表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神輿担ぎ  作者: 蒼崎海斗
4/5

3.おれを起こさないでくれ、死ぬほど疲れている

 気がつけばどことも知れない部屋のベットの上で目覚めた。

 部屋の中は薄暗く、首を動かし部屋ベットの横から見える窓の向こうは空が暗く、現在時刻が夜であることを示していた。

 首を動かし部屋の中を確認すると合宿場で一人一部屋づつ割り当てられた部屋に似通ったものがあるが、パッと見渡しても部屋の内装は記憶にない。ベッドは木製でしっかりとした造りはしているし、木との自分との間に敷いているマットレスのようなふかふかの部分は藁をきれいに並べ、その上に薄いシーツを被せているだけという斬新なものだった。


「見た目はひでえけど、寝心地は最高だな。ふかふかじゃ~!!」


 昨日寝たのが草の上だったから余計に今寝ているベッドが気持ちよく感じる。

 一通り心地よさを堪能してから、現在自分が置かれている状況を考察する。

 たしか、山から下山して村らしきものの入り口までは来た。そして、第一村人に声を掛けてから……どうなったけ?


「確か、男と女の二人組みに声を掛けて、そのすぐあとに後ろから誰かにスカル・クラッシング・フィナーレを極められたんだよな」


 少し口に出してみると気を失うまでのことがはっきりと思い出された。誰かも何もあの時の状況から察するに二人組みの女の方が技を掛けてきたのだろう。目の前で消えたように見える速度で俺の背後にまで回りこんだのだろう。

 普通の考えなら女の人がそんなことができるはずがないと考えるだろう。しかし、俺の通っている学校は普通じゃない。女性でも化け物みたいな実力を持っているのが多くいたため何ら驚きはない。特に一個上の従兄弟は国が主催する大会の女性の部で最年少優勝者、今の時代に山篭りをして熊を素手で殺して食べてやったと笑いながらクレイジーぶりを話す女。ここまで以上なのは多くはいないが、クラスの女子が男子と決闘をしたなどという話も普通の会話にあるくらいの日常。それが、練武市内でのことでないとはいえ女にやられたとしても驚きのない理由だ。

 

「まあ、どれだけの化け物っていっても何で俺がいきなり技を極められたのかってのが気になるな。確か俺が彼女に言ったのは電話を貸してくれってだけだったんだけどな。それにしてはキレすぎだろ」


 一番可能性があるのが電話を持ってないから馬鹿にされたとしてもやりすぎだろう。無視の居所が悪かったとか色々な要因が重なったとしても、見ず知らずの他人に大技を極めて気絶させるなんてことは普通ないだろう。情報量が少なすぎていくら考えても検討がつかない。

 とにかく、これに関しては直接本人から聞くしかない。状況的に考えて今いるこの部屋はあの二人組みのどちらかの家、もしくは知人の家の中だろうから住人に聞けば彼女の居所がわかると思う。

 とりあえず、ベッドから降りて部屋の外にでも出ようとして、ここで初めてベットから降り立ち上がる。


「うおっ!?」


 頭に鈍痛が走り、平衡感覚がおかしくなって思わず膝をつく。

 ズキズキと痛む頭に手を当てると包帯が巻かれていることに気づく。技を極められて顔面を打ったことは覚えているので、それにより怪我をし治療までしてもらったことが理解できた。


「痛みはともかく平衡感覚がなくなっているって事は、汗を掻きすぎて脱水症状の状態か、額の出欠状態が悪く血が抜け過ぎたって事か、睡眠時間が半日程度でなく結構長い間寝てたってことになるか、まあ状況理解は聞くしかないか」


 鈍痛が走る頭で心当たりを推理しつつ、眼を閉じ呼吸を整える。痛みに少し荒くなっていた呼吸を無理やり理性で通常の呼吸に切り替え、平衡感覚を取り戻しながらゆっくり立ち上がる。

 そして、何とか動けると確信してから気合を入れて、当初考えていたように部屋から出ることに行動を移す。

 部屋の暗さに動きづらいと思い証明のスイッチを探すがどこにもそういうものがないことに気づく。照明自体は部屋の天井についているのだが壁用スイッチも、紐方の垂れ下がっているスイッチも部屋のどこにも見当たらない。しょうがないので携帯を明かりとして使おうと思いバックを探すが部屋のどこにもない。手探りとはいえ小さな部屋。そしてベットと円形のテーブルと物を収納する少し大きめの棚。そのどこにも合宿用に持ってきていた少し大きめのスポーツバックはなかった。

 ついでにわかったことはベットに寝かされる際に脱がされたようでウインドブレイカーの上着は着ておらず、今は上半身はスポーツ用の吸収性の良いTシャツ一枚となっている。


「ん~、無事に寝かされているって事は物取りにあったってのはないか。結局ここから出るのが一番かな」

 

 バック探しに時間を少し費やしたおかげか暗闇に目が慣れてきた。最初からドア自体は視認できていたので別に明かりがなくても良かったといえばよかったのだが、起きていきなり知らない真っ暗な部屋っていうのは気分的に余りよくはない。

 部屋のドアまで行き扉を開ける。そして、暗闇に慣れていた自分の眼に飛び込んできたのは薄暗い照明に照らされた木製の廊下。造り的に一番端っこの部屋だったらしく廊下に続く部屋がいくつもあることが確認できた。


「合宿場のような設備か、もしかして病院か?」

 

 パッと見て、どこかの家という印象はなくなった。人を探すのに一部屋一部屋ごとを確認するのは間違いな気がした為、とりあえず廊下の先まで歩いていく。廊下をすすんでいる際にいくつかの部屋で人の気配はしたのだが、声を掛けずに進む。廊下の奥まで辿り着くとそこには階段があった。上に続く階段と下に続く階段があり、とりあえずこの建物が三階建て以上の少し大きな建物であることがわかった。規模の割に全部が木造という古いタイプの建築物かとも思ったのだが、古臭さはなく造りはしっかりとしていたことに少し違和感を覚えた。


「田舎だから木造だけのつくりってのはあるんだろうけど、結構新しめの建物でこの規模のものが木造ってのは不思議なもんだよなあ」


 違和感はおいておき階段を下りることにした。階下に近づいていくと結構な数の人の話し声が聞こえてくる。そして、階段を降りきったところで話し声が、降りてきたのが俺と分かると突然やんだ。

 木製の椅子やテーブルがあって、カウンター席もある、どこか酒場のような趣のする大きなホール。 

 営業時間外なのかテーブル席らしきところには誰もおらず、そのカウンター席には年齢がばらばらな男女が六人。二人は村の入り口で出会った男女、まあ今探していた目的の人物だ。あとは老人と、三十後半くらいの女性、フルフェイスの鉄兜と鎧を着込んだやつ。

 ……いくら田舎でもおかしすぎるだろ。鎧ってなんだよ。てか、槍も持ってるし。

 鎧男という存在に驚き声を上げれなかったこともあるが、一番の驚きはそこじゃない。

 六人目の人物、身長二メートル位の筋肉ムキムキの大男。顔面に虎にでも引っかかれたのではないかという爪跡に立っているだけで放たれる威圧感。そして、そんな見た目が破壊王の男が着ている服がピッチピチのコック服と微妙にへたれて斜めに倒れているコック帽。料理に文句でもつけようなら、キッチンに引きずり込まれて自分が料理の具材にでもされてしまいそうな気さえしてくる。

 こちらが、驚きで声も上げれていないのと同じくして、向こうもこちらを見て驚き声を掛けることができないという世界がここだけ止まっているかのようだ。

 その止まった視線の中、十二個の眼(一人はフルフェイスの兜を被っているので断言できないが)の視線を一身に浴びている俺が、このプレッシャーに一番耐え切ることができずに一番最初に視線を逸らす。そこで逸らした方向で見覚えのあるものが目に付いた。カウンターで集まっていた彼らが囲んでいるのは俺のバックの中身であることに。

 おいおい、見ず知らずの人の鞄の中身を広げるってのは常識的に考えてダメだろ。


「すいません。それ俺のものなんですけど、え~、返してもらっても良いでしょうか?」


 少しの沈黙を破りこちらからせっかく声を掛けたというのに、全員が俺そっちの気で話始める。方言がきついのか話している言葉が全く聞き取れない。 それにしても声を掛けたのに完全無視とはあまりにも扱いである。

 同じような光景を眼にしたことがある。昔クラスでハブにされていた女子でいたが、完全なハブにされた当日、クラス中の女子全員から無視を受けた彼女は昼休みにはその状態に耐え切れずに泣き出した。それをたまたま俺のところに用事があって俺のクラスにやってきたうちの従兄弟が首謀者を殴り飛ばし病院送りにするということがあった。……どう思い返してみても従兄弟の印象の方が強いが、状況的には今そんな感じだ。

 そして、過去の凄惨な現場を思い出し苦悶していた俺に聞こえてきたのは恐ろしい単語だった


「*****、*******?******、半殺しね************」


 プロレス女の物騒な発言。

 

「*****、***********半殺しね*******埋める*****」


 そして殺人シェフから同意するような発言とより危ない発言が飛び出す。

 俺が迷い込んだ村はそうとうイカレているようだ。無事に家まで帰れるのだろうか。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ありがとうございましたー。またお越しください」


 最後の客を送り出し、入り口のドアを閉めて閉店の札をかける。

 中に入ると営業時間が終わるのを待っていたベネットと、ビッグス爺さん。それと事情を聞いた村の警備隊長であるケイツさん。ケイツさんは警戒してか足から頭全身に鎧を着込んで来ているが、はっきり言って何かあった際の戦力にならないし、見た目が暑苦しいので装備一式を脱いでいてほしい。

 私が店の外の片付けをしている際に、店内の片づけをし終わった父さんと母さんが三人と一緒にカウンターで昼間運んできた男の荷物を検めている。


「どう、どこの誰かわかった?」


「いや、全くじゃ。荷物も得たいのしれんもんばかりじゃし、メモのようなものも見たことがない字を使っておる。ほれ、変な絵が描かれた素材の知れん袋や箱を見てみろ」


 ビッグス爺さんが放り投げてきたのは鞄の中に詰まっていた透明な袋に一緒くたに入っていた袋や箱。そこには見たこともない絵と文字らしきものが描かれている。中に食べ物か何かが詰まっていたのか甘いような匂いや、辛いような匂い、とにかく嗅いだ事がない色々な匂いがする。

 

「なんだこりゃ、武器か?靴に針がついてんぞ。えらい変わったもん使うんだな」


 父さんが興味を示したのは鞄の中に入っていた靴だ。一センチほどの長さの針が十本以上固定されている。針は着脱式のようで予備の針も靴と一緒に入っていた袋に入っていた。そしてその中に針ではなく先が突起のようになっている物もある。驚くことにその鉄でできているであろうものは大きさの割りにすべて均一のサイズだということだ。この靴を作った魔法技師の人はすごい技術を持っているのだろうと、父さんは関心している。

 私はあの靴を履いて歩く方が危険ではないかと思う反面。武器としては優秀だなと感心してしまった。


「あら、こっちの服もすごいわね。六着も薄着が入っているけど全部サイズが全く同じだわ。それに縫い目もない服もあるしどうやったらこんな服を作れるのかしら」


「こっちの昆虫のような艶の服もすごいですよ。どういう原理か服が伸びて元に戻ります。それに見た目以上に服が薄い割に手を入れるとどこか暖かいですね。何か付与魔法でも掛かっているのでしょうか」


 母さんとケイツさんは鞄の中に入っていた服を見て関心している。出会ったときに来ていた服はベットに運んで寝かせる際に脱がせてもらったが、今はケイツさんの手にある。昼間見たときも思ったがやはり素材からしてみたことがなく昆虫のよう艶をしており不気味だ。


「ちょっと、みんな。このままじゃあ、勝手に鞄の中身を漁っているだけじゃないか。アリーやオヤジさんも宿屋をやっているのなら客の荷物を勝手に漁ったりしたらダメだってわかってるでしょ」


 ここで常識人のベネットからストップが入る。


「何いってんのよ。客ならそうでしょうけど、どこの国から来たかわからないやつよ。身元調べてこちらの安全を確保するのが先決よ。何のために警備隊長のケイツさんを呼んできたと思っているの」


「この面子で安全確保も何もないって。ケイツさん連れて来たのは見知らぬ人が村に入れた際に警備隊へ報告義務があるから呼んだんでしょ。それよりも、もう少し気を使ってあげようよ。調べると言いながら、みんな完全に自分の興味の対象にしか眼を向けてないじゃないか」 


「ベネ坊の言うことももっともじゃな。興味が引かれるのも分かるが人様のものを勝手に漁っておるのも事実じゃからのう。とりあえず、それはこの際おいておいて、わしらが考えているよりも厄介かも知れんことがわかったぞ」


 そういうと、ビッグス爺さんが鞄の中にあった男の財布らしいものの中を見せてくる。

 そこには見たことがない硬貨が数十枚入っていた。汚れたりとか古いものとかで多少の色が違うものはあるが、基本的に同じ種類の硬貨のサイズも大きさも全く同じだという。そして刻まれている文字もどうやっているのか同じサイズ同じ大きさで刻まれている。


「これの材質は鉄じゃあないのう。見たこともない金属じゃし、どういう高度な魔法技師が作ったか知らぬが大きさも均一に作るほどの魔術を行使して作られておるのに探知魔法で魔力の残留がまったく確認できん。古すぎて魔力が抜けきったような感じもせんしなあ。それに魔力の残留を全く確認できんのはこの硬貨だけじゃないぞ。荷物全部が魔力の残留が全く確認できん」


 私は探知魔法を使えないので確かめることはできないが、母さんやベネットはビッグス爺さんの発言を確かめる為、今見ているものに探知魔法をかけ調べている。ひとしきり調べると、ビッグス爺さんが言っていたことが本当だったようで関心している。

 そして、その関心している横で眉間に皺を寄せて考え込んでいるのがビッグス爺さんと父さんとケイツさんだ。対照的な二組の反応とそのどちらの反応もできずに事の成り行きを見守るしかない私はビッグス爺さんに確認することにした。


「それで、魔力が全くなかったから何だって言うの。別にドレインか何かの魔法でもかければ物からでも魔力を吸収して発散させて全く感じさせないようにするのくらいできるでしょ」


 生活になくてはならない魔法。そしてその素なる魔力。一人ひとりの魔力の総量は大なり小なりあり、そして使い続ければなくなるのは道理。そして一般的な家庭で親がまず最初に子供に教えるのがドレインの魔法だ。魔力は木や水、空気にさえ存在する。そこから自分の中になくなった魔力を供給する為に物や空気から魔力を吸収し回復するのだ。少量ではあるが自分の着ている服とかにも魔力はあり、長いこと着ていればいつの間にかドレインの対象になっているので服そのものから魔力が感じ取れなくなっても別段おかしいことではない。


「言いたいことはわかるがのう。服とか鞄だけなら分かるが食べ物とかの残りかすや、人の手に行き来する硬貨にまで魔力がないというのはのう。仮に山で数日遭難して手持ちの荷物すべての魔力を吸収せざるを得ないくらい迷っていたとするにはあの小僧の格好は綺麗すぎじゃから考えられん。それにあの小僧自身が魔力を全くもっておらんかった。人が生きるには魔力は絶対に必要なものじゃ。なければ死ぬ。それなのにあの小僧は今は寝ておるとはいえ生きておる。なにから何までおかしなことだらけじゃが、わしが驚いた一番の問題はこれじゃ」


 ビッグス爺さんが見せてきたのは薄っぺらい手のひらサイズの小さな板だった。板にはガラスが綺麗に埋め込まれている。ガラス部分の下地は黒なこともあり形は恐ろしく綺麗に整っているのに反射率の悪い出来損ないの鏡みたいに見える。


「この板のガラス部分を触るとな、ほれ」


 ビッグス爺さんがその謎の板のガラス部分に触れると、真っ黒だった平面ガラスがいきなり光りだし、みたこともない絵がガラスに浮かび上がる。横で一緒に見ていた父さんやケイツさんは口をポカンと開けて、眼を見開き見たこともないようなみっともない顔で驚愕している。恐らく私も同じような感じをしていたと思うが、先に二人の顔を見たおかげで早く見た目だけでも平静を取り戻せることができた。危ない、危ない。


「ビッグス爺さん。いったい、何なのそれ?」


「さあてのう、これがどういったものかは分からん。ただじゃ、こうして光を放っておるのにこの板からは魔力が全く感じられん。光を放っていなかったものが、光を放ついう動作をしておるのにありえんことじゃ。鞄の中に似たような板がもう一枚、これよりも倍くらいの大きさのやつがあるんじゃが、そっちのほうは光が全く出なかった。見た目は壊れておるように見えんので調べてみたいんじゃが下手に触れて壊してしまっては持ち主に悪いし、それ以上に得たいが知れんので恐ろしいわい。少しでも魔力があれば探知と解析でなんとか分かるんじゃがのう」


 確かに小さな板から出ている光は異様だ。光っていなかったときは黒い色をしていたのに何故か光ると見たこともないよう色彩の海がこの板一面に映し出されている。こんな田舎で住んでいるからといって別段世間知らずというわけではない。むしろ行商人が行ったり来たりする中継点の村であるので、むしろ帝都にいるよりも珍しいものを見て育ってきた。

 そんな私、いや私以上に長いこと宿をしている父さん。そして昔帝都の中央にいて博識なビッグス爺さんですら、あの男が所持していたものは何一つとしてみたことがないと断言する。

 

「ビッグス老、どうしましょうか?警備隊としては正直なところ手に負えませんね。用途は分からないとはいえ荷物全部が下手をすると国宝級なものばかりです。そんな持ち物を持っている人が単なる旅人とは思えませんし、こんな高価なものを大量に持った間者なんてのもありえません。ましてや、護衛も持たない貴族とも思えません。かといって、特別罪を犯したわけでもないのに拘束してわかるまで調べようとすれば、恐らく数ヶ月単位で調べないことには現状では結論が出ないと思われます。それで全くの善人であった場合に申し訳ない」


 ケイツさんが荷物からざっくりと確認しただけでも珍品揃いの物を数多く所持している男の素性は、どう考えても数日では辿れないと結論を出す。最悪何もしていない人間を長期的に拘束することになってしまうので後々体裁が悪くなる可能性があり、警備隊として手に余ると判断した。

 この意見には私も賛成だ。山から何事もなかったかのように歩いて下山してきた男。わずかな時間の邂逅だったとはいえ焦っている素振りは微塵も感じなかった。むしろ暢気にこちらに声を掛けてきたくらいだ。そんな男がこの何もない村に何らかの悪さをしに立ち寄る可能性はない思う。

 しかし思い返せるのは邪気のない顔で人の気にしていることをさらりと言ってきたことだ。


「それなんですけど、最初あの人がこちらに声を掛けてきたときに聞いたこともない言葉で話しかけてきたんですよ」


 隣で衣服を母さんとしきりに調べていたベネットがこちらの会話に割り込んでくる。


「はあ、何行ってるの?いきなりあの男私のこと馬鹿にしてきたでしょ」


出会い頭に人の事を豚女やペチャパイ女だと馬鹿にしてきた人間は初めてだった為、強烈に記憶に残っている。そんなこともあり、現在男は私の手によってベットの上で寝ていることになったのだ。

 しかし、ベネットは私の考えとは逆のようで、私が強烈に記憶に残った言葉以外の部分に注目していたらしい。


「それは全体の言葉の一部でしょ。アリーはその一部の言葉にだけ反応して切れちゃってたから、やっぱり気づいてなかったんだね。大陸のはずれとか、海の向こうの国とかでも方言はあっても共通の言葉で話しているでしょ。けど、あの人の言葉は一部を除いて発音から何から聴いたことがない言葉をさも当然のように使って話しかけてきたんだ」


 行商人とかここから半年もかけて遠くの国から帝都に行くためにこの村を通過することはある。

 その人たちはその国によって独特の訛りがあったりするが、最初から最後まで何とか聞き取ることはできる。

 そして、思い返してみると確かにあの男が話していた言葉は一部の単語しか聞き取ることができなかった。これはいったいどういうことかと一瞬考えたが、こちらが思いつくよりも早くベネットが答えを出す。


「もしかしたら、あの人は本とかに出てくるマヨイガの人じゃないかなって」


 子供の頃から読むことができる絵本。その話の内容は大まかに三種類。伝説の英雄の活躍を子供に分かるように脚色したもの、有名な冒険家が未踏の地へ訪れたときの冒険譚。そして、三つ目は、この世界のどこかにあるかも知れない不思議な家の話。山や森で遭難した人が、見たこともないような家と見たこともないような服を着た人間が食べたこともない食事を振舞ってくれるという不思議な話。迷った家がメインの話なので通称がマヨイガ。

 他二つの話以上に絵本作家の創作意欲が沸くらしく、意外にも種類的にも多い。

 私も何冊か読んだことはある。しかし、創作物だったこともあってかきらびやかな服に、豪勢な食事とお城のような家の絵本だった事もあり、見たこともない野暮ったい服装に単身山から下りてきたので今までマヨイガのことについては考えが直結しなかった。

 しかし、直結したとしてもこの考えが正しいとは思わない。


「あれは御伽噺でしょ。しかも完全な創作。」


 創作。つまり作り話。脚色した勇者の活躍のほうは実話が混ざっているが、マヨイガについては完全な創作。酒場に来ていた絵本作家に直接聞いた話なので間違いないだろう。その作家は今回はどういう服を描こうかや、どんな家を考えようかなどが楽しく、想像力を養うために旅をしているらしかった。

 マヨイガの絵本は子供たちからの人気だけでなく、創作で出てきた料理や服、家などの参考になるので料理人や服屋、建築家にも需要があったりもするので話を書く上ではこれほど都合の良いものはないと高笑いしていた。


「確かにマヨイガの話は創作じゃ。しかし、あの小僧についてはその本物である可能性が高いのう。もっともこちらが想像しとる以上に特別で特殊なことのようじゃが」


 ベネットの意見に賛同するビッグス爺さん。それに続くようにケイツや父さんまでが、マヨイガの人間であることを肯定するように頷く。

 そして私は単純なことに気づく。


「あいつ、無一文ってこと」


「まあ、そうなるね。ってそこで気づくのが無一文なの!?」


「そりゃあ、そうでしょ。怪我は私のせいもあるかもしれないけど、部屋まで用意して今は泊めてるのよ。払うもの払ってもらわないと、商売なんてやってられないわよ。店に来た酔っ払いとかだって殴り飛ばしても宿代はいつもきっちり払ってもらってるんだから例外なんて嫌よ」


「嫌もなにもいつもの酔っ払いならともかく、今回はアリーがいきなり手を出したんだから良いじゃない。それに最悪ケイツさんに引っ張られるのってこの場合だとアリーの方じゃないかと思うんだけど」

 

 同じような状況に自分がなった場面を創造してみる。自分が言葉が通じない相手に声をかけて、何も返答も返されずに投げ飛ばされる。


「……想像以上に最悪なことをしたわ」


 その時だった。酒場の上に位置する宿舎として使っている部分に続く階段。そこから誰かが降りてくる音が聞こえた。本日、上の階に泊まっている客は七組。建物は三階建てで部屋数が一階当たり十五部屋あり最大で三十組までが収容可能であるので決して余り泊まっている状況ではない。

 その中の誰かではあるが、まあ今話している男ではないだろう。ビッグス爺さんが安静のために起こさないように朝まで眠れる魔法を使用したのだ。だからこうして、荷物を検めていることが実行できるわけなのだ。

 しかし、その予想を裏切って階段前に現れたのは問題の男だった。

 男を含めて全員の動きが止まる。

 眠りの魔法をかけたのは全員が知っている。それなのに平然と現れたことに驚いている。魔法をかけた本人のビッグス爺さんは腰を抜かしていないか少し心配である。

 少しの間店内が静まり返る。酒場でもあるので人がいる間にここまで静かになるのは珍しい。

 そして、その沈黙を破ったのは目の前の男だった。


「*****。************、*~、************?」


 そして、はっきりと聞こえた。聞こえているのに言葉が全く理解できない言語で話していることを。

 先ほどの会話のままだとこの男は、マヨイガの人ということになるのか。


「今の小僧の言葉を理解できたものはおるか?」


 初めて彼が話しているところを聞いたのはビッグス爺さんと、ケイツさん、それに私の両親の二人だ。四人は全員が否定するかのように首をふる。今回については私も確認できた。いや、言葉が全く分からなかったので確認というのも変な話だが、男がさも当然のように話す言葉はここにいる誰も理解できないとういう事実。


「それで、この男どうするの?言葉分からないし、無一文とかどうにもならないんだけど」


「そうだなあ、けど怪我したのはアリッサのせいだから無一文でも留めてやるのが人情ってもんだろ」


 正直にいうと男が降りてくる直前に自分の行動に少し後悔していたので、自分のお小遣いからでも宿泊代くらいは出しておこうと考えてはいたのだが、今更な気もしたのでこっそりと行うつもりだ。

 とりあえず、声を掛けられたのに全員が無視しているような状況になっているので、お詫びの意味も踏まえて今度は優しく声を掛けようとして、男の方を向く。

 そこで見た男はこちらを絶望したような表情をして怯えていた。

 いったい今の間に何があったのか分からないが、これから色々と話すのにも苦労するであろうことを予感させるには十分な光景だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ