4.1番気に入ってるのは、値段だ!!
朝が来た。
窓から差し込む光は気持ちが良く、ベッドの寝心地も良かった為か身体の調子はすこぶる快調だ。
しかし、心のほうはそうはいかない。昨日の夜にわかったことは信じられないことに何の前触れもなく神隠しにあって異世界にいたことだ。自分が異世界にいたことに気づくのに丸二日かかっていたのには、我ながら呆れてしまう。
運が良かったのは山道の傍で気が付いたことと手持ちの食料がギリギリ村に着くまで持ったことか。勘違いの予想を立てて三食きっちり食べきっていたので、もしこれが完全な山の中で村から遠く離れていたらと思うとぞっとする。
「まあ、オヤジの趣味でキャンプとかよく行っていたから、そこらへんに生えている草とか普通に食べれるから食料に関しちゃあ何とかなったか」
とりあえず、何事も問題もなく村に無事にたどり着いた。運が良かったのはここまでだな。
ここからは不幸のオンパレードだった。せっかく出会った第一村人からはプロレス技を極められて気を失い、意識が戻ると額の傷のせいで頭痛がし、頑張って下まで降りてみれば荷物が荒らされていた。
そして、この時会話が成立しないことに気づいた。
こちらが話しかけても首をかしげ、その場にいた俺以外の人たちの間では聞いたこともない言語で会話が成立している。テレビ番組でお笑い芸人が、外国の真っ只中に放置されヒッチハイクで目的地まで行く番組があったが、視ていたときはお笑い芸人のリアクションに笑っていたけど実際に自分がその立場になってみると決して笑えたものではなかった。
話している最中に四十路くらいのおばちゃんがご飯を出してくれた。ありがたいことに米の文化はあったらしくご飯が出てきた。そして料理も自分の口に合うものばかりでその点については助かったといえる。精神的に参っているところにゲテモノ料理とか出てきたら洒落にならなかっただろう。
話の通じない相手と接していても実際は異世界にいるとはまだ思ってはいなかった。楽観的にどぎつい方言の人たちかもしれないしと心の中で思うようにしていた。
しかし、異世界にいると決定付けたのがその食事の最中だった。調理器具の見た目は普通なのにコンロのような場所は捻るタイプのスイッチもないのに火が点いている。最初は少し不思議に思う程度だったのだが、自分を含め六人分の料理を作っていたので何度かキッチンと席を行き来しながら調理をしていた。そのときスイッチをいれるように左手をかざし、手がぼんやりと赤色の光を放ち鍋の下に火が生まれるところをみた。
魔法だ。
見た瞬間に理解し色々と勘違いしていた、いや勘違いしようとしていたことが急速に修正されていった。何故かは分からないが自分は異世界にいると。
「携帯の電波がないのはもちろんのこと、電信柱とか異世界ならそりゃあないわな」
仮に文化が発展していた異世界であったとしても同じ電波が使えるわけもなく、異世界にいる時点で電波なんて拾えるわけはなかった。山の頂上に上ったときには必死になって360度色々な方向に向かって携帯をかざして必死に電波を拾おうとしていたのは無駄な足掻きだった。
クッキングママの火の魔法を呆けた顔で見て固まっていたところに、色々とこちらの事情を察した最年長の爺さんが、これを見ろといわんばかりにパイプを取り出し空いている手を見せ付けるようにして空中に小さなうずら卵くらいの大きさの火を作り出しパイプに火をつけて吸い出す。
唖然としたところで、殺人シェフが肩を叩いてきて見ないと殺すぞといわんばかりの剣幕で木製のコップを見せ付けてくる。そして空いている方の手から今度は水が何もないところから発生し空いていたコップに水を注ぎ、あっという間にコップを水で満たす。
三連続の驚きのあと、便乗してかプロレス女が殺人シェフと同じようにこちらの肩を叩き見ないと首をへし折るぞといわんばかりに木製のコップを見せ付けてくる。ニヤリとした見た目からは想像できないようなやさぐれた笑みを浮かべ、握力で握りつぶし粉砕する。どうだと言わんばかりの満足そうな顔を向けてくる。
……正直それくらいは当たり前の生活を送ってきたので驚きはなかった。
それを見ていた金髪の優男が慌ててコップを再生していたのが一番驚いた。逆再生の動画を生で見たらこうなるのかと思いながら、直ったコップを見せてもらい角度を変えたりしてみてもバラバラに粉砕されたような跡はなく綺麗に木目が捻じ曲げられたようなこともなく元通りの木のコップだった。
金髪の優男が直したのをみて自分の結果を見せ付けていたのになんで直すのかという風に怒りプロレス女はエルボーを金髪の優男に喰らわす。壁まで三メートルほど吹っ飛び、上手に受身を取ったのかダメージは内容でプロレス女に、ごめんごめんとでも言っているかのように両手を合わせて謝っている。
その光景を見て確信する。この女はうちの従兄弟と同じ人種であると。
無駄な部分が多かったかが、平然と魔法を目の前で見せてきたため、この世界には魔法が存在する異世界だと認識できた。
「まるでこっちが魔法を全く知らないことを確信したかのようにデモしてくれたって事は、俺が魔法の使えない異世界人ってことが分かってるからかなあ」
昨日の夜には気づけなかったが、こちらの反応を分かっているかのように魔法を見せてきたということは、俺が魔法を使えないだけでなく知らないことを分かった上での行動と推測できる。
それともこの村が特殊なだけかもしれないが、状況的には帰り方がわからないので同じことだ。
---ブーン、ブーン、ブーン---
大分長いこと考えごとをしていたようで、ベットの枕元においてあった携帯が振動する音で我に返る。日時計で設定したとはいえ朝六時にアラーム設定している機能は働いたようで、半ば習慣的に携帯を手に取りアラームを止める。そして、そのままベットから起きあがり、部屋を見渡す。
食事をしている最中に異世界にいるという処理しきれない事態に精神の防衛本能が働いたのか、急激に眠気が遅いそれを見かねたクッキングママに背中を押されながら、最初に目覚めたこの部屋まで連れてこられた。どうやら、そのまま泊まっても良いと判断し好意に甘えるようにベットにダイブ。そして現在に至る。
足元には寝ている最中に誰かが置いていってくれたのか、部活に入ってから購入した大きなスポーツバック。昨日彼らが荷物を漁っていたようだが、それは物取りとかそういう類ではなくどこの誰かを調べたかったから中身を確かめていたようで、すんなりと全部の荷物が返されたようだ。
ちなみに、現代人の性か携帯電話は使えないと認識しながらも真っ先に食事中に返してもらった。
手に取った携帯の中を見る液晶の端に表示されている電波の状態は相変わらず電波の強度を示すアンテナの本数が表示されているのではなく、圏外の二文字。ため息を吐きながら、携帯のアラームの設定の変更をする。朝練に行く為に設定していた時間。帰れるかどうかも怪しい現状で、この時間にアラームを鳴らす意味はないことを理解した上で設定から解除。
アラームの時間を変更しました、の画面が出る。それを見ながら何ともいえない気分になった。
自分の認識が正しければ元の世界に戻れる宛などありはしない。
帰る方法が仮にあって探そうにもまず言葉の問題が一番大きく情報を集めようにも、これから生活をしていこうにも一番問題になるだろう。
「どんだけ難易度高えんだよ」
正直なところ元の世界に戻れることはないだろう。簡単に帰れたりできるということは、簡単にここにくることができるということにもなる。けど、現実で私は異世界に行って魔法を見ましたなんて話は頭のおかしい人か、嘘を吐いている人だけだ。仮に本当だとすると戻る為に要した時間の失踪暦があり、それで無事に戻ってきた状況などから本物であると断定されるだろう。そんな人がいたとしたら連日ニュースに引っ張りだこになり全国的にも有名になる。そうなっていないということは、元の世界に戻る事が極めて難しいことになる。最低でも来られたということは戻れる可能性も示唆するが原理も何もわからない。あいにくと自分は天才的な頭脳もなければ超人的な力も持ってはいない。
「凡人の俺には帰ることは不可能。とりあえず元の世界のことは諦めて、ここでの生活基盤をどうやって整えていくかだな」
ホームシックにはそのうちなるかもしれないが、帰れないショックで取り乱しているよりも行動することのほうが今は大事だ。焦りたい気持ちはあるがすでに丸二日以上こっちの正解にいたとわかったからには今更焦っても仕方がないなあと楽観視というか、諦めの境地に達した。
---ブーン、ブーン、ブーン---
アラーム機能を解除した今着信のない限りは鳴らない。今こうして携帯が震えているということは何か着信が入ったということだと気づく。驚きと期待の両方の感情が混ざる中液晶画面をみるとそこには
『ポン酢の賞味期限が今日まで、今のは捨てて新しいのを買いに行くこと』
「うおぁーーー!?」
カレンダー機能で設定しておいた家の調味料の賞味期限切れ告知通知だった。期待があった分のこの裏切り感に思わず叫んでしまった。今後こんなことが起きないようにカレンダー機能の方も設定しておいた情報を消去しておく。
「こんな機能他になかったよな。こんなぬか喜びは二度とごめんだぞ」
諦めていたところに何度もこんな期待のさせる出来事があっては自分の心が折れかねない。
「マツリー、マツリー!!***************?」
昨日唯一俺から成功できたコミュニケーション。俺の名前を覚えてもらえたということ。ちなみに時間もなかったので自分の名前意外は理解させることができなかった。
俺の叫び声を聞いたからか、部屋をノックしてくる音は結構強い。
とりあえず、服装に問題ないか人通り確認してからドアを開ける。そこにいたのは焦った顔をしたプロレス女だった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うおぁーーー!?」
一階が酒場二階・三階が宿舎になっている建物、その横で日課になっている朝のトレーニングの最中に上から叫び声が聞こえてきた。ちょうど真上になっているの昨日であったマヨイガの男の部屋。名前はマツリ。昨日は食事中に疲れがでたのか何度も船を漕ぎ出したので、そのまま母さんが部屋まで連れて行って休ませた。その休んでいるであろう部屋から叫び声が聞こえてきた。声をあげたのが今だに正体不明である男のものであったので急いで部屋へ向かう。
店の正面玄関から駆け込むように入る。客の朝食の準備をしていた父さんが駆け込んできた私に声を掛けてくる。
「どうした、アリー。そんな急いで入ってくるなんて」
どうやらマツリの悲鳴は聞こえなかったようだ。正体不明の人物の叫び声が聞こえていたらこんなゆっくりと準備をしているわけはない。
「外でトレーニング中にマツリの部屋から叫び声みたいなものが聞こえてきたから、ちょっと確かめてくるわ」
用件を言うだけ言って、カウンターを抜け階段を駆け上がる。背中に父さんの制止の声が聞こえるがとりあえず聞いていないようなので無視をし部屋まで行くことを優先させる。
昨日の他の客人七組はここ二階にいる。駆け込む足音に迷惑にならないように走るのをやめて急ぎ足に切り替えできるだけ音を立てずに素早く移動する。そして一階層に十五部屋ある二階の一番奥の部屋までたどり着く。
「マツリー、マツリー!!なにか叫んでいたみたいだけどなにかあったの?」
私のこえが聞こえたのか、中から動く反応があり、少ししてからドアが開く。昨日の服のままの人間が少し寝癖をつけて立っていた。一瞬なにか声を発しようとしたようだが、伝わらないことに気づいたのか悩ましげな顔をしている。言葉が通じないのはこちらも同じだが、赤子を相手にしているとか動物を相手にしているわけではない。マツリはどこかで人としてしっかりと生活をしてきた人間だ。
昨日、彼が疲れて寝てしまったので、これ以上の詮索は無駄となり料理を平らげると解散することになった。その時にビッグス爺さんが私たちに言ったこと。
「彼がどこの何者かはわからん。仮にマヨイガの人だとしてもどこかの村や町で生活をしてきたわしらと変わらん人間じゃ。難しいかもしれんが優しく接してやるようにのう」
今のとこ牢屋に入れてやるような危険人物ではないので少し様子見でいこうということになった。警備隊のケイツさんも本人を見て色々と気の毒になり同情したのか、ビッグス爺さんの意見を全面的に取り入れることにした。
そんな経緯もあり、彼の発する言葉でたまたま私たちと同じ言葉のものがあったとしても全く意味が違う為、それに腹をたてて殴るというのは彼からしたらあまりにも理不尽だと考えを改めている。なので彼が声を無理矢理出さずに身振りと手振りで説明しようとする行動に罪悪感を覚える。これは完全に私が初対面時に話しかけた瞬間に襲い掛かったので今後同じことが起こらないようにするために彼が実行している処世術だろう。
両手を元気良くふりながら一回転をし笑顔を向けてくる。自分は何ともないと伝えているのだろう。
なぜ叫んだのか分からないが、もしかして寝ぼけて叫んでしまったのかもしれない。一応部屋の中が問題ないか確認をするが特に何かを壊したとかそういうことにはなっていない。
とりあえず問題ないと判断する。そして、起きているのなら少し早いが朝食に連れて行こうと考え腕を引っ張る。すると拒絶するかのように私の引っ張る力に反発してくる。
「どうしたの?」
言葉が通じないと分かっていても彼のように無言になるのはどうにも性に合わないので私は声を出し、少し大げさなくらいに首をかしげる。これくらい大げさにしないと伝わらない可能性がある。
するとマツリは引っ張っていない方のてで自分の鞄を指差す。私がどこかに連れて行くのは分かっているようで、それに何か持っていこうということだろうか。とりあえず手を離すと、鞄のほうに行き中を漁っている。そして目的のものを見つけたのか手に持ってこちらにやってくる。
それはビッグス爺さんが触るのすら恐れていた。変な光を放っていたガラス板の大きな方だった。
軽く朝食に誘っただけだったのに、ビッグス爺さんが匙を投げた代物を持っていこうとするので少し顔が強張る。しかし、その謎の物体を持っているマツリは暢気そうな顔をしている。もしかしたらそんな危険なものではないのかもしれない。
ここはとにかく、朝食に向かうのが一番だろうと思いマツリの手を引っ張って下に向かう。
一階にたどり着く。先ほどは走り抜けるようなマネをしていたので気づかなかったが、少し早めの時間だというのに七組程の人間が朝食をとっていた。そのうち客人は二組のようで、あとは畑仕事に行く前に朝食をここで済ませる常連客の人たちだった。
「よ~、店員のねえちゃん。何だ昨日はその変な格好の男とよろしくやってたのか?」
少し柄の悪そうな男にいきなり絡まれる。昨日三人組みで泊まっていった、ここより外周部にある村から帝都のギルドに向かう冒険者。夕方から始まる酒の時間に絡まれることはよくあるが朝っぱらから酔わない相手に絡まれるとは思わなかった。
「そんなわけないでしょ。こいつは知り合いだから朝起こしに行ってあげただけよ」
「それじゃあ、あとで俺を相手にしても構わねえよな。なあに今は金はたんまり稼いできたから少しは多めにはずんでやるぜ」
冒険者関係の人間はいつもこんな感じで絡んでくる。こんな辺鄙な村には娼館などのような店はない。そこに若い私がいる酒場で飲んでいればこういった誘いは日常的に起こる。
「それなら、何か高い料理でも注文してくれないかしら。生憎と私は売りに出しておりませんので」
「そんな固いこというなよ、お宅にいい夢を見させてやろうってんだぜ。絶対後悔させねえよ」
酔っ払ってもないのにここまで絡み付いてくるのも面倒くさい手合いだ。声を掛けてくる男の後ろで二人の男がニヤニヤと下卑た目線をしながらこちらを見ている。ため息をつきながら、少し周りを見渡すと常連客連中もニヤニヤとした目をこちらに向けている。しかしこれは前の冒険者連中とは違い面白そうなことが始まったという感じの期待の目線だった。父さんも何のこともないようにこちらに気づいていながら平然と料理をしている。これくらいは自分で対処しろということだ。
「ろくでもない夢でしょ。それよりもフルコースでもどうかしら?朝食は一日の活力の元よ。今ならお安くしとくわよ」
「そんなものいらねえよ。こんな田舎で出る料理なんてたいしたこたあねえだろ。それよりも姉ちゃんみたいな上玉のほうが帝都中探しても滅多にお目にかかれねえ。俺はそっちのほうがよいね」
「そうあくまでそっちの話に持ち込むのね」
少しこの冒険者を懲らしめてやろうと身体中に魔力を巡らせ戦闘体勢に入る。そこでマツリを引っ張る為に手を掴んでいたことを思い出す。とりあえず、邪魔になるので離してあげるとマツリが後ろに一歩だけ引いたのが分かる。
何故か気になったので後ろを向くと、冒険者に絡まれていることは雰囲気で察しているとは思うがそこに焦ったような顔も怯えているような顔もなかった。ただ、成り行きを見守ろうとする観客の眼をしているが常連客のような面白いもの見たさの期待に満ちたものでもなかった。なんというかどうでも良いというわけでもなく不思議な表情をしている。
そして、私がジッと見ていると、どうぞどうぞ、という感じに手を冒険者の方に向けて促す。
誰かに似ていると思ったらベネットがいつも私が絡まれているときの態度がこんな感じだった。日常の一部であり特に気にも留めないが、どうでも良いというわけでもない。心配はしないがことの成り行きは見守る。同年代の幼馴染として育ってきたベネットがいつも取る態度。どうして、昨日あったばかりのマツリが同じような行動を起こしているのか疑問ではあるがとりあえず目の前の男たちに向き直ることにする。
「そんな変な服のやつは放っておいて、姉ちゃんのフルコースでもくれよ」
どこまでめでたい頭の持ち主なのだろうか。さっきから断っているのにどうしてここまでしつこくできるのかが理解できない。これはいつもどおりにするしかないようだ。
魔力を再度全身に巡らせる。私が道具の介在なしにできる唯一の魔法。身体強化。
自然現象系の魔法をどれか一つは使えるのが一般的らしい。私は百人に一人の割合の少し特殊なものだった。正直珍しいというほど珍しいものでもない。人口の少ないこの村にも四人いる。道具があれば魔力を流し自然魔法を使うことができるので不便はない。
「なんだあ、魔力を全身に巡らせて。もしかして、冒険者である俺を力づくでどうにかする気か?そうくるならこっちも力づくで姉ちゃんを好きにするぞ」
こちらの魔法行使にようやく気づいたのか。冒険者といっても大したことはなさそうだ。
「最後にもう一度聞いておくわ。素直に朝食を頼んでもらえないかしら。高いやつを!!」
「さっきから頼んでるだろうが。姉ちゃんのフルコースをってな!!」
自分でも頭の悪い会話をしているなあとは思う。しかし、最低限の言葉をかけておかなければこれからやる行動に周りの人間の言質というものをとっておかなければいけない。
「わかりました。望みどおりにあげましょう。フルコースを!!」
全身に魔力を巡らせているのにはわけがある。起用に一点集中をする技術が私にない。
だからこそ、その魔力を無駄にしないように全身を使う。足の踏み込み、腰の回転、肩の力みと振り、右手と右腕の強化、左腕の振り、首周りの体勢維持により全身に行き渡る力の効率を良くする。その全身の動きプラス魔法の力で生まれるを目の前の冒険者に叩き込む。
「これがオードブルよ!!」
私のラリアットを喰らい、自分の身長よりも二周りは大きかった冒険者が吹き飛ぶ。
周りで見ていた常連客から、うおぉーっと雄叫びのような歓声と拍手。私が言うのもなんだが、いつもの事ながら変な客が多い。どうして客を吹っ飛ばして歓声が上がるのだろうか。
ラリアットを喰らった冒険者はそのまま伸びているし、連れの二人は私をみて怯えている。よくある光景とはいえ冒険者をやっているくらいならもう少し歯ごたえがあっても良いのではないだろうか
「朝食のほうですけど、お値段はいりませんのでゆっくりと召し上がってください」
笑顔を向けて言ってみるが、怯えている表情は変わらない。ため息を一つ吐くと、マツリを放置していたことを思い出して振り返る。
そこには恐怖とかそういった表情はなく、ただことの成り行きを見てうんうんと頷いている。
初めて見たにしては反応が変だ。何だろう、もしかしてこういうことには慣れているのだろうかと思いつつも、階段から正反対の場所にある余り人目につかない席に連れて行くことにする。