第13話 夜明けの誓い
森の夜は長い。静寂に包まれた木々の間を、遠くでフクロウの鳴き声が通り過ぎる。
アイリスとルークは、焚き火の小さな灯りを囲みながら肩を寄せ合っていた。
「ねえ、姉ちゃん。あの人……観察者って言ってたよね」
「うん。泉のこと、契約のこと、全部知ってるみたいだった」
「でもさ……どうして僕なんかを、精霊は助けてくれたんだろ?」
ルークの声は、どこか怯えにも似た不安を含んでいた。
自分の存在がこの世界にとってどんな意味を持っているのか、彼にはまだ分からない。
アイリスは少し考えてから、優しく微笑んで答えた。
「それはきっと、ルークが“生きたい”って強く願ったから。……それに、私がルークを助けたいって、本気で思ったからだよ」
「……願いって、届くんだね」
ぽつりと呟いたルークは、小さく火を見つめる。
火花がぱちりと弾け、二人の間に一瞬の沈黙が落ちた。
アイリスはその静けさの中で、ふと思い出す。
この世界に来る前、ルークがまだ人の姿だった頃――病院のベッドで笑っていた、弱々しくも優しい弟の笑顔を。
「ねえ、ルーク。前に、言ってたよね。“もしもう一度生まれ変われたら、強くなりたい”って」
「うん……言った、かも」
「その願い、今叶ってるんじゃない? だって、竜の姿になっても、あなたは変わらず私の弟だし……ちゃんと、自分の意志で生きようとしてる。私、すごく嬉しいよ」
ルークは少しだけ驚いた顔をして、それからはにかんだように笑った。
「僕もね、ちょっとだけ……この世界、好きになってきたかも。だって、姉ちゃんがそばにいてくれるし、前よりずっと近くにいられる気がするから」
その言葉に、アイリスの目元がふっと緩んだ。
焚き火の炎に照らされて、二人の影が柔らかく重なる。
「私も、ルークがいてくれてよかったって、心から思ってる」
そっと差し出した手を、ルークがぎゅっと握る。
そのとき――。
森の奥で、何かが鳴いた。
低く、重く、まるで唸るような声。明らかに獣ではない、どこか異質な響きだった。
「っ、今の音……!」
「来たかもしれない」
アイリスは咄嗟に立ち上がり、ルークの手を強く引いた。
「隠れて!」
「でも姉ちゃん――!」
「大丈夫。私は絶対に、あなたを守る。だから信じて」
その強い言葉に、ルークは黙って頷く。
アイリスは背中越しにルークを守るように立ち、森の奥に目を凝らした。
やがて、木の陰から現れたのは――。
一頭の黒い獣。
四足で歩くそれは、まるで狼のような姿をしているが、眼は深紅に輝き、体からは黒い靄をまとっていた。
「魔喰獣……!」
アイリスは息を呑む。王国の記録にも滅多に出てこない存在。魔力を喰らい、精霊の力すら濁らせる、厄災の象徴。
「まずい、逃げるしか――」
そのときだった。ルークがアイリスの前に飛び出し、翼を広げて立ちはだかった。
「ルーク、だめ! 戻って!」
「……僕が守る。姉ちゃんを、守るんだ!」
叫んだその声に、アイリスは一瞬、言葉を失った。
彼の瞳には怯えも戸惑いもなく、ただ――誓いのような、真っ直ぐな決意が宿っていた。
「……っ、なら、一緒に戦おう。絶対に、生きて帰るわよ!」
二人は肩を並べ、迫り来る闇に向かって立ち向かう。
夜はまだ明けない。
けれど、その胸に灯った絆の炎が、確かに彼らの道を照らしていた。




