崩壊
「あれから俺は一度もあのときの感情や何もかもを忘れたことは無い」
緊迫感が漂う。
なのに相変わらず空はへらへらと笑っている。
「それは光栄だなあ」
手袋をはめている片方の手で短刀を鞘から抜く。
「でもねえ、おかげで今は何不自由なく暮らせて楽しいんだあ」
その貴族な身なりと、空の背後の政府組織の影が想像できた。
次の空の行動が予想できた蒼は身構える。
空になった鞘はそのまま投げ捨てられ、音が目立った。
「…つまり、邪魔ってことだよお!」
瞬時に空の攻撃を避ける。その際、道化師と戦ったときに負った傷が少し痛んだ。
そのまま攻撃を繰り出してくる空に武器を持たない蒼はただ避けるだけを続けた。
「なんだあ、あんだけ言って逃げるだけじゃん、ほんと、昔と変わんないね」
「手加減してるって、分かってるんだろ」
次の瞬間、だん、と地面に人が叩きつけられる大きな音が響いた。
床と背中同士の空が僅かにうめき声を上げ、短刀を手離した。
カランと床を滑る刀の柄を、もう片方で空の首を掴んで馬乗りになった。
「言え、翠はどこだ」
彼の目にはもはや過去しか映らなかった。
殺意に憎悪の念が加算され、非情な視線のまま刃先を伸びている腕へと向ける。
「言わないのなら言わせてやる」
「腕やられたところでどうってことないよお、だって殺せないんでしょ」
劣勢だということにも関わらず、未だに空は不敵に笑う。
柄を握る手に無意識の内に力が入り、微かに軋む音がする。
「刺すなら殺す覚悟で来なよお、偽善者くん。
どうせ言っても届かない場所に翠ねえはいるんだから」
その言葉を聞いた直後、ぐちゃ、と生々しい音が鳴った。
刃先が十分に空の腹部に刺さっている。
「やっぱ、痛いねえ」
先ほどとはうってかわった小さな声で、息切れし出した空が言った。
声を絞るのもやっとのようだ。しかし未だに笑みは絶やさない。
その内、口からも血を吐き出した。
「よくも翠をっ」
そのまま腹部に刺した刀を抜き取り、呻いた空を無視し、今度は胸部へと振りかざした。
「今までの報いだ!」
「だめ!」
殺意むき出しの声より大きな静止の声が、蒼の動きを止めた。
声は背後から発せられ、蒼にとってそれはとても大事な人の声だった。
お久しぶりです。
刺されました空さん瀕死の状態です。
出ました蒼にとって大事な人。
次で更なる真相が主人公を追い詰めることになります。