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ヤンキー娘、千客万来。

 明日はまた仕事の日なアタシは、お姉さんと少しだけ話をした。どうせならじっくりと話をしたかったんだけどよ。どうやらゼールの街を目指しているようだから、きっとまた会うだろうと再会を約束してその場を後にした。


 夜の街道を移動する人はとても少ないとは話を聞いていたものの、実際にゼールの街に戻るまですれ違ったのは一組の大きな商隊だけで、他には誰一人として街道では姿を見掛けなかった。ゼールの街の門はもう閉まっていて、そりゃ門が閉まってれば人も出てこないわな、とアタシは納得した。それでも家には帰りたいなぁ、と遠話の魔道具のボタンをポチッと押してみたりした。四つ足もいるし壁乗り越えるのは簡単だけどよ、見つかったらまずいじゃん?



『お嬢様、今どこにお出でで?』

「北門の前にいるぜ。今依頼から帰ってきたんだけどよ、もう門が閉まっちまってて。」

『東門の、歩行者専用の夜間通行口なら開いておりますから、そこからなら入れます。』

「おう、ありがとギルベルトのジッちゃん。走って帰っからよ、すぐ着くぜ。」

『お気を付けて。』



 アタシは通話終了のボタンを押すと、鞄に突っ込んでから走り出した。早くお風呂に浸かりたいぜ。…あんまり速く走ると通りを歩いてる人からビックリされるからよ、そこそこのスピードで走るか見えない速度で走るかなんだよな。間もなく家に帰り着いたアタシは、ご飯を温めてもらってる間にレイルと風呂に浸かり、メシ食ってバッタリ寝てしまった。ギルベルトのジッちゃんが何か言いたそうにしてたのはきっとセッキョーだから、寝てしまって正解だろ。




◇◇◇◇◇



 翌日の昼、アタシが仕事をしていると、最近知り合った連中がそこかしこに座っていた。奴隷商人に盗賊、冒険者のお姉さん。それに、何故かマシューのジッちゃんがニコニコしながらエールを飲んでいた。マシューのジッちゃんが昼酒してんのは珍しいような気もすんだけどよ。



「ジッちゃん」



 アタシに声を掛けられたマシューのジッちゃんはジョッキを軽く上げて、やあ、とでも言いたげな顔をしたものの、すぐにちょうど隣に来た何処か見覚えのあるおっさんの方を急に振り返った。



『おんし、気付いただか。』

「…ええ、さすがに、ね。」

『今日はの、そこの娘っこに会いに来ただけだで、すぐ帰るだよ。』

「それは逆に見逃せませんね。うちの雇い主になんの用ですか?」



 そこの娘っこ、ってのは多分アタシの…ってその訛り。



「もしかして、アーヴィン?」



 マシューのジッちゃんは、アーヴィンがニッコリしたのと、アーヴィンを指差すアタシを代わる代わる確認すると、溜め息を一つ吐いた。



「…知り合いですか?お嬢様。」

「おう、昨日知り合ったんだよ。メシ分けてやったんだ。」

「ああ、それで…。」

『納得しただか?』

「しましたよ。貴方は敵方とはいえお約束や礼儀を守る律儀なところがありましたからね。」



 ゲンナリした様子のマシューのジッちゃんの隣にアーヴィンを座らせると、アタシはエールを2つ持ってきた。



「ほれ、おごってやっからまず飲んでけばいいぜ。で、ふたりとも知り合いなんかよ?」

「…腐れ縁ですね。一時敵対してましたけど。」

『昔、ちょっとあっただよ。』

「まぁ、もう少しするとアタシ休憩時間だからよ、ジッちゃんもアーヴィンも時間があるならちょっと待ってな。」

『気長に待つだよ。』

「私も折角だからエールを楽しんでるよ。」



 アタシは更にペイルサックの元にモツ煮込みとエールを持っていく。遠目にアタシの事を目で追ってて、男どもと話すたびに仏頂面してたのが見えてたけど、アタシが寄ってくと笑顔になるのはちょっとカワイイよな。



「注文の品はこちらで全部ですか?当店は前金制ですので、支払いをお願いします。」

「…シオリ。」



 ペイルサックが小銭を取ろうとするアタシの腕をするり、と捕まえる。…随分慣れてんな。オイ。



「…こら、ウチの店はお触り禁止だぞ。周り見てみろ。ヤロー共がいきりたつから止めな、ペイルサック。」

「…ふん。知ったことか。それより、その格好も似合うぜ。」

「ありがとよ。…ほれ、離せってば。」

「お前に触れていたいんだ。」



 クセェこというな、ったくよ。ほれみろ、ファンクラブの連中が立ち上がっちまったじゃねえか。…ちょっと照れちまって拳骨いれるタイミング逃しちまったからな。



「おい、新入り。シオリのアネゴに気安く触れてんじゃねぇぞ。ちょっとこの店のルールを教えてやっからちょっと付き合えや。」

「…ほう、俺を誰だと思ってやがんだ。」

「王様でも英雄でも誰でも関係ねぇんだよ。領主の後継息子ですらルールを守ってんだ。」



 ファンクラブの連中がぞろぞろとペイルサックの座っていたテーブルの周りに椅子を置いて囲む。アタシはこれ幸いとそそくさとカウンターまで退避すると、後は任せて奴隷商人のマッキーのばーちゃん達の席へと定食を運んだ。



「…あんた、やっぱモテんだねぇー。しっかし、冒険者の小僧どもも中々やるじゃないか。」

「ん?」

「あの坊主をどっかに連れて行こうとしなかった事だよ。もしそうしようとしてたなら、あの坊主は腰の得物を抜いてただろうしね。」

「みんなダテに場数踏んでねぇってところだろうな。ペイルサックがお山の大将だっていうのは見てわかんだろうしよ。」

「ところで、あんたにあげたトラはどうなったかい?」

「ああ、レイルならほれ、あそこの蜘蛛の巣でぶら下がってるぜ?」



 一瞬の沈黙の後、マッキーのばーちゃんが爆笑した。釣られて、一緒に来ていた奴隷商のおっさんのも笑う。何せ、四つ足が作った蜘蛛の巣の一部をハンモックにして、レイルが気持ちよさそうにゆっくりゆらゆらと揺れてっからな。四つ足もまだ成体じゃねぇらしいけど、どうも兄貴として弟の面倒を見ているような気分らしいんだよな。ああやってたまにあやしてる。



「元気そうだね。大きくなるのも随分早いんでないかい?…何かいいものでも食わせてるのかい?」

「いんや、オーク、オーガにトロルとか、それに教えてもらったゴブリンとかしか食わせてねぇよ?」

「オークはともかく、オーガとトロルねぇ。…強いモンスターの肉はいい栄養なのかもしれないねぇ。」



 話が盛り上がったものの配膳大丈夫かな?とリタちゃんをチラ見すると、幾つか配膳の必要なものがある様子でせっせと盛り付けてる。仕方ない、とマッキーのばーちゃんと奴隷商のおっさんにまた食いにきてくれよ!と声を掛けて、アタシはエールや定食を配った後に冒険者のお姉さんのところにパンの追加を運んだ。



「やー、やー」



 冒険者のお姉さんが嬉しそうに小さく手を振る。アタシもつい釣られて笑顔で手を振り返した。2人掛けの席の片方の椅子にはでっかい荷物が鎮座してるのを見ると、着いてまだ時間経ってねぇのかな?



「さっそく会えたねぇー。教えてもらった通りご飯美味しいねー、ここー。」

「だろ?アタシは最近作ってくれる人がいっから賄いでしか食わねぇけどよ、前は三食全部ここだったくらいだぜ。」

「へー。それもいいねぇー。旦那さんー?」

「ばっ、ちっげえよ。自分で買った家にいるメイドさんとかが作ってくれんだよ。」

「もー、真っ赤になっちゃってかーわいいー。」



 くそう、この手の人にはかなわねぇな。野郎相手なら鉄拳制裁でいいんだけどよ、そうもいかねぇし。



「…で、お姉さんはなんでこの街目指して来てたんだ?」

「実はねぇ、剣技を習いたくて来たんだー。前にいた街でねー、教えてくれた人がいたんだけどー、どうせなら師匠に習ったほうが、って紹介状を書いてくれたんだー。」

「へええ。そんな高名な剣士さんがいんのかよ。知らなかったぜ。」

「だいぶお年を召した方だって話なんだけどねー。これから宿をとって汗を流したらー、訪ねてみる予定なんだー。」

「そっか、頑張れよ。アタシは今は週に3日ここで働いてるからよ。また会ったら話聞かしてくれよな。」

「もちろんー。」



 随分と間延びのする話し方だけどよ、雰囲気とかも相まって、不思議と嫌な感じはしねぇんだよな。そんな事を思いながら奥に引っ込み、昼休憩に入った。


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