第6話 森にひそむ影
ルークが初めて言葉を発した翌日、アイリスは胸に灯った小さな希望を抱きながら、森の空気を吸い込んだ。
「今日も、木の実を探しに行こうか。ルーク、ついてきてくれる?」
竜の姿をしたルークは、ゆっくりと立ち上がり、こくりと首を傾けるように動いた。
その仕草はまるで、人間の少年がうなずいたように見えて、アイリスの頬がほころぶ。
森は今日も穏やかだった。鳥のさえずり、風の音、葉のすれ合う音――。
けれど、その中に、違和感が混じっていることに気づいたのは、森の小道に差し掛かったときだった。
――コツン。
硬い靴音のようなものが、かすかに聞こえた。
足元に視線をやると、地面には誰かの靴跡が新しく残っていた。
「……おかしい」
この森には、人間は滅多に足を踏み入れない。
だから、誰かがここを通ったという事実に、アイリスは背筋を冷やした。
と、そのとき。
ルークが低く唸った。
その大きな体をアイリスの前に立て、牙を見せるようにして森の奥をにらむ。
「ルーク……?」
空気が、変わった。
葉の揺れる音がぴたりと止み、風の流れすら止まったように感じる。
影――それは、森の奥から現れた。
黒ずくめの男たち。顔には布を巻き、腰には短剣と魔石を帯びている。
「やっぱり……見つけたぞ」
一人がつぶやいたその声に、アイリスは思わず後ずさった。
王国の追手――それも、ただの騎士ではない。特殊部隊の者たちだ。
「なぜ……どうして、ここが……!」
「王都での異常魔力反応。そいつを追ってきたんだよ、"竜"をな」
男の目が、ルークを射抜いた。
その言葉に、ルークは唸り声をさらに強め、アイリスの体を守るように翼を広げた。
「やめて、お願い、彼は……」
「竜は危険だ。ましてや喋るなど言語道断だ。討伐命令が出ている。引き渡せ」
「できない……!」
アイリスは叫んだ。
この子を渡すくらいなら、ここで倒れた方がいい。弟を、もう二度と失いたくなかった。
「なら、力ずくで連れていくだけだ」
剣を抜いた追手の一人が、地を蹴った瞬間――
「……ッ!」
ルークが咆哮した。森が震え、追手の足が止まる。
「逃げるよ、ルーク!」
アイリスはルークの足元に飛び乗る。竜の背に抱きかかえられると、ルークは大きく翼を広げ、空へ――
逃亡が、始まった。




