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閑話2

 ギルベルトは元冒険者であった。それも若くして複数ある魔族の王国のひとつ、イレイデの王を討ち取ったことで勇者とも呼ばれ、その後もドラゴンや巨人などを討伐したことでも知られる豪傑である。しかし、有名になった事で寄ってくる有象無象に嫌気が差し、それまで暮らしていた大陸とは違う所へと引越し、目立たないよう細々と冒険者稼業を続けていたのである。

 そんなギルベルトも、一般的な人族の平均寿命である50歳を過ぎてからはイメージ通りに体を動かせないようになり、冒険者稼業からの引退を決めたのであった。それまでに貯め込んでいた財貨は莫大なもので、100歳まで遊んで暮らせるどころではない位の金額に達していた。が、元は貧しい出であるギルベルトは働かなければ落ち着かないと、若手の冒険者で見込みのありそうな者を捕まえては剣技や魔法の技術を伝えていたのであった。そして、70歳を目前にしてその指導者としての立場からも引退をし、兼ねてから何故か気が付いたらスキルに存在していて、一度はやってみたかった『執事』になるために自分の屋敷を売りに出したのであった。

 しかし、それは苦難の始まりであった。最初は何も考えずに希望してきた人に売ったところ、それが人間としてはクズな最低野郎であり、執事としての仕事の練習には若干、すこぶる若干ではあるが役には立ったが我慢出来ず、男が身代を傾けた所で安く買い叩いて追い出した。その次はそれなりに実力のある魔術師に屋敷を売り、執事としての経験はちゃんと積むことは出来たものの、奴隷を手に入れては怪しげな人体実験を繰り返すようになり、その外道っぷりにこれまた我慢出来ずに成敗してしまい、何とか当局の目を誤魔化して正当化して競売に掛けられそうになりながらも買い戻したのであった。

 それからは指導をしたことがあるギルドの受付嬢であるヘレネに頼み込み、お眼鏡に叶った人しか紹介しないように言い含めて、詩織との出会いに繋がったのであった。…しっかりと見定めてから契約を結ぼうと思っていたギルベルトが、詩織のスキルである女神の魅了の効果にすっかりやられてしまい、詩織に入れ込んでしまっているのは誰が見ても明らかであるが、それは言わぬが花というものであろう。


 マシューはそのギルベルトの古くからの相棒であった。ギルベルトが独身を貫いたのに比べてマシューは20代で結婚して子供も居たのだが、ギルベルトが移住すると言い出した時には家族ごと一緒について来たのである。今では嫁も子供も既に他界し、残っているのは近隣の村の商人の処に嫁に行った孫が一人いるだけである。実力としては剣技など前衛としての技術はギルベルトに劣るものの、卓越した魔術の技は今でも健在である。

 彼も時期を同じくして冒険者を引退し、後続の指導にあたる…かと思われたが、実際にはそれまで手慰みにしか造っていなかった酒造りに没頭した。最初はやはり普通の酒との評価だったのだが、年を重ねる程にそのクオリティは上がり、二十年経った今では知る人ぞ知る名酒として認識されている。特にマシューの亡き子供の伝手で伝わった貴族階級からの評価が非常に高く、生産量の問題で中々手に入らないことから幻の名酒として年々価値が鰻上りになっていたりするのであった。



「ギルベルト師匠、これからウチの案内をつけて希望者をそっちに行かせるから。」

「ヘレネのお眼鏡に叶う人物が現れた、ということか?」

「私というか、私もだけど…ウチにいるメンバーの殆どが入れ込んでる子よ。多分にスキルの影響も受けてるとはわかってるんだけどね、それでもなかなか面白い子だから、楽しみにしてて。」

「ほう。そこまでか。」

「まぁ、そんな感じだから。あ、女の子だからね、気に入らなくてもいじめるのだけは許さないわよ?」

「わかったわかった。気を付ける。」

「本当?まぁいいわ。それじゃよろしくねギルベルト師匠。」



 遠話の魔道具ーーといっても街中位しか有効範囲がないーーを置くと、ギルベルトは執事としての作業着と決めている、燕尾服へと着替えた。



「楽しみだ。」



 ギルベルトはその老いてなお精悍な顔に薄っすらと笑みを浮かべてそう独り言を呟くと、マシューの家である庭の一番隅に埋もれるように建っている小屋へと向かった。



「おい、マシュー。いるんだろう?」

「…ああ、いるよ。下にいるから、降りて来て。」

「下か。わかった。」



 ギルベルトは外見は本当に小さな小屋にしか見えない扉に向かって話しかけたのである。実際にはこの小屋は地下深くまで掘られ、屋敷の敷地よりも外にまで拡張された巨大な地下空間を持つ建物である。声を掛けられても気付けない、ということで扉の所で呼びかけると、マシューの持つ魔道具に声が聞こえるという仕組みになっているのである。



「…どうしたんだい?」

「屋敷の購入希望者が来る。」

「なるほど。それでその格好なんだね。僕はこのままでも大丈夫かな?」



 地下へ降りていったギルベルトを待っていたのは、複雑な蒸留施設と、樽が山程保管された巨大な空間である。天井には煌々と灯りが灯され、まるで昼間のように見える。初見であれば圧倒され、言葉が出なくなるか、逆に叫ぶレベルなものであるが、さすがにギルベルトにとっては当たり前の光景である為に至って平常である。



「野良着のままで大丈夫だろう。一応園丁として雇われる訳だからな。」

「ふむ、今度は普通の人だといいね。酒造りもそのまま許してくれるといいんだけどな。」

「黙ってればわからないだろう。一応、土地も売却の対象にはなってるが、境界を越えたところにあるここならば売却の対象外なような気もするが。」

「…。いい子だといいね。」

「ぬ?女子だと言ったか?俺は」

「いや、ここを買うような若者は全部男でも女でも、自分の子供よりも年下だからねぇ。…そうか、女の子なのか。」

「ああ、何やらスキルの影響もあるとは言っていたが、ギルド員殆どが入れ込むような娘のようだぞ?」

「へぇ。それは楽しみだね。…ちょっとそこまでハードルが上がっちゃうのも可哀想な気もするけど。」

「ヘレネのお眼鏡に叶うレベルだ、最低限度の基準は満たしているさ。」



 2人は連れ立って外へ出ると、コッソリと木立の陰に隠れて詩織とギルド職員が来るのを待った。声を掛ける前にある程度屋敷内や建物内を確認している状態を見ようという魂胆である。



「…なんか蓮っ葉な感じだけど、かなりの美人さんだね。」

「そうだな。…おい、スキルも中々凄いが、ステータスが化け物だぞ。フル装備の俺逹と大差ない。その割には動きが普通だな。恐らく、ちゃんと学んでないんだろうな…。勿体無い。」

「魔力も信じられないレベルで膨大だけど、垂れ流しだね。わざと、というよりは魔法使ったことがないのかな?」



 2人は屋敷のあちこちに置いてある物を基点にして、遠視の魔法で2人を眺めていたのである。詩織達があちこち見ては笑顔になったり、いいねー、と話をしているのを2人は自然と笑顔になりながら眺めていた。…そう、この時点で2人は女神の魅了の効果が効いてしまっていたのである。ちなみにマシューはそれに気が付いていて、悪い子じゃなさそうだし別に良いかと思っていたのだが、ギルベルトの方は全く気が付いていなかったのは秘密である。







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