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神輿担ぎ  作者: 蒼崎海斗
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2.異質な男

 ここはレクター村。四方のうち三方が山で、南の方だけが海。

 とはいっても海までの距離は遠く、歩いて一時間は掛かる。休日のピクニックがてらに行くには程よい距離をしている為、道中や海での監視に小さな子供が遊びに行くときには当番制で付添い人をたてている。それが今年は雨が多く自分の当番が回ってこなかったこともあり海に行くことができなかった。

 個人的には山の方が好きなのだが、毎年見ていた景色を見ていないというのは少し寂しい。


「久々に海までいこうかしらねえ」


「現実逃避はいいから、止血くらい手伝ってよ」


 先ほどいきなり暴言を吐いた謎の男が地面に横たわって気絶している。

 今はベネットが地面に打ち付けた際にできた額の裂傷部の手当てをしている最中で、簡易的な診断によると後頭部にはコブができている。しかしそれよりも額の裂傷については打ち付けた際に石の鋭利な部分と運悪く接触したようで、額の治療を優先している。


「いや治癒魔法って、私全く使えないから」


ベネットが謎の男の額部分にあてている手が緑色の治癒魔法の光を放っているのを見ながら、こういう場面での自分の無力さを再認識する。私は村でも一番の魔力量を持っていながら、それを使うのは物を破壊したりする魔法の行使に特化してる。この辺境のレクター村においてはあまり意味を持たないことを昔から気にしている。


「知ってるよ。だから治癒魔法できないかわりに止血してって」


「唾でもつけときゃ直るわよ」


「そんな軽症じゃないって。もういいから、ビッグス爺さんを呼んできて」


 ビッグス爺さんとは村一番の治癒魔法師で、村に重度の怪我人が出た時はビッグス爺さんを頼れといわれている。実家が酒場のため結構な頻度でビッグス爺さんにはお世話になっている。

 ベネットがビッグス爺さんを呼ばなければいけないほどに、謎の男は重症らしい。自分の知る限りでは村の中でベネットはビッグス爺さんについで二番目に治癒魔法を使用するのが得意なのだが、そのベネット自身が手におえないと判断するくらいに重症のようだ。

 とっさとはいえ、怪我の原因は自分にあるので急いでビッグス爺さんを呼びに行くために駆け出す。

 幸いにもビッグス爺さんの家はすぐそこだったので一分も掛からずに辿り着き、ドアをノックする。


「ビッグス爺さん。急患!!」


 こちらの声が聞こえたのか、すぐにドア向こうに気配がし、すぐに行くから少し待てと皺枯れた怒鳴り声が聞こえた。そして、準備ができたのかドアが開きビッグス爺さんが出てきて、呼んだのが私と分かると嫌そうな顔をする。


「なんじゃ、またアリ坊か。わしはおまえ専属の事後処理要員じゃないんじゃがのう。これで今月七回目じゃったかね?」


「十一回目よ。ビッグス爺さん、ちょっと頭の方が心配ね」


「わしはおまえの行いの方が心配じゃ。それで、また酒場にきた行商人か?それともアリ坊の父親か?」


「どっちも違うわよ。すぐそこだから、ほら鞄貸して」


 ビッグス爺さんも手馴れたもので、用意していた治療の為の道具が入った鞄を私に投げてくる。こちらも慣れたもので地面に落ちる前に空中で受け取る。ずっしりとした重みがある。最近持った中で一番の重みがあった。


「なにか今日の鞄重いわよ?」


「最近ボケがひどくてのう、説明書を読もうかと」


「治癒魔法使うのにそんなものいらないでしょ」


「冗談じゃて、回診に回ろうかと思っておったところじゃから荷物が多いんじゃよ」


 レクター村に医者はいない。医者のかわりを勤めるのがこのビッグス爺さんで村のお年寄りに週一回の割合で村中のお年寄りの家を回診している。どうやら今日は週に一回の回診日だったようだ。


「先に回診に行く?」


「いやいや、おまえの方は急患じゃろうて」


「自分でやっておいてなんだけど、あまり助けたくもないのよね」


「むやみに暴力は振るうなと、昔から言っておるじゃろうが。それより急ぐぞい」

 

 ビッグス爺さんを引き連れて、ベネットのいる村の入り口付近まで戻る。

 そして、謎の男をみるなりビッグス爺さんが、高齢者特有の皺だらけの顔をより顕著にさせて悲しそうにつぶやく。


「残念じゃが、いくらワシでも死人は治せん」


 ビッグス爺さんは謎の男を見るなり、そう判断を下す。 

 とっさとはいえ、人を殺めてしまったことを少し後悔する。


「いやいや、生きてるから。ビッグス爺さんもふざけてないで何とかして」


 悲嘆に暮れていた私たち二人はベネットの発言に、はっとする。


「な、なんじゃと。じゃが、その遺体からは全く魔力が感じられんぞ」


「だから、勝手に殺さないでくださいって。僕は眼で魔力確認できる能力はありませんが、普通に生きていることくらいは触ればわかります」


 ベネットの発言を聞き、ビッグス爺さんは倒れている男の横に迅速に近づき右腕をとり脈を測ると驚き、今度は心臓に手をやり納得する。


「確かに生きておる。しかし、この小僧からはこうして直接触ってみても全く魔力を感じ取ることができんのう。ベネ坊よ、治癒魔法は効いたか?」


「それが、全く治癒魔法が効きませんでした。額の裂傷くらいならすぐに塞ぐことができると思っていたのですが、何度やっても治癒している感じがしないんです。」


 なので止血を頼んだのにアリーは全く手伝ってくれないし、と聞こえたの気のせいとしておく。

 触診しながらビッグス爺さんは、ふむふむと頷きながら全身を調べていく。そして、一通り確認しえ終えると、自分の答えに疑問を持つようにポツリと衝撃的な発言をする。


「ふ~む、長年生きてきておるが、こんな奴は初めてじゃ。……こいつは魔力を全くもっておらん」


 ビッグス爺さんの発言にベネットと私は絶句する。

 この横たわっている謎の男は、着ている服装も異質であるなら人としての存在自体も異質である。 

 生きていく上で必要不可欠な力、魔力。身体を動かす際に魔力をこめることで身体能力を向上させる為、そこらにいる虫ですら微量の魔力を持ち、その力を大なり小なり利用することによって生きている。人間にとって魔力とは身体能力の向上に用いるだけでなく、この力がなければ今の世の中ろくに生活道具も扱えない。朝顔を洗うときの水、料理をするときの火、夜暗くなったときの証明の光、生活道具に魔力を通すことによって道具は機能を発揮する。

 そして、それを道具を介さずに力を行使する魔法。


 「それで良く生きて来れたわね」


 魔力を持たない、それは道具を使えない原始的な生活をしてきたことを示す。

 ふと考えたのは、魔力を持たずにどうやって魔獣のいる山を越えてきたのだろうかと。


「二人とも何考えてるか知らないけど、早いとここの人の治療してあげてよ」


「そうじゃのう。しかし、魔力をもたんということはじゃ、普通の治癒魔法じゃどうしようもないのう。アリ坊よ、鞄の中から包帯と溶液の入ったビンを出してくれんか」


 治療方法を少し迷ったビッグス爺さんの支持を受けて、鞄をから包帯と何の溶液が入っているのかわからない小瓶が三本あったので全部取り出して渡す。

 受け取ったビッグス爺さんは小瓶を太陽の方に向けて透かし中身を確認するとコルクを開ける。傍にいたので小瓶が開くと酢のものに近い匂いがあたりに広がる。


「何のビンよ?」


「魔力の少ない子供や老人の擦り傷用薬草を煎じて液体で溶かしたものじゃ。これなら、魔力関係なく傷口の処置ができるのでな。まあ、言うても傷の消毒に過ぎんがのう。あとは止血じゃな」


 私に説明しながらも慣れた手つきで、男の額にビンの中身の溶液を漬けた布を包帯で力いっぱい巻きつけ固定し止血する。その間ビッグス爺さんからは何の魔法行使も行っていない。よくビッグス爺さんの治療には立ち会うけど今回のような治療をみるのは初めてだった。

 怪我をすれば治癒魔法の使い手を呼べが、常識であり誰もが当たり前に考える普通なのだ。

 今意識のない男は魔力を持たない。こういう治療を当たり前にして生きてきたのだろうか。


 一通りの治療が終わるとベネット爺さんは探知系統の魔法を発動させ男の状態を確認する。

 やはり血が足りんか、と呟くとどうしてか私とベネットにも探知魔法を行使する。


「アリ坊よ。少しおまえさんの血をもらうぞ」


「お断りします」


「即答で返すな、原因はアリ坊なんじゃろうが。それにわしやベネットの血じゃあ、この倒れている小僧に合わんのじゃよ。ほれ、少しその有り余ってる血を提供せい。少しくらい抜けたほうが大人しゅうなって酒場の客も安全じゃろう」


 ほれ採るぞと、私の腕を無理やりとってみたこともない魔法行使を始める。吸収と水系統の複合魔法のような気はするが、どこかが違う。

 失礼と、ビッグス爺さんがいうのが聞こえたかと思うと掴まれた手首の部分に痛みが走る。ビッグス爺さんがいつの間にか指の部分のみに風魔法をまとって切り裂いてきたのだ。振りほどこうとしたのだが、目の前の不思議な光景に動きが止まる。


「これって、私の血?」


 私の腕から零れ落ちるはずだった血がそのまま空中で浮かび上がり、だんだんと大きな赤い球を作っていっている。流れているときは真っ赤な色をしている血も塊が大きくなっていくにつれて黒ずんでいく。初めて見る不思議な光景に眼を奪われる。

 そして、見つめているとだんだんと意識が遠のいて……

 

「いかん、少し採りすぎたわい。ベネ坊、わしは小僧に輸血せんとならんからアリ坊の止血を頼む」


「加減はしましょうよ。てか急患を増やしてどうするんですか」


 意識を手放す直前にベネットに支えられる。恨みがましくビッグス爺さんを睨みつけるが、ビッグス爺さん自身はどこ吹く風といわんばかりだ。ミスのように言っていたが、実際のところは私に対するお灸であったのではないかと思う。

 私が睨んでいる最中も、ビッグス爺さんの治療は進む。私の血液の塊が私から吸い取ったときとは魔逆の光景がそこにはあった。血液球から男の額の方に血がゆっくりと流れていく。魔法で傷口に直接血を送り込んでいるようで、包帯部分も流れ込んでいる部分のみに血が染みこんでいる。


「包帯巻く意味あったのかしら?」


「止血だから包帯を巻いておかないとだめでしょ。それにしてもどうやったら、あんな精密な操作ができるんだろ?」


 こちらが感心している間に、血はすべて男にいきわたったようでビッグス爺さんが立ち上がり探知魔法で男の状態を確認する。問題のないレベルまで回復したのか満足したように頷く。

 そして、今更のように服装を調べだす。


「それにしても、けったいな服じゃのう。見たこともない素材じゃて」


 男が着ている昆虫の外皮のように黒光りし柔らかい素材の服を触りながら思案しながらベネット爺さんは呟く。それについては私たちも同意見なのだが、まさかビッグス爺さんですら知らなかったとは思わなかったが。


「ビッグス爺さんでも見たことがないんですか?」


 私と同じ事を考えていたベネットが先にベネット爺さんに尋ねる。


「ないのう。色々な移民を帝都で見てきたがこんな服装を見たのは初めてじゃ」


 ビッグス爺さんは昔帝都の中央で働いていたと聞いたことがある。私たちが見たことがないこの男の服装についても知っているのではないかと思っていたのだが、どうやらビッグ爺さんでも見たことがないらしい。


「やけにその服仕立てが良いみたいだけど、どこかの貴族とかってことは?」


 ベネットに指摘されてビッグス爺さんも男の服を触って先ほどよりも細かく確認をする。


「ほう、確かにこれはすごいのう。どういう素材かは検討もつかんが縫い目が恐ろしく細かくて均一じゃ。相当な貴族でないとこんなもの持っておらんぞ。しかし、そうなると従者も連れずに一人でこの村に来るというのも変な話じゃしなあ」


「倒してみてなんだけど一人旅できるような実力者じゃなかったわよ、そいつ」


 背後をとった時もこちらの動きに全く反応できなかったこともあるが、敵意を向けても何の反応もなく対峙したときの威圧感が全くというほどなかった。荒事の経験などないのだろう。そういう意味では貴族である可能性のほうが高いかもしれない。


「……はやまったかしら」 


「今更遅いわい。とにかくアリ坊の店にでも運んで休ませてやれ。アリ坊丁寧に運ぶんじゃぞ」


「あんたのせいで貧血なんだけど」


「いつも気合、気合って自分で言っておるじゃろうが。ほれ急患を運んでおけよ、わしは一応警備兵のところに報告してくるわい。それと運んだら小僧の後頭部にコブができておったから氷かなにかで冷やしておけよ」


 ベネットに支えられている自分をみて鼻で笑ったあと、本当にビッグス爺さんはその場を立ち去って行った。

 

「……えーっと、アリー。僕が運ぼうか?」


「ベネットじゃあ運べないでしょ。まあ、気合を入れれば何とか動けるでしょうから、私が運ぶわ。あなたは鞄の方を持ってきて頂戴」


 横たわる男の側にこれまた妙な形と素材の鞄が落ちている。中に何が入っているかは知らないがベネットでも運ぶことができるだろう。

 気怠さの残る身体に気合をいれて、ベネットの支えから離れ倒れている男を背中に担ぐ。

 さっき投げたときにも思ったが、身長は私と同じくらいのようで、背負うのも問題ないようだ。

 経緯はどうあれ、怪我がたいしたことはないといっても治癒魔法が効かないのであれば何日かかるかわからないがその間はうちの宿のお客さんということになるだろう。

 なぜいきなり暴言を吐いてきたのかはわからないが、客ならば少しだけ扱いをまともにしてあげようかと思う。

 

 「なにはともあれ、ようこそレクター村へ」


 背負った何から何まで異質な男が起きていても聞こえるかどうかわからないほどの微かな声で歓迎する。



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