会議
楽しい夕食の時間も終わり、春吉が皆に珈琲を淹れて回る。時刻は0時を回り、亮と千由里は完全に酔いつぶれている。
「おいおい、亮君、千由里君。本題はこれからなんだが?」
「亮兄……千由里姉……完全に寝てるの」
「……しょうがない、ククル。アレを持ってきてくれないか?」
御堂がククルに何かを持ってくるように頼むとククルは厨房に入っていき、しばらくして一升瓶を抱えて戻ってきた。続けてククルは一升瓶の中身を器用に二人に少しずつ飲ませる。
すると――
「くわぁ!」
同時に2人が飛び起きる。
「御堂さん、あの一升瓶の中身は一体何ですか!?」
2人の様子に驚いて隼人は御堂に質問する。
「いや、ただのリキュールさ。ドイツの『ウンダーベルグ』っていう気付けの薬用酒でね。2日酔いに効くっていうから取り寄せておいたんだ。あくまで薬だから美味しくはないよ」
「亮兄、千由里姉……起きるの」
「うう、この独特の苦味……御堂さん、隼人にまたあの変な酒を!」
どうやら頻繁に使われているらしい、『ウンダーベルグ』。
「まだ口の中が苦いよー……」
「うん、2人も起きたことだし作戦会議を始めようか」
御堂はにっこり笑ってどこからか引っ張り出してきたアームチェアに腰掛ける。
「作戦……会議?」
「そうだよ……隼人兄……えくそしすと倒すの」
ククルはそう言って唯香の膝の上にチョコンと座る。
「1人いないが仕方がない、始めよう。この街にやってきた祓魔師を倒す作戦会議を!」
その瞬間、さっきまでの雰囲気は一変し、さっきまで酔いつぶれていた亮と千由里を含む全員が真剣な表情に変わる。
「よし、それではまず祓魔師の情報を聞かせてくれ。春吉、隼人君」
御堂がそう促すと春吉は部屋の物置らしき所から大きめのホワイトボードを持ってきて図を交えて説明を始めた。
「敵の祓魔師の名前は穂神湊。俺やハヤトのクラスメイトだ。既にハヤトの禁人化に気付いていたとこを見ると前から教会にマークされてた可能性が高いな。『Walker』については何も知らないだろうなぁ。俺の事も一般人って呼んでたし」
説明しながら春吉はホワイトボードに穂神湊、クラスメイト、身長160cm程度等と情報を書き、横に似顔絵らしきものも書いているが隼人にはそれがどうしても絵には見えない。
しかし、春吉はその似顔絵を見て満足気な顔を浮かべ、また説明を始める。
「こいつが使う術式は確認したもので3つ。聖術は『フェーズ』、『伏魔の銀細工』。魔術は『シュド・メルの赤い印』だ。戦闘スタイルはフェーズによる加護強化による戦闘だが、隠し玉として聖具を持っている。確か銀のリボルバー銃だ」
「――! おいおい、今回の敵は随分とガチ装備だな。禁人1人にかける戦力じゃねぇ」
亮が春吉の報告に驚嘆の声を漏らす。しかし、その声は何故か嬉々としたもののように聞こえる。
「聖術に『フェーズ』とは随分と珍しいね。ほとんど戦闘経験がないから手こずりそうだ」
誠も何か色々と思案を始めたのか、目をつぶって何か独り言をつぶやいている。
「あ、あのさ……。場の雰囲気乱して申し訳ないけど、その『せいじゅつ』やら『せいぐ』やらっていうのは一体なんなのか教えてくれないか?」
隼人の質問に全員が拍子抜けた顔を向ける。やはり、このタイミングで話すべきでは無かったかもしれないと後悔し始めた時、御堂が微笑を作りながら
「そういえば、隼人君にはまだ話してなかったんだったね。だが、私たちにとっても初心にかえって情報を整理できる丁度いい機会だ。私がちゃんと一から説明するから既に知っている者も自分の知識と照合しながら復習してくれ」
と、助け舟を出してくれたおかげで空気を壊す事無く全員が一旦御堂の説明に耳を傾けることとなった。
「まず、祓魔師というのは普通の人間だ。だから、私たちを祓うために特殊な術を身につける。その術というのが『魔術』と『聖術』と呼ばれているものだ」
「魔術と聖術……」
「魔術とは黄金時代にもたらされた魔族側の技術の事だ。なにせ魔族の技術書である魔道書の8割を教会は保有しているからね。覚えようと思えばいくらでも覚えられる。魔術には様々な種類があり、どれも強力なのが特徴だ。しかし、術者はその代償として自分の魂、いわゆる精神力というものを犠牲にしてしまう。これが減らされ続けるといずれ狂気に飲み込まれてしまい、狂人として我々と同じように祓魔師の討伐対象になってしまう大きなりリスクを抱えている。それに習得にも時間がかかるから祓魔師で魔術を多用する者はまず見ないね。緊急用に1つか2つ覚えている程度だ」
「そんなに危険なものなんですか……」
「まぁ、あれは基本的に術の効果よりリスクの方が圧倒的に重いからな。まぁ、あくまで魔族の技術って事だ。人間が簡単に使いこなせるもんじゃねぇのさ」
亮が隼人のつぶやきに対し説明を加える。成程、この話を聞く限りでは敵の魔術についてはそこまで過剰に警戒する必要はなさそうだ。問題は……。
「これに対してもう1つの聖術は全ての祓魔師が使う常套手段だ。祓魔師は必ず戦いの上でこれを主として使う。逆に、この聖術を如何にして看破するかが勝負の基盤とも言えるだろう。しかし、この聖術は非常に少ないリスクで大きな力を得られる非常に厄介な代物なんだ」
「少ないリスクで大きな力を?」
「ああ、祓魔師達はその力を『加護』と読んでいるがね。聖術とは主としてその『加護』を得るための行為なのだよ」
「ハヤト、お前が穂神と戦った……なぶり殺しにされた時にさぁ」
「わざわざ生々しい表現に言い換えるな! トラウマなんだぞ!」
春吉の悪意を感じる言い方に隼人はつい数時間前の学校での出来事がフラッシュバックし、つい自分の右腕を握り締める。だが、春吉は大して気にも止めずに話しを再開する。
「ハヤト、お前さ、おかしいと思わなかったか? 穂神のあの力、身体能力、全てが常人離れしていただろ?」
「……それは俺も気になっていた。屋上の階段から飛び降りて俺に襲いかかってきた時の跳躍力、掌底の威力は信じられない程に強かった」
「それが『加護』ってやつだ。穂神はお前に襲いかかる前になんか口走ってたろ?」
「ああ、確か『フェーズ』が何とかって……」
「それが『加護』を受けるための『聖術』の事だ。とりあえずここまではついて来てるかぁ?」
「まぁ、何とか」
つまり、その『加護』を得ればとんでもなく強くなってそれを得るための儀式が『聖術』と言った所だろうか。御堂も言っていたが、やはり問題は魔術よりも聖術の方の対策にあるようだ。
「それで今回の祓魔師の使う聖術は『フェーズ』と『伏魔の銀細工』呼ばれる術なのだが、まず『フェーズ』から説明しよう」
と御堂はようやくと言った顔つきで聖術『フェーズ』とやらの説明を始めた。
「『フェーズ』というのはより相手に対し、自分が劣勢に近づく事で自身に『加護強化』が発動する性質を持つ術だ。フェーズの後に続く数字が大きい程自分が相手より弱体化している事を示し、強い『加護強化』が発動する」
「相手より……劣勢に?」
「その通りだ。自分がより不利な状況になっていく程大きな『加護』が得られるというわけだ。春吉、祓魔師はどんな風に隼人君に対し不利な状況を作っていた?」
「確か肉体的、技術的に鍛錬されている様子がほとんど見られなかった。ハヤトを殴る時も拳を傷めない掌底による攻撃だったし、身のこなしや煙幕の反応を見る限りは少なくとも近接格闘は素人に毛が生えた程度だったな。しかもその状態で真っ向から宣戦布告までしてた。多分全部『フェーズ』のための仕込みだ」
春吉はそう事細かに穂神の様子について御堂に説明する。
結構前から思っていたが、こいつ俺が穂神に襲われていた一部始終をどこかで見ていたんじゃないのだろうか。そうやって俺を囮にする事で情報を得ていたんじゃないのか? そして、俺が死なない程度の状態で完全に相手がこれ以上手の内を見せなくなった所で助太刀に入り、適当に牽制して逃走。そのタイミングがあの時だったんじゃないのか?
そんな隼人の疑惑の目に気付いたらしく春吉はヘラヘラ笑いながら
「ああ、そういえばあの時は悪かったなぁ。すぐに助けてやれなくて」
と隼人に謝罪の意を述べる。しかし、その目に反省の色は見られない。
隼人が一言、二言文句を言おうとした時、春吉が続けざまに
「ああいう事でもしないと俺達は奴らに対抗できないんだ。許してくれ」
沈んだ口調でどこか悲しい目をしながら言う春吉を見て、隼人は喉から出かけた言葉をそのまま再度飲み込むしかなかった。
「おほん、話を戻そう。とりあえず春吉の証言も取れたし間違いないだろう。祓魔師はあえて肉体レベルを一般人程度に留め、既に対象と対等か劣勢の状態を作っている。そこにさらに宣戦布告、苦手な近接格闘中心のスタイルを取り入れ、自分を弱体化していた。だから隼人君との力量差が大きくなり強力な『加護』を得たのだろう」
「そういう事だったんですか、あの力は……。でも、あいつフェーズ2とか4とか言ってて、かなり忙しく数字が変動してたみたいですよ? 準備が大掛かりな割に不安定なような……」
隼人はついさっき思い出した穂神の言っていたフェーズ絡みの言葉について、質問する。
「ああ、フェーズはかなり使い勝手が悪い術でね。対象者との力量差、いわゆるフェーズレベルは術者だけに数値化されて視認できるのだが、それは約12秒ごとに状況に合わせ更新されていく仕組みとなっている。だからその間にどっちかがダメージを受けたり、不意打ちを行う等によって力量差が変動してしまうと更新された時にはフェーズレベルが変わってしまうから『加護』による強化にも変化が生じてしまう。その祓魔師はそれに注意を払っていたのだろう。」
つまり、隼人が襲いかかる穂神に気付いてガードしてしまった時に更新がなされ、いままで不意打ちによって下がっていたフェーズレベルが上昇し、その後大怪我を負った隼人と穂神の力量差が縮まったから更新時にフェーズが下がったって事か。なんて面倒くさくて難しい術なのだろう。
「それでもう1つの『伏魔の銀細工』というのはおそらく聖具である銀のリボルバー銃に付与されているものだろう。違うかい、春吉?」
御堂がもう1つの聖術について説明を始め、また春吉に確認を取る。
「ああ、多分そうだぁ。あの銃を向けられた途端に力が抜けた感じがした。まぁ、あの時はあいつも『シュド・メルの赤い印』でまともな状態じゃなかったからそこまで影響はなかったんだがなぁ」
一気によくわからない単語を並べられ、困惑している隼人に対し、また御堂が説明を始める。
「まず聖具についてから説明しよう。聖具とは神の加護を受けた物、またそれを材料として作られた物の総称を指す。これには強い魔除けの効果があるから魔族の魂を宿す私たちにも有害だ。聖具に触れたり、聖具による攻撃を受ける事はそのまま死に直結すると考えてくれ」
隼人はその聖具である銃を2度も向けられ、1発発砲されている事を思い出し背筋が凍る。
「聖具にはもう1つ大きな特性があって、聖具に別の聖術を付加する事でその聖術は約2倍の効果が発揮できるんだ。フェーズのような実体のない聖術では不可能だから実体を持つ聖術に限られるがね。今回の場合は『伏魔の銀細工』だ」
「実体のある聖術?」
「そう、基本的にはある物体にある効果をもたらす聖術の事だ。『伏魔の銀細工』は銀でロザリオの銀細工を作り、それに精神力を通す事で魔を問答無用にひれ伏せる効果を付与するものだ。それを見たとき、君は心が折れて絶望に心を支配されなかったかい?」
「――! 確かにあの時は少し過剰な恐怖症状が出ていたような気がする……」
思い当たる節があるのは事実なのだが、それでも心から恐怖したのが自分である以上、その恐怖を聖術に責任転嫁しているようで若干腑に落ちなかった。
「精神力を送っている間しか効果がないのが欠点だが、まず一騎打ちなら負けはない聖術だ。次に戦う時はその銃に付いているであろう銀のロザリオを見てはいけないよ」
「はい……それで、穂神の魔術についてはわかりますか?」
隼人は聖術についての情報を頭にまとめつつ、最後の質問に移る。
「『シュド・メルの赤い印』か……あれは凶悪な魔術だよ。精神力を使い、赤く輝く紋章を空中に描き、その紋章から10m以内の者全員にダメージを与える術だ」
「10mですか……それで少し離れた所で痛みが消えたのか。でも、全員って事は……」
「ああ、術者自身もダメージを受ける。だから言ってたろぅ、緊急用だって」
春吉は隼人が疑問を口にする前にすかさず答えを述べる。
これで隼人の知らない話は大体教えてもらったはずだ。ここからはようやく本題である作戦会議に移る事ができる。説明を終えた御堂がその口火を切ろうとした時
「まぁ、これで作戦の全貌はもう見えたんじゃない?」
と千由里が不敵な笑みを浮かべ、衝撃の一言を発した。
「え? もう作戦できたんですか?」
隼人は千由里の発言に驚きを隠せない。当然だろう、いままでその作戦を練るための前段階の話しをしていたのにそれが終わった瞬間に既に作戦が練られたと彼女は言うのだから。
「まぁ、全部では無いけど大体ね。今までの情報のみで推測するなら彼女……穂神だっけ? 彼女には決定的な弱点があるもの」
千由里は自分の髪を軽くいじりながらそう断言した。