ヤンキー娘、家を買う。その1。
ぐったりしながら寮へ向かう帰り道、アタシは屋台で買い食いをした。この世界にもケバブみたいなのがあってよ、ソースは全然違うんだがこれがまた美味いんだ。四つ足に食うか?と差し出してみたものの、まださっきのギガントビーの分で腹一杯らしい。一応昨日もらった剥ぎ取り用の鞄の一つに幾つか買ったものを突っ込み、寮へと帰った。
自分の部屋に帰ると、四つ足は一番暗い入り口に近い天井の隅を自分の場所と定めたらしく、糸を張ってスルスルと天井付近に張り付いた。
『シュシュ!(寝る!)』
「お?おう。アタシはちょっと鞄の中整理するぜ。」
まずは、と今回貰ったお金の入った革袋に高額のコインを全部まとめようと袋を開いた。一つ目の革袋の中には剣の代金と懸賞金として、9,800ミスリルと明細が書いてあったけど、実際に入っていたのは98枚の板状の貨幣だった。ということで、ミスリルよりも上の単位が実はあったらしい。明細の裏には達筆なカンジで、見たことないかも知れないけどこれはオリハルコン貨、通称板貨っていうものです、って書いてあったのだ。そういえば、食堂の親爺さんがもっと高額な貨幣があるって言ってたような気もするし、きっとこれのことなんだろうな。
支度金の方は板貨がなんと、200枚も入っていた…。ジッちゃん何考えてんだよ。
そういえば、四つ足がすぐ大きくなるから、引っ越したほうがいいって受付のお姉さんが言ってたよな…。これだけ金があれば、きっとデカくなる四つ足も住める家を買えるんじゃねえか?アタシはそう思って寝ている四つ足をそのままに、さっそくギルドの受付へと向かった。…何時でも来いって言ってたけど、神殿はちっとばかし遠いからな。
「たのもーっ。」
「あら、シオリ。…四つ足はどうしたの?」
「寝る、っつーからさ、寮の部屋に置いてきた。」
「寝るって…。そう。それで今回は?」
少しだけホッとしたような顔をした受付のお姉さんを見て、蜘蛛嫌いだったのかとは思ったものの、アタシは本題を切り出すことで思わず言いそうになったのを我慢した。クンシあやうきに近寄らずってな。よくワカンねぇけど。
「さっきよ、神殿に剣を売り払いに行ったら、すげえ金になったんだよ。あの喋る剣がさ。あぶねえ奴らしくてよ。んで、泡銭も入ったし、家を買おうかと思ってよ。ギルドでなんかショーカイしてくれたりとかないんかと思ってさ。」
「そうねぇ…。一応斡旋はしてるわよ。冒険者として成功すると拠点として家は買う人も多いし。で、どんな家が希望?」
家、ってしか考えてなかったな。
「デッカくなった四つ足が住めるスペースがあって、風呂があって、そうだな、どうせアタシ一人だからあんまり広くなくてもいいや。」
「四つ足が一番の問題よね。…ダンスホールか訓練場っぽいのがある家になるのかしらね。さすがに玄関ホールじゃアレだし。」
うんうん、と頷いたヘレネさんがバインダーに挟まれた紙をペラペラと捲っている。その中から3枚ほど抜き出すと、カウンターの上に並べた。
「1軒目は値段が2980ミスリル。屋内訓練場付、母屋は厨房付食堂、お風呂、トイレと4部屋の平屋建て。使用人は執事とメイドの二人が奴隷として付いてくるわ。
2軒目は8000ミスリル。屋外訓練場と露天風呂付。母屋は二階建ての部屋数は16個かしら?もちろん厨房と、大きな食事用の部屋があるわね。サウナ風呂あり。使用人は執事が一人、メイドと下働きが合わせて6人。全て奴隷。使用人用の官舎も付いているけど、庭はほぼ無し。
3軒目は3980ミスリル。屋内訓練場、広い庭には数種類の果樹が植えられていて、母屋は平屋建てで、立派な厨房と、厨房から見渡せる食堂。お風呂、トイレはもちろん、部屋数は6つ。それと、小さいけど別棟で使用人用の官舎があるわね。ただし、使用人はかなりご年配の園丁と執事のみ。二人とも奴隷じゃないから、お給金が必要ね。」
一気に説明されてもよくワカンねぇ。あんまし広過ぎてもダメ、こじんまりしてるのもいいけどよ…。あ、果物が採れるってのはいいよな。紙を手に悩む。
「鍵はここで保管されてるから、見にも行けるわよ。私じゃなくて、他の子が案内する事になるけどね。ちなみにオススメは3軒目。」
「見に行ったことあんの?」
「ええ。綺麗に維持されてるしいい物件なのだけど、執事がちょっと人を選ぶ人でね。値段の高さもあって話がまとまらなかったのだけれど、そのせいで値段もかなりお求めやすい値段まで下がったのよ。私の家が近いから、執事さんも根はいい人なのは知ってるのだけど。」
「フーン。でもさ、四つ足大丈夫かな?」
「…執事さんも元は冒険者をしてたし、大丈夫じゃないかしら?」
「じゃ、一回見に行ってくっかな。」
アタシはギルド職員の人の案内で現地に赴いた。といっても徒歩15分てところで、寮よりはさすがに遠いけど近所の範疇じゃねぇか?
ぐるりと塀に囲まれた敷地は外からは覗くことは出来ないものの、レベルの高い冒険者なら、きっと跳び越すことは難しくはないような気もするな。タブンアタシは跳べる。表の門は馬車が通れるサイズ。ちなみに裏門は鉄扉が付いているらしいけど、そっちは人が通れる普通のドアサイズだという話だった。
門からは玄関までは暫く歩く感じだけど、両サイドには果樹が植えてあるってか。…なんかミカンっぽい実がなっているのが見えるし、下生えもちゃんと刈られていて、ちゃんと庭でピクニックも出来そうな雰囲気があんな。
母屋は、しなびたふるいヨーカン、じゃなくて、鄙びた古い洋館、といった感じだな。立派な厨房と食堂、部屋数はそんなに多くないけど十分な広さがあるというか、落ち着かねぇくらいだった。部屋の一つは書斎で、壁一面に本棚が作りつけられていた。みっしり本があってクールだけどよ、アタシあんまり本読まねぇんだよな。期待していた風呂は…温泉かよこれ、岩造りの足をゆっくり伸ばせそうな浴槽からお湯が溢れてる。超入りてぇ…これから冬が来るらしいしな。
肝心の訓練場は、半地下のような形で地面が下がっていて、それに屋根が架かっている感じだった。地面から屋根までは15メートルはあんのかな、地上に出ているところだけでも母屋と同じ位の高さまで張り出してるから、随分天井が高そうだ。出入り口は大きなスライド式の戸が付いていて、かなり大きく開くように見えたから、きっと四つ足が大きくなっても大丈夫なんじゃね?。後は、園丁さんと執事の人次第だろうか。
訓練場をのんびり眺めていると、二人のじーさん達が入って来たのに気が付いた。一人は野良着が似合う小太りの優しげなジッちゃんだけど、もう一人は黒の燕尾服をパリッと来たロマンスグレーな感じの渋いジッちゃんだ。…タイプだわー。
「どうも、ギルベルトさん、マシューさん。見学の方を連れて来ていますよ。」
「こんにちは。では、その方が購入を検討されていらっしゃる方ということですな?」
「ええ。」
三人がじっとアタシの方を見ている。照れんじゃねぇかよ。
「お、おう。…アタシは飯田詩織だ。ジッちゃんたち、よろしく頼むぜ。」




