ヤンキー娘、尻を触られる。
「うにー…。」
アタシが体を起こして盛大に背伸びをすると、ころり、とタイガーの仔が布団の上から転げ落ちた。にひひ、と笑みを浮かべながら拾い上げると、ぺろぺろと顔を舐めてくれた。朝日が眩しい。
『シュ!』
「四つ足もおはよー。今日は仕事の日だな、確か。うーむ。」
アタシはタイガーの仔をそっと布団の上に置くと、そういや名前も決めないとなぁ、と思い出した。
「なぁ、お前さんおかあちゃんからはなんて呼ばれてたんだ?」
『にゃおぅ!(レイル!)』
「そっか、じゃあレイルでいいな。」
がうがう、と嬉しそうな感じを見せるレイルを肩に乗せて食堂へ…と、部屋がノックされ、リドリーが顔を出した。
「おはよう、ございます。お嬢様。」
「おはよう、リドリー。てかお嬢様っての、こそばゆい感じなんだよな…。」
「ギルベルトさん、そう呼べ、と。」
「まーしゃーねぇか。」
アタシがそのまま部屋を出ようとするのをリドリーが服を引っ張って止めた。
「服、着替え、しないと。」
「あ?…忘れてたわ。」
「男共、喜んでしまう。」
「そうかー?」
「ダメ。」
「へいへい。」
アタシが食堂の制服に着替えるのを手伝ってくれたリドリーの顔がちょっと赤いのは何でだろう。昨日のぱふぱふが悪かったか?いや、違うだろうきっと。廊下の天井や壁面を縦横無尽に走りながらついてくる四つ足と、肩で落ち着いてしまったレイル、斜め後ろにしずしずとついてくるリドリーを引き連れてアタシは食堂へと向かった。
「お嬢様、おはようございます。…その格好は?」
「おはよー。ギルベルトのジッちゃん。あ、みんなもおはようさん。」
「「おはようございます。」」
「おはよう。」
食事をしながらアタシが今日はウェイトレスの仕事がある、とギルベルトのジッちゃんに話すと、ジッちゃんは眉を顰めて小声でブツブツ言っている。
「…お嬢様のような力のあるお方がウェイトレスとは…。」
「いいじゃねぇかよ。アタシがこの世界に来て真っ先に仕事をくれたのが食堂の親爺さんだったんだからよ。給料も結構多いみたいだしよ、料理も覚えられんし、いい仕事だとアタシは思ってんだけど。」
「この世界…フム、失礼致しました。私とした事が主人に文句をつけるなど、差し出がましい真似を致しまして申し訳ありません。帰りにはお迎えにあがりますので、この道具をお持ちください。」
「ん?何だこれ。」
「遠話の魔道具で御座います。」
「デンワみてぇなもんか?」
「デンワ、で御座いますか。私は存じ上げませんが、街中くらいであれば通じる会話手段で御座います。こちらの、青い所を押して頂ければ私の持っているものに直通で御座いますので、お帰りになる前に御連絡頂ければ御迎えに上がります。」
「やっぱデンワだな。わかったよ。」
なんか細けぇな、と思いながらも心配してくれてんのかな、とアタシは道具をポケットにしまい込んだ。
「おはよー、リタちゃん!」
「おはよー、シオリ!そのカワイイの何っ!?」
「お、いーだろー。レイルっていうんだ。エメラルドタイガーって種族らしいぞ?」
笑顔でレイルを撫で撫でするリタちゃんを、親爺さんもニコニコしながら眺めていた。
「あれか、マッキーの婆さんか?」
「お?ばーちゃんのこと知ってんの?アタシは昨日初めてあったんだけどよ、オマケしてくれたんだ。」
「珍しいな、あの婆さんが。…俺も昔は婆さんから奴隷を買ったっけな。リタ、ほら家の事をしてくれてるリムサはその婆さんから買ったんだよ。借金が返し終わったから、今では奴隷じゃなくて普通に雇ってるけどな。」
「え、そうだったの?全然知らなかったわ。」
「はは、わざわざ言うことじゃないからな。」
「へー。」
期間が終わってもやっぱ普通に雇い続けられんだな。アトルは借金が終わってからもウチにいてくれっといいけどなー。
「あ、親爺さん。四つ足も店の中に入りたいみたいなんだけどよ。デージョブかな?」
「目立つ隅っこに巣でも張らせて、そっからあまり動かないように言っときな。一応紙にでも『シオリのペット。襲いません、安全。』てでも書いとくか?」
「まあ、びっくりされるよりはいいか。んで、レイルもいい?」
「そっちは見てくれから無害だから大丈夫だろう。従魔登録しとかないと、誰かに連れてかれても知らねぇぞ?」
「おう、すぐ行ってきてもいいか?」
「さっさと行ってきな。そろそろ昼の仕込みに入っからな。」
アタシはさっさと従魔登録を済ませると、仕事へと戻った。客も少なく何事も無く昼が過ぎて夕方、狩りから帰ってきた様子の冒険者が数名とファンクラブの連中がいっぱい。店内はそんな感じになってた。お前ら、話に聞く農作業はいいのか?
「うぉっ、イリエスタ!?って従魔か?」
「ドキドキするな。」
2人組の冒険者達が、食堂に入って来てすぐに四つ足に気がついた様子で声を上げた。
「…悪りぃな。アタシと一緒に居たいみたいでよ。」
「お、おう、い、いいんだ。な、慣れればカワイイよな、イリエスタも。」
「あ、ああ。」
「そうだろ!?」
一瞬ビビった様子の若い冒険者達だったけど、アタシが話し掛けると意外と話のわかる奴だった。…アタシがその場を離れたらすぐファンクラブの連中が寄っていってるけど、また変に有る事無い事吹き込むんじゃねぇだろな。ったく。近い席にいる冒険者のお姉さんがヒラヒラと手を振ってこっちを呼んでいる。…寒くなってきたのに、まーた露出高い格好だな。アタシ最初の頃そんなんじゃイカンって怒られたのに、お姉様方は基本露出高えのは何でだろうな。
「ねぇ、シオリ。最近北の山脈に近い村の辺りで巨人種が確認されたって話聞いた?」
「へぇ、そいつは初耳だな。…巨人ってよ、話出来たりすんのか?」
「巨人の言葉がわかれば出来るんじゃない?その巨人種はあまり好戦的じゃないらしくて、今の所討伐依頼は出てないみたいなんだけどね。下手に刺激すると危ないから、バッタリ会った時とか威嚇しないようにね。デカイわりにあいつら素早いから逃げらんなくなるわよ。」
「へー。話せるなら話してみてぇ気もするけどな。アタシらが知らないような話とか知ってそうだしよ。」
「そうねー、って危ないから!んもー。無理しちゃダメよ?お姉さん心配。」
「わかったわかった。気をつけるよ。」
アタシは冒険者のお姉さんの前に注文のエールを置きながら、巨人かー、会ってみてぇと考えていたら後ろから伸びてきた手に尻を触られた。うぎゃっ。裏拳を繰り出しながら振り返ると、崩れ落ちるファンクラブの男の姿がそこにはあった。アタシはそいつをぎゅ、と体重をかけた足で踏んだ。
「退場。」
アタシがそういうと同時に、近くに居たお姉様達を含む別のファンクラブの連中が、そいつの足を掴んでズルズルと外へ連れて行く。机とか椅子の足に頭とか手とかガンガン当たってるけど気にせずに引き摺られていって、外ではなんか殴られるような音が聞こえたような気もするけど、抜け駆けした罰とか前も言っていたしな。まぁ、考え事してて避けきれなかったアタシも悪いっちゃあ悪いんだけどよ。はぁ。




