一零
先ほどまでの殺意は消え、戸惑いがちに振り向いた。
部屋は暗闇の中だが、部分的に照らされた明るみにその人物は立ち止まっていた。
最後に見たときから十年もの月日が経っていて少し背丈が伸び痩せた気はするが、青色の長髪に赤い瞳をしており紛れも無く、今でも一番に想い続けている人物だった。
「みど、り」
「あお・・・」
ふと言い表せることのできない熱い感情と共に涙が零れた。
「生きてて、よかった」
ガチャ、という鈍い音が背後から聞こえた。
直後スイッチが切り替わるように、蒼は体勢を戻し、威嚇へと短刀を身構えた。
どこから取り出したのか、もはや虫の息の状態の空が上半身を起き上がらせ、蒼ではなくその奥にいる翠に向かって銃口を向けている。
「させるかっ」
銃を握っている腕に、容赦なく刃を突き立てた。
しかし、空は何も反応もせずに一発、打った。
当然、直前のそれによって照準はずれてしまっていたので翠には当たらずに弾は流れた。
もう先ほどまでの不敵な笑みは空にはなかった。
「帰れ…!次は、…殺すっ…!はや、く…」
掠れるような痛々しい声で翠に向かって叫ぶ空。
蒼はここに来て初めて見る空の真剣な表情に、違和感を覚えた。
何よりも、短刀を突き立てたときの感触が、明らかに人の腕ではなかった。
「義手…?」
空の腕に突き立てた短刀はそのままだ。
血は一滴も流れ出ていない。
「かえ、れよお、はや、く、…」
血反吐と息切れに耐えんばかりにそう叫び、直後ようやく腕から銃を落とし威嚇状態だった空はそのまま地にふせた。
それを見て翠がこちらに来て、目の前で涙を零し倒れる空を見て動揺のあまり動けずにいた蒼を無視し、そのまま空のもとへと駆け寄った。
「どいて」
翠の真剣な形相に圧倒され、空の近くを離れた。
そのまま翠は空の近くに膝をついた。
「そらっ」
「翠、ねえ、なんで、きたの」
「ねえ、もう止めよう?もう無理見てるだけなんて耐えられない」
翠も涙を流しだした。
急に部屋が静寂を取り戻した気がした。
空の腹の傷からの出血を翠が両手を使って止めようとする。
それらがどうしても蒼には理解できない光景で目の前の翠が別人のような気がして不安がこみ上げてきた。
「なんで泣いて…そいつは村の人たちを…」
過去がよぎる。
状況的に見て、翠は何か勘違いをしているように見えた。
蒼の中での憶測が苛立ちと焦りを作り上げる。
「ちがう、空じゃない、殺したのは政府よっ」
「何も違わない、その政府に俺らを売ったのは空だ、今もお前を殺そうとした」
少し食い違っているようで、目を覚ませと言わんばかりに翠にそう主張した。
倒れている空の方を見ているので分からないが、彼女の悲しい表情が連想された。
「生かそうとしたのよ。それに空は売ったんじゃなく、買ったの」
否定しかしない翠のその言葉を、蒼はただ聞くしかなかった。
彼女は今も尚、空の出血を防ぐために両手を腹部に押し当て続けている。
「空は政府から出された私宛ての指令を、全てからの恨み役を買って出たの」
読んでくださってありがとうございます。
次で翠と空の不可解な行動の意味が分かります。
なんだか可哀相な空気に貶められた主人公。
主要な登場人物は残すところあと一人です。
果たして空の行動の真意は…!?
翠は十年を経ておばちゃん魂を心得たのか…!?←