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Walker  作者: かぼちゃ団長
祓魔師襲来
7/15

捜索

 ……え? 何を言っているの? 穂神ちゃん

 私は明らかな違和感を覚える。隼人が来なかった筈はないのだ。何故なら同級生がそれを証言しているのだから。部活生の証言と今の彼女の証言とは一致しないのだ。

 すると彼女は「あ!」と小さく呟きこう続けた

「でも……もしかしたら私が気付かなかっただけかも。私あの時かなり集中してたし」

 絵画に集中して気付かなかった……か。それも有りうるかもしれない。だが限りなくそれは不可能に近いのではないだろうか。

 私は素人だからこの認識は間違っているのかもしれないが、絵画とは目の前の風景を描き出すものなのだ。彼女の場合は夕焼けやそれに照らされた町並みと言った所ではないだろうか。それを見ながらキャンパスに描き出す上で視野が狭くなるという事がありえるのだろうか。むしろ全体の構図等を捉えるために視野を広く取るべきなのではないだろうか。

 隼人が屋上の夕焼けを見ていたならば屋上の柵近くまでは来たはず。確実に視野に入ると思うのだが……。

 とそんな感じで彼女に反論し、いまいち納得しきれていない私に穂神はさらにこう付け加える。

「集中していたとは言っても確かに視界に入ったら気付くでしょう。でももしかしたら私がいたから入って来た時に気が付いて帰ってしまったとは考えられませんか?」

 成程、それも有りうる。あそこは風も強くて周りの音も聞こえにくい。その上絵画へ集中していたらもはや屋上の扉が開く音が聞こえる事はほぼ皆無だろう。

 ようやく納得いく結論へと辿り着いた私は穂神の掃除の手伝いを始める。

「え? 先輩、私は大丈夫ですよ、もうほとんど終わりましたし」

「2人でやった方が早いでしょ? 終わったのなら雑巾バケツに入れて。私片付けてくるから」

「いやいや! そんな事先輩にさせられないですよ!」

「その代わり!」

 私は穂神の反論を制して続ける。

「あなたは私のカバン持って先に玄関行って待っててくれない? ほらこれで対等でしょ?」

 数分後、私はバケツと雑巾を適当に片して玄関に向かう。

 玄関では穂神が2人分の手提げカバンを持って立っていた。何故か私の靴は既に玄関に用意されている。

「私の靴箱、よくわかったわね」

「はい、先輩が3年生なのは知っていましたし、もう学校に残っているのは私達位しか残っていないので靴箱を全部開けて回りました」

 彼女はさも簡単な事のように説明するがあの短時間で200はある靴箱の中から私の靴を探し出すとはとんでもない早業である。

 私は「ありがとう」とだけ言って穂神とで学校を後にした。

帰りの道中、穂神が私に質問してくる。

「そう言えば先輩、結局何で立華君とやらを探していたんですか?」

「ああ、ヤト君って私は呼んでるんだけど、彼は私の従兄弟で2ヶ月前までは小さい頃から一緒に住んでたんだ。色々事情があってね。それで、今日は私の家で食べてかないかって誘うつもりだったんだけど……タッチの差で先に帰っちゃったみたいね」

「なるほど、つまり彼と先輩は『恋仲』というわけですね?」

 いきなり後輩にとんでもない事を口走られ、私の顔に一気に大量の血液が送られてくる。

「ちょっ! 何でそうなるのよ! まだそんな所まで行っていないわよ!」

「ほう、『まだ』ですか。ふむふむ」

「きゃあああ! 今の無し! 聞かなかった事にして!」

 さらに墓穴を堀り、私の顔にますます血が上ってくる。こんな事ではいけない、先輩としてもっと冷静に、上品に振舞わないと――

 そう心に言い聞かせていくとすっと顔に上っていた血はみるみるうちに引いていく。

「もう、私とヤト君はそういうのじゃなくて、むしろ姉弟みたいなそんな感じなの」

 と私は何くわぬ顔で穂神に向き直る。これには穂神も驚いたようでしばらく返答はなく目をパチクリさせるばかりだった。

(まぁ、いままで頭に血が上ってた人が急にこんな冷静な対応始めたら気味悪いよね。この娘にも嫌われちゃったかな……)

 と過去のトラウマを思い出し、後悔の念に飲まれていると

「す、すごいです先輩! そんな風に一瞬で雰囲気が変わるなんて! どうやったんですか!?」

「え? ああ、こういうの得意なのよ、心をコントロールするというかそんな感じのが」

「心の制御というのは自分の身体を完璧に制御するよりも難しいんですよ。オリンピックに出場してる一流アスリート達だってそこに一番苦労するんです。緊張や不安をいかに取り払って最高のコンディションで本番に臨むか。それなのに先輩はそれをいとも簡単にやってのけた。先輩は主のご寵愛を受けているとしか思えません!」

 穂神の予想外の反応に私はかなり戸惑う。

だめだ、先輩らしくしなきゃいけないのに、言葉が出ない程に嬉しかったから……今何か喋ったら涙声になってしまいそうだ。

 私は同じように自分に言い聞かせ、30秒位かけて一旦その感情を心の奥底にしまう。その後、私は笑いながら

「ありがとう。そこまで褒めてくれるとは思ってもいなくて驚いたわ」

 と彼女に返す。穂神は変な間があった事にキョトンとしているが、私の笑顔を見て同じように笑い返すのだった。

――私のこの特技を褒めてくれた人はこれで2人目。



 その後はしばらく他愛もない世間話をしながらゆっくりと帰り道を歩いていた時、不意に私の携帯から音楽が流れ始める。誰かから電話が掛かってきたのである。私は隣にいる穂神に「ちょっとごめんね」と時間をとらせてもらった。

 携帯の画面を見ると相手は母である事に気付き、私は何の用だろうと思いながら電話に出る。

「もしもし? お母さん、どうしたの? 今日は生徒会だから遅くなるって言ってなかったっけ?」

『もしもし? 理子、あんた隼人君と今一緒にいる?』

「いや? 先に帰っちゃったみたいだけど?」

『おかしいわね、隼人君まだアパートにもウチにも帰ってきてないのよ』

「え!?」

 私は現状が把握できなかった。では今隼人は一体どこにいるというのだろう。

 その瞬間、私は何というかへばりつくような不安に襲われ、学校に向かってまた走り出していた

「お母さん、ごめん! 今日は私晩御飯外で食べてくるから!」

『え? 理子ちょっと待――』

 母の言葉を最後まで聞かぬまま私は電話を切り、さらにスピードを上げて走り出す。

 あの時もう一度念のため隼人の靴箱を確認するべきだったのだ。もしかしたら隼人は学校で何か事件に巻き込まれたのかもしれない。

「先輩! 急にどうしたんですか! 落ち着いてください!」

 不意に横から声が響く。横を見ると穂神が私と並走していた。

「や、ヤト君が! ヤト君が! 早く探さないと!」

 走りながら、というのもあるが今は焦燥感と不安に飲まれうまく言葉が出ない。

「落ち着いてください、先輩! らしくないです! 私も力になりますから事情を話してください!」

 その言葉に私は我に返り、足を止める。

「ヤト君がまだ家に帰ってないみたいなの……もしかしたら何か学校であったのかも」

 ゆっくりと私は穂神に事情を説明する。さっきよりは多少言葉になっているが、未だにさっきのように冷静にはなれない。

「……そうですか、立華君が行方不明……」

 穂神は突然下を向いて思案顔になり、しばらくして顔を上げると

「先輩、今の時間に学校に戻るのは難しいです。一旦どこか落ち着ける場所に移動してそこで作戦会議をすべきです。效率良く動くためにも。それに、まだ夕食食べてませんしね」

 私は穂神のこの提案に従う事にした。彼女の提案は合理的だとわかっていたし、それに今の自分の精神状態を落ち着かせるのが最優先だと考えたからだ。

 私は穂神と一緒に再度来た道を引き返し、ファーストフード店に入り、簡単な夕食を摂り、今後の動きについて相談するのであった。

「――ふぅ。さて、ある程度お腹も満たされましたし、今後の動きについて相談しましょうか」

 ハンバーガーを食べ終えた穂神が話を切り出す。

「まず、状況から見てまだ学校にいるというのはありえないでしょう。うちの学校はセキュリティが厳重なのでまず不審者に襲われたという線は無いです。また、未だに学校に残っていても、やはりセキュリティ上どこに隠れようと見つかる可能性が高いです。それに学校に留まる理由も無いでしょうし……」

「うん、私もそう思う。あの時もう一度靴箱を確認していれば確信が持てたんだけど」

 私は自分の詰めの甘さにほとほと呆れてしまう。

「いえ、こういう捜索はむしろ確信が持てない情報の方が多くなるのが普通です。気にするような事ではありませんよ、先輩。とりあえず可能性の薄い線を消していって行動範囲をできるだけ狭める事に専念しましょう」

 穂神に慰められながら私は隼人がどこに消えてしまったのかを模索した。

 すると、穂神が思い出したかのように

「先輩、そういえば立華君は携帯を持っていないんですか?」

「いや? 持ってるよ。でもここまで来る間に5回掛けたけど繋がらなかった」

「そうでしたか、いつの間に……では30分ごとに5回ずつかけ直してみましょう、もしかしたら気付いてかけ直してくれるかもしれません」

「うん、メールも結構一杯送ったんだけどそれも必要かな?」

「いつの間に……いえ、メールよりは電話の方が効率的です。メールは必要ないかと」

「そっか、でもどこに行っちゃったんだろう、ヤト君。夜遊びするような子じゃないんだけどなぁ」

「とりあえずまずは彼の住居に行ってみませんか? もしかしたら帰っているかもしれませんし何かしら痕跡がつかめるかもしれません」

 確かにそれもそうかもしれない。それにこれ以上私達の持つ情報だけでは候補は上げられないだろう。

「うん、じゃあそうしよう」

 私は穂神の意見に賛成し、ファーストフード店を出る。そして今更のように

「そういえば、私ヤト君探し付き合わせちゃってるけど穂神ちゃん家の方は大丈夫?」

 と本来最初に聞くべき事を尋ねる。穂神はやはり今更かよ、という顔をして答える。

「私は1人暮らしなので問題ないですよ。先輩さえ良ければいくらでも付き合います」

 全く私はなんて素晴らしい後輩を持ったのだろうか、頭が下がりっぱなしである。

「あ、1つ質問いいですか? 彼と特に仲の良い男友達っていますか?」

 私が彼女の器の広さに感服していると唐突にそんな事を彼女が聞いてきた。

 そんな人居ただろうか。まだ高校が始まったばかりでそこまで仲の良い友達というのは少ないと思うのだが……ああ、1人だけ思い当たる。隼人と中学から一緒の――

「そうだなぁ、特に仲が良いと言うならヤト君と中学から一緒の三浦春吉君かな」

「三浦春吉……!」

 彼女はその名を聞くとみるみるうちに厳しい顔つきに変わっていく。

「ど、どうしたの? 穂神ちゃん!? すごく怖い顔になってるよ!」

 私に声を掛けられ彼女はハッと我に返りすみませんと謝る。

「いや、別にいいんだけどさ。何かあったの? 春吉君と」

「いえ、ただ彼には大きな借りがあるんですよ」

 顔は普段通りだが、声には確かな重みが感じられた。明らかに言い方が恩がある方の『借り』ではなく、何かしらの不利益を与えられた方の『借り』だった。

 彼女と春吉君の間に一体何があったのか非常に気になる所ではあるが今は隼人の捜索に集中する事にした。

「じゃあ、とりあえずヤト君の住んでるアパートに案内するね。結構距離あるけれど大丈夫そう?」

「はい、大丈夫です」

 こうして私と穂神は隼人の住むアパートに向かって歩を進めるのだった。

 隼人の住むアパート「衛宮荘」はここから大体徒歩40分位の距離がある。

 現在時刻は21時少し前。最低でも次の行動に移れるのは22時位だろうか……。

 今日中に隼人を見つける事ができるのか心配になり、焦燥感に駆られている時に後ろから聞き覚えのあるドスの効いた声が聞こえてきた。

「おいコラ、てめーらちょっち待て」

 恐る恐る振り向くとやはり今朝の2人組だった。今朝と違うのはチャラ男の方は鼻のあたりが赤く腫れていて少し潰れている感じがする。

「やぁっぱり、テメーらか。さて、早速だが今朝の借りを返させて頂こうかなぁ!?」

 急にチャラ男とグラサンが拳を振り上げ向かってくる。

「ヤバッ、穂神ちゃん逃げるよ!」

「…………」

 しかし、穂神は全く反応しない。というか不良にも気を止めず心ここに在らずと言った様子だ。

「――ッ! 穂神ちゃん! しっかりして、どうしちゃったの!?」

 と私は構わず彼女の手を掴んで引っ張りながら走る。しかし、穂神はろくに足を動かさずただ引っ張られているという感じで最初50m位あった不良たちとの差は急激に詰まる。

(朝と違ってここは広いから2人同時に相手しなちゃいけない。流石にあのグラサンは勝てる気しないし早くどこか人がいる所に逃げ込まないと)

 しかし、神様に見放されたのかそれらしい建物は見当たらなかった。チャラ男が私達を捕まえようと手を伸ばしてきた時、

「先輩、私がグラサンの方を殴り飛ばすまでチャラ男を抑えといてください。12秒間だけでいいです」

 穂神は急に私に変わった要求をしてきた。よくわからなかったが彼女のさっきの無気力な彼女とは全く異なる自信に満ちた目を見てつい、

「わかった、任せて!」

 と2つ返事をしてしまった。

 私は言った後に訂正しようとしたが既に穂神はチャラ男の横を抜け、グラサンの方に突っ込んで行ってしまっていた。

「くっ! しょうがない!」

 と私は横を抜けていった穂神を捕まえようと方向転換しようとするチャラ男に掴みかかる。

「なっ! この女!」

 流石に細身でも一応男だ。筋肉の付き方が女性とは違う。私は果敢に掴みかかったのはいいが、チャラ男の力に徐々にねじ伏せられていく。

 一方、穂神はグラサンに向かって突っ込んでいくが、グラサンはニヤリと笑うと彼女が飛び込んで来るタイミングを見計らって力強い回し蹴りを彼女の横腹に入れる。

「――くはっ!」

 穂神は苦しそうな声を上げて身体ごと横に飛ばされ、歩道のガードレールにぶつかる。

(まずい! あのグラサン、かなり強い! 助けなくちゃ……)

 私はチャラ男に対し力を振り絞るのだが、チャラ男も負けじとより大きな力を込めて私をねじ伏せようとするので一向に身動きが取れない。

「穂神ちゃん! 穂神ちゃん!」

 私が声を張り上げて名前を叫ぶと彼女はゆっくりと立ち上がり、私の方を向く。

「先輩、ありがとうございました。約束の12秒間、彼を抑えてくれて」

 彼女は満足気な笑顔で私にそう言った。何故か絶望的な状況下であるはずなのに彼女の笑顔を見た瞬間、私は彼女から絶対的な自信を感じた。

彼女が私にそう笑いかけている間に後ろからグラサンが歩み寄って来る。

「いけねぇなぁ! 相手に背中を向けちゃよぉ!」

 穂神に向かって拳を振り上げる。同時に私の体は一気にチャラ男に押し倒され、私は軽く頭を地面にぶつける。しかし、何故かそれでも彼女がいる限り全く負ける気がしないと思えてしまう。

 穂神がチラリと後ろを見た瞬間、グラサンの顎が突然何かにぶつかったように上に浮く。

 彼女がグラサンの顎に右アッパーを入れたからだ。ただし、その場の誰もが反応できなかった速度で、だが。

 少なくとも私では彼女がグラサンの方向に身体を回転させる初動しか見えていなかった。チャラ男に至ってはそれすらも捉えきれてないらしく口をあんぐり開けている。

 グラサンはその一撃で気を失ったのかそのまま仰向きに倒れてしまう。

「2対1、打撲負傷のリスクで更新されたフェーズは3か。グラサンが中々手練で助かったわ」

 と何やらわけのわからない事を呟きながら彼女はチラリと今度はチャラ男の方を見る。

 チャラ男はヒッと小さい悲鳴を上げて一目散にグラサンを置いて逃げていってしまった。

「ふう……逃げたか」

 余裕そうに振舞っているがチャラ男が見えなくなった途端、表情が緩んだのを私は見逃さなかった。

(あんなに強くてもやっぱり不安だったりしたのかな?)

「ありがとう、穂神ちゃん! すごいね、こんなデカブツを一撃でやっつけるなんて!」

 私は穂神に感謝の意を伝えたつもりだったのだが穂神は逆に暗い顔になり俯き、

「いえ、大した事ではありません。さぁ、急ぎましょう」

 と先へ進むよう促す。

 私はその反応の理由がわからなかったが思わぬ所で時間を食ってしまったのでとりあえずは隼人のアパートに向かうのを最優先にする事にした。

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