第23話 逃げ道の先に
息が切れる。
喉が焼けるように痛む。
それでも、アイリスはルークの手を離さなかった。
「もう少し……あと少しで、森を抜けるはず……!」
葉を踏みしめる音の向こうから、甲冑のきしみが響く。王国騎士団が、すぐそこまで迫っていた。
「お姉ちゃん、こっち……崖がある!」
ルークが森の切れ間を指差した。その先には、断崖がそびえていた。眼下には濃い霧がかかり、底の見えない渓谷が広がっている。
「行き止まり……っ。でも、追いつかれたら――」
アイリスは迷う暇もなく周囲を見回した。逃げ道は、ほとんどない。今いる場所は、いわば袋小路だ。
後方から、騎士の一人が叫んだ。
「逃げても無駄だ!その少年を引き渡せ!貴様らの罪は、あの竜と同等だ!」
その声に、ルークの身体がびくっと震える。
「ぼく……また、お姉ちゃんを困らせてる……?」
「ちがうよ、ルーク」
アイリスは強く否定し、しゃがんで彼の目をまっすぐに見た。
「あなたの命を、ちゃんと“生きてる”って呼べるようにするために、私はここまで来た。だから絶対に、諦めない」
ルークの目に、涙が浮かんだ。
「お姉ちゃん……」
アイリスはその手を取り、立ち上がる。そして、渓谷の縁に立つと、遠くの霧の中を見つめた。
――風が吹いた。下から吹き上げる風。
「風が……下から?」
そう、これはただの渓谷ではない。
アイリスは、記憶の片隅にあった古文書の言葉を思い出す。
かつて精霊の風が生まれたという“忘れられた谷”。
そこには、風に乗り、かつて竜が舞ったという伝説がある。
「ルーク、思い出して。あなたの中には、まだ力がある。少しでいい……あのときみたいに、私を守ってくれたときみたいに――」
「でも……ぼく、もう、竜じゃないよ……」
「ちがう。あなたはルークで、そして、私の弟。その力は、あなたのものなの。だからお願い……飛ぼう、一緒に!」
迫る足音。数秒後には、騎士たちがこの場に到達する。
ルークは、唇を噛んでうなずいた。
「わかった……お姉ちゃんとなら、ぼく、飛べる!」
その瞬間、彼の背中から淡い光が立ち昇った。かつての鱗のような、けれど柔らかな光の粒子。それは風を巻き込み、ふたりを優しく包み込む。
「せーのっ!」
アイリスとルークは、同時に崖を跳んだ。
風が舞う。霧が渦を巻く。空が、開けていく。
騎士たちが崖の縁に駆け寄り、見下ろしたときには、すでにふたりの姿は霧の中に溶けていた。




