第14話 もう一度、名前を呼んで
魔喰獣の咆哮が森を震わせる。
その巨体は炎を纏ったように見え、吐息一つで大気が歪む。
アイリスは剣を構えたまま、竜の姿に戻ったルークと背中合わせに立った。
「ルーク、タイミングを合わせて。私が左から注意を引くから、君は右から回り込んで――!」
「わかった!」
言葉少なに交わした作戦。だがその呼吸は、幾度となく共に過ごしてきた二人にとって、ごく自然なものだった。
アイリスは地を蹴る。
魔喰獣の爪が空を裂き、彼女のマントをかすめる。剣を横に払い、相手の注意を惹きつけたその瞬間――
「うおおおおおっ!!」
ルークが雄叫びを上げ、翼の風圧で魔喰獣の体を押し倒す。
その一撃は確かに効いた。だが、魔喰獣も黙ってはいない。呻き声とともに立ち上がり、黒い煙をまき散らして再び突進してくる。
「っ、こいつ、しつこい……!」
アイリスの額に汗が滲む。
すでに何度も攻防を繰り返していた。相手は魔力を喰らう性質を持ち、精霊の力も打ち消される。普通の剣技も通じにくい。
だが、それでも。
――ルークを守る。それが、彼女のすべてだった。
「姉ちゃん!」
その声に振り向いた瞬間、ルークが体を張って彼女を庇った。
魔喰獣の爪がルークの肩を裂き、銀の鱗が飛び散る。
「ルークッ!!」
「大丈夫、まだ……動けるっ」
血を流しながらも、彼は立っていた。
そして、アイリスの手を強く握った。
「姉ちゃん。……ありがとう。僕、ずっと言えなかったけど、ずっと思ってたんだ。もう一度、名前を……呼んでほしかった」
アイリスの瞳が揺れる。
「……ルーク。私の、大事な弟」
その言葉に、ルークの瞳が静かに潤んだ。
「――もう迷わない。僕は、君の弟として、生きる!」
叫びと同時に、ルークの体がまばゆい光に包まれる。
白銀の鱗が砕け散り、翼が空へと還るように霧散し――
そこに現れたのは、かつての弟。
幼い面影のまま、少しだけ成長した少年の姿だった。
「ルーク……!」
「姉ちゃん!」
二人は互いに抱き合う。
戦いは終わった。
魔喰獣は霧散し、森には再び静けさが戻った。
アイリスはルークの頬に手を添え、確かめるように微笑んだ。
「ようこそ、おかえり。ルーク」
「……ただいま。姉ちゃん」
手と手が重なり、胸と胸が通じる。
この世界に来て、失ったものは多かった。
けれど、再び繋がった絆が、全てを照らしていた。
朝の光が、差し込んでくる。
夜明けが、二人の未来を祝福していた。




