ヤンキー娘、巨人に出会う。
「ん?獲物か?」
『シュ!(デカイの!)』
アタシが弁当を机に置いて、籠手を嵌め直している間にも、ズズン、ズズンと音が続いてというよりもどんどん大きくなってきていた。
『美味そうな匂いだの、嬢ちゃん。』
「あ?」
『ほれ、そこから美味そうな匂いがの。…って通じないかの。』
アタシが後ろを振り返ると、ガッコーの三階くらいの高さだろうか、デケェ野良着を着たようなおっさんが一人そこには立っていて、アタシの方を指差していた。ひょろっとしていて、顔も無精髭だらけだな。
「なんだ、ベントーのことか?」
『おお、言葉が通じるみたいだの。
そう、そこのちっさいハコからええ匂いがするでの。つい岩屋から出てきてしまっただよ。』
アタシは思わず笑顔になった。そういや、店で冒険者のねーさんが巨人種が出るっていってたよな。
「アタシは詩織ってーんだ。アンタ、名前は?」
『おらはアーヴィンつーんだ。』
「そっか、アーヴィン。ベントーはくれてやってもいいけどよ、こんなんじゃ全然足りねぇだろ?」
アタシの言葉に、こくりとアーヴィンは頷いた。
『そうだの、足りんけどの。でも人の手の入った料理を長いこと食べてなくての。…最近じゃあオークの丸焼きに塩したくらいの物くらいしか食べれんでの。家庭料理に飢えてるだよ。』
「一人なのかよ?」
『いんや、もう一人ゼートクが岩屋にいるだよ。あいつは飯なら何でもいいから出てこなかっただよ、多分。』
フタ開けただけで結構距離あるっぽいところからすっ飛んでくるのは相当だな、とアタシは四つ足の糸で引き上げてもらい、アーヴィンの口の中に一口ずつベントーを入れてやった。アーヴィンの顔が一口食べる毎に嬉しそうに笑み崩れている様子に、アタシも笑顔になる。ベントーひとつだけでなく、店の売れ残りを詰めた箱を幾つか出してそれも食べさせてあげた。
「これはよ、アタシが仕込みを手伝ったメシの売れ残りなんだよ。それでもそんな嬉しそうに食べてくれっとよ、嬉しくなるぜ。」
『おお、おお、詩織はいい嫁になるの。美味しいご飯でしっかり胃袋を掴んでしまえば、そうそう男も浮気せんだよ。』
「よ、よ、嫁!?」
『おお、見たところ、そろそろ嫁入りの頃に見えるだよ。…おらが詩織の大きさだったら、すーぐ嫁に貰うけどの。残念無念だの。』
真っ赤になってどもるアタシに、にっこり笑って言うアーヴィンからは大人の余裕を感じる。ムムム!じゃない、依頼も果たさねぇと。
「なぁアーヴィン、まだこの辺ってオーク残ってっか?」
『食い尽くさないよう気を付けてるからの。西の方にまだ残ってるだよ。』
「そっか。アタシ今日は冒険者ギルドの依頼でオークを狩りにきたんだよ。…よし、西の方だな。」
アーヴィンが指差してくれた方にアタシが走っていこうとすると、アーヴィンがそっと大きな手で通せんぼをした。
「?」
『ちょっと待つだよ。おら、詩織から貰っただけで何も返してないだ。ここで別れてそれっきりじゃ気になるからの、ちょっと魔法で目印つけさせてもらうだ。』
アーヴィンがブツブツ小さな声で何か言ったかと思うと、アタシの上にキラキラと光が舞い降りてきた。キレイだな。
『これでいいだ。そのうち何か持ってお返しに行くだ。』
「いいさ、いらねぇよ。あんだけ美味しそうに食べてくれたのが一番の礼だっつーの。」
『それじゃ、遊びに行くための目印ということではどうかの?』
「そりゃいいな!でもよ、街中じゃ危なくねぇか?衛兵に襲われたりしねえか?」
『これでもおらは魔法使いだからの。一時的に体を小さくすることも出来るだよ。』
「そっか、そりゃ心配いらねぇな!」
今度こそ移動、とレイルが駆け出していく。四つ足は糸を使ってあっちこっちに飛び移っている。アタシはアーヴィンに手を振ってその2匹の後ろを追い掛けた。
◇◇◇◇◇
その後すぐに無事にオークも依頼の数狩れ、アタシはホクホクでオークをぶつ切りにして鞄へと詰め込んだ。最近、四つ足が魔法を使えるようになったらしく、アタシの血塗れの手を魔法の水で洗い流してくれたのにはビックリした。四つ足に聞くと何やらマシューのジッちゃんが教えてくれたらしい。今度アタシも習おう。
鳥が鳴く声、狼?が吼える声。森の中は元々薄暗かったけど、冬という事もあってあっというまに夕方になって暗くなってきてしまった。家に帰ろうと歩き出したのはいいものの、アタシはオークと戦ったり追いかけたりしている間に方角がわからなくなっていたのである。
「うーむ、迷子だぜ…。」
『シュ?』
『にゃ!?』
四つ足がスルスルと木の上に上がっていき、すぐに降りてきた。どうやら山の位置とかで大まかにあたりをつけたらしく、こっちこっち、とアタシを誘導してくれた。方向音痴なんかじゃないとか言ってホント、わりかったよ…。
暗くなっていく中を転ばないように走って最寄りの小さな村に辿り着き、そこからは道沿いに街道へ出た時には既に真っ暗になってしまっていた。まぁ、月明かりがあるから夜でも歩けなくはないんだけどよ。一休みをすべく昼にも使ったセットを取り出して据付け、焚き火をおこしてレイルを火にあたらせた。…アタシは魔道具でそこまで寒くないんだけどよ、レイルと四つ足はまだ子供だしな。
アタシがお茶で一服していると、茂みがガサガサと鳴った。火にあたっている2匹がスササとアタシの周りに来たのを見て、またお客さんかよ、と溜め息をついた。だってよ、アーヴィンを入れると今日3回目だぜ?
「わー?!大きな蜘蛛とー、トラー?」
「アタシの従魔だよ。」
「あ、こ、こんばんはー。」
「ハイ、コンバンハ。」
現れたのは上半身と下半身の一部に茶色の板金鎧を着た、1人の獣人のお姉さんだった。胸デケェ。 …盗賊とかじゃなくてよかったぜ、小銭は入るけどよ、面倒だし。
「あのー、火にあたらせてもらってもいいかなー?」
「どうぞ、アタシらもう少ししたら出発するからよ。」
「そうですかー。わかりましたー。」
チラチラとこちらを見ているお姉さんをアタシは逆にじっと見ることにした。そっちの方に向き直ると、声を掛ける。
「お姉さんは何の獣人?」
「私はねぇ、狼だよー。」
「へぇ、ホントだ、尻尾ふっさふっさだ。」
お姉さんがフリフリした尻尾を見て何故かレイルがたっしーんたっしーんと尻尾を地面に打ち付けている。
「ふふっ、トラ君ー。ご主人様を取ったりしないから大丈夫よー?」
「ああん?嫉妬か、レイル。可愛いなオマエー!」
アタシはレイルを捕まえると、揉みくちゃにしてぐりぐりとあちこちを撫でまくる。少々汚れても気にしないぜ。がうがう、と少し抵抗しながらも、気持ちいいところを攻めてやると恍惚とした顔でぐったりと体を投げ出してしまうのもカワイイよな。お姉さんもにこにことその様子を眺めていた。




