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Walker  作者: かぼちゃ団長
祓魔師襲来
3/15

禁人

 夢を見ている。

 両親と妹と隼人で過ごした懐かしい日々の夢。ただ幸せで、手放し難いあの思い出。

 隼人はそれに手を伸ばす。けれども何故かだんだんそれらは遠く離れていって……。

 気づけば隼人は1人、真っ白な空間に立っていた。

 そして、佇む隼人の後ろから何かが迫ってくるのを感じた。

 後ろは見ていない、というより見てはいけないと本能的に直感した。後ろから来たナニカは隼人の真後ろに来ると3、4本の触手のようなものを伸ばして隼人の身体を舐め回す様に絡みついてくる。

 真後ろにいるナニカの禍々しい気配と触手の不快感に飲み込まれ、だんだん心が溶かされていくかのような錯覚すら生じる。

 ナニカはどうやら飽きてしまったのか触手を引っ込めると次の瞬間、隼人の腹を背中から触手で貫いた。

 自分の腹が突起し、皮膚を食い破って触手が現れた様を見た瞬間、隼人は自分がこのナニカになったような錯覚を起こし、急に自分自身が恐ろしくなった。同時に穂神に右腕を壊された時の骨が突き出したシーンがフラッシュバックされ……

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

……その自分の叫び声で目が覚めた。

 目が覚めたとき、隼人は簡易ベッドの上に居た。着ていた制服は汗でびっしょりと濡れており、動悸も荒い。

(何か今恐ろしい夢を見たはずなのだが……よく思い出せない。それよりここはどこだ?)

 周りを見渡すとたくさんの本棚に囲まれ、中心にテーブルと5、6脚のパイプ椅子が置いてあるのが目に付く。テーブルの上にはまだ湯気を立てている飲みかけの珈琲がある。

(ついさっきまで人がいたみたいだ。とりあえず部屋から出てみるか)

 そう思って簡易ベッドから降りようとした隼人はめちゃくちゃに折られたはずの右腕の痛みが無いことに気が付き自分の右腕に目をやる。

 右腕には血が滲んだ包帯が巻かれていたが全く折れている様子はなく、問題なく動かす事もできた。

「腕が……治っている!?」

 あの骨折だと腕が駄目になってもおかしくないはずだ。それが治っているなんて一体何がどうなっているんだ?

 その時、部屋の外から足音が聞こえ、隼人のいる部屋のドアが開き、誰かが入ってきた。入ってきた人物は簡易ベッドに座っている隼人を見て、

「おー、ハヤトー。気分はどうだい?」

 と気の抜けた声をかけてくる。

「なんだ、春吉か」

 隼人に声をかけたのは屋上へ向かう階段であの化物女から隼人を助け出してくれた三浦春吉だった。

「おいおい、命の恩人に向かってなんだはないだろうに」

「ああ、悪い……ありがとう、助かった」

 春吉に心から感謝する反面、春吉の今のセリフからやはりあの学校での出来事が本当のことだったという事実に落胆した。ただの悪い夢ならどんなに幸せだったろうか。

「まぁ、いいって事よ。階段で女の子に銃向けられて泣きじゃくってる中学生の姿を見たら助けるしかないからなぁ」

 と春吉が茶化してくる。

 だが、隼人にはその冷やかしに乗ってやれるほど余裕はなかった。

「春吉。お前、何か知っているな?」

 単刀直入に隼人は聞いた。根拠はないが確信はあったからだ。春吉が隼人や穂神について何かを知っているのではないかということ、そしてその話をさっきから逸らそうとしていることに。

 数秒間の沈黙の後、春吉は深い溜息をこぼし、閉じられていた口をまた開く。

「全く、お前の洞察力には驚かされるねぇ。あれか、将来の夢は高校生探偵か」

「違うわ! しかもなんで高校生限定にした!」

「見た目も頭脳も高校生のお前が変な薬を投与されて少学生探偵になれるわけないだろうが! 現実を見ろ! 自分のじいさんの名にかけて謎解く位がお似合いだ!」

「お前が現実を見ろぉ! どんだけ偏った漫画の読み方してたら探偵が金●一とコ●ンに絞られるんだ! ていうかまた話し逸らしてないで本題に移れや!」

「……わかった、まぁ、もう隠しきれないし、いずれは知ることになるだろうしな。だが、その前に会ってもらいたい人がいる。そしてその人は今ドアの向こうだ」

「もう部屋まで来てんのかよ」

「3分前くらいからずっといたよ」

「なんで部屋の外で待機してんの、その人!?」

「俺がドアに鍵かけて入れなくしたから」

「開けてやれよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」



 ドアの鍵が開かれ、その向こうに(約3分間)いた人物が入ってきた。背丈は190cmはあるだろうか。かなり大きく見える。年齢は60代~70代くらいの初老の男性で、オールバックに整えられた白髪と穏やかな雰囲気を感じさせる糸目が特徴的である。

 老人は隼人の方を見るとニコリと笑みを浮かべ、その後春吉の腹に拳を一発入れた。

「ごふぅ!」

 春吉はそのまま床にへたれ込む。

「全く、君の悪戯にはいつも手を焼くよ、春吉。ああ、君が立華隼人君だね。すまない、申し遅れた。私はこの図書館の館長の御堂伊蔵という者だ。よろしく」

 成程、ここは図書館のようだ。おそらくここは司書室か何かなのだろう。

(しかし、何故春吉はこの御堂さんと俺を会わせようとしたんだ?)

 そんな隼人の心中を察するかの如く御堂が話を始めた。

「今回、君に会わせてもらったのはね、私たちが君の役に立てるかもしれないと思ったからなんだよ。私たちはね、君の身体に起きた変化や、君を襲ってきた人が何者なのか知っている者なんだ」

「――何故それを!」

「春吉から事の顛末は聞いたよ。立華君、私たちもね、君と同じなのだよ。人間ではありえない身体になっている。いうなれば君の仲間という事さ」

 衝撃だった。まさか自分と同じ境遇の人が他にもいるとは思ってもいなかった。

「私だけでなく君と同じような人はたくさんいる。皆この図書館で働く事でここを隠れ家や仲間との憩いの場にして生活している」

「あの、御堂さん。俺、確か右腕をめちゃくちゃにされたはずなのに目が覚めた時にはもう完治していて……。一体どうなってるんですか、俺は?」

 隼人はいままで溜まっていた疑問をぶつける。

「うむ。順を追って話そう。春吉、珈琲を淹れてくれないか?」

「なんで、俺が……」

 御堂に一睨みされ、渋々春吉は腹を抱えながら部屋を出て行く。さっきの一撃はかなり効いたらしい。

「さて、長くなるし椅子に掛けたまえ。彼が珈琲を持ってきてくれたら話に入ろう。楽しみにしておくといい。春吉君が淹れる珈琲は絶品だからね」

 御堂は和やかな笑みを隼人に向けた。



 数分後、コーヒーカップを3つ持った春吉が部屋に戻り、一息ついた所で御堂は話を始めた。

「まず、最初に言うべきことは、君はもう人間とは一線を画した存在であるという事だ。まぁ、それは君の回復力を見ればすぐにわかるだろう。私たちは応急手当しかしていないのに君はものの数時間であの大怪我を完治させてしまっているからね」

「――っ!」

 薄々自分でもわかっていた事だったがこう正面から言われるとやはり動揺は隠しきれない。

「一体どういう経緯でそうなったのかは不明だが、君は今『禁人(タブー)』と呼ばれる存在になっている。」

「タブー……? 確か穂神も同じようなことを言っていたような」

「うむ、おそらく君を襲ったその祓魔師も君が禁人(タブー)と知っていたから攻撃したのだろう。禁人(タブー)とは人間と魔族とが融合して生まれた極めて異質な存在、人間にも魔族も属さないが両者を繋ぐ素養を持つ者。故に、聖十字教会の教えに背くとして教会の祓魔師達には討伐命令がでているのさ」

「『人と魔は交わらずして聖と為し、聖なくして常世はない』ってやつだぁ、聞いた事あるだろ?」

 春吉が突然会話に入ってくる。

 何故か言葉に威圧感を感じるのは気のせいだろうか。

「人と魔族が一切の干渉を絶つことで人は神の加護を受け人類の繁栄する世界を保ってゆけるっていう教えだが、どうも俺には胡散臭く聞こえちゃうんだよなぁ」

 口調は軽いようだが明らかに目が笑っていない。すると、御堂はそんな春吉を見かねたかのように

「春吉、今はそれについて掘り下げても仕方がないだろう? ……ここは抑えてくれ」

 と春吉に諭すように問いかける。すると、春吉も我に返ったようで

「……ああ、悪い御堂さん、話を進めてくれ」

 とすぐにいつもの雰囲気に戻っていった。どういう事だろう。春吉が我を忘れる程に怒りをあらわにする所など初めて見た。

 しかし、隼人は春吉の件を一旦胸の奥にしまい、話を戻す事にした。

「それで、あの、話は戻るんですが人と魔族が融合というのは一体……?」

「嗚呼、すまないね。話が脱線していたのだった。では、改めて話を始めよう。

立華君、君は魔族の存在については知っているね?」

「はい、実際に見たことはないですが学校でその事については一通り習いました」

 人類は800年前、史上初の魔族との接触に成功している。

 それまで物語や空想の中でしか語られていなかった魔物、妖怪、怪異といった者達の生息が正式に確認されたのである。

 一時は世界中が混乱に陥り、最後には魔族との戦争を始める一歩手前までに陥っていた。

 しかし、そこに自らを神の使いと名乗る『ネメシス』と呼ばれる組織が現れ、人間と魔族の仲介を行い、『ネメシス』主催のもと開かれた人間と魔族のトップ会談において友好条約が結ばれ、各々の生活領域が定められ、世界は平穏を取り戻したという。

 その当時は人間と魔族の間での交流も盛んに行われ、そこで得られた知識は大きく人間に繁栄と進化をもたらした。

 しかし、その繁栄を『ネメシス』は危険因子と捉え、500年前に人間と魔族との接触を絶対的な禁忌とし、厳しい取り決めの下、幾度の大量虐殺が繰り返され、現在のような人間と魔族が干渉しない世界へと変わってしまった。

 やがて、『ネメシス』はその名を『聖十字教会』と改名し、今尚神の名の下、人間と魔族との接触を禁じる教えを説いている。

 かつて魔族がもたらした知識で繁栄と進化の限りを尽くした『黄金の時代』の人々は人類史上最も『神に近づいた人間』として今でも多くの名前が石碑などに残されている。

 しかし、教会の規制により人間という神に遥かに劣る存在でありながら愚かにも神に近づこうとした【咎人】という扱いだが。

 現在、魔族の生活領域はアフリカ大陸、オーストラリア大陸、南極大陸の三大陸であり、それらは総じて『暗黒大陸』と呼ばれている。

 また、それらの大陸の周りには100年前に聖十字教会が強力な結界を張ったため、既に物理的にも人間と魔族との接触は不可能な領域にある。

「ならば立華君も知っているだろうが、人間と魔族との接触は現在限りなく不可能に近い。だが、人間というのは強欲なものでね。かつての黄金時代を夢見る輩が魔族との交信を取れないかと密かに研究を始めたのさ。しかもその研究者達は良くも悪くも非常に優秀だった。幅広い視野に豊富な知識、そして決して奢らず常に先人から学ぶ姿勢を持った研究者の鑑とも言える者達だった。そんな奴らが集まり、時間をかけて1つの研究テーマに取り組んだのだ。僅か5年でその答えを導き出し、研究が始まってから10年後、初の成功例を出してしまった」

「ここまで言えばなんとなく察しがつくんじゃないか、 ハヤト?」

「ああ、春吉。つまりそれが……研究者達の出した答えっていうのが禁人(タブー)って事なんじゃないのか?」

「正解だよ」

 ニヤリと歪んだ笑みを浮かべ、春吉は残りの珈琲を全部飲み干し、御堂に替わって話し始める。

「奴らは魔族との交信が現在の人間の科学力では不可能とわかり、魔族の技術に着眼する事にしたんだ。とは言ってもその技術が記されているのは現在、魔道書と呼ばれている黄金時代の本だけ。しかも、その8割近くは聖十字教会が保有している。はっきり言って絶望的と言っていい状況だ。まだ教会に見つかってないたった数冊あるかないかの魔道書を教会に見つからないよう探し出すなんてまず不可能だ。しかし、奴らはやってのけた。まるで魔道書の方から近づいてきたみたいにいとも簡単に手に入れた。そして、その魔道書の研究から導き出されたんだ。人間という生きた器を媒体としてその身に魔族の魂を召喚すれば魔族の魂から媒体の人間が情報を読み込み、人間の言語に翻訳、伝達するという魔族との一方的交信が可能、という結論が。奴らはこの方法は禁忌の深淵に踏み込む術とし、禁人(タブー)計画と名付けた」

 隼人に禁人(タブー)計画を話す春吉の顔は怒りに歪み、手は震えていた。

 見ているのが辛くなる程だったがとても隼人が止める事は出来ないように思われた。詳しくはわからないが春吉と隼人では背負っているものが違う、そう直感的に感じた。だから、隼人がどんな言葉をかけた所で意味はないと悟ったのだ。

 そんな春吉に気を使ってか、御堂がここからは私が話そうと春吉の肩に手を置いた。

「計画が始動してからは急速に事が進められた。研究者達は捨て子やホームレスや人身売買をあたって媒体となる人間を集め、禁人(タブー)を量産したのさ。しかし、その成功率は3割にも満たなかった。集めた100人以上の人間から成功例はたったの24人。失敗した人間は召喚した魔族の魂に飲まれ、皆不完全な異形へと変貌を果たしたため、地下の牢獄に閉じ込められた。そして量産された禁人(タブー)は薬によって制御され、その力で地下の怪物達の処理や研究者達に魔族の知識を伝達する。もうわかっているだろう。私たちはその研究の成功例24人の内の生き残りなのだよ。」

「生き残り? どういう事ですか?」

「ああ、禁人(タブー)24人の内、11人が死んだよ。5年前、聖十字教会の祓魔師が襲撃してきたんだ。人間を集めた時に目立ちすぎたのが原因だったのだろうね。相手はたった3人しかいなかったのに為す術もなかった。死んだ11人の同志達が命懸けで私たちを逃がしてくれたのだ。だから、私は死んだ彼らに代わり、生き残った禁人(タブー)達を守る義務がある。それで今の状態に落ち着いているというわけだ」

 御堂は話し終えると一息ついて珈琲を口にする。その後「何か質問はあるかい?」と聞いてきたので、 隼人は現時点での最大の疑問について質問した

「はい、御堂さんや春吉の事や禁人(タブー)についてはよくわかりました。でも、何故俺は禁人(タブー)となってしまったのかがわからないのですが……」

「うーん……。最初にも言ったが、私もそこについては全く見当がつかない。すまない、力になれなくて」

御堂は顔をしかめると、苦笑いを浮かべながらそう答えた。

「なんかキッカケみたいのはないのか?」

 春吉は隼人に質問する。

「キッカケ?」

「ああ、突然そうなるとかいうもんじゃないからなぁ、禁人(タブー)は。何かそうなったキッカケがあった筈だ。怪しい集団に襲われたとか、誰かに眠らされて気が付いたら身体に違和感を感じるようになったとか」

「いや、流石にそんな事はないな。でも……自分の異常に気付いたのは昨日だ」

「ほう、何があったのかね、隼人君?」

「はい、俺一昨日トラックに轢かれて一度死んだんです……でも、その葬儀中に俺が生き返っちゃって」

「おい、それ聞いてねぇぞ! 何でその事話さなかったんだよ!」

 春吉が隼人に噛み付くように追求してくる。

「い、いや、その事故以上に自分が生き返った事でいっぱいいっぱいだったんだよ」

「まぁ、急にそんな事があれば動揺もするだろう。しかし……それでもわからないな。隼人君は一体いつ儀式を施されたのか……」

 結局、この件については何も分からず終いであった。

 


3人のコーヒーカップが既に空になり、話しも一旦区切りが付いた所で御堂は春吉に珈琲を追加で淹れてくるよう頼んだ。

 一瞬、怪訝な顔をした春吉だったが、御堂の拳を固める所作を見た瞬間、慌てて3つのコーヒーカップを手に部屋を出て行った。

「さて、立華君。ここまでの話しから私たちが聖十字教会に狙われている事はわかるね?」

「はい、教会の教えに対し禁人(タブー)は存在そのものが背教的存在になっているって事ですよ

ね? 御堂さんたちが悪いわけじゃないのに……」

「はははっ、立華君は優しいね。だが、教会の祓魔師も自分の信じる道に従い、行動しているだけだしね。どちらかが悪いというのはないんだよ」

 すると、御堂は急に笑顔から真顔になり、隼人をじっと見つめた。

 その目からは厳しさが感じられ、思わず隼人は目を逸らしそうになる。

「立華君、君に1つ問おう。君はこれからどうしたいんだい?」

「……え?」

 隼人はすぐに質問の意味を理解できなかった。

「君は既に教会に目を付けられてしまっている。もう人間の生活には戻れないだろう。しかし、君にはまだ2つの選択肢が残っている。まず1つ目は隠れながらだが、平穏に暮らす選択。私たちのようにこの図書館を根城としてね。私たち禁人(タブー)はほとんどが通常時人間とほぼ同じ容姿をしているから問題はないよ。残念ながらもう人間だった頃程自由に行動はできないだろうが安全は私が保証しよう」

 ここまで話すと御堂は一息つき、ゆっくりと2つ目の選択について話し始めた。

「次に2つ目の選択肢は教会と真っ向から戦う、という選択。つまり、自分を討伐しにくる祓魔師を返り討ちにしながら生きていくという事だ。この場合はこの図書館には2度と近づかないでもらう。この図書館で暮らしている禁人(タブー)達のためにね。最低限戦闘や力の手ほどき位はしてあげてもいいが、基本的にその後はずっと死ぬまで1人で戦い続ける事になるだろう。苦しく辛い茨の道だ。さぁ、君はどちらを選ぶ?」

 御堂の真っ直ぐな視線が隼人を貫いた。

 正直隼人には自分がこれからどうするべきかなんてわからなかった。急に死んだと思ったら生き返っていて、しかも教会の祓魔師とかいう武闘派集団に狙われたり、しまいには自分が人間でないという事まで思い知らされた。

 正直もう限界だ。

 だから、ここはもう深いことなど気にせず率直に言おう、自分の気持ちを。

「俺は正直祓魔師が怖いです。思い出すだけで体の震えが止められなくなる。でも、俺はまだ死にたくない。彼らが語る正義に如何に正当性があったとしても、今あいつらに殺され死ぬのだけは絶対に嫌だ」

 自分でも所々論理性を欠いているのはわかっている。

 だが、続ける!

「俺は今まで何も掴み取れなかった。両親も妹も……人間として生きる事さえも。だから、せめて今までの日常を取り戻したい……人と話したり、笑ったり、何があるってわけでもない平凡な日常。俺にはもうその日常位しか取り返しのつくものがないから……。それだけは絶対に諦めたくない。」

 しばらく御堂は黙っていたが、隼人の目を再度見つめるとこう返してきた。

「だが立華君、君がやろうとしている事は運命に対して抗うのと同じ事だ。実に長く辛い道のりになるだろう。君はそれに耐えられるのかい?」

「勿論です。俺の日常は誰にも奪わせない、どんな事をしてでも!」

 長い沈黙が流れた。

 隼人にはもう迷いはなかった。ただ、御堂をまっすぐに見つめるだけだった。御堂はそんな隼人を見るとまたさっきと同じ和やかな微笑を浮かべた。

「わかった。合格だ、隼人君。正式に君を仲間に迎え入れよう」

「え? 一体どういう――」

「最初っからお前は御堂さんに試されてたんだよ。お前が隼人たちの仲間になるに相応しいやつかどうかな」

 そう言って春吉が部屋のドアを開け、中に入ってきた。

 しかし、その手にコーヒーカップはない。

「何かから逃げるという行為は特別な行為でな、同時に何かを捨てる事でもあるんだ。だから何かを持っている奴にしかできない。しかし、俺たち禁人(タブー)は生まれてしまった時点で全てを失っている。つまり俺たちにはもう捨てられるものなんて残っちゃあいない。元々逃げることなんてできない生き物なのさ。だから真っ向から世界とぶつかっていく覚悟を持たなきゃならない。逃げることが叶わない以上、進むしかないからな。御堂さんはお前にその覚悟があるかどうか試したのさ。そしてお前はその覚悟を認められた」

 隼人はよく状況が飲み込めていないが、どうやら無事彼らの仲間として認められた事はわかった。御堂が隼人を名前呼びしてくれたのがその何よりの証拠だろう。

「いや、意地悪な質問をしてすまなかったね、隼人君。図書館に近づくなとかは嘘だから安心してくれ。君の覚悟、確かに見せてもらったよ。それでは、仲間のところに案内しながら私たちについて今一度説明しよう。春吉君、彼にアレを」

 すると春吉はポケットから1枚のカードを取り出して隼人に手渡した。

 カードには『Staff Card』と書かれている。

「それが私たち禁人(タブー)の組織『Walker』に所属している事を示すカードであり、それがないと必要な施設に入れないから注意してね。まぁ、普段は図書館のスタッフである事を示すものだけどね」

 御堂がカードについて説明しながら部屋から出るよう促す。

「『Walker』というのが組織の名前なんですか?」

 隼人は部屋から出た後、御堂に先導され何処かへ向かう中、組織名を再度確認する。

「ああ、『Walker』ってのは『歩む者』って意味だ。進み続けるしかない俺たちにはピッタリの名前だと思わないか?」

 春吉が御堂の代わりに組織名について説明を入れる。

 一体そこで何をするのか、どんな人達がいるのかはわからない。しかし、隼人はここでならきっと希望を掴み取れるかもしれないという確かな確信を得ていた。

 絶対に諦めない、そう胸に誓った時、

「さぁ、着いたよ。ここが『Walker』のベースルームだ」

 目的地に到着したようだ。

御堂は自分のカードを取り出し、扉の右に設置されているカードリーダーにスライドし、ロックを解除する。

「さぁ、中に入ろう。皆も待っている」

 そう言って御堂は西洋風の装飾が施された扉をゆっくり開いていくのだった。


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