ヘアピンには確か、炎を武器に纏わす事が出来るマホーが使う事が出来るってあったはずだ。ギルベルトのジッちゃんからも使い方は習ってるし、使っときゃあ少しはマシってもんだろう。



「な、なんだ、それは!?」

「教える義理なんてねえだろぅ、おっさんよぅ…。二人になったからって、アタシに勝てるだなんて思っちまったのか?おめでてぇなぁ、オイ!」



 アタシは地面が抉れるのも気にせずに全力で踏み込むと、燃える拳をカニングのおっさんに叩きつけた。片割れの女性がが何かしようと動いているのは気にせず、まずはおっさんを仕留める為に、これを躱されたらとか考えずに全力でだ。


「!?ぐ」

「っ!」



 アタシはカニングのおっさんの体を砕いて地面に縫い付けたもののその代償は大きく、その結果に片割れの女性の笑みがその顔に広がった。



「あららァ、大変ねぇ。そのままじゃ死んじゃうかしらァ?」

「ぐっ…。」



 後ろの方でどしゃり、と何かが落ちた音で気付いたが、アタシの左腕は肩から先が無くなってしまっていた。アタシから見てカニングのおっさんの左にいた女性から両手剣を突き出されていたのには気付いてたものの、避けているようじゃカニングのおっさんを仕留めることは叶わなかっただろうしな。立ち上がろうとした時に勢いよく噴き出した血に慌てた四つ足が糸でぐるぐる巻きにして止血を試みてくれた。遅れてやってきた物凄い痛みに顔を顰めていると、女性もさすがに殺すなって言われていたからかその様子は黙って眺めてやがる。

 吹き飛んだ腕はレイルが優しく咥えて拾ってきてくれていたが、今はそれをどうこうする余裕などないのはわかってる。アタシはライナスにすまねえが血止を頼む、と告げた。



『ねぇ、詩織。腕は後でくっつけてあげるから、レイル君にそのまま持っておくように言っといて。…これから僕は詩織を護るために鎧になる。重くも動きづらくもならないように魔法の障壁に近い感じになるから、気にせず戦って。傷の痛みは責任を持って僕が減らしておくから。』

「…悪りぃな…。」



 小さな声で言ったその声が、女性にも聞こえた様子で不思議そうに首を傾げるのが見えた。



「悪いって何が悪いのかしら?それとも死にゆく事に関して操を捧げた誰かにでも呟いたのかしら。」

「…はっ、操を捧げたとかアホか。」

「顔色も悪くなってるわよ。それともそろそろ降伏する?私としてもその方が都合がいいのよね。勢い余って殺しちゃうと逃げなきゃならなくなるのよね。」



 バランスが悪くなってふらつく体に喝を入れてアタシは立ち上がった。武器は拳一つ。だが、想いの籠った固く握られた拳より強い武器なんて、そんなに多くありはしないとアタシは思っている。燃え尽きて崩れるカニングのおっさんの体を見て、こんなところで死んでらんねぇな、という思いを強くしてから女性に対峙する。乱れた髪を震える手で額を拭うようにして退けると、レイルと四つ足に声を掛ける。



「…レイル、腕はリタちゃんにでも渡して来てくんねぇか。」

『ヴォッ!』

「…四つ足は引き続きサポートを頼むぜ。」

『シュシュ!』



 アタシが大きく息を吐いたのを見て、女性は腰を落として剣を担ぐように構えた。こちらも左肩を前に腰元に構えた拳をぎりぎりと握りしめた。手の震えもピタリと止まり、あれ程感じていた痛みもスッと引いていく。



「上等だァ、姉ちゃんよぅ…。死ぬ覚悟は出来たかい…?」



 アタシがニヤリと笑うと、一瞬惚けたような顔をした女性がキッ、と顔を引き締めた。



「どちらかというと、貴女のほうが状況が悪いと思うのよ。おかしくない!?」

「何がオカシイんだよ。ぶっ殺すつもりでやれるアタシと、殺しちゃマズイアンタ。片腕でも四つ足の援護があるアタシと、周りを制圧されて孤軍奮闘のアンタ。どっちが有利かもわからねえのかよ。」



 雪崩れ込んできていた軍隊も、気が付けば殆どが制圧されている。まだ健在なのは一部隊くれえはあるようだけどよ、アーヴィン達に睨まれてアタシの方へは来れていない。



「おおおおっ!!!」



 雄叫びと同時にアタシが突っ込めば、伸びてきた剣を四つ足の糸が一瞬で絡め取り微妙にコースを避けられそうな方向へと逸らしてくれる。アタシは僅かな体捌きだけで剣を間一髪避けると、固く握った拳をその美しい顔目掛けて叩きつける。イメージはそのまま通り抜けて地面へゴシャリと叩きつける感じだったんだが、剣を避けた所為で踏み込みが甘くなった影響か地面に行く前に吹き飛ばす結果となった。



「はーーーっ、、、」



 アタシは大きく息を吐いて上体を起こして追撃に移るために前屈みになって構えたが、血塗れで転がっている様子を見るとその必要は無いようだった。頭が無くなっちまってるからな。少し気が抜けてよろけたアタシを、レイルがそっと寄り添って支えてくれた。血が付いちまうなぁ、ごめんな、と優しく片手で撫でてやっていると、軍隊の連中を縛り終えた様子の冒険者達が一人、また一人と側にやってきてアタシを心配してくれた。



「アネゴ…、う、腕が!」「アネゴ!」「アネゴォ!!」

「うるせぇな、大丈夫だこんなモン。きっとくっつくからよ。」

「シオリ!こ、これ!」



 リタちゃんが腕を持って走ってきてくれた。アタシは片手じゃさすがに受け取れねぇな、と思ってるといつの間にかやって来ていたモール姉がリタちゃんを優しく撫でてから腕を受け取ってくれていた。っておい、アタシの腕頬擦りしてんじゃねえぞ!?



「教会も攻められてっかも知んねえからよ、あっちも助けに行かねえと…。」

「シオリはちょっと休んだ方が…。顔色も真っ青よ?倒れちゃうわよ。」

「一応身分が身分だからなぁ。」



 アタシがそんな話をしていると、ぼんやりと光る網に囚われた軍隊の一部隊がアーヴィンからアタシの元に連行されて来ていた。



『シオリの嬢ちゃん、大丈夫だか?その命の精霊こき使って腕くっつけちまわねぇと。血も無限じゃねえんだからの。』

『おう、嬢ちゃん、おめえの敵っぽいの、こん中にいるんじゃねえのか?何だか嬢ちゃんの戦いを見て叫んでやがったからよ、アーヴィンに一網打尽にして連れて来させたぜ』

「ん、ありがとな二人とも。」



 アタシは網の中で揉みくちゃになっている中に、王子様とやらを見つけると溜息を吐いた。



「…なんだァ、おめえかよ。」

「…………。」



 アタシは無造作に網の中に手を突っ込むと、胸ぐらを掴んで王子様を引き摺り出した。慌ててマホーを解除するアーヴィンの姿にちょっと苦笑したが、アタシは王子様の額に頭突きを一発かますと睨みつけ、悶絶している王子様を気にせずぎりぎりと吊り上げた。



「身分を嵩に来てどうこうしやがったらタダじゃおかねえって言ったはずだがよ?もう忘れちまったのか、兄ちゃんよぅ…。まだ二ヶ月しか経ってねえ気がすんだがな…。」

「ぐっ、くっ、わ、忘れてなど居ない…!!」

「じゃあどうしてこんなことしてやがんだ? 教会にも兵を出してるみてえじゃねえか。」

「そ、それ、それだけお主が必要なんだっ、」



 アタシは呆れて王子様を放り出すと、咳き込んでいる背中にがすっと軽く蹴りを入れてやった。転がった王子様の横にしゃがみこむと前髪を掴んで顔を上げさせた。



「アタシの知り合いに兵を嗾けてアタシから嫌われるっては思いもつかなかったのか?」

「ま、まずはお主を手に入れる。話はそれからだと思っていた。」

「バカだな。力づくで従わせられて話もクソもあるか。やっぱおかしいだろ、オメエ。」



 アタシが王子様をまた放り出して教会に向かおうと立ち上がると、ペイルサックとダージのジッちゃんが心配そうな顔をしながら駆け寄って来る所だった。二人とも鎧やローブのあちこちに返り血や鉤裂きが出来てボロボロになっているじゃねえか!



「ジッちゃん!それにペイルサック!大丈夫かよ!?」

「シオリこそ、腕が!!」「詩織様!!」



 二人が勢い余ってアタシを抱き締めて来るのを黙って受け入れると、ジッちゃんはアタシを包み込んでいるぼんやりとした光を見て一つ頷いていた。



「シオリ、俺たちの心配どころじゃねえだろ、お前の美しい腕が!」

「…美しいとかなんだよもう、後でライナスがくっつけてくれるっていうからデージョブだって。」

「精霊様がそういうなら大丈夫だじゃと思うのう、ほれペイルサック、詩織様も痛いじゃろうし、抱きつくのもその辺にしとくんじゃ。」

「お、おう!?すまねえ!」



 アタシから離れたペイルサックが、ファンクラブの連中から警告だぞ!と叱られてる間、アタシはジッちゃんに話を聞く事にした。





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