第4話 風の通る場所
名もなき森に、朝が来た。
小鳥たちのさえずりが枝葉のあいだから差し込む光に響き、静かな目覚めを告げていた。
アイリスは、竜の翼に包まれて目を覚ました。
柔らかな体温。ほのかに草と風の匂いが混ざるその場所は、もうすっかり彼女にとって“家”になっていた。
「おはよう、ルーク」
彼女が声をかけると、白銀の竜がゆっくりと首を持ち上げる。
金の瞳が優しく瞬き、眠たげな表情のまま彼女の方に顔を寄せた。
「よしよし、今日も元気そうだね」
朝のあいさつは、もうすっかり日課だった。
ルークと暮らし始めてから数日が経っていた。
最初は戸惑いも多かったけれど、今では焚き火を起こすことも、木の実を集めることも、少しずつ慣れてきた。
「今日もあの場所に行こうか。川のそばの、あの風がよく通る場所」
そう言って立ち上がったアイリスに、ルークは嬉しそうに尻尾を揺らす。
二人が向かったのは、森の中でもとびきり風通しのよい小さな丘だった。
高台になっているその場所は、空が近く、遠くまで木々が見渡せる。
「ほら、ここだよ。覚えてる? 初めて来たとき、風に乗って飛んでくれたよね」
ルークはその言葉に応えるように翼を広げる。
陽の光が鱗に反射して、七色のきらめきが辺りに広がった。
「ほんと、綺麗……」
アイリスは草の上に腰を下ろし、空を見上げた。
どこまでも広がる青と、すうっと流れていく雲。こんなにのんびり空を眺めたのは、いつぶりだっただろう。
「ねえ、ルーク。ここ、あの世界にも似た場所があったよね。学校の裏の、小高い丘」
ルークはそっと彼女の隣に座るようにして、首を寄せてきた。
「お弁当持って、よくふたりで食べたよね。……でも、あの頃の私は、勉強やら部活やらでいつも忙しくて。あんまり、ちゃんと向き合ってあげられなかった」
ポツリとこぼしたその言葉に、ルークはただ静かに寄り添う。
「……だから、今はちゃんと向き合いたい。たとえ人の姿じゃなくても。あなたが私の大切な弟なら、私は、あなたの姉でいたいから」
風がまた、ふたりの髪と鱗を揺らす。
どこか遠くから聞こえる鳥の声が、そんな決意を包みこむように響いていた。
名もなき森の中で、ふたりだけの小さな日々が、確かに息づいていた。




