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Walker  作者: かぼちゃ団長
祓魔師襲来
9/15

特訓

 時刻深夜1時、Walker地下格技室。

「図書館の地下にこんな所が……」

 隼人は御堂らに案内された施設に驚くばかりだった。

 部屋の中は学校の体育館程の広さがあり、奥の倉庫から必要な道具が取り出せるようになっているようだ。

(ここで俺は2時間みっちり鍛えられる訳か……)

 約30分前。

「――で、まず穂神湊の弱点なんだけどこれは簡単よ。多対一の近接戦闘」

 そう言うと千由里は理解が追いつかないメンバー達へ更に説明を続ける。

「えーと、じゃあ順を追って話すわ。まず聞くけど隼人君、なんで穂神湊は聖具という絶対的な武器を持っているにも関わらず、最初からそれを使わなかったのかしら?」

 千由里が隼人に尋ねる。

「え……うーん、俺が弱いから使う必要性を感じなかったんじゃないですかね?」

 自分で言っていて悲しくなるような推測を隼人は答える。

「うん、そうだね。君は弱い。でも逆、それこそが彼女が銃を使った原因だったんじゃないかな?」

「どういう事ですか?」

 隼人はまだ千由里の言っていることが理解できない。

「フェーズの特性を思い出してみて。あれは対象者と自分の力量差によってその効果が変わるでしょ?」

「……! つまり、俺が弱かったから逆にフェーズの効果が薄れてしまったっていう事か!」

「まぁ、最初からそういう状態ではなかったと思うわ。彼女も相当綿密な準備をしてきた筈だから。おそらくは最初の彼女の攻撃の時、あの時のフェーズが最大だったんだと思うわ。でも、彼女はあなたを仕留め損ねた。そのフェーズを維持できる12秒があなたを殺せる時間だったのに」

 だんだんと隼人にも話が見えてきた。

「まぁ、そんな訳で攻撃をうけて弱ってしまったあなたは既に彼女よりも弱くなってしまい、穂神湊は聖具を使うしか無くなってしまった。」

 成程と隼人達が納得していると、千由里は人差し指を立てて左右に振り、さらに話しを続ける。

「いやいや、こんな状況解明自体はさして重要じゃない。重要なのはフェーズが使えなくなった途端に聖具にシフトしたという点。あまりにも極端すぎると思わない? 本来、一般的かつ集団的な場所となる学校で銃声を鳴らすリスクは計り知れない、彼女もそれはわかっていた筈。それに聞く限りだとかなりその時は隼人君、弱っていたそうじゃない? 他に殺せる方法なんていくらでもあったんじゃないかしら?」

 確かにその通りだ。あの状況なら他にも自分を殺す方法はいくらでもあった筈。隼人はその時の状況をうっすらと思い出しながらその違和感に今更気付かされる。

「おそらく、彼女にそうさせたのは私達禁人(タブー)への過大認識」

「過大認識……?」

「そう、彼女は普通の方法では禁人(タブー)は死なないと判断したんだと思う。私達だって通常はナイフや爆弾で簡単に死んじゃうんだけどね。誰かからそう聞いたのか、そう思い込んでいたのかはわからない。でも彼女は隼人君を殺すには聖術か聖具しかないと考えていた可能性が高いわ」

 春吉が説明した状況からそこまでの推測ができるとは只者じゃない、と隼人は驚嘆の眼差しで千由里を見つめる。

「つまり、聖術と聖具の2つを封じてしまえば彼女は私達と戦えなくなる、という事になるのよ」

 一同はその千由里の言葉に微妙な反応を見せる。最後に落ち着いた結論が結局全員のわかりきっていたものだったからだ。

「えーと、千由里。その結論は皆言わずともわかってる。そりゃ、あいつの怖い所はフェーズの加護強化と聖具だからな」

 亮が皆の気持ちを代弁するかのように若干遠慮がちに千由里に言う。

「いや、わかってないわね。この彼女の過大認識こそが最大の弱点。これがわかっているのとわかっていないのとでは大きく違うのよ」

 誠はそれを聞いて何かに気付いたのか、かすかに微笑むと亮と千由里の会話に入ってくる。

「つまりは図らずもこの勘違いのおかげで彼女の行動は制限されている、そう考えていいのかな?」

「どうやら誠はわかったようね。そう、彼女が私達を聖術と聖具でしか殺せないと考えている以上、逆に言えばそれ以外の手段は使ってこない。彼女の聖術と聖具についてはもう割れているし、それがわかれば動きも容易に推測できる。行動が決まっているNPCも同然、勝手な思い込みで彼女は自分で自分を縛っているのよ」

 ようやく隼人は千由里が何を言おうとしているのか理解した。この弱点がわかっている事で今の状況に大きな希望が生まれる。

「じゃ、本題に入るよ。フェーズの弱点に関してはもう大体皆察しが付いているだろうけど2人以上と戦う事。フェーズの加護強化が発生するのは対象にした1人に対してだけだからね。2人の敵に同時に使えないという大きな弱点があるわ。問題は聖具の方だけど……」

 ここで千由里は一旦言葉を切る。皆は不思議がって千由里の様子を伺う。

 千由里は何かを考えこんでいる様子だったが諦めたように首を振ると話しを再開する。

「これは、とてもリスクが大きいけれど、銃に関しては距離を詰めて制圧する以外に方法はないわ。でも相手を囲むように多人数で同時に攻撃を仕掛ければ……誰かが撃たれるかもしれないけど確実に制圧できる」

 千由里の言葉に緊張感が漂う。

 当然だろう、死ぬという可能性がその作戦には濃厚に現われているのだから。

「私の作戦は隼人君と春吉を軸にした少人数での奇襲。でもそれには高度な戦闘技術と『覚醒』が求められるの。でも今の隼人君は『覚醒』もしてないし、戦闘慣れしてるって訳でもない。この作戦は危険すぎるかもしれない……」

 と千由里が黙り込んでしまった時、不意に扉の開く音が聞こえた。

「駄目だな。そんな事では何日掛かっても良い作戦は生まれない」

 突如響いた芯の通った低い声に全員が扉の方を向く。

「健一郎! てめぇ、今までどこに行ってやがった!」

 その黒いフードパーカーに身を包んだ20代前半に見える青年に対し亮が激昂する。

 青年の名は健一郎というらしい。おそらく彼がWalkerの最後の1人なのだろう。

 身長は175cm位で目と目の間に長い髪が垂れている。何よりも異質なのが彼の瞳が血のような真っ赤な色をしている事だ。あの目からは妙な威圧感を感じる。

 健一郎は亮の声を意に介さず、

「千由里、勝つための作戦にリスクが生じるのは当然のことだ。しかし、そのリスクに怯えていてはその先に勝利はない、わかるな?」

「仰るとおりで……」

 千由里は落胆した表情を見せる。

「自身の作戦で仲間にリスクを負わせるという参謀としての覚悟、それがお前には足りていない。まぁ、新入りは簡単には死なねぇよう鍛えてやる。だから、その間にお前は参謀としての覚悟とそれに見合った作戦を立てて見せろ。安心しろ、この中の全員がお前の作戦に命を預ける覚悟は出来ている。後はお前だけだ、千由里。」

「……わかった、任せて!」

 健一郎の言葉に千由里は活気を取り戻し、紙とペンを持ってきて作戦を練り直し始める。

「亮、光太郎。お前達は新入りと一緒に格技室に来い。新入りに最低限の生き残る術はたたき込んでやらないとな。後、希望は薄いが『覚醒』の方もな」

 次に健一郎は亮と光太郎に指示をする。亮は何か言いかけるが、光太郎に口を塞がれ何も喋れない。

「了解した。だが、それだと最低3日はかかる」

 亮の口を塞ぎながら光太郎が健一郎に返答する。

 最低3日という言葉を聞いてこれから隼人が何をするのかよからぬ想像をしてしまい、背筋が凍る。

「わかってるよ。今夜で決着つけたいって言うんだろ? まぁ、長期戦は不利だから俺もそれに賛成だ。だから時間は2時間だけでいい。それで作戦に必要な技能だけ修得させる」

「かなりスパルタになる。死んだらどうする」

「できなきゃどちらにせよ死ぬだけだ。賭けてみるしかないだろう、そこの新入りに」

 何やら2人で物騒な話をしている。しかし、話に追いついていない隼人は黙って聞いているしかない。

「まぁ、何にせよ決めるのはこいつだろ」

 そんな隼人に健一郎は急に話を振ってくる。皆が何の事を言っているのかあまり理解している訳では無い。だが、隼人の答えは既に決まっていた。

「……やります」

 今日中に穂神を倒せなければおそらく勝ち目はない。相手は自分達を狩るプロなのだから。健一郎も言っていた通り長期戦は圧倒的に不利だろう。

 それに今日は学校に登校して理子に元気な姿を見せて安心させたい。いや、しなければならない。

 確証はないのだが、それができなかった時、自身の日常に決定的な綻びが生まれてしまう、そんな予感を感じ取ったのだ。

 詰まる所、隼人にはもう逃げる選択肢は無かった。

「よし、いい覚悟だ。ついてきな。御堂さん、格技室使わせてもらってもいいか?」

「ああ、構わないよ」

 御堂は2つ返事で了承し、カウンターから鍵を持ってきて健一郎に渡す。

「私達はここで待機して千由里君の指示をあおごう。何か変更があれば知らせよう」

「ありがとう、御堂さん。じゃあ行くぞ、3人とも」

 鍵を受け取って健一郎が隼人達に声をかける。

「隼人君。辛いかもしれないがそれでも前に進みなさい。決して立ち止まってはいけないよ」

 御堂の重みのある言葉を背に受けて隼人は部屋を出た。

――こうして現在に至る。

「よし、じゃあ時間もないし始めるか。隼人、だっけ?」

「は、はい! お願いします!」

 と緊張気味に返事をする。

 すると、健一郎はハハッと笑い

「おいおい、身体固まってるぜ。もっとリラックスしろよ。じゃ、亮、始めてくれ」

 するとそれを合図に亮がゆっくりと迫ってくる。

「え!? ちょっと何をやるかまだ聞いてないんですけど!」

 隼人は慌てて健一郎に尋ねるが彼は含み笑いを浮かべ、

「いや、ちょっとしたストレッチだよ……痛みに耐えるためのな」

「……え?」

 次の瞬間、隼人の腹部に強い衝撃が走る。腹部を見るとそこには亮の拳が見える。

「かっ……はぁっ!?」

 隼人はそのまま軽く2m程後ろに吹っ飛ばされる。

 なんて重い一撃だろう、未だに鈍い痛みが腹部を襲い、何度も胃の中をぶちまけそうになる。

 そうしてもがき苦しむ隼人を見て健一郎は、

「おいおい、そんなんじゃこの特訓終わる前に死んじまうぜ? お前は今から少なくとも後9分間は殴られっぱなしなんだからよ」

「な……!?」

 健一郎の発した言葉の意味を隼人は理解できない。

「人間ってのは慣れる事と忘れる事という2つの学習本能を生まれながらにして持っている。まずはお前に今までやってきたであろうお遊びの喧嘩を忘れてもらい、殺しあいの意味を含む本気の喧嘩に対応できる身体になってもらう」

 隼人にはまだそれが何故今のこの状況に繋がるのか理解できず、よろよろと立ち上がる。

「まぁ、つまりだ。お前にはある程度の痛みに慣れて怯まない身体になってもらうって話だ。亮と光太郎の2人がローテーションして10分間ずつお前に攻撃し続けるから黙って耐えて見せろ。無論、回避や逃走は許さん」

 なんてむちゃくちゃな特訓なのだろうと思った矢先、亮の鋭い蹴りが隼人の頭にクリーンヒットし、そのまま隼人は今度は横に1m程吹っ飛ばされる。

 その際に頭を強打し、ツーっと生温かい赤色の液体が隼人の頭から床に伝ってくる。

 隼人の意識が飛びそうになった瞬間、それを見計らったかのように今度は顔面に蹴りが入る。

「ぶふっ!」

 今度は鼻に強い痛みが走り、途切れかけた意識が再度引き戻される。同時に鼻からは大量の鼻血が吹き出してくる。

「立て、隼人。まだ5分も経っていない。そんなんじゃ今度こそ祓魔師に殺されて死ぬぞ」

 『死ぬ』というキーワードに隼人の頭の隅に妹と両親の顔が一瞬よぎり、その後に理子の顔が浮かぶ。

「……今殺されて……死ぬのは、御免だ……!」

 隼人はなんとか気力を持ち直してゆっくりと立ち上がる。

 亮はそれを確認すると、今度は隼人に拳のラッシュを浴びせる。さっきの攻撃程一撃一撃は重くはないが、倒れる事もまともに目を開ける事すら許さないまま、隼人にじわじわと鈍い痛みを蓄積させる。

「よし、耐えろ! そのまま後5分間倒れずに耐えるんだ!」

 健一郎が隼人に檄を飛ばす。しかし、そんな言葉に応える余裕等なく、隼人は必死に足に力を入れ、意識を保つので精一杯だ。床は隼人の周りだけ頭と鼻から飛び散った血で赤く染め上げられている。

 そして、身体全体の感覚が麻痺してきた頃、ようやく10分経った事を告げる健一郎の声が響いた。

「おし、よく頑張ったぞ! 隼人!」

 亮はそう言うと即座に拳のラッシュを止め、倒れかける隼人の身体を支える。

 しかし、健一郎は淡々とした声で、

「よし、次は光太郎だ。さっき言った通りに頼む」

 と光太郎の肩に手を置く。

「――! おい! ちょっとは休ませてやれよ! こいつ10分間俺に殴られ続けてヘトヘトなんだぞ!」

 亮は隼人を支えながら健一郎に抗議する。しかし、健一郎は冷淡な声で、

「あんな手加減された生ぬるいラッシュじゃ特訓にならない。光太郎、悪いが15分間に延長だ」

 と言い放ち亮の方を睨む。亮は歯を噛みしめるだけで何も言い返さない。

「亮、退いていろ。健一郎の言う通りだ。隼人の成長を真に願うならやるべき事は甘やかす事じゃない」

 光太郎も亮に厳しい言葉を掛ける。

 すると亮はチッと舌打ちをして格技室から黙って出て行ってしまった。

「……亮なら心配ない。あいつも本当はわかっている。隼人、お前は自分に集中」

 そう言われ、隼人は格技室の扉から目の前の相手、光太郎に視線を戻す。

「よし、行くぞ」

 彼の巨体がふわりと軽く宙に浮き、そのまま彼は回転しながらこちらに飛んでくる。

 跳び回し蹴り、いや3回転しているから3回転跳び回し蹴りとでも称するべきだろうか。

 それがあの巨体から繰り出されているのだ。最早、人間砲弾であった。

 バキッボキッと嫌な音が響く。光太郎の砲弾のような蹴りが胸に当たった時、隼人の肋骨がその衝撃に耐えきれず折れた音だろう。

「――ッ!」

 不幸中の幸いか、さっきの亮の攻撃で感覚が麻痺していたため痛みは思っていた程感じなくなっていた。

(でも、もう立っているのさえも限界なレベル……多分次の一撃で倒れる)

 息をする度折れた肋骨が肺に圧迫され、胸をつんざくような痛みが走る。

「……行くぞ」

 光太郎が再び隼人に向かって突進してくる。しかし、次に繰り出してきたのは隼人を薙ぎ倒してからの腕拉ぎ十字固め。

「ぐっ……あぁぁっぁぁぁ!」

 光太郎の並外れた力で隼人の骨間接が破壊されていく。かつてない強烈な痛みに隼人はまた喉を潰しながら苦痛に声を歪ませる事になる。

 しかし、いつまで経っても隼人の骨関節は外れないまま痛みだけを隼人に伝達し続ける。

 プロレスではよく使われる技法だが、この技は使用者の力加減次第では間接を外さない程度に押さえて痛みを半永続的に持続させられる。

 光太郎はまさに今それを隼人に繰り出していた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ! がぁぁぁぁぁ!」

 隼人はただ叫ぶ事で痛みに耐えているしか無かった。

 打撃と違い、この類の技は痛みが持続的に続くので、気絶しかけてもまた痛みで意識が戻されてしまう。

 ほんの数秒が何時間にも感じる生き地獄。隼人はまさに今それを体験していた。

「……よし、やれ。 光太郎」

 健一郎が何か合図したような声聞こえた瞬間、光太郎は隼人の腕にさらに力を加える。すると、コキッという音が隼人の身体を駆け巡り、光太郎が掴んでいた腕を下ろす。隼人は今度こそ意識が遠ざかり、完全に気絶していくのを感じる。

「よくやった、隼人。まずは第1関門突破だ」

 遠のく意識の中で健一郎のそんな声が聞こえた気がした。

 次に隼人が目を覚ましたのは気を失ってから15分後の事だった。

 隼人は健一郎が持ってきたであろう大量のバケツの水を掛けられ目が覚めた。

「時間が惜しい、治療はしといたから次のメニューに移るぞ」

 健一郎にそう言われ、恐る恐る自分の身体を確認するが驚くべき事に1つも怪我が残っていない。一体どういう方法を使ったのかは謎だが、すぐに特訓を再開しても問題はなさそうだった。

「はい、続きをお願いします」

 隼人は立ち上がって健一郎に向き直る。どうやら亮と光太郎はベースルームと呼ばれていたさっきの部屋に戻ったらしく、格技室内のどこにも姿は無かった。

「ついさっき千由里から連絡が入って詳細な作戦が伝えられた。今からお前にそれを23分で叩き込み、その後に最後のメニューを行う。まずはそこに座れ」

「は、はい」

 隼人はおずおずと床に座り込む。

「よし、まずはこの地図を見ろ。お前は――――」



 深夜3時半過ぎ。隼人と春吉は白い霧の立ちこめる中、大通りの真ん中に佇んでいた。

 穂神湊を誘い出すために。それが作戦の第1段階だからだ。

 2人で黙って待つこと数分、遠くから人影らしきものが近づいてくる。

(……来た!)

 隼人の顔は緊張で固まる。隼人は再度作戦を思い出し、確認する。何度もシミュレートはしていたが、やはり不安になってくるのだ。

――約1時間半前、格技室。

「お前にはまずここのポイントで春吉と共に俺達が誘導してきた穂神湊を待ち構えていてもらう」

 健一郎は地図を指さし、場所を示す。

「え? 正面から迎え打つんですか?」

「そうじゃない、ここからまたある場所まで誘導してもらうんだ。穂神湊と顔見知りであるお前達が適任だろうという千由里の考えだ」

 誘導役……今の所足手まといの隼人には丁度良い役割だ。

「だが、最も重要で困難極まる役割だ。気を抜くと死ぬぞ」

 その一言に隼人の表情は凍りつく。

「で、でも誘導だけなら戦闘は少なくなるのが普通なんじゃ……」

「逆だ。誘導は基本、誘導と相手に気付かれてはならない。ただ相手と一定の距離を保って逃げる誘導方法ではすぐに気付かれる。多少、牽制目的で接近戦があった方が効果的だ。それに、おそらく相手の技量を聞く限り近接戦は避けられないだろうな」

「そんな……」

 隼人は言葉を失う。つい数時間前に殺されかけた相手と今度は命を懸けた鬼ごっこをするのだ。しかも牽制とは言え戦闘までする事になる。

 平常を保てるはずが無かった。

「だが、お前はこのルートに従って全力で逃げろ。牽制は春吉に任せておけばいい。その方が相手も罠とは考え難くなるしな」

 そう言って健一郎は地図にマーカーで印が付けられたルートを指でなぞる。

「え? 俺は戦わなくてもいいんですか?」

 隼人は想定外の健一郎の言葉に驚く。

「他のメンバーの情報が漏れていない以上、お前は全力で逃走し春吉がお前を逃がすために戦う、という状況の方が切羽詰まっている雰囲気が出せる。うまくやれば敵も罠ではなく、むしろ好機と考えて喜んで追ってくる筈だ」

 つまり隼人達が運悪く敵に見つかって必死に逃げる体に見せかける事で相手に誘導だと思わせないように仕向ける作戦だ。

 言いたくないが自分の弱さを利用した良い手だ、と隼人が心の中だけで感心していると、

「……まぁ、とにかくだ!」

 健一郎が地図に印されたルートを見つめる隼人の頭を掴んで上に傾ける。丁度隼人と健一郎の目が合う。

「死なないように必死でこの地点まで逃げてくる。これがお前に与えられた仕事だ。それだけこなして後は他の奴等に任せろ、いいな?」

 健一郎の言葉に隼人は初めてこの作戦に希望を見出した。

――俺の仕事は決められた地点まで全力で逃げ延びる事。

(俺は今から数分の逃走に命を懸ける!)

 穂神と思われる影は隼人達の100m手前まで来た途端、急加速して近づいてくる。

「――! 来た! 行くぞぉ、ハヤト!」

「あぁ!」

 春吉の合図で2人は同時に走り出した。

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