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親友同盟  作者: 奏多悠香
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 秋も深まったある日、私は小さなカフェのテラス席に座っていた。友達から貸してもらった小説を開いて顔を近づけると、少し香ばしくてあたたかな紙のにおいが鼻をくすぐる。目を閉じてすーっと息を吸い込み、本の香りとともに飛び込んできたコーヒーやケーキの香りを味わう。それらはいつだって、私を幸福感で満たしてくれる。


 風と共にふわりと声が聞こえた気がして目を開け振り向くと、道の向こう側から駆けてくる親友の姿が見えた。


「ごめーんお待たせ!」


 息を切らせながら、彼女は薄手のコートをささっと脱いで椅子の背もたれに掛け、いそいそと椅子を引いて腰かける。


「美雪。お疲れ。そんなに急がなくても平気だったのに」


親友のちょこまかとした動きを見ながら私は笑みをこぼした。


「だって、さゆみは絶対に時間より早く来てるから待たせちゃうと思って!」


 わたし、常盤さゆみは「10分前の女」。待ち合わせ時刻の10分前には必ず到着して待っているタイプ。

 そして、親友、種村美雪は「10分後の女」。待ち合わせには必ず10分遅れて到着する。

 だからこの親友との待ち合わせでは私は大抵20分くらい待つことになる。それは中学の時から10年間、変わらないこと。

 今では、待ち合わせ場所は必ずカフェ。以前にはハチ公だとかそういう「待ち合わせポイント」で待ち合わせをしていたこともあったけど、そういうところに20分もぼんやりと立っているとナンパ待ちと間違われ、えらくしつこく声を掛けられたりするので面倒なのだ。

 20分待つことがわかっているから、私は美雪との待ち合わせには必ず本を持ってくる。大好きな本を読んで大好きな親友を待っている時間は、ちっとも苦じゃない。

 そう伝えると、親友は大輪の花が咲いたように笑う。もうすっかり街は秋色に染まっているというのに、この子はいつでも真夏に咲くあの黄色い花のようにエネルギッシュだ。


「さゆみまた綺麗になったぁ? いいなぁ。髪いじらせてほしいなぁっ」


 美雪は高校卒業後に美容専門学校に通い今は美容師をしているので、会うたびに髪型や髪の色、ネイルなどにチェックが入る。だから美雪と会うときは、いつもより念入りに、お洒落をして出掛ける。デートに行く女の子みたいに、前日から服を選んだりして。


「そう言う美雪こそ。幸せオーラが漂ってるよ」


 大輪の花に向かって私はほほ笑んだ。美雪がひまわりだとしたら、私は何の花だろう。季節はいつかな。


「そう? やっぱり、わかっちゃう?」


 いつもは「そんなことないよーっ」という美雪の返答が今日は違ったので、私はふっと固まった。美雪の真ん丸い瞳を見つめる。


「ふっふっふっふっ……」


 美雪が得意げな笑いをこぼしながら顔の前にかざしたそれを見て、私は表情を取り繕うのにものすごく苦労した。顔の筋肉を総動員して口角を上げ、目尻を下げ、目を見開き、口を大きく開ける。


「うっそ! 婚約したの? おめでとう!」


 声が少し震えたけど、たぶん一番隠したい心の動きは隠せたはず。ビッグニュースだから、少しくらい動揺していても不自然ではないし。

 鼓動が駆け足くらいに早くなって、息遣いまで乱れる。

 ひょいとかざされた美雪の左手の薬指には、ダイヤモンドが燦然と輝いていた。


「おとといの誕生日にね、いただきましたぁっ!」


 ――ああ……


 私はかたわれの顔を思い浮かべる。


 ――(そう)くん。君はこのことを、知っているの?


 これ以上ないほどの幸せオーラを放っている親友を前に、私の心は6年前のあの日に連れ戻されていた。


 ――私たちは、同志だね。

 ――そうだね。

 ――親友同盟。

 ――うん。仲間だ。


 そう言って私と松下蒼(そう)は固く握手を交わした。握った手は暖かくて、心臓をぎゅっと掴まれたような気持になったのを今でもよく覚えている。

 「親友同盟」は、親友になろうねっていう同盟じゃない。

 それよりずっと苦くて切ない……互いの親友の恋を見守る同盟。


 私が蒼くんに出会ったのは、高校1年生のとき。隣のクラスのその人は、入学直後からいつも女子の話題の中心だった。180センチを超える身長に小さな顔。整った優しい顔立ち。あまり口数が多くなくて、いつも特定の男友達と一緒にいる。そんなところも、人気の秘密だった。

 でも私が見ていたのは、蒼くんの隣の人。蒼くんの中学時代からの友達、堀悠斗(ゆうと)くん。

 堀くんと私は同じクラスで、入学後の最初の席替えで席が隣になった。蒼くんみたいに目立つ容姿ではないけどいつもニコニコ笑っていて、気さくで優しい人だった。人見知りでなかなかすぐに人と打ち解けられない私にもいつも元気に話しかけてくれて、私はすぐに堀くんのことを好きになった。照れくさくて誰にも打ち明けなかったけど、見ているだけで幸せになれるくらいに好きだった。

「堀くんって何か堅苦しいからさ、悠斗、でいいよ」そう言われてすごくうれしかったけど、照れくさくてなかなか呼べなくて、私はときどきこっそり自分の部屋で「悠斗くん」って呼ぶ練習をしていた。いつか呼べるといいなって思って。

 だけど、そう呼ぶ日は来なかった。高校1年生の秋、堀くんに彼女ができたから。それは私の中学からの親友、美雪だった。

 美雪といつも一緒にいる私と、堀くんといつも一緒にいる蒼くん。

 私と蒼くんはそんな風にして知り合った。

 そしてほどなく、私たちはお互いの秘密に気づいてしまった。

 蒼くんがいつも美雪を目で追っていること。

 私がいつも堀くんを見ていること。


「松下くん、美雪のことが好きなの?」

「常盤さんは、悠斗のことが好きなの?」


 ――うん、そうだよ。


 私たちはそうやって互いの気持ちを確認した。

 私は美雪と堀くんの恋をちゃんと応援していた。その気持ちは嘘じゃない。美雪が幸せそうにしているのを見るとうれしかったし、堀くんが幸せそうな姿を見るのも好きだった。

 ただ、どうしても胸が痛むのを止められないだけ。

 蒼くんも、同じだった。


 そしてあの日、「親友同盟」を結んだ。


 堀くんにとって私は「美雪の親友」でしかなくて、美雪にとって蒼くんは「堀くんの親友」でしかない。

 私と蒼くんは、好きな人から「彼女の親友」と「彼氏の親友」のレッテルを貼られた二人組。だから、「親友同盟」と名付けた。


 互いの胸の痛みをこっそりと分かち合うそれは、とても苦くて切ない同盟だった。


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