頑張れ大悟
「いらっしゃいませー!」
道路を行き交う人間が、忙しそうに歩いている。毎朝の名物、通勤ラッシュ。そんな人間達を尻目に、里山大悟は朝食を購入するため、コンビニに足を運ぶ。全国各地に展開する、某7の付く有名なコンビニだ。
開閉ドアを開くと、店員が営業用マニュアルスマイルでお出迎え。一糸乱れぬ動きで、お弁当コーナーに突き進む大悟。一分一秒でも、時間が惜しいのだ。
大悟は基本的に超が付く程の低血圧で、朝が苦手でなかなか起きられない。
それが原因で、大悟は通勤途中にコンビニに寄り、朝食を食べながら通勤する。と、いうのが大悟の朝のライフスタイルだ。
おにぎり三つを手に取り、店の奥に設置してあるドリンクコーナーに進む。カラフルかつ、様々な飲み物が連なる場所だ。大悟はお目当ての品を見つけると、左手を伸ばしてカフェオレをつかみ取る。そのまま会計を済ませる為、レジに向かう。ふとレジの脇に視線を向けると、「新発売!激怒ーナッツ♪」
……なんてネーミングセンスだろう。つい、笑ってしまいそうな名前のドーナツだ。しかも、紫色のドーナツ。どんな味だろう?
気になった大悟は、激怒ーナッツも手に取り、レジに品物を出す。
「ありがとうございます。105円が一点……125円が……」
ここで、大悟は妙な感覚に捕われた。大悟は、このコンビニの超常連だ。店員のシフトすら覚えてしまう程通いつめている。確か、いつもなら、この時間の店員はオーナーの水島さんという四十代のおばさんだ。大悟がレジの前に立つと、「またあんたかい?毎日ごくろーさん。」と呟く水島おばさんだ。
だが、今日はいつもとは感じが違う。声も、なんだか若々しい。
あれ?水島のババアじゃねーのか?と疑問に感じた大悟は、ここで初めてレジを打つ店員の顔を直視してみる。
「883円になります。」
「え?あっ、はぁ……」
思わず、見とれてしまった。なぜなら、大悟のハートにドが付く程のストライクな美女が、そこに立っていたからだ。大悟の心は、完全に美女に奪われた。簡単に言えば、一目惚れだ。超絶スーパー美女と褒めたたえても、過言ではない。それほど、大悟の前に立つ美女は美しかった。
スタイル抜群!顔カワイイ!声もヤベェ!アニメの声優じゃねーの!?なんかイイ匂い!
様々な思考が頭の中を駆け巡る。そんな大悟に美女は、優しく、丁寧に告げた。
「すいません……お金、無いんですか?」
「あわわっ……スンません。い、今!払います!」
美女は、いつまで経ってもお金を払わない大悟を怪しく思い、軽い催促をしたのだ。大悟は、完全に支払いの事など頭から消えていた。いつの間にか、後ろには軽い列も出来ており、テンパる大悟。後ろからの視線が背中に刺さり、痛い。早くしろよ。と言う、無言の重圧がのしかかり、さらにテンパり財布を床に落としてしまう。小銭が盛大にばらまかれ、恥ずかしい事この上ない。
「チョーウケる!(笑)」
後ろに列んでいた女子高生に、指を指され笑われる大悟。ただの間抜けだ。周りからは、冷ややかな視線とクスクスと笑う声が大悟に注がれる。
……最悪だ。朝っぱらから、ツイてない。よりによって、自分好みの美女の前で、醜態を晒してしまった。速攻で支払いを済ませ、逃げるようにコンビニから出て行く。
「8時05分発〜…電車が〜……略。」
「うわっ!?マジかよ!」
駅前まで来ると、電車がホームに進入するから気をつけろ!黄色のラインより下がれ!!死ぬぞ!!!の警告アナウンスが聞こえて来た。
つまり、大悟が乗りたい電車が、ホームに来るという事だ。大悟は走った!必死に走った!何故ならこの電車を逃すと、遅刻するからだ。それはもう、メロス並の爆走だ。今の大悟なら、1ハロンを15秒で走る勢いだ。
そして、なんだかんだで間に合い、空いている座席に適当に腰を降ろす。
早速、コンビニで購入した朝食をビニール袋から取り出し、おにぎりを頬張る。
(相変わらず混んでるなぁ〜…まあ、座れたからどうでもいいけど。)
なんて事を思いながら、目の前に立ち、電車に揺られる人々を見て、ちょっぴり優越感に浸っている時だった。
「………っぁ、いゃ。」
「……??」
なんだか、官能チックな声が聞こえてくる。その声は、大悟の前で立っている女子高生の声だった。よく見てみると、しきりに右手を後ろ……いわゆるケツに向けて動かしている。
(尻が痒いのか?……電車の中で、尻を掻く女子高生って、なんか珍しいな。)
壮大な勘違いをしている大悟。ぶっちゃけ、大悟は女子高生よりも、先程コンビニで買った激怒ーナッツの味の方が気になっていた。
モグモグ……モチモチ……モグモグ…………ゴックン♪
………いたって普通のドーナツの味だ。これには、凄まじくがっかりした大悟。派手な名前で、値段も普通のドーナツの三倍はした。もう買わないからな!と、固く心に誓った大悟であった。
(………ん?まさか、普通のドーナツとなんら変わらない味なのに、値段は三倍。ふざけんな!って気持ちになるから、激怒ーナッツって名前なのか!?ああ!そうかあ。成る程ね、納得。)
一人で納得していると、目の前に立っている女子高生は、両手で吊り革をにぎりしめ、涙で頬を濡らしながら、必死にナニかに耐えているような表情を浮かべていた。
(なんだ?ケツが痒いからって、泣く事ないじゃん?最近の女子高生は、そんな事で泣いちゃうのかぁ……。デリケートなんだなあ…)
またまた壮大な勘違いをしている大悟。感のイイ読者なら、もう気付いているだろう。この女子高生は、痴漢にあっているのだ。しかし、大悟は気付かない。バカだからだ。
(あっ、そうだ!俺がこの子に席を譲ってやれば、ケツを人から見られずに、なんとか掻けるんじゃないか?)
「ねえ?ちょっと…」
大悟は席を立ち上がり、席を譲る為に女子高生に話しかける。すると、女子高生の背後に立っていたオッサンの体が、ビクッ!と揺れ動いた。何事かと思い、ふとオッサンを見てみると、女子高生のスカートの中に、右手を堂々と突っ込んでいるではないか。馬鹿な大悟でも、やっと状況が理解できた。この女子高生は、ケツが痒くて泣いていたのではない。痴漢にあって、泣いていたのだ。
「………。」
「………。」
変態オッサンと視線が交錯し、大悟は戸惑った。何故なら、二十一年間生きてきて、こんな場面に出くわした事は、生まれて初めてだからだ。
とりあえず、大悟は変態オッサンの右腕を掴むと、強制的にスカートから腕を離し、そのままオッサンの顔面に頭突きをかました。なにしろ、相手は変態痴漢野郎だ。何を仕出かすかわかったもんじゃない。手っ取り早く黙らせるのが一番だと思った大悟は、頭突きでよろめいた変態オッサンの胸ぐらを左手で掴み、右ストレートを顔面にぶち込み、右膝で股間の急所に蹴りを入れる。
大悟が急に暴力を振るいだしたので、周りの乗客は何事かと思い、大悟と変態オッサンに視線を向ける者と、巻き込まれたくないのでその場から離れる人間とで分かれていた。
大悟は容赦がなかった。下半身を押さえ、崩れ落ちたオッサンの背中をこれでもかという程、めちゃくちゃに踏み付け、「変態」とか「許さねえ」と罵りながら暴れていた。ぶっちゃけると、さっきコンビニで恥をかいたストレスをただ単に変態オッサンにぶつけているだけだった。ヒドイ主人公だ。
「ふぅっ……これに懲りたら、もう痴漢なんかするんじゃねえぞ!」
この大悟の台詞で、周囲の人間達はようやく大悟が痴漢をボコッていたのか。と、理解した。
「次は〜……○○駅。お出口は〜…略。」
おらっ、駅に着くぞ!降りる奴はさっさと降りろ!と、いうアナウンスが聞こえて来た。
大悟は変態オッサンの襟を右手でわしづかみ、そのまま出口に向かう。
「あっ、あの!」
後ろから呼び止められ、振り向くと痴漢に遭った女子高生が、何か言いたそうな表情で大悟を見つめていた。
「……ん?俺?」
コクンと首を縦に振る女子高生。なんだかんだで、電車は駅に着いていたので、早く降りて変態オッサンを駅員に引き渡し、会社に行きたい大悟。朝っぱらからいろんな出来事があったし、入口で人間を引きずっている為、ちょっと邪魔になっていた。正直さっさと行きたい気分だったが、無視する訳にもいかない。
「あっ……あの!本当に、ありがとうございました。もし……その…ご迷惑じゃなかったら、お礼をしたいので、連絡先を教えていただけませんか?」
女子高生が喋り終わった途端、オラアアア!ドアが閉まるぞ!次の駅まで飛ばすぜ野郎共!!と、いうアナウンスが聞こえて来た。
これには、困ってしまった大悟。お礼?女子高生のお礼!?めっちゃ気になるなあ。さりげなく、女子高生と連絡先の交換も魅力的だなあ。と、思っていた。だが、時間がない。呑気に連絡先を交換していれば、電車が出発してしまう。そして遅刻だ。
「あっ、ワリィ。時間もないし、行くわ。お礼なんかいらないよ。男として、当然の事をしたまでさ。」
言って、颯爽と電車から降りる大悟。あんな事を言っていたが、内心「ぎゃああああああ!勿体ねえええ!せっかく、せっかく女子高生とお友達になれるチャンスだったのにいぃぃ…」と、凄まじく後悔していた。大悟は二十一にもなって、いまだにさくらんぼ君(童貞)だ。ついでに、彼女いない歴も自分の年齢と比例してしまう。神が授けた千載一遇の超大チャンスを自分で蹴ってしまったのだ。変態オッサンは、駅のホームに放置する事にした。THE・放置プレイだ。ぶっちゃけ、駅員に引き渡す気力を失ったのだ。それほどまでに、ショックを受けた大悟。
トボトボと歩きながら、会社を目指す大悟。その姿は、まるでゾンビのようだ。
ポトッ…!
かばんに入れてあった名刺入れが、何故か道路に落ちてしまった。それを見た瞬間、大悟は絶叫した。
「ああああああああああああああああ!!!名刺!そうだよ!名刺を渡せばよかったんだあああああああああああああ!!!ぎゃあああああああああ………」
☆〜〜〜☆
「もしも〜し、里山さん?聞こえてますか〜?」
会社に着いて、毎朝の恒例行事、社長のありがたいお話が聞ける時間。略して朝礼が始まった。しかし、大悟は社長の講釈なんかどうでもよかった。ショックから立ち直れないからだ。隣で話を聞いていた、二十一歳・独身OL・ちなみに恋人募集中の同僚、武藤美奈子が廃人同様の大悟に気付き、喋りかけてみる。
……ぶつぶつ。……ぶつぶつ。
ん?何か呟いてる?武藤は耳をすませてみる。すると、小さい声で「女子高生とお友達。女子高生の彼女。女子高生万歳。名刺を渡せば……」と、呻いていた。
「ちょっと、里山さん?女子高生がなんだって?まさかとは思うけど、援交なんかしてないよね?」
「………はぁ。」
大悟は武藤を見て、ため息をついた。何故なら、朝に出会ったコンビニの超美女と痴漢から助けた女子高生は、死ぬ程可愛かったからだ。だが、現実は顔もたいしたことない、性格もそんなによくない、うるさいだけの同僚が横にいる現実を突き付けられ、ため息しか出なかった。
「なにため息なんかついてるのよ?朝から私が話かけてるのに、そんな態度する訳?もう一度言うけど、この私が話かけてるのよ?話かけてられて、光栄に思いなさい。」
「………はあぁぁぁぁ〜。」
本当にうるさい女だ。頼むから消えてくれ。シベリア支社辺りに転勤になればいいのに。と、思いながら武藤を見つめ、再びため息をつく大悟であった。
☆〜〜〜☆
「だ〜か〜ら〜…マジかわいいんだって!どのくらいかわいいかと言うと、石原さとみと上戸彩を足してさらに倍にしたような可愛さなんだって。」
昼休みに、今朝出会った美人二人の容姿を同僚に説明する大悟。
「んあぁ?石原?上戸?誰それ?」
「ああ!?芸能人だよ。しらねーの?」
弁当おかずを頬張りながら、首を傾げる同僚。それもその筈。何故なら、彼はアニメと漫画しか興味がない、オタクの同僚。略してオタ同だからだ。そんな彼に、芸能人の話をしてもわかる訳がなかった。
「よし、わかった。じゃあこうしよう。新劇場版エヴァのヒロイン全部足して倍にしたような可愛さだ。」
「……マジ?」
「マジだって。女子高生の方は、ナウシカとサンをかけて、さらにシータの清純さをぶっこんだようなカンジだった。」
「ぶひッ!?そ、そんなに可愛いのかい?」
「ああ、めっちゃイケてたゼ。」
二人とも、アホみたいに興奮しながら弁当を平らげる。お茶を飲んで、一息付いたタイミングで大悟は口を開いた。
「……で、相談なんだが、女の子の口説き方教えてくれよ。お前、得意だろ?ギャルゲーとかエロゲーとか、極めたって言ってたよな?」
完全なアホである。相談する相手を間違っている事に気付いていない大悟。ギャルゲーが得意になれば、女の子を落とせるという考えは完全に間違いだ。そんな理屈が通れば、世の中のモテない男達は全員リア充に昇華するであろう。
「ぶっ、ぶひっ!?あのですなあ、大悟くん。それで女の子と仲良くなれるなら、僕はいくらでもそういうゲームをやり込むよ?現実とゲームはぜんっぜん違うカラ。僕が女の子にナンパしても、まず相手にされないよ…。」
オタ同の言う通り、彼はお世辞にも、モテる要素は少なかった。デブ・顔面崩壊・運動音痴・気が利かない・自己チューならぬオタチューであり、その事を自覚しながら諦めて直そうとしない、どうしようにもない男だ。
「だが、俺の周りには相談できそうな奴がお前しかいないんだ。武藤は、ホラ。性格がアレだし……マジでお前しかいないんだって!ゲームでもなんでもいいから、頼む!」
両手を胸の前で合わせ、頭を下げる大悟。そんな必死な大悟の思いに、渋々オタ同は口を開いた。
「……ん〜、とりあえず、カワイイを連呼して、褒めちぎればいいんじゃないかな?カワイイって言われて、不愉快になる女の子はまずいないと思うけど。」
「おお!褒めちぎり大作戦かぁ!!」
「だけど、注意点が一つ。馬鹿みたいに連呼すると、逆に馬鹿にしてるみたいだし、好感度もマイナスだよ。程よいタイミングで、褒めながら会話すればイイんじゃないかな?」
「よっしゃあああ!!流石、オタクだな。明日から実践してみるぜ!」
頑張れ大悟!彼女が出来るその日まで!!
終わり
続く…(かもしれない)
気が向いたら続編を書く…(かもしれない)