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ヤンキー娘、蜘蛛に出会う。

 食堂に顔を出したアタシを待ってたのは、もうすぐ最後の鐘もなろうかというのに繁盛した店内であった。



「もー、シオリはどうした、アネゴはどうした、ってすごいのよ。私も居るっていうのに、ひどい言い草じゃない?それでね。暇な時期に入るはずなのにこの混み様だし、シオリ目当てのおっさん共がたくさんいるから、週の半分でいいから働いて欲しいのよ。」

「ん?いいよ。半分でいいなら、冒険者も楽しめるしな。」

「そう。よかった。それじゃ、明後日からお願い出来る?」

「あいよ。」



 親爺さんがやってきて、アタシの前に肉の積まれた皿を置いた。



「収穫の時期も始まってるっていうのにな。…ああ、この辺では半農半冒険者、というかな、農閑期や手間がかからん時期に冒険者をしてる連中が多いんだよ。だから、本来今の時期は農業に精を出すせいで冒険者が減るんだ。」

「フーン。冒険者もずっと稼いでるわけじゃねえんだな。」

「そもそも冒険者なんて、一山当てりゃあその金が無くなるまで、ランクを維持するくらいしか働かねぇのが普通だからな。」



 まぁそれじゃ頼むぜ、といった感じでアタシの頭をぽん、と叩くと親爺さんは厨房へと消えていった。



「アネゴ、依頼の首尾はどうでした?」



 いつの間にか隣に来ていたジャレットがエールを手にスツールに腰を掛けた。



「それがよぅ、次々とゴブリンが沸いてよ。気がついたら奴らの集落について、ゴブリンキングとやらも倒したぜ。」

「ほほう、で、それがお宝ですかい?」



 アタシは思わず笑顔になる。



「そうなんだよ。このヘアピンとさ、背中の剣。他にもあったんだけどよ、それが喋ったりすんだよ。」

「しゃ、喋る!?」



 アタシは袋からインテリジェンスウェポン、テールゼンの誇りを取り出すとカウンターに置いた。



「これだよ、これ。なんか胡散臭くてさ、使う気にはなれないんだけどよ。」

「…ちょっといいですかい?」



 ジャレットは鞘や柄などの意匠を片眼鏡を取り出して詳しく見ているようだ。



「ははぁ、これはアレでやすねぇ。封印指定の類の一品のようでやす。」

「なんかやべえのか?」

「鑑定と調査の魔道具で眺めてみたんでやすがね、話に聞いたことのある曰く付きの魔剣だと思いやすんで、神殿あたりに買い取って貰うのがいいんじゃないですかね。確か懸賞金が掛かってるはずでやす。人心を惑わすっていう話でさぁ。」

「自分を手に入れた女が王になった事もあるだのなんだの、金も男も選り取り見取りだとかよ、確かに胡散臭えこと言ってたぜ。んなこたぁどうでもいいんだよ、って言って仕舞ったら叫びやがんの。」

「…そりゃ怪しいでやすね。」

「なー?まぁ、明日にでも行ってみんよ。依頼受ける時も今回も、サンキューな。」



 アタシが笑顔でそう言うと、ジャレットは俯いて肩を震わせた。笑ってやがんのか?と思ったら違うようで、手ぬぐいで目元を拭っていた。…なんで泣くんだよ…。


 結局その日はそのままメシを食べて体を拭ったらすぐに寝た。朝から神殿に行ってとっとと剣を手放したかったからな。



 朝、二つ鐘の音でのろのろと起きると、ここ数日に比べ暖かいことに気がついた。


 最近朝晩は冷えて寒いくらいになって居たから、すこぶる気持ちがいい。肩口からずり落ちていたダボダボのシャツを脱ぐと、最近愛用しているこちらの世界製のブラを着けた。そう、アタシが使っていたのと、元々こちらの世界にあったブラのいいとこ取りした奴なのだが、これがまた着け心地がいいのだ。デリックのおっさんに数枚作ってもらったので、これから先も安心して使えるってのがいいよな。

 デリックのおっさんの店では夜着も売っていて、いわゆるキャミソールも買えた。アタシはブラの上にキャミソールを着け、その上にピンクの、ドラゴンが刺繍されているスカジャンを羽織った。下はスリットが入ってないチェックのロングスカート。踝の上までしっかりある、アタシ好みの物である。まぁ、喧嘩にはならねぇだろうしな。


 外に出ると天気もとてもよく、ちょっと暑いかも?と思っていると、空にふよふよと沢山の蜘蛛の糸が漂っていることに気がついた。



「…あー、こっちの世界でも蜘蛛って飛ぶんだな。うぷっ」



 糸が頭に絡みつき顔に掛かったのを払いのけ、わたわたもがく小さな蜘蛛をそっと建物に誘導してやる。アタシは蜘蛛とトンボ、それに昆虫の類は嫌いじゃない。流石に毛虫やら自分に向かって飛んでくるゴキブリは苦手だけどな。特に蜘蛛は益虫だから邪魔なところに巣を作っていた時こそ巣を撤去して他の所に移ってもらうことはあるけど、その時でも殺さないように気をつけていたりすんな。

 アタシが更に飛んできて絡んだ蜘蛛の糸を払っているのを見た食堂の常連のあんちゃんが払うのを手伝ってくれた。



「シオリのアネゴ、今日は雪迎えすごいですね!たまにデケェのが来ますから、注意してください!」

「デケェのか。あの茶色いのみたいのか?」



 アタシの指差す方向を見た、食堂の常連のあんちゃんが固まる。そこには胴体だけで小降りの樽ほどもある蜘蛛が鎮座していた。



「…!あ、ありゃイリエステの幼体じゃ…。アネゴ、イリエステは知性の高い強力なモンスターです!それに、大抵幼体を狙ってでっかい蜂も来ますし、逃げた方が!」

「へぇ。…なんか可愛いけど?」

「可愛い!?」



 10本見える脚のうち、4本が半ばから白くなっていて、大きな頭にはくりくりした目が四つ付いている。全体的にふさふさと柔らかそうな毛も生えていて、ちょっと撫でてみたい。



「い、いりえ?は毒とかあんの?」

「ええ、噛まれると毒を食らうようですけど、そもそも噛むというよりは食いちぎられるような気も。」

「そっかー。毒はちょっと危ねぇなぁ。あのふさふさ感見てみろよ。撫でくりまわしてぇ。」



 アタシが悶えていると、あんちゃんは引きつった顔で私は逃げますね、アネゴもお早めに!と去っていった。蜘蛛は身繕いでもしているのか、その場でもそもそと動いていた。



「よ、よし、ちょっとなでなでしてみようかな??」



 アタシがニヨニヨしながら両手を構えて近付いて行くのに気が付いた蜘蛛が、ビクッと固まった。…そんな怖えか?と思った所に大きな羽音が響いた。振り向くとそこにはホバリングしている一匹の熊ほどもある巨大な蜂がいた。赤と黒の模様のスズメバチっぽいやつだ。

 なんか震えてるっぽい蜘蛛を背に庇い、アタシは牽制のつもりで地面に落ちていた拳大の石で首を狙って投げつける。



「ウラァ!」


ぼぎゃっ。


 派手な音を立てて首が吹き飛び、羽の動きが遅くなった後、ぐしゃっと地面に落下した。



「…なんだ、弱えでやんの。」



 拍子抜けだな、と蜘蛛の方を振り向くと、いつの間にか飛んできていたらしい二匹の蜂が今まさに襲いかからんとしているところだった。蜘蛛は萎縮してしまっているのか、身を竦めるだけの様子。カチンときたアタシは上等だよ!と突っ込む。



「アタシのもふもふに何してくれようってんだコラァ!!」



 威圧スキルが効いたのか、地面にどさどさと落ちた蜂を鞄から取り出した木刀で頭から真っ二つに…しようと思ったところで昨日も全開で使っていた影響なのか、遂に木刀が持ち手の上のところからボッキリと折れてしまった。ゴブリンキングすら真っ二つにしたアタシの木刀が…。


 折れて呆然とした一瞬を突き、一匹がブワッと舞い上がると、こちらに向かって来た。もう一匹は流石にダメージがあったのか、動かない。



『シャシャ!(危険!)』

「んっ!?」


 ザザザッと後退した蜘蛛から何か聴こえて来たけど、流石にそっちを見ている余裕もない。尾を振って針を突き出して来る蜂を拳でいなしながら、片手で鞄から茨の剣を引っ張り出す。あまり離れるとアタシのもふもふに向かうかもしんないから飛んで体勢を整えるのも難しい。鞘が壊れるかも、と思いながらも茨の剣で叩くと、蜂に茨がギュルギュルっと絡みついた。



「ふお!?」

『シュ!(今!)』



 茨が絡んだことでまたしても落下した蜂に、蜘蛛が糸を凄い勢いで飛ばし、絡め取った。アタシはもう一匹の方を鞘を払った茨の剣で首を飛ばして止めを刺した。もう一匹もとそちらを振り返ると、蜘蛛が食事をしているところだった。ぐるぐる巻きにした糸の隙間から羽の付け根の柔らかいとこに口を突っ込んでる。



「触ってもいいか?」



 顔を上げてこっちをみたところを見ると、アタシの言葉を理解しているのかな、と思う。頷くかのように頭を動かしたのを見て、アタシはすたすたと歩み寄り、頭と胴体のふさふさを撫でた。



「ふぉっ、超ふかふかで滑らかだな、おい。」



 アタシは我慢できずに脚の間から腕を通してガバッと抱きつき、ふさふさに顔を埋める。



『!』



 蜘蛛が一瞬ビクッとしたが、もう遅いぜ。アタシのもんだこれは。暫くもふもふを堪能していると、蜘蛛がアタシを乗せたままずりずりと移動した。ん?と頭をあげると数名の見覚えのある顔をがこちらを心配しそうに眺めていた。



「アネゴ、何してるんだ?」

「この蜘蛛のもふもふを堪能してんだよ。見ろ、脚も4本白くて可愛いし超クールだろ!」

「く、くーる?」

「おう!」



 超ニッコニコのアタシに呆れた顔をする者や、鼻を押さえて首を後ろからトントンするやつ、そして最近よく見る悶えるおっさん達と三者三様っていうのか?反応は様々だ。



「よし!オメェは今日から四つ足な!アタシの子分に決定だ!」

『シュ!(あい!)』



 アタシは笑顔でまだ食事中の蜘蛛の胴体をバシバシ叩くと、もう少し堪能すべく顔をふさふさの毛に埋めた。おっさん達はまだその辺にいるらしく、ボソボソと呟く声が聞こえてくる。



「羨ましい…」

「俺も抱きつかれたい…」

「俺も蜘蛛になりたい…」



 何言ってんだお前ら。


















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