ヤンキー娘、お持ち帰りする。
ギルベルトのジッちゃんは腕を組んで考え込んでいて、その右腕は口許のヒゲを触ってるけどその動きが少しずつ早くなっている。それに気付いてるのかいないのか、マッキーのばーちゃんからは根はいい奴だからとか、ゴードンがやる気を出してるし折角だから安くしておくから、などのゴードンへの援護射撃が続いている。
「…宜しいでしょう。些か主人に対する礼儀が欠けているようにも思えますが、それくらいであればこれから幾らでも矯正可能と思います。」
「そっか。ばーちゃん、ゴードンの値段は?」
ようやく出た答えに、マッキーのばーちゃんはホッとした様子に見えた。さっきの奴隷商のおっさんと同じ様に腰にぶら下げていた紙束をペラペラと捲ると、1枚そこから引き抜いた。
「3ミスリル5プラチナだね。ドワーフだけど、一般的なドワーフに求められるような条件が満たせないし、むさい男だし。」
「むさいとかうっせえぞ!」「だまらっしゃい!」
「…緑の手自体はいいスキルだとは思うんだけどねぇ。透視スキルであちこちを覗きまくった挙句に捕まった犯罪奴隷ってのが大きくて。農家とかでも娘さんがいたりするところからは敬遠されてたんだよ。このままだと飯代だけが嵩んで売れなくなって、鉱山送りになっちまうとこだったんだよ。」
「…覗きで、ございますか…。」
ごごごご、と音がしそうなオーラみたいなのがギルベルトのジッちゃんから立ち昇る。
「やはり、辞めましょうかお嬢様。ある程度は奴隷の首輪でスキル制限こそできますが、お嬢様だけにではなく、リドリーにまで不埒な真似をしそうな小僧をわざわざ買う必要は…」
「そうなる前にジッちゃん達が何とかしてくれるんだろ?」
「そ、それはまぁ…そうでございますが。」
「ならいいじゃん。」
何か言いたげな風にしているゴードンとギルベルトのジッちゃんのことはもう気にせずに、マッキーのばーちゃんの方を向く。マッキーのばーちゃんはニヤリ、といい笑顔で笑った。
「あんたぁ、肝が据わっててカッコいいねぇ。惚れ惚れしちまうよ。あたしも何かオマケをつけたげたい気分だね。」
「ん?いいよ、ゴードン売っても大して儲からねぇんだろ?それにオマケつけちまったら損しちまうじゃねぇか。」
「細かい事はいいんだよ!どうせあたしゃ、もうお迎え近いババァだし、もう半分趣味で商人やってんだからね!」
「お、おう…。」
ばーちゃんの迫力にちょっと押されたアタシは、何となく頷いてしまった。ばーちゃんは女性の檻の奥の方にあるドアから更に中に入っていくと、何やら超絶可愛い成猫よりちょっと大きいくらいのサイズのネコ科の動物っぽいのを抱きかかえてきた。淡い緑色の毛が綺麗だな。
「この仔はね、あたしが繁殖させてるエメラルドタイガーの仔なんだ。最近乳離れした所だから、手元に置いて自分で面倒を見てやればあんたに懐くよ。3メートルくらいまで大きくなるし、賢いから言うこともちゃんと聞けるからね。ゴブリンの肉でもなんでも、美味しく食べるから。面倒見てやっておくれよ。」
「ふぉぉぉ!!」
アタシは受け取ると同時に頬ずりする。もふもふの頭を撫で、肉球を触り、鼻にキスをする。目の端に考え込むギルベルトのジッちゃんの姿が映るけど、気にしない。エメラルドタイガーの仔は、戯れるかのようにあんよでアタシを蹴ったり手にしがみついてきたりするけど、それがまたカワイイ。
「オメェ、超可愛いな!そうかー。エメラルドタイガーっていうのかー。…男の子か!」
「…お嬢様…。」
つい、タマタマを覗き込んだアタシに、ギルベルトのジッちゃんが顔を顰めた。
「や、だってよ、名前つけたりするのに確認は必要だろ?」
「それはそうですが、こう、なんというか。女性として…。」
名前は何にしようか。そうだ、四つ足とも喧嘩しないように教えてあげないとな。明日はまたギルドに行って従魔登録もしなければ。
忙しくなるなぁとニコニコしていたら、マッキーのばーちゃんもニコニコしながら契約書を差し出した。アタシは財布からお金を取り出して払うと、ギルベルトのジッちゃんがサラサラと必要事項を記入した契約書に名前を書いて契約を完了させた。
「何かわかんないことがあったら聞きに来るんだよ?長年育ててるから、いろいろ知ってるからね。」
「おう、頼んだぜ。それと、さっきのおっさんにも言ったけど、冒険者ギルドの食堂でウェイトレスもしてっからよ、気が向いたら遊びに来てくれよな。ゴチソーするぜ!」
「そうだね、暇なときにでも寄らせてもらうよ。」
カントーイ?を着たゴードンを一行に加えたアタシは、エメラルドタイガーの仔を腕に抱いて撫で撫でしながらマシューのジッちゃんの元へと帰った。
「あれ、エメラルドタイガーの仔かい?」
「ああ、マッキーのばーちゃんが、オマケだって言ってくれたんだ。カワイイよな。」
「オマケにしては凄いのを貰ったね。そのタイガー、とても強くなる事で有名なんだよね。草原の王者って言われるくらい。」
「そうなのか!?…そうかー、お前も強いのか。」
「そうだよ。…よっぽど気に入られたんだね。隠密行動も出来るし、知能もとても高くて魔法まで使うし、お嬢様のボディーガードには多分最適だよ。」
「ぼ、ボディーガード。あ、アタシそんなん柄じゃねぇけどな。」
アタシがちょっと狼狽えたところに、みんなが揃って首を振る。
「そんなことない。ご主人様、とっても綺麗だし、似合う。」
「そうだぜ、似合わねぇなんてことはねぇよ。」
「そ、そうです、綺麗ですし!」
リドリーの声を初めて聞いたような気もする。マシューもアトルも真っ赤になりながら拳を握っていたりするし、ジッちゃん達2人もうんうん頷いている。…何だよもう、やめてくれよ恥ずかしいったらよ。
「い、いい、いいからよ、早く帰ろうぜ。四つ足も一人で待ってんだからよ!」
「照れてる。」
「うっさい、こらー!食っちまうぞー!」
アタシはリドリーのほっぺをぐりぐりすると、鼻の頭を痛くない程度にカプッと噛んだ。ひゃああ、と真っ赤になるリドリーの頭を撫で、アタシはエメラルドタイガーの仔をまた腕に抱いて、ギルベルトのジッちゃんがさり気無く乗るのを手伝ってくれるのに従って馬車へと乗り込んだ。
「ほらほら、みんな乗って乗って。」
「え、俺たち奴隷だろ?歩くぜ?」
「いいから早くしろよったく。スピードも違うし面倒くせえだろそんなの。」
躊躇ってる3人をギルベルトのジッちゃんが中に詰め込んでくれた。リドリーはアタシの隣に、アトルとゴードンはその向かい側に。ギルベルトのジッちゃんは御者席のマシューのジッちゃんの隣へと滑り込んだ。と、同時に馬車がゆっくりと走り出す。馬車の中にも小さな照明の魔道具が付いていて、ほんのり明るいのが嬉しい。真っ暗だとちょっと怖いんだよな。…怖いとかおかしいって?うるせえよ。アタシだって怖えものは怖えんだよ。ったくよぉ。




