ヤンキー娘、神殿に行く。
四つ足を無事従魔登録したアタシは、みんなにバイバイと手を振って今日の主目的である神殿へと向かった。嫌なものはさっさと売り払わないとな。
四つ足は地面を歩かず、アタシが見える位置を糸を飛ばしてはひょいひょいと飛び移りながら移動している。そんなデカくなるっつーんなら、背中に乗せてもらうのも楽しいかもな。にひひ、楽しみが出来た。
突然脇に飛んで来た四つ足を見て慌てた人達も、暫くすると従魔のリングを見つけて納得した顔で普段通りの生活に戻っていくから、登録した甲斐はあったらしい。
ここ、アタシが住み着いたゼールの街は結構大きい街で、アタシがのんびり歩くと端から端まで一時間掛かるくらいの大きさはある。街の中心部にはこの街を治める代官の館と、事務仕事やら治安維持の隊の為の施設がある。その周りを囲うように市場や職人街があって、冒険者ギルドや神殿、旅行者や冒険者向けの宿、治安維持の隊の宿舎やなんか、あと歓楽街は外周にあったりする。神殿って言ったら偉そうな雰囲気もするんだけど、この世界では冒険者ギルドと同じ位置付けな為に、冒険者ギルドと同じ外周部に建物があるらしい。まぁ、難しいことはワカンねぇけど、セージとシューキョーは別らしい。以上。
縦横無尽に糸を飛ばしてはそれを手繰り寄せるかのように飛び、遊んでいるようにも見える四つ足を引き連れて神殿に着いたのはもう昼にもなるか、という時間だった。…なんだかんだって時間くっちまったからな。
石造りの立派な建物の中は少しひんやりとしているものの、建物の中は不思議と明るく、特に荘厳な雰囲気がある訳ではなかった。中に入るとすぐ真正面には教会といったような椅子と机が一体化したようなのがズラッと並んでいて、最も奥には演台と神殿のシンボルマークだろうか、太陽のような物が彫られた石板が掲げられている。パラパラと疎らではあるが人が座っていて、祈りを捧げている様子だった。
「もし、従魔はこっち側に待機させてもらえんかの。お祈りに来た人達が怖がるといかん。」
入り口の右側には数人のローブのようなものを着た人達がカウンターの後ろに座っていて、その中にいた長い髭のジッちゃんが手招きしていた。
「ん?わかった。ところでジッちゃん、神殿に買い取って貰いたいものがあってきたんだけどよ、担当の人知らねぇか?」
「買い取って貰いたい物、じゃと?どれどれ、こっちにおいで。従魔も一緒でいいからの。」
「おう、頼むぜ。」
ニカっと笑うアタシを連れ、ジッちゃんは小さな部屋へと入った。
小さな背もたれの付いた椅子が二つと、袖机のような小さなテーブル、奥の上についている小さな窓の下には本棚があるものの、その部屋にはそれしか物が無かった。ジッちゃんは奥にアタシを座らせると、自分も椅子に座った。四つ足は天井に糸を飛ばすと部屋の隅に陣取った。
「どれどれ。見せて貰えるかの?」
「おう、これなんだけどよ。昨日ゴブリンキングのヤサから拾ってきてギルドで鑑定してもらったら、インテリジェンスウェポンとかいうらしくてよ。なんか鞘から出すと喋るんだよ。昨日食堂で知り合いに見てもらったら、神殿に持ってくといいっていうからよ。」
アタシがその剣を机の上にゴトリと置くと、ジッちゃんは一頻りそれを眺めた。
「こりゃ見覚えがあるのう。うちで封印指定して、一度保管所に送ろうとしたものの任せた輸送隊が街に到着しなかった、っちゅう曰く付きの一品じゃの。姿を提示して懸賞金を掛けといたはずじゃ。そうかそうか、ゴブリンキングがのう…。」
「買い取って貰えんのか?」
「市場価格+懸賞金分上乗せじゃの。いくらじゃったかの…。懸賞金が800ミスリル、買取価格が9000ミスリルじゃったかの?」
「そんな高けぇのかよ。」
「ああ、古代の知識が剣から引き出せるからの、魔導書としての価値と、魔剣としての価値、それに実際使う時には魔法での援護という面で戦力になるからの、高くなるのも納得といったところじゃの。まぁ、人格がちょっとアレでな、破滅に導くことがあまりに多くて放置しておくのは危険なんじゃ。」
「難しいことはワカンねぇからいいや。」
肩を竦めたアタシに、ジッちゃんは笑っていたが、ヘアピンに目を留めると真顔になった。
「そのヘアピン、二つの力がひとつになっとるが、火と命の精霊様の力が感じられるのう。大事にするんじゃぞ?」
「おう。この間本人と話したけどよ、守ってくれるらしいしな。」
アタシの言葉に心底驚いたのか、ジッちゃんは目を見開いた。
「は、話したじゃと!?」
「おう。こう、漏れてた光が、集まって玉んなってよ。」
「なんと…。」
「気さくな感じだったぜ?」
「…。」
ジッちゃんは何事か考えていた様子だったが、ガバリと頭を下げた。
「そ、そのヘアピンを譲っていただくことは出来んかの?是非、この神殿の御神体として…。」
「なんかよ、アタシ以外を主として認めないとか何とか言ってたし、失くしても自力でアタシんとこ戻ってくるとか言ってたからダメだと思うぜ?」
「命の精霊様が嬢ちゃんを主と…。」
「おう。」
ジッちゃんはちょっと待っててくだされ、と言って席を立つと、急いだ様子で部屋を出ていった。アタシはスルスルと降りてきた四つ足の頭を撫でると、どうしたもんかなぁ、と一瞬考えてすぐに止めた。バカの考え休むに似たり。
「待たせてしもうてすまんの。」
たっぷり30分以上経ってから、ジッちゃんは戻ってきた。手には何やら小さな金属の箱と、淡くピンクに輝くピアス、それにメイスのような物を持っていた。
「従魔登録をしているということは冒険者ということであってますかの?」
「ああ、ほとんどギルドの食堂でウェイトレスしてるけどよ。昨日狩りにも行ったし、一応ちゃんと冒険者してるぜ。」
「それでは冒険者証を貸して貰えますかの?」
「ん?ほらよ。」
アタシがポイッと勢いよく出した冒険者証を受け取って金属の箱の上に置き、ジッちゃんはピアスをアタシの耳にペタッと着けてくれた。…貼るだけでいいのか?
「ん?これくれんの?」
「うむ、そうじゃの。」
ジッちゃんはメイスを手に取ると、何やらブツブツ言い始めた。
『詩織 飯田をペルエステ神殿は聖女として認定し、その証として女神の涙を捧げる。精霊のお導きが彼女の前途を照らしますように。』
メイスがぼんやりと光を発したかと思うと冒険者証も微かに光を発し、ピアスを着けた耳がチクリと痛んだ。
「これでよし。」
「何がだよ。」
「詩織様は我が神殿で聖女として認定されました。この先何か困ったことがあれば何時でも神殿にお越しくだされ。全世界どこの神殿でも等しく力になりますからの。」
「??ワケワカンねぇ…。」
眉を顰めたアタシにジッちゃんは小さな革袋を二つ、取り出して手に持たせてくれた。
「ひとつは剣の分。もうひとつは聖女となられた詩織様への準備金じゃから、受け取ってくだされ。」
「セイジョってなんだよ…。」
「命の精霊様を崇める組織として存在する我らペルエステ神殿としてはの、その命の精霊様が主として認めたお方を聖女として信仰の対象にさせて頂くのは当然のことなんじゃよ。」
アタシがゲンナリしたのを顔を見て察したのか、ジッちゃんが笑って付け加えた。
「たまにここに顔を出してもらえさえすれば、あとは別に何も義務も責任も発生せんからの。」
「メンドクセェのは嫌いなんだよ、ったく…。」
アタシは革袋を二つ、腰のベルトに提げると神殿を後にした。ちなみにその革袋にはたくさん入るマホーと、入れたものの重量を感じさせなくするマホーが掛かっているそうで、物凄く軽かった。てか、それなら一つでいいんじゃね?と思ったんだけどよ。




